第36話 二人きりの地下遺跡
落下が始まってすぐ、千司は足元の大穴へと視線を向けた。そこに広がるのは何も伺う事のできない暗闇。多少の高さなら問題はないだろうが、どこまで続くともしれない正体不明の大穴を前に、千司に余裕はなかった。
千司は落下する際に庇うように抱き着いてきたセレンの背中に手を回して離れないようにすると、右手で腰の剣を引き抜いて近場の壁に突き刺す。
「……っ」
だが勢いのついた二人分の体重を支えることは難しかったのか、剣は岩肌を削りながら落下を続け、最終的に中ほどからぽっきりと折れてしまった。
「くそっ」
「貴公! これを使え!」
咄嗟に千司のやりたいことを理解したセレンが、自身の剣を引き抜いて渡してくる。これを受けてすぐさま姿勢を整えると、千司は再度壁に剣を突き刺した。
ガリガリと岩肌を削りながら数メートルほど落下。
一度目の行動で落下の速度が弱まっていたのか、今度は静かに制止した。
(あっぶねぇ~)
流石に肝が冷えた千司である。まさかこんなところで死にたくはない。まだせつなや文香たち勇者、それにリニュやエリィといった好感度を上げた人々を、絶望に落としていないのだから。
安堵の息を吐いてから数秒後、千司たちの足元から瓦礫のぶつかる音が大穴に響いた。どうやら底に辿り着いたらしい。最終的には百メートル以上落下しただろうか。
いくら千司とセレンのステータスが、異世界において強者の部類に入っていようと、瓦礫を伴ったこの高さの落下を受けては到底無事では済まなかっただろう。
「何とかなりましたね」
「あぁ、貴公のおかげだ。ありが――」
感謝の言葉を述べようとした瞬間、服を掴んでいたセレンの手が滑る。緊張の糸が切れたのだろう。掴むものを失った彼女の身体は再度自由落下を始めようとして——千司はすぐさま背中に回していた腕に力を込めて抱き寄せる。
「……っ、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
慌てた様子で千司の背中に手を回し、体勢を整えるセレン。
最終的に千司の肩に顎を乗せると、安堵の息を吐いた。
「正直生きた心地がしなかった。貴公、助か……」
と、そこでセレンの言葉が止まる。
彼女は徐に顔を上げると、自身の状況を確認するように視線を動かした。
そこには抱き合う二人の男女。抱き寄せた都合上、先ほどよりもその身体は密着しており、セレンの形のいい胸が千司の胸板に押し付けられている。その下では互いの腹部が接し、足元も離れまいと絡み合っていた。
セレンが顔を上げる。
目が合う。
「……」
「……っ!?」
状況を理解した瞬間、彼女は取り乱したように距離を取ろうとした。
「っと、暴れないでください」
「ま、まて、待て待て待て! ダメだ、これはダメだ!」
「そんなことを言ってられる状況でもないでしょう」
「だ、だが、近すぎる! これは余りにも不純で不道徳だ!」
「何を言おうと離れようがないんですから今は我慢してください」
「ぐ、ぐぬぬ……」
千司の言葉を受け、渋々と腕の中で大人しくなるセレン。彼女は暫し葛藤した後、腕を使って僅かに肉体を離しつつ、話題を逸らすようにぼやいた。
「そ、それで。これからどうする?」
「そりゃ昇っていくのが一番なんでしょうが……」
かなり落下したため大穴の入り口は見えない。セレンの剣と千司の折れた剣を交互に突き刺して昇ることは出来るだろうが、一度失敗すれば終わりである。
(それに……上に昇るとなるとあの大剣を諦めることになる)
『エスパラベヒモスの神経毒』を千司は脳裏に浮かべる。
床の崩落はロイアーの近くに落ちていた一振りを回収した直後の出来事だったため、大剣は瓦礫と共に穴の底である。
