第5話 幼なじみの様子がおかしいです……
ゴーレムは町を囲む塀をあっさり乗り越え、街道に出た。
だだっ広い草原に足跡を残しながら、ずしん、ずしんと練り歩く。
これだけの音を鳴らせば魔獣が襲ってきそうなものだが、さすがに彼らも相手を選ぶのか、巨人の前に出てきたりはしなかった。
「これ、踏み潰すだけで大抵の魔獣は倒せるんじゃねえか?」
「王都の城壁も蹴飛ばして突破できそう」
「それぐらいはできないとね。だって、モンスターと戦うために作ったんだから!」
なぜ、こんなに運搬にも不便な巨大な人形に作ったのか――その理由は、ただ一つだけ。
この世界を脅かす、モンスターという存在を倒すためである。
人類はかつて、この世界に数億人生息し、世界を支配していた。
しかしその天下は、およそ百年前“モンスター”と呼ばれる巨大な魔獣の登場により終わりを迎えることとなる。
既存の魔術は歯が立たず、圧倒的な力の差に、人類は一方的に蹂躙され、人口の大半が失われた。
だが一部の――百万にも満たない人間だけは“結界”の内部で、生きながらえることに成功したのだ。
しかし、モンスターの脅威は消えたわけではない。
確かに結界にはモンスター避けの効果があり、普段は襲われずに済んでいる。
だがモンスターは、突如として凶暴化する。
凶暴化している間はモンスター避けも効果がなく、結界を破壊し、一定数の人類を喰うまで止まることはない。
だから、その地域にいる人間はその度に見捨てられる。
仕方のないことだ。
そうしないとモンスターは止まらないし、結界の範囲が狭くなれば他の場所の結界強度が増す。
さらに土地が狭くなった分、生産できる食料の量も減り、養える人間だって減るのだから。
“切り捨て”は合理的。
だが、誰もが頭ではそれを理解していても――人間という生き物は、“納得”できないもので。
多くの人間が『モンスターを倒したい』と夢を見る。
そして多くの人間が、現実の前に諦める。
モンスター出現以降の人類史は、その繰り返しだった。
そうこうするうちに、結界はどんどん狭まり、人口は50万人にまで減少した。
平民は悲観視する。
貴族は自分たちだけ生き残る方法を探る。
気づけば、誰もモンスターを倒すための具体的な行動を取らなくなっていた――
「ゴーレムちゃんはね、理論上20メートル級のモンスターとなら互角に取っ組み合いができるパワーがあるの!」
そんな中、今もなお夢を信じ続け、このゴーレムを作り上げたペリアの存在は、あまりに眩しい。
人によっては、バカバカしく思えてしまうほどに。
それは――“限界”を知ったフィーネとエリスもまた、例外ではなかった。
「なあ、ペリア」
「何? フィーネちゃんも動かしてみたい? もちろんそれも考えてるよ、ゆくゆくはもっと簡単に操縦できるように――」
「本気で、これでモンスターを倒せると思ってんのか?」
「……ふぇ?」
予想外の質問に、ペリアは思わず変な声を出してしまう。
なにせ、三人は同じ夢を共有してきた仲だ。
二年前、『いつか絶対にモンスターを倒そう』と誓って別れた。
そして実際に――
「だって、天上の玉座は倒したんだよね? 10メートル級のモンスターを。それってすごいことだよ! だから私も負けてらんないな、って。あ、そうだ、言うの忘れてた。おめでとう、二人ともっ!」
そう、彼らは倒したのだ。
数ヶ月前――10メートル級とはいえ、不可能と言われたモンスター討伐を成した。
そしてその“巨大スライムの心臓部”は王立魔術研究所に送られ、ペリアも多少ではあるが解析に関わったのである。
だがフィーネとエリスの表情は冴えない。
唇を噛んでうつむくフィーネに変わって、エリスが言う。
「私たちは勝ってない。あのスライムと遭遇したとき、敵はすでに弱っていた」
「それでも、倒したんじゃないの……?」
「あの日、天上の玉座は10人全員が揃っていた。これだけの戦力があれば、弱ったモンスターなら簡単に倒せる――そう思っていた」
