第6話 モンスターとの初戦闘です!

 



 王国の東端にある鉱山村マニング。


 王国では、そのエリアの結界強度に応じて住める人間の“ランク”が定められる。


 ランクはFからAの六段階に分けられ、B以上が貴族と呼ばれる存在であった。


 そして、このマニングはF――税が高く、インフラ整備は最小限。


 モンスター襲撃による切り捨てを前提として、“貧しくなること”を定められた地域である。


 鉱山が枯れており、質の良い魔石が取れなくなってきたことがその原因であった。


 ペリアたちは、マニングのエリアと、別のエリアの境目でゴーレムを止めて降りる。


 先ほどまでは、王国軍の兵士に結界の向こうから村人が罵声を浴びせていたが、巨人の出現によってそれは中断された。




「こんにちはー! 私たち、マニングに行きたいんですけど、どうして結界が閉じてるんですか?」


「だ、誰だお前はっ!」」




 兵士はペリアに槍を向ける。


 モンスターとしか思えない化物を駆ってきた女だ、警戒するのは当然である。


 するとエリスがそこに割り込んだ。




「待って。私たちは依頼でここに来た」


「聖王エリス!? それに剣王フィーネまで!」


「教えてくれるよな? 何でこんなことになってるのか」




 突如として現れた天上の玉座の二人に、平民たちは何やら期待の眼差しを向けているようだった。




「……実は、モンスター凶暴化の予兆が出たそうで。マニングの切り捨てが決定されたんです」


「それで、境界を閉じて村人全員を逃げられなくしたってことか」


「全員じゃねえ!」




 村人の一人が声を荒らげる。




「マニングを治めてた貴族だけが先に逃げやがったんだ! 村の若い女たちを連れてな!」


「それは事実?」


「ま、まあ……ですが我々に文句を言われても困ります。兵士はただ従うだけですから」


「ふざけんなっ! 俺たちの命を何だと思ってんだーっ!」




 その声を皮切りに、再び村人たちの罵倒が始まる。


 彼らの感情も、兵士の無力感も、どちらももっともだ。


 決定した当事者も、逃走した貴族もこの場にいないのだから、何も解決しないのも当然のこと。


 するとペリアが一歩前に出て、「はいはーい!」と手を上げた。


 全員の視線が集中する。




「じゃあ私がモンスターを倒します。そしたら問題は解決しますよね?」




 兵士は呆れ、ため息をつく。


 フィーネとエリスは『まあ、そうなるか』と納得していた。


 思ったより早くその時が来たな――とは思っていたが。




「何を言っているんですかあなたは。モンスターなんて倒せるはずがない」


「できます、あのゴーレムの力があれば!」




 ペリアはビシッとゴーレムを指差す。


 村人たちの間に困惑が広がった。


 あの巨大な物体は何なのか。


 この少女は誰なのか。


 なぜ、天上の玉座の二人が付き添っているのか。


 特に最後が困る。


 あの二人がいるということは、それだけで荒唐無稽な世迷い言も、説得力を帯びてしまうから。


 誰もペリアに返事をできないまま、微妙な空気が流れる中――フィーネが村人たちに尋ねた。




「なああんたら。この中に、人型のくず鉄を買い取ったやつはいねえか?」




 すると、偏屈そうなジジイが手を上げ、枯れた声で言った。




「わしだ。まさか、あれが依頼の品だとでも言うんじゃないだろうな」


「そのまさかだよ。ペリアはあの鉄くず・・・をここまで運んできた。でもあれがモンスターを倒したら、鉄くずじゃないよなあ?」


「それができりゃあな」


「だったらこうしよう。仮にゴーレムがモンスターを撃破できたら、あのゴーレムはあたしたちのものになる」


「……そりゃあつまり、どうあってもわしの物にはならんっちゅうことじゃないのか?」




 ジジイはそう言ってフィーネを睨むように目を細めた。




「失敗した場合、おじいさんは死ぬ。成功した場合、ゴーレムは手元を離れる。おじいさんにまったくメリットの無い交渉」


「言われみりゃそうだ」


「ふんっ、わかってるさ。適当に理由を付けて、マニングに来る流れを作ろうとしてるんだろう。ならやればいい。もしあれがモンスターを倒せたんなら、それだけの金を払うだけの価値はある見世物だからなァ」


「ありがてえ、これで交渉成立だな。つーわけでペリア、ゴーレムでマニングに向かうぞ」


「フィーネちゃん、おじいさん、ありがとっ!」




 ペリアがぺこりと頭を下げると、ジジイはかすかに笑った。


 そして三人は再びゴーレムに乗り込む。


 ハッチは閉じないまま、エリスが兵士に呼びかけた。




「兵士さん。境界を閉じるために派遣されたのなら、開くこともできるはず」


「勝手に話を進められていますが、許可がなければ開けません!」


「……だって。どうする?」




 エリスにそう聞かれ、ペリアは即答した。




「なら力づくで抜ければいい!」




 ハッチが閉じ、ゴーレムが動き出す。


 当然、兵士を傷つけるつもりはないが、巨大な足が接近すると彼らは勝手に逃げ出した。


 村人たちも、道を開けるように左右に別れていた。


 ゴーレムは境界の正面に立つ。


 そして結界に向かって指を伸ばすと――バチッという音とともに光がほとばしり、その侵入を拒んだ。


 だがゴーレムは不動、かつ無傷。


 気にせずに腕を進め、両手の指が結界を貫く。


 そのまま引き裂くようにして、力ずくでこじ開けた。




(結界も壊せるのかよ、この人形!)