千司はちらりと下に目を向け――その最奥が淡い緑色に発光していることに気付いた。
「セレン団長、あれ何かわかりますか?」
「ん? ……何だあれ。自然物には見えないが」
ふと思い出すのは同所が古代エルフの遺跡であるという事。教会に用いられていた材質や永遠に水の湧き出る魔法陣が用いられた噴水を思うに、その文明が発達していたのは想像に難くない。
つまり、教会の下に何かしらの地下空間を設けていたとしてもおかしくはない。『エスパラベヒモスの神経毒』により出現した蔦で、地下空間と地上との間の岩々が砕かれて崩落。あり得ない話ではない。
(仮に地下空間を作ったのが古代エルフなら……当然地上に戻る方法もあるはず)
「……降りましょう」
「正気か?」
「上に行くよりは近そうですしね。ひとまず体勢を整えたいと思います。それに、下で『エスパラベヒモスの神経毒』を発見できれば、あの蔦を使って上ることができるかもしれません」
「……わかった」
セレンが首肯を返したのを受け、千司はセレンの剣と自身の折れた剣を手にする。これを交互に突き刺して降下するつもりであった。
折れた方は刺さりにくいだろうが、それでも勇者ステータスをもってすればやってやれないことはないだろう。
「では、セレン団長。もう少し強く抱き付いてもらえますか?」
「……は?」
淡々と告げると、低い声が返ってきた。
そこには嘘偽りのない嫌悪が滲んでいる。
「剣を交互に刺しながら降下しようと思いますが、バランスが崩れると危険です。なので掴まってください」
「……不純だ」
「ここから脱出するためです。最善を尽くしてください」
「その言い方は……卑怯だ。くそ」
不本意極まると言った声色で悪態を吐くと、もぞもぞと姿勢を変更するセレン。両手を千司の首に回し、両足も腰に回して所謂だいしゅきほーるど状態である。
顔の位置も先ほどと同様に近付き、時たま頬が触れ合うたびに、彼女の身体がピクリと揺れた。
「動かないでください」
「う、うるさい! これでも我慢している方だ! 貴公のような者とこのような……っ」
「酷くありませんか?」
「事実だ。それに、仮に貴公ではなかったとしても、男とこんなに密着したのは初めてのことだから……仕方ないだろう」
拗ねたように語るセレン。
「いくら何でも男性経験がなさすぎるのでは……」
「貴公が経験し過ぎているだけだっ!」
とか何とか適当に語りつつ、千司は大穴を降下しはじめた。
「因みにキスしたことはあるんですか?」
「……何故そんなことを聞く」
「少し気になっただけですよ。あとはただの暇つぶしです」
まず間違いなくないだろうな、と思いつつ尋ねると、返って来たのは想定通りの回答。
「……ない。ヘリスト教は不特定多数との肉体接触を禁じている。性交以外にも、あらゆることに純潔であることが求められる」
「なら抱擁は?」
「……命がけの任務を終えた際に、仲間となら」
「そういうのじゃなくて、恋愛的な意味合いでは」
「……ない」
「手を繋いだことは……」
「小さいころ、迷子になりそうだった所を司祭に手を引かれた」
「……なるほど」
想定していた以上に異性経験のない騎士団長である。
しかし敬虔なヘリスト教信者である彼女ならそれも誇る事なのだろう。
などと思っていると、低い声が耳朶を打つ。
「馬鹿にしているのか?」
「いえ、そんなつもりは……」
「……正直、私は思っている。このままでは行き遅れるのではないか、と」
「……」
知らないよ、とは喉元まで出かかった言葉。
千司は黙って先を促す。
「多くの者は十代のうちに結婚する。だというのに私は特定の誰かと交友を深めることもほとんどなく、既に二十三だ。少しは焦りを覚えてくる」