目を伏せたまま、フィーネが暗い声で告げる。
「とどめを刺すまでのわずかな間に、メンバーの半分が死んだんだよ」
「え? そんなこと、新聞には……」
「民衆を不安にさせないよう、都合の悪い部分は伏せて報じられた」
「あっという間だったよ。あの化物が放った、たった一発の魔術で、世界最強と言われた魔術師たちが、ただの肉の塊になっちまった。直前まであたしの目の前にいたみんなの、首が、上半身が、体の半分が消えて――ッ!」
「私たちが生き残ったのは、たまたま当たらなかっただけ」
「おかげで天上の玉座は今、壊滅状態さ。生き残ったメンバーも……ショックを受けててまともに動けたもんじゃない」
ペリアは理解する。
なぜ二人が、『モンスターの撃破』という夢に前向きではなくなってしまったのか。
“現実”を思い知らされたのだ。
フィーネもエリスも、天上の玉座に入れるだけの実力者だ。
当たり前のようにSランク冒険者で、その中でもずば抜けた能力を持っていて、結界内に出現する魔獣ならどんな相手でも負けることはなくて――だからモンスターも、と思ったに違いない。
しかし、そんな自信は粉々に砕け散った。
だから、救いを求めるように、幼なじみであるペリアに会いに来た。
「あれは化物なんてもんじゃねえ。触れちゃいけねえんだ。人間とは違う世界の生き物なんだよ!」
「フィーネちゃん……」
フィーネの手は、恐怖を思い出してガタガタと震えている。
「ペリア、お願い。もしその時が来たとしても、モンスターとは戦わないでほしい。私たち――ペリアまで失ったら、もう、生きていけない」
「エリスちゃん……」
エリスはすがるように、ペリアの服を掴んだ。
二人は見たことがないほどに憔悴しきっている。
ペリアの胸は締め付けられる。
首を縦に振るのは簡単だ。
しかしそうすれば、今度こそ――ペリア自身の夢も砕け散ってしまう。
その先にあるのは、三人で傷を舐めあって生きていく未来だけ。
(……それも悪くはなさそうだけど)
一緒にいられるならどこだって。
だが――それは手放しで享受できる幸福ではない。
ずっと、胸の奥に何かが突っ変えた、息苦しい幸せだ。
一緒にいるだけで幸せになれる相手がいるのに、どうしてそんなマイナスを背負わなければならないのか。
「ゴーレム、行くよ!」
ペリアはふいにそう叫ぶ。
ちゃん付けではなく、呼び捨て――彼女なりに、真面目なときと、そうではないときの使い分けがあるらしい。
そして糸を引っ張ると、ゴーレムは足の動きを早め、歩幅を広げる。
さらに腕を振り、次第に前傾姿勢になり、スピードを高めていった。
「うおっとぉ!? ペリア、何だよ急に!」
「ペリア……?」
突然大きな大きな揺れに、フィーネとエリスは互いにしがみついてバランスを取る。
だがペリアはゴーレムの操縦に集中し、何も答えない。
「この人形、走ってる」
「なんつうスピードだよ、景色があっという間に通り過ぎていきやがる!」
「……もしかして、私たちに見せようとしてる? この人形の力」
ゴーレムはなおも加速する。
ダンッ、ダンッ、と地面を蹴るたびに大量の土をえぐって飛ばしながら、これまで人類が到達できなかった速度まで。
マニングまでは、馬車二日はかかる距離だ。
それをものの数十分で移動するほど――このゴーレムの存在は、明らかに世界を縮めている。
しかしその目前に山が迫る。
高さは100メートルに満たないほど。
決して山としては高くないが、傾斜は数十度、つまり切り立った崖である。
このままの走り方では、衝突してしまうだろう。
「お、おいペリア、この山どうすんだよ!?」
「……っ!」
「無茶だ! こんなどデカい体で飛べるはずが――」
「ゴーレムならできる――計算上は!」
踏切に適した足場に目処をつけ、右足で強く地面を蹴って飛ぶ。
ズドォンッ! と大砲でも着弾したような音が鳴り響き、巨体が空を舞った。