(本当にやれるの? いや、でも……)




 フィーネとエリスの心が揺らぐ。


 ゴーレムは開いた隙間をくぐり抜けると、ペリアはハッチを開き、村人に大声で尋ねる。




「まだ町の建物には誰か残ってますかー!?」


「逃げるのを諦めた連中がいる!」


「わかりました、では町に被害が出ないよう戦ってみますー!」




 簡潔に会話を済ませると、再びハッチを閉じて、村の内部へ。


 外に人の気配は無いが、窓際に怯える村人の姿が見えた。


 彼らの視線の先、村の南側には――額から角を生やした、赤い鬼の姿があった。




「グガオオォォォォオオオッ!」




 人間に根源的な恐怖を与える重低音が、村に響き渡った。


 筋骨隆々とした体つきに、睨まれるだけで身がすくむようなその表情。


 その姿を直に見て、フィーネとエリスのトラウマが蘇る。


 顔色が青ざめ、冷や汗が額を濡らす――




「20メートル級のモンスター……!」


「あれは、たしかオーガ……」




 天上の玉座が戦ったモンスターより格上の相手。


 しかも、今回は弱ってなどいない。




「勝てるわけがねえ……あんなの、勝てるわけがッ! 10メートル級でもあっさり死んじまうんだぞ!? なあペリア、逃げよう! やっぱ無理だって!」


「それがいい。ペリア、たとえ30年で人類が滅びたとしても――私はペリアたちと、その30年を穏やかに生きたい」


「……二人とも」




 ペリアはその姿を見て、首を横に振った。




だから・・・だよ。私は、かっこよくて、憧れる存在だった二人が、そうやって怯えて、苦しむ姿を見たくないから立ち向かうの!」




 彼女の指に絡みついた糸が、光を放つ。


 操縦席内が明るく照らされる。




「モンスター・レプリカント・コア、リミッター解除。出力値100……120……150……200まで到達」




 ゴーレムの内部から、ウオォォォォン――と唸るような音が聞こえてくる。


 頭部の兜、その隙間から見える瞳が赤く光る。




「冷却システムフル稼働」




 背中の排気口から、フシュウゥゥ――と白い煙が吐き出される。




「稼働制限カウントダウン開始」




 操縦席前方に3分の制限時間が表示された。


 これが、リミッター解除状態での稼働限界である。




「ゴーレム、私も全力でいく。だからあなたも私に力を貸して!」




 意思なき人形は答えない。


 だが、ペリアはゴーレムと心が通じ合っているような気がしていた。


 高揚を共有。


 出し惜しみはしない。


 オーガは結界に両手を突き刺し、今にも引き裂きそうだ。


 あれが破れた瞬間が、戦闘開始の合図――




「グ……ガッ……グガアアァァァァアアアッ!」




 バチバチイィイッ! と激しく光が弾ける。


 咆哮と共に結界が引き裂かれ、開いた隙間からオーガは村に侵入し、すぐさま走り出した。


 鋭い牙が光る口から、だらだらとよだれをたらし、血走った瞳で“敵”に――ゴーレムに向かってくる。


 腕と頭を振り乱しながら走るその狂った姿は、見ているだけで頭がおかしくなりそうなほど恐ろしい。




「傀儡術式――」




 しかしペリアは怯えない。


 彼女が糸を引くと、ゴーレムはオーガに向かって走り出した。


 フィーネとエリスは、情けなさを自覚しながらも、真っ青な顔で震えることしかできない。


 それでも――ペリアの行く末を見届けたいのか、瞳だけ真っ直ぐに前を向いていた。


 オーガが拳を握る。


 太い腕に血管が浮かび、まるで弓を引き絞るように振り上げる。


 対するゴーレムも、同様に拳を握った。


 小細工はしない。


 現在、この機体に武器の類は一切搭載されていない。


 使える武器は己の体のみ。


 ならば、特に頑丈に作ったこの拳で――




「ゴーレム・ストライクッ!」




 ――敵の拳と、真正面から打ち合うのみ。




「グルルゥアアァァァァアアッ!」




 ガゴオォオオオンッ! と鼓膜が破れそうな轟音が鳴り響き、二体の巨人を中心に衝撃波が広がる。


 近くにあった無人の家屋が衝撃で吹き飛んだ。


 そのまま、拳と拳がぶつかりあったまま、一瞬の静止――


 力は互角――かと思いきや、ミシッと何かが潰れる音が聞こえた。




「グ……ガッ……」




 音源は、オーガの拳だ。