「騎士団長ならお相手などすぐに見つかるのでは」
「私は騎士だが、生まれは平民だ。私の地位を求めて求婚したい者は生まれの部分で躊躇し、生まれを気にしない者は地位で躊躇する」
「なるほど」
封建制度の面倒臭い部分を垣間見た瞬間であるが、千司としては心の底からどうでもいいので話半分に聞きながら、降下を続けた。
「貴公、私からも質問だ」
「はい」
「最後までしたのは何人だ」
「……変態」
「そ、その言い方は些か卑怯ではないか!?」
「冗談ですよ。ただ、そういうのは他人に教える事ではないと思うので、回答は差し控えさせていただきます」
「ふんっ、こんな時だけ常識人面するとは……貴公はズルい」
不満を表すようにぎゅっと抱き着かれる千司。
以降は他愛もないことを話しつつ大穴を下る。やがて大きな空間に出たのか、壁がなくなった。淡い光に照らされた底は三十メートルほど下。積み重なった瓦礫も考慮すればもっと短い。飛び降りても問題はないだろう。
「セレン」
「分かってる奈倉」
意識を切り替え、周囲を警戒する千司とセレン。視界にモンスター等の姿は見えないが、それでも同所は未知の領域である。千司はセレンに剣を返却すると、スリーカウント。
カウントがゼロになると同時に突き刺していた折れた剣を引き抜くと、二人は静かに瓦礫の上へと着地した。直後、セレンと背中合わせになり、周囲を警戒。
そこは広大な空間だった。上の教会を飲み込んで余りあるそこは、石畳の床に、細かな装飾のされた壁面。その一部には光源となっていた淡い緑色の光を放つ石が取り付けられていた。
地面の至る所には苔や雑草が生えており、それらが緑の光源に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出している。
上の廃都市が『遺跡』であるのなら同所はまさしく『地下遺跡』。
「な、なんだここは……」
周囲に生き物の気配がないことを確認したセレンが、幻想的な光景に感嘆の息を吐く。
「エリィ曰く、地上の遺跡は古代エルフの物だそうです。この施設も、それに関連する物なのでしょう。……何はともあれ、少し休みませんか」
そう言って千司は瓦礫を下り……その途中で『エスパラベヒモスの神経毒』を発見。回収してから近くの壁を背に、座り込んだ。
「だ、だが……」
「ここまで立派な遺跡なら、地上への道ぐらいありますよ。最悪の場合は穴を登る方法もあります。登るにしても休息は必要ですよ」
「……それも、そうか。なら私も少し休むとしよう」
小さく息を吐くと彼女も瓦礫を下りて千司の隣に腰掛けた。距離にして拳二つ分。手にしていた剣は万が一に備え、すぐ手に取れるよう抜き身のまま傍の壁に立てかけられた。
二人の間に静寂が下りる。
しかし長くは続かず――先に口を開いたのは千司だった。
「そう言えば、結局聞けていませんでしたが……何故、あの時ロイアーに加担しようとしたんですか?」
「……貴公は言いにくいことを直球で聞いてくるな」
「いずれ聞かなきゃいけない事ですからね」
「……そうだな」
セレンは小さく息を吐き、どこか遠くを見つめながら口を開いた。
「私は、ロイアーが王女の指示で動いているのではないかと思ったんだ」
「それはまた……何故そう思ったのか聞かせてもらっても?」
まさかここまで素直に話すとは思っておらず、千司は内心で少し驚くと同時に、セレンに対する評価を下げる。
(馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまでとは……いや、純粋と言い換えた方がいいのか?)