「ぐうぅぅぅ……!」
押し寄せる強烈な重力、そしてその跳躍そのものへの驚きに、ペリアはうめき声をあげ、フィーネとエリスは声を失う。
そのまま山の頂点を通り過ぎ、描いた放物線が頂点まで達すると――今度は落下が始まる。
鳥肌が立つような浮遊感に、さらに二人の表情がこわばる。
一方でペリアは、迫る地面をまっすぐに見据えながら着地に備えた。
つま先が大地に接触、全体重を支えたことで地面に埋もれる。
ペリアは糸を引き、ゴーレムの膝を曲げて衝撃を緩和させた。
「づうぅぅっ!」
それでも、揺れはかなりのものだ。
その間、足裏はズザザザザッ、と樹木をなぎ倒しながら、大地に深く溝を刻んでいた。
そして数十メートル滑ったところで、ようやく停止する。
「ふぅ……どう!?」
「どうじゃねえって! いきなりでびっくりしたっつうの!」
「でもすごくない? ゴーレムって、こんなにパワーがあるんだよ!」
「確かにすごい。人間がどれだけ鍛えてもたどり着けない領域まで来てる」
「動力源に使ってるのはね、モンスター・レプリカント・コアっていう……私が名付けたんだけど。これね、天上の玉座が取ってきたスライムのコアを参考に、魔石を組み合わせて作ったレプリカの心臓なの!」
「あれを使ったのかよ……」
「モンスターのコアを使えば、モンスターと同じ力が出せる。理にはかなってると思わない? だから、だからね! 二人とも、諦めないでほしいの! 私、頑張るからっ! 二人のゴーレムも作るから、三人で戦おうよ! モンスターを倒して、100年前の世界を取り戻すの! じゃないと、じゃないと、今のままじゃ――」
ペリアは言葉につまりながら、声を震わせ、フィーネとエリスに呼びかけた。
「私たち、里帰りもできないんだよ?」
――かつて過ごした思い出の地は、今や結界の外。
訪れるどころか、遠くから眺めることすらできない場所にある。
「モンスターに踏み潰されて、パパやママが、みんなが死んだ町に戻れない! そんなの嫌だからッ! いつまでも、空っぽのお墓に手を合わせたくないからッ!」
「そりゃ、あたしだってそうだよ……」
「……私も、またあの町に戻りたい」
「そう、だよね? 気持ちは、同じだよね? 確かに、三人で穏やかに過ごすこともできるかもしれない。だけど――このまま何もしなければ、30年後には人類は滅びるんだよ? 全部踏み潰されて、食い荒らされて――生きてる間に、あんな悲しみを二度も味わうなんて、私は嫌だもん。絶対に」
涙目で訴えかけるペリア。
普段は明るい彼女の言葉だからこそ、フィーネとエリスの胸は強く締め付けられる。
「ごめんな、ペリア」
フィーネが、ぽんとペリアの頭を撫でた。
「いきなり否定しちまったら、そうなるに決まってるのに。ペリアの気持ちはよくわかった」
「よかった……」
「だから……もしモンスターとやり合うなら、今日みたいに、あたしたちをここに乗せてくれないか。なあエリス、お前もそれでいいだろ?」
「うん、それ
「わかった。じゃあ二人用のシートとかも付けたほうがいいのかな? ああ、でも二人用のゴーレムも作ったらいらなくなるし、どうしよっかな……」
「ははは、そんなこと考えるより先に、マニングに向かおうじゃねえか。ゴーレムを買い取らなきゃならねえんだろ?」
「そうだ、またゴーレムちゃんは私のものになってないんだ……よしっ、また走るね!」
ようやく笑顔に戻り、ゴーレムの操縦に集中するペリア。
しかしエリスの表情は優れない。
フィーネは彼女に視線を送る。
二人の目が合うと、彼女たちは互いにうなずきあった。
『どうせ死ぬなら三人で』
染み付いたモンスターへの恐怖は、そう簡単に払拭されず。
フィーネとエリスのアイコンタクトには、そんな意味が隠されていた。
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