混血のゴブリン
@myosisann
第1話 始まり
夜の深い森。激しい雷雨の中を、1人の若い女性エルフが必死に逃げていた。追手の気配は今のところまだ無い。
「はあっ……! はあ……っ!」
「グギャッ……! グギャッ……!」
彼女は両手に何かを抱えている。白い布に包まれているそれは、何やら不気味な声を発していた。
「あっ……!」
若い女性エルフが太い木の根に足を取られた。前のめりに倒れる際、抱えている者をぎゅっと抱きしめる。
大雨で濡れた大地に転げた。衣服が泥にまみれる。綺麗な白い肌に無数の傷がついた。
「つっ……!」
「ギャッ……!? グギャ、グギャ」
彼女の痛がる声に、抱きしめられている者が、心配げな声音を上げる。すると、彼女が微笑みながら胸に抱えている者を見降ろした。
「大丈夫。私は、平気だから。どこも怪我してない?」
だが、暗い視界のなかでは確認することができない。「ギャ、ギャ」と、不気味な声がこだまするだけ。
そのとき、大きな稲光が頭上で起こった。膝をつき座り込んでいる彼女の周囲が、眩い銀色の光に照らされる。両手に抱えている者の姿を見る事ができた。幼子。だが、エルフとは似ても似つかない。
彼女は思わず身をすくめた。目には涙が滲み始めた。恐怖で。まるで、魔物みたいだったから。
ピシャッ! ピシャッ!!
眩い雷光が上空でほとばしり、幼子の顔を何度も照らした。
常に獲物を探し求めているかのような鋭い獣のような眼光。異様に大きな口から覗く真っ赤な舌は、まるで血の色。鋭利な歯ものぞかせている。そして、全身が緑色に染まったその幼子はまるで――、
「つっ……!?」
女性は抱えている幼子を胸元から離した。本能が『この子から逃げろ』と叫んでいた。
「ギャッ……? ギャッ……?」
幼子が不思議がるような声音を上げ、小さな手を彼女に向ける。母のぬくもりを求めるかのように。
だか彼女は、その子を引き寄せず、そっと地面に置いた。そして立ち上がり、走り出した。
これで、良いんだ。私が、あの子を育てる必要は――、
「ギャッ……! ギャッ……!」
悲痛な叫び声がこだました。
「はっ……!!」
女性は思わず立ち止まった。激しい雨に打たれながら、スッと、瞳から涙がこぼれた。自分が今何をしようとしているのか、その残酷さに気付いてしまった。
我が子を、見殺しにするなんて……!!
振り返り、駆け戻った。そして目の前の我が子を強く抱きしめる。
「ギャッ……、ギャッ……」
幼子が穏やかな声音を上げるなか、女性は大粒の涙を流しながら震える声で語りかける。
「ごめんね……! ごめんね……!! ううっ……、ごめんね……」
「ギャッ、ギャッ」
母の悲痛な思いを慰めるかのように、明るい声が響く。そして彼女の脳裏にあの男の言葉がよぎる。
『辛い思いをさせて、すまなかった。身勝手な事だとは分かっているんだが…………、俺は、2人の事を愛している。だから、幸せに生きてほしいんだ』
そう言って私達を逃がした彼は、とても穏やかで優しかった。あんなゴブリンと出会ったのは、初めてだった。
いつの間にか、雷雨は鳴りを潜めていた。雲の切れ目から月明かりが覗き、暗い森に穏やかに降り注ぐ。
「キャッ、キャッ」
と、楽しそうな声音が、暗い森の中にこだまする。若い女性エルフは、我が子を温めるかのようにギュッと胸に包み込んだ。
「もう、手放したりしないから。ごめんね……」
愛しの我が子の顔を見つめる。強面の顔がふと、彼に似ているかも、と思わせた。でもどこか、穏やかで優し気な雰囲気。それは、もしかして、私に似ているのかも知れない。
若い女性エルフは、一瞬はにかんだ。すると、彼女が少し考える仕草をする。そして、何かを決めたかのように頷くと、優しく我が子に微笑みかけ、告げた。
「一緒に、幸せになろうね…………、アモル」
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