そんな千司の想いなど露知らず、セレンは言葉を続ける。
「あの時、ロイアーは私に向かって『奈倉千司に手を出すのか』と口にした。明らかにあの場面にはそぐわない言い回しだ。そして、その言い回しを、私は以前王女より受けたことがあった。王女が貴公を狙う理由はおそらく『裏切り者』の可能性。貴公は頭が切れるからな、それを恐れたと思われる。……故に、この流れがすべて王女によるものではないかと、私はそう思ったのだ」
(疑われているとは思ったが、殺し屋を差し向けるほどとは。今回の失敗で少し落ち着く可能性は……ないだろうな)
千司はライザの性格を思い出しつつ思考を巡らせる。
一方で、セレンとの会話も続行。
「なるほど。王女の指示なら仕方がありませんね。……ですが、それなら何故助けてくれたんですか?」
セレンは膝を抱え、視線を地面に落としながらもごもごと口を動かす。
「理由は多い。まず確証がなかった。私の勘違いの可能性があった。教会が王女を通して私に指示した可能性もあった。他にも、もしこれが王女の思惑でなかったとしたら、私はとんでもない失態を侵すという恐怖も。……だが、それ以上に」
セレンは横目で千司を見つめる。
そこに嫌悪の色はない。
むしろどこか好意にも似た感情が覗いて見えた。
目は口程に物を言うとはこのことだろう。
拳二つ分空いていた両者の距離が、僅かに縮む。
視線が絡み合う中、セレンは告げた。
「私は、貴公を信じたいと思った。死の直前まで仲間のためを想い、抗い続ける貴公を、私は殺してはならないと思った。例えそれが——の——に、反しても」
その言葉を口にしなかったのは、彼女の王女に対する忠誠心が故だろう。
仮にそう思って行動したとしても、口にすることは許さないとばかりに。
「……そうですか。それは……辛い選択をさせてしまったようで、申し訳ないですね」
「貴公が謝ることはない。私が考え、私が選んだ。これまで命令されるだけだった私が、自分の意志で、大切な仲間である貴公を選んだ。ただ、それだけだ」
「そこまで言っていただけるのは、嬉しいですね。ありがとうございます、セレン団長」
「……っ、だ、だが勘違いするな!? 貴公のことは大切な仲間だと思うが、だからと言って貴公の人間性を認めたわけではない! 私は貴公のことが大嫌いだ!」
「わかってますよ」
ふんふんと鼻息荒く語るセレンに千司は苦笑を浮かべつつ、言葉を続けた。
「ですが、もし仮に王女の命令だった場合はまた狙われるのでは?」
「その可能性がないと言えば、嘘になる。だが、私は貴公を守ると決めた。貴公は信用に足る仲間だと、そう考えた。故に、王女にそれを伝える」
「……なるほど」
「安心しろ、王女と私はそれなりに長い付き合いだ。私はあの人が優秀な人間であると理解しているし、決して間違うことが無いことも知っている。そして、私の言葉を理由もなしに否定するような薄情な方ではないという事も知っている」
「そうですか……」
適当に相槌を返しつつ、千司は思う。
(ライザちゃんはセレンの話なんか聞かないよ、絶対に)
と。
あのライザが
それは千司の護衛にセレンを付けたことからもうかがえる。
仮にロイアーにより千司が殺されていた場合、他の勇者に報告される際、何と報告されるか。答えは簡単。護衛のセレンがミスを犯した。
(そして切り捨てられる、と。あぁ、何て可哀想なんだ。これを伝えたらセレンはどんな表情をするのか……きっとものすごくエロいんだろうなぁ)
見てみたい欲がマッハな千司であるがここは自重。
「ライザ王女のことを信頼しているんですね」
「……あぁ、まだ
どこか懐かしむように語るセレン。
そんな彼女を見て、千司は彼女の心に踏み込むことを決めた。
「セレン団長は平民の出と聞きましたが、どうやって知り合ったんですか?」
「そ、それは……」
言い淀むセレンに、千司はすぐに首を振る。
「あぁいえ。言い辛いことなら無理にとは……」
その言葉を受け、彼女は数秒ほど口を閉ざした後、横目に千司を見つめて……小さく呟いた。
「……貴公なら、構わない」
「ありがとうございます、セレン団長」
「そ、その代わり……その、畏まった言葉遣いを止めろ。私たちは仲間だ。エリィやアイリーンと話す時と同じように、その……砕けた口調で、頼む」
意外な要求に驚きつつも、千司は首肯。
「わかったよ、セレン」
「……ありがとう、奈倉千司」
短く感謝を口にしてから、セレンはゆっくりと昔を思い出すように——苦痛に顔を歪ませながら語り始めた。
「……私が育った場所は掃き溜めでな。スラムにある違法な娼館が、幼少の大半を過ごした場所だ。と言っても、娼婦としてではない。私は昔からステータスが高かった。故に、用心棒として雇われていたんだ」
語られた意外な境遇に、千司は内心驚いた。
(エリィもそうだったが、この世界はどこまでもステータスで判断されるんだな)
エリィの場合、魔法の数値が高かったゆえに、村の防衛を行っていたと言っていた。そんなことを思い出しつつ、千司はセレンの話に耳を傾ける。
「環境は劣悪だった。性病で死んでいく娼婦の数が多く、客に殴り殺される娼婦も多い。娼館の中は男と女のすえた匂いと、タバコと薬物の煙で充満していた。そんな中で、私はひたすら用心棒をしていた。唯一の娯楽と言えば、馬鹿な客が語るありがちな昔話くらいなものだ」
「昔話?」
「どこにでもある話だ。囚われの王女を救い出す勇者の話。二人は真実の愛を見つけ結ばれる。そんな話を薬物片手に性病まみれの娼館で語る男は、今思うと性格が悪いにもほどがあると思うがな」
千司としてはこれ以上ないお友達の気配を感じる相手である。
是非とも紹介して欲しいものだ。
そんな想いに気付くことなく、セレンは続ける。
「……だがまぁ、幼少の私はその姫に憧れた。憧れて、掃き溜めの中で勇者を待ち続けた。いつかきっと、ここから助け出してくれる人が来ると思って。——そこに現れたのが、ライザ王女だ」
「……」
「当時五歳の彼女は、違法な娼館を摘発する騎士たちの指揮を執っていた。私は用心棒として戦い、敗れ、そして助けられた。実力を買われ、孤児としてヘリスト教の孤児院に預けられながら、騎士としての訓練に参加。その間も王女は私を常に気に掛けてくれてな……そして、今に至るという訳だ」
セレンの話を聞き終え、千司はどこか納得していた。
平民出身である彼女が碌に社会常識を知らない事であったり、ヘリスト教の教義に強く惹かれていることであったり。後は、彼女が馬鹿である理由も。
(ライザちゃんが五歳ってことは、セレンは十歳かそこら。そんな環境ではまともな教育などありえないだろう。加えて助け出された後も騎士として訓練……今の年齢で騎士団長をやっていることを思えば、まともな人生経験すら詰んでいないのだろうな)
「そんな過去があったのか……」
「あぁ、正直思い出したくない出来事ではあるが……それでも貴公なら、構わない」
「何故そこまで?」
千司の問いかけに、セレンは数瞬悩んだように視線を落とし、顔を上げて——まっすぐに千司を見つめながらはにかんだ。
「ライザ王女は、私の憧れの如く掃き溜めの中から救い出してくれた。私はそんな彼女に従い、それでいいと思っていた。だが、それじゃあ私はいつまでも一人で歩けない。……そんな中で、貴公は抗う姿を見せてくれた」
セレンは優しい声色で呟く。
甘い声で、囁く。
「どんな苦境でも、掃き溜めのような現実でも抗って、自ら行動することを止めない。そんな貴公の姿を見て私は——」
と言いかけたところで、トンッとセレンの肩が千司の肩にぶつかった。
気付けば拳二つ分空いていた両者の距離はゼロとなり、かすかな息遣いも感じられるほど。
「……っ、な、なな、なんで近付いているんだ!?」
「いや俺は動いてないが」
「う、嘘を言うな!」
「ならそれは何だ?」
千司が指さした先には、休憩に際して壁に立てかけたセレンの剣。現在の位置とは拳二つ分ほど離れたところにあるそれを見て、セレンは閉口。
ふるふると震えながら千司を振り返り、視線が交差した瞬間——顔を真っ赤にして後退った。
「ち、違うからな!?」
「……」
「わ、私は貴公のことが嫌いだ! はっきり言って軽蔑している! 貴公が女と話すたび、いらいらと鬱憤を募らせている! それもこれも貴公の人間性が所以だ!」
「その言い方だと、前から俺に好意を抱いているみたいに聞こえるが?」
「っんな!? ち、ちが――あうあうぅ……っ、お、終わりだ! 休憩は終わり! そろそろ地上への道を探すぞ!」
