第3話 俺強くなりてぇ

 同僚の会話による衝撃的な事実を知り、俺はちょっと落ち込んでしまった。

 お袋も穂南も悲しませちゃったし、同僚にも上司にも結構な迷惑をかけてしまった。


 そして俺が助けたと思ってた相手、麻宮さんだっけ? にも、とてつもなく迷惑をかけただろう。


 麻宮さんか、どんな人なのかな? 剣道三年連続日本一とか相当凄いよな。

 きっと能力アップの情報が出てたから更に上を目指して鍛錬のつもりでダンジョンに潜ってたんだろうな。


 俺もレンジャー隊員として一通りの武術や格闘術は身に付けていたけど初めて見るウルフにとっては、ただの餌でしか無かったとか情けねぇな。


 うーん、能力アップかぁ。

 猫の俺でも有効なのかな? ちょっと試したくなったな。

 行って見るか!


 そう思った俺は、お袋と穂南の顔をもう一度見て「いってきます」と声を掛けた。

 当然聞こえる音は「ニャァン」だったけどな。


「TB。お腹すいたの?」

 穂南がそう声を掛けて来たけど、俺は首を横に振って外へと向かった。


「TBってもしかして言葉が解るのかな?」

「まさか? 子猫に言葉が解る訳無いでしょ」


 子猫でも大人の猫でもそこは変わらないと思うけどな? と思いながら庭から外に出た。

 生後一か月の黒猫な俺の身体から見れば、家の外は危険だらけな世界だ。

 ここから代々木公園に現れたダンジョンの入口までは結構距離がある。


 大冒険だぜ!


  ◇◆◇◆ 


 ダンジョンが初めて発生してから四百日が経過した時点で攻略先進国では五層目が登場した。


 五層目からは、これまで現れる事の無かったドロップと呼ばれる物が現れ始めた。

 魔石と呼ばれる色のついた水晶玉の様な物

 金属

 ポーションと呼ばれる事になる薬品らしきカプセルの三種類だ。

 正確には、ポーションは赤い物と青い物の二種類があった。

 

 日本ではラノベ文化という物が当たり前に在った為に、これがポーションであろうと、すぐに検討を付けて動物を対象とした臨床実験が行われた。


 五層でドロップするポーションは恐らく最低品質のものであるだろう。

 それでも、発熱程度の風邪の症状や、二日酔いなどの症状を治す青いカプセル。

 怪我をしてから一週間以内で、肌の表面に出来た十㎝程度までの裂傷を綺麗に治療する赤いカプセルは十分に有用なもであると認識された。

 

 身体能力や知覚能力も五層辺りの敵を倒していると、常人に対して二パーセントから三パーセントの能力上昇効果が現れるとされた。


 一般生活において二パーセント等微々たるものであるが、トップアスリート達にとっての二パーセントはとてつもなく大きい。

 百メートル走で十秒ジャストのタイムを出せる人間であれば九秒八のタイムが出せるのだ。


 各国のオリンピック代表クラスの人間やプロスポーツ選手たちは、こぞってダンジョン詣でを始めた。


 知覚能力にも影響があるので医者や弁護士を目指す層も通い始める。

 更にレッドポーションは傷跡を残さずに治療が出来る事から、一つが千USドル程度の価値で取引された。


 ただし、この時点では本物かどうかを見極めることが出来ない為に各国のダンジョン入り口に、ダンジョンアソシエーション【D.A】と言う国際的な協会が買取所を設置し、ダンジョンから出てきた際に、その場で売却された物だけが流通する事となる。


 このために、単純に能力を伸ばしたい人ばかりでなく、一攫千金を夢見る者達もダンジョンに群がり始める。


 ここまでの流れが出来ると探索に置いて当初出遅れていた日本もあっという間に探索階層は先進国に追いつき五層までの探索が行われるようになった。


 ◇◆◇◆ 


 俺は東京都内を必死で駆け抜け代々木公園に辿り着いた。

 入り口は【D.A】が身分証明書を確認してからしか通さないので俺がそのままダンジョンに侵入するのはちょっと大変そうだ。


 暗くなるまで待ち入り口辺りで出て来る人間と入って行く人間で立て込んだすきに素早く潜り込んだ。


 別に門がある訳では無いので、なんとかなった。

 一層では敵を倒しても、能力の上昇は無いはずなのでスルーだな。

 丁度フロアの真ん中あたりに現れている、二層への階段へ向かって走り抜けた。


 さぁ、どうやって戦うべきだ? 俺の身体はとにかく小さいし猫の身体では武器も持てないな。


 倒す手段を思い浮かべないままに時間だけが過ぎた。

 一度一層目のフロアに戻ってスライムの倒し方を考えよう。

 俺が人の姿でダンジョンに降りた時には五層まで行ったが五層にもスライムは存在した。


 恐らくスライムは強くなりながら、どんだけ下の階層に行っても出続けるんじゃないだろうか? それならばスライムの倒し方を極めれば、ずっと下層でも戦って行けるはずだ。


 一層でスライムを観察する。

 既に情報として一層のスライムでは能力アップもドロップも無い事がはっきりしているので今更一層でスライムを狩っている人なんていないしな。


 確か一層の飽和状態と言うか上限は千体のはずだったよな。

 とっくに上限には達しているはずなのに、よく見ていると定期的にスライムは地面から湧いてきている。


 という事は共食いでもしてるのか、勝手に寿命が訪れるのかのどちらかの現象があるはずだ。


 ずっと観察していると、スライム同士が合体している所を発見した。

 二匹のスライムが合わさり片方の核だけが地面に転がる。


 その核をじっくり眺めていると、ある程度の時間が経つと核からまたゼリー状の本体が滲みだしてくるような感じで、スライムを形成していた。


 フム……


 核だけの状態の時だと、俺でも何とか出来そうだな。

 どうやって壊す?

 俺の爪じゃ無理っぽいな。

 噛み砕くか。


 合体しているスライムを見つけると、核が転がるのを待った。

 そして転がった核を目指して駆け寄り、口に咥えた。

 後は噛み砕くだけだ。


 『ツルンゴックン』


 思った以上に表面がスベスベツルツルで、風呂場でぬれた石鹸の様に口の中に留まる事無く飲み込んじまった。

 ありゃ……どうしよう。


 その時、脳裏に声が聞こえた。

『スライムレベル1の核と融合を果たしました。スキル【溶解】を獲得しました』


 お……

 これは……

 ひょっとして、攻撃手段ゲットしちゃった?


 っていうか魔物の核飲み込むと能力獲得するのか?

 もう一回試そう。


 再び合体しているスライムを見つけて転がった核を飲み込んでみた。

 んー……何も起こらなかった。


 同種の核では、獲得できる能力は一回だけみたいだ。

 じゃぁ次は溶解を試さなきゃな!

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