 指の骨が折れてひしゃげる。


 一度変形が始まると歯止めが聞かずに、拳全体が潰れていく。


 ゴーレムの拳はなおも止まらず。


 打ち負けた・・・・・オーガの上腕が、二の腕が――腕そのものが、ぐしゃぐしゃに潰れていった。




「ガアァァァアァァアアアアアッ!」




 オーガは苦悶の叫びをあげると、困惑と苦痛に体をよじりながら後退する。


 そして顔を上げる。


 鈍色の巨人が赤く目を光らせ、拳という名の鉄槌を振り上げていた。


 オーガの瞳に、明らかな“怯え”が浮かぶ。


 その瞬間を見たフィーナとエリスはこう思った。


 『これが人類の、反撃の狼煙か』と。




「もういっぱあぁぁぁぁぁあああつッ!」




 そしてペリアの叫びと共に、拳はオーガの頭部に叩き込まれた。


 メキャアッ――握られた左手は、いかなる魔術でも穿てぬ頭蓋骨を、シャボン玉でも潰すように破砕した。


 オーガの眼球が飛び出し、鼻や耳から赤い体液が噴き出す。


 口からはぶくぶくとピンクの泡を吐くと、




「グギャガッ! ギャッ……ギャアァ……ガ……ぐ……がぁ……」




 ズシン、と地面を揺らしながら、巨体は崩れ落ちた。


 破られた結界は自己修復により閉じる。


 マニングに静寂が訪れた。


 時が止まったようにオーガは動かず、ゴーレムも拳を突き出した体勢のまま静止している。


 永遠にも思える沈黙――しかし実際は、ほんの数秒。


 最初に声を上げたのは、フィーナとエリスだった。




「は……はは……やりやがった……」


「倒した。20メートル級を、ペリアが、本当に……」




 二人は信じられない光景を前に、ぼろぼろと涙を流す。


 涙の理由は、感情がごちゃごちゃで、彼女たちにもわからない。


 ただはっきりしているのは、フィーネとエリスが、ペリアに救われた・・・・事実で――




「倒せた……理論より、ゴーレムちゃんのパワーが上回ったの……? あは、あはははっ! フィーネちゃん、エリスちゃん、私っ!」




 ペリアが歓喜し、振り向いた瞬間、二人は彼女に飛びかかるように抱きついた。




「にょわああぁぁっ!?」




 そのまま押し倒されるペリア。




「ペリアぁ、お前、すげーな! すげえわ本当に! それしか言えねえけどさぁっ!」


「うん、すごい。私……ペリアと幼なじみでよかった。心の底から、人生で一番、そう思ってる」


「え、えへへ……? そう? そんなにすごかった?」


「ああ、すげえ。すげえ以外に言いようがねえ。うぅ……なのに、ごめんなぁ。ペリアのこと、信じられねえでごめんなぁ! 今日からは絶対にそんなことしねえ。ペリアなら、ペリアとなら絶対に夢を叶えられるって信じるから!」


「都合がいいと思うかもしれないけど、私も……許してほしい。一緒に頑張ろう。一緒に、また……みんなのいる故郷に帰ろう」




 フィーネとエリスは、ぼろぼろと流れる涙を隠しもせずに、とにかくペリアを褒めちぎった。


 なぜ謝られているかはよくわかっていなかったが――これは、それだけの快挙なのである。


 もちろん、それを見ていた村人も、兵士も騒がずにはいられなかった。




「嘘だ……モンスターが、本当に倒された……?」


「わしらは、歴史の証人になっちまったかもしれんのう」


「夢でも見てんのか俺らは……」


「夢じゃないよ。現実だよ。僕たち、死ななくてもいいんだっ!」




 さらにペリアがゴーレムから降りてくると、そこから先は、もうお祭り騒ぎである。


 村人にたちにもみくちゃにされながら、ひたすらにべた褒めにされるペリアは、さすがに照れを隠せない。




(ゴーレム……うん、そうだね。誰かに喜んでもらえる。私も褒めてもらえる。それが、こんなに素敵なことだったなんて。私、本当に長いこと忘れてた気がするよ)




 誰も自分を認めてくれなかった。


 平民だから、と馬鹿にされるのが日常だった。


 しかし、少し外に踏み出してみれば、まったく違う世界が広がっていた。




(宮廷魔術師には戻れないけど、私にはまだ、追いかけたい夢がある。フィーネちゃん、エリスちゃん、そしてゴーレム――これからも、一緒にがんばろうね!)




 ペリアの想いに反応するように、ゴーレムの瞳がわずかに明滅した。



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