第2話
「ちょっと、さっきから何触ってんのよ」
力任せに周りを押し退けて振り向いた女は、範之の真っ正面に顔を据えた。
「は?」
一度体験している範之は、前回と違って強気だった。身に覚えのないことで犯人扱いされる
「何よ、とぼけるつもり?」
今回は前回の女と違って手強そうだった。だが、やってもいない痴漢を認め、穏便に済ませるために示談にする気はなかった。
……妻とも別れたんだ。守るものは何もない。仕事も
……前回の痴漢騒動の時もこの匂いがしていた。……左側からだ。
「ちょっと、聞いてるの?」
「……ああ。告訴でもなんでもしてくれ。悪いがあんた、俺のタイプじゃないし、触ろうとも思わないし」
途端、周りから
「うう……何よ、失礼な。
「その前に
「くうう……」
女は悔しそうにしながらも反論できなかった。
「それから、いいことを教えてやるよ。裁判になったら、どこを触られたか、触られたとこを克明に説明しなくちゃいけない。その上、『処女ですか』とか、『最後の性行為はいつでしたか』とか、
範之は大袈裟な言い方をした。女は悔しそうに唇を噛んで範之を睨み付けると、開いたドアから降りた。そして、左の女が降りようとドアに向いた瞬間、顔を覗こうとしたが、俯いたその顔は長い髪に隠れて見えなかった。
長い髪に焦げ茶のコート、黒のショルダーバッグに黒いブーツ。この3点を目印に、範之は少し距離を取ると女を
女は西口に出ると、信号を渡った。よそ見するでもなく、早足で歩くと、次の信号を渡り、路地に入った。路地に入って間もなく、クリーム色のオフィスビルに入っていった。
自動ドアを覗くと、エレベーターに乗り込む女が見えた。急いで中に入ると、エレベーターは、5Fで停まった。1Fに設けた郵便受けを見ると、5Fは、
〈株式会社tel・communicate〉
〈㈲優紀書房コミック天国〉
〈puzzle・circle(株)光洋出版〉
と、あった。この中のどれかだ。
範之は当日、体調を理由にして遅刻した上に早退すると、そのビルのドアが覗ける雑居ビルの階段の裏に隠れた。
5時過ぎ、ドアから出てきた数名の中に、焦げ茶のコートが居た。その顔を見た途端、アッと思った。……似ていると。
俺と同年代だろうか、女は皆と
女が乗った車両より一つ手前に乗ると、範之は貫通扉から女を監視した。……降りる駅は一緒のはずだ。優先席付近に腰掛けた女は、アナウンスの指示どおり携帯を開くこともせず、
案の定、同じ駅で降りた女はエスカレーターで上ると、定期で出た。女の出口は、範之のマンションとは逆だった。女は駅前のスーパーに入った。――レジ袋を提げて出てきた女は、駐輪場を過ぎると、信号を渡った。
長身の範之は、女が立ち止まる度に、身を隠す場所に苦慮した。女は2本目の路地を曲がった4軒目のマンションに入った。
201山口
202MASUDA
203福井
204鮎川
とあった。鮎川!……
帰宅して、例の3社の電話番号を職業別電話帳で調べた範之は、明日、電話することにした。
翌朝。急行・池袋行きに鮎川の姿はなかった。車両を変えたのか、1本ずらしたのか……。――昼食の時間を利用して電話をした。果たして、3番目の会社に鮎川が居た。
「はい、お電話代わりました」
「……田辺範之です」
「!……」
その沈黙で、驚いている顔が推測でき、同時に俺の名前を知っていることも明るみになった。
「めぐみさんの件でお話が――」
「なんでしょう」
(やっぱりか、めぐみを知っていた。推察どおりだ)
「あなたの会社の近くにある、〈ボローチェ〉という喫茶店をご存じでしょうか?5時過ぎに待ってます」
「……分かったわ」
「それじゃ」
やはり、めぐみを知っていた。たぶん、姉だろう。そして、俺を痴漢に仕立てたのもこの女だ。なぜだ?俺を陥れた理由を聞き出してやる。範之は取り調べに挑む刑事のような心境だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます