父の入院

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父の入院

「必ず帰って来てね。」

少女の、父を見る目は不安げだった。


アシュラ収容施設であるリスタにはアシュラになりかけの患者を入院させ治療する入院病棟があった。


入院病棟の入り口で一家は別れの挨拶を交わしているところだった。


篠宮家の大黒柱は黒く染まった左手を見つめてから少女に白い歯を見せ笑いかけた。

 「何心配そうな顔してんだ。大丈夫だよ。」


大きな右の手のひらで少女の頭を包む。


少女の名前はつくも。

現在、中学三年生だ。八歳になる妹がいる。

「お父さんの左手、真っ黒だね。ドロ遊びしたら手洗わないとだめなんだよ。」

きょとんと大きな瞳で父を見る妹はことの重大さをまだ解っていない。


父・孝明はハハハッと今度は妹のましろの頭を撫でてやる。


孝明の妻、芽衣子はなにも言わない。何か言いかけては言葉に詰まるように俯くだけだった。

瞳にはうっすら涙を浮かべ、それを隠すようになにもない床を見る。


つくもはそんな母につられて悲しみがこみ上げてきたが無理矢理に笑顔をつくった。


「お父さんのいない間、お母さんもましろも私が守るから安心して。」


つくりわらいだと気づいていたが孝明は何も言わずに微笑んだ。


「つくもなら、そう言ってくれると思った。……二人のこと、頼むな。」

少し掠れた声で孝明は言った。


「それじゃあ行ってくる。またな。」

孝明は最後に三人を抱きしめた。そのとき芽衣子の耳元で、ごめんな。と囁いたのをつくもは聞き逃さなかった。


そうして孝明は看護職員に連れられ、入院病棟へと消えていった。



自宅に帰った三人はましろをのぞき無口なままだ。

ましろは夕方に放送するお気に入りのアニメに食いついている。ときおりテレビにツッコミを入れながら時にゲラゲラと笑い声をあげている。


「お母さん、大丈夫?」

つくもはハンカチを芽衣子に差出しながら問いかけた。

「つくも…ごめんね、ありがとう。」

帰って来てからというもの芽衣子はリビングのテーブルに突っ伏し泣いていた。


「お父さん、これから頑張るんだから私達も信じて待とうよ。」

「…そうね、こんな弱気じゃだめね。」

ハンカチで涙を拭い芽衣子は疲れた表情ながらもやっと笑った。



夜八時。

夕飯も食べ終えリビングで一息ついていた三人の耳に電話のコールが届く。

「誰かしらね、こんな時間に。お父さんかしら。」

芽衣子はソファーから立ち上がり電話の受話器を取る。

「はい篠宮です。」

つくもとましろには電話の声は聞こえない。母の顔を見つめながら様子をうかがっていると、みるみるうちに母の顔が青ざめた。

「なんだったの?お母さん。」

つくもは決していい知らせではないことを察し恐る恐る母に問いかける。

青ざめた顔で母は口を開く。


「お父さんが、死んだって。」

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