逃げ出すように立ち上がったセレンは、顔をそむけたまま壁に立てかけた剣を手にし、一人歩き始める。
(……正直想定外だが、まぁいいか。セレン顔は良いし。このまま適度に好感度を稼ぐとするか)
今後の動きを考えながら、千司は『エスパラベヒモスの神経毒』を片手に、彼女の後を追うのだった。
§
地下空間を歩いていると、ある一角で魔法陣の描かれた円柱状の祭壇のようなものを発見した。そこに記された文言は、虫眼鏡があれば読み取れるだろうかというほど細かく、どういったものなのかはとんと見当がつかない。
祭壇の正面には巨大な両開きの扉が存在した。
中に何かあるのかと近付いてみると、扉は押しても退いても開くことはなく、それどころかよく観察すると壁面に掘られた扉の絵であることが判明した。
「なんだこれは……正直に言って気味が悪いな」
それは確認を終えたセレンの言葉。
千司も同様の意見である。
普段準備を整え、勝てる勝負しかしない千司であるから、そんな思いも一入。
「まぁ、出入口じゃないなら今は放置でいいだろ。詳しいことは専門家に任せるとしよう」
「だな。っと、貴公! あれ!」
セレンが指さした先に視線をやると、壁面の一部——丁度生い茂った雑草の陰になって見えにくい箇所に、横道らしきものを発見した。
覗き込んでみると、そこには上階へと続く螺旋階段が続いている。
「やはり階段があったか」
「貴公の言った通りだ。流石だな」
「ありがと。でも偶然だ。……兎にも角にも、上に戻るとしよう。エリィやアイリーンが心配してるだろうしな」
「そうだな。……っと、その前にあの光る石を一つ持って行かないか? 見たところ、階段はかなり暗そうだ」
「それもそうだな。流石は騎士団長様」
とか何とか、適当にセレンを褒める千司。
彼女はにこにこと笑顔を浮かべで、光る鉱石を回収しに向かった。
自然物とは思えないそれは、おそらく魔道具の類だろう。
と、千司が思考を巡らせていた時だった。
徐に先ほどまで観察していた祭壇が淡い緑色に発光。それはおそらく魔法陣の発動を意味するのだろう。光は地面を伝い、巨大な扉の淵をなぞるように流れていく。
「セレン!」
「……っ」
千司が叫ぶと同時、セレンも扉の変化に気付いたのか光る鉱石の回収を諦めて千司の待つ横穴へと引き返す。近付いてきたところで手を差し出すと、彼女はこれをぎゅっと握り、一息に引っ張って横穴の中に二人身を寄せ隠れた。
大穴を下った時同様、身体を密着させながら息を殺す。
そうして二人が見つめる先。
壁に掘られただけの巨大な扉の絵が——ゆっくりと動き始めた。
(さすが魔法、何でもありだな)
最悪『偽装』を使って気配を偽ろうと考えていると、扉の奥からそれは現れた。
見た目は身長は百九十センチほどの
両手に巨大な盾を備え、背後にも二枚の巨大な盾。どれも先端がとがった形状をしており、カイトシールドに酷似している。盾の下には全身一部の隙も無く埋め尽くすように分厚い鎧を纏い、頭部も同様で顔はうかがえない。関節部分にも厚手の布を巻きつけられ、まさしく重戦士と言った装いである。
(……何かはわからんが、見るからにヤバいな。セレン、オーウェン……いや、リニュと同等ぐらいか?)
重戦士は扉を抜けるや否や、瓦礫へと視線を向ける。
次いでその上部を見やり大穴を発見。
瞬間、見てわかるほど警戒心を強めた。
(よく分からんが、さっさとこの場を後にしよう。明かりが無いのは不便だが、あれの相手をするよりはましだ)
千司は冷静に状況を判断すると、セレンを連れて階段を昇ろうとして——重戦士の視線が千司たちの方へと向けられた。
「……っ」
千司はなりふり構わず『偽装』で姿を隠そうとするが、それより早く重戦士が接近。右手の巨大な盾が、振りかぶられ——切っ先が千司たちを捕らえた。
―――――
あとがき
先週、更新できなくてすみませんでした!( ;∀;)
個人的な用事で執筆時間を設けることができず…orz。
一応今週の木曜日にいつも通り一話更新するつもりですが、間に合うか不明な為、一日二日遅れるかもしれません。際しては活動報告の方でお知らせしますので、どうぞよろしくお願いします。
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