第37話 漆黒の重戦士と帰還

 瞬きの間に眼前へと移動していた重戦士。

 振りかぶられた盾の先端は鋭く、直撃したのならば容易に命を刈り取ってしまうだろう。


 『偽装』は既に間に合わない。千司は仕方がないなと内心半笑いでセレンを身代わりにしようとして——それより早く、彼女自ら重戦士の前に立ちふさがった。


「ま、待て! 我々に敵対の意思はない!」

「……っ」


 声を震わせながらも千司を守らんと叫ぶセレン。

 これを受け、先方からは顕著な反応が返って来た。


 まさに振り下ろす直前だった盾は、その途中で制止し、ゆっくり真横に降ろされる。同時に振りまかれていた殺意も薄れ、それどころか重戦士はこちらを気遣うように一歩、二歩と距離を開けた。


(これは……見た目通り人ってことか)


 重戦士の動きを観察しつつ、千司は思う。


 見た目が人に近しい物であっても、中身がそうとは限らない。かつてダンジョンの十階層にてボスであるアナスタシアと交戦した際、彼女は蔦を用いて鎧を遠隔操作していた。


 これに加えて魔法学園で勉学に励んでいた際に、人間に化けるモンスターの存在を学んでいる。


 故に、千司は目の前の重戦士もその類と推測していたのだが……先ほどの反応を見るに少なくともコミュニケーションが可能な存在であることは確かだろう。


(だからと言って、警戒を解く理由にはならないが)


 などと考えていると、先に声を出したのは重戦士だった。


「もしや、人間ですか?」


 男の低い声だ。

 年のころは中年と言ったところか。


 これにはセレンも僅かにたじろぎつつ、言葉を返す。


「あぁ。そ、そちらも人間で、間違いはないか?」

「えぇ、間違いありません。そして申し訳ない。よもやこのような場所を訪れる人間が、自身を除いて他に現れると想定していなかったもので。てっきりモンスターの類と勘違いしてしまいました」

「それは我々も同様だ。それで……貴公はいったい何者だ?」

「自身は冒険者を生業とする者です」


 そう言って重戦士は懐に手を突っ込むと、千司も見覚えのある一枚の板を取り出した。それは冒険者ギルドにて発行される冒険者証明書である。ランクは千司よりも上の白金級・・・


 以前、メアリー・スーとして王都の冒険者ギルドで暗躍していた頃に知り合った、ゼッドという白金級冒険者が所有していたものと同じである。


 王都には三人の白金級冒険者が居り、一人はゼッド、もう一人は女、そして最後の一人は行方不明であると千司は聞いていた。


(……まさか、その行方不明だった奴か? いや、普通に他の町の冒険者って線もあるが……)


 などと思考を巡らす千司の隣で、ふとセレンは重戦士を見つめながら何事かを呟いた。


「冒険者、白金級……それにその盾……」


 やがて「まさか」と目を見開いて、男に問いかける。


「もしや貴公は、サバト・ガンドラハム殿か?」

「おや、何故自身の名を……いえ、その顔どこかで見覚えがありますね。確か、以前王女に呼ばれて王宮に赴いた際に……そうそう、第一騎士団の中に貴女の姿を見た覚えがあります。年若い女騎士は珍しいですからねぇ」


 その言葉に、セレンは居住まいを正してから自己紹介。


「私は第一騎士団団長をしているセレンという。なら――」

「えぇ、自身の名前はサバト・ガンドラハムで間違いありません。と言っても、ガンドラハムは既に捨てた家名ですが」

「やはり……二年前に行方不明となったと聞いていたが、まさかこのような場所にいるとは」


 驚いた様子で口元に手を当て頷くセレン。

 彼女の言葉から察するに、やはり目の前の男が行方不明になっていた白金級冒険者で間違いないのだろう。


「セレン、俺にも紹介してくれないか?」

「っと、すまない。彼の名前はサバト・ガンドラハム殿と言って、王都リースを中心に活動する国内最強の冒険者だ。どれほど強いかと言えば——王女曰く、剣聖殿に匹敵する程らしい」

「……それは、凄いな」


 セレンの紹介を受け、千司は思わず閉口する。


 この世界における冒険者ははっきり言って強くはない。一般人より多少ステータスは高いが、基本的に騎士に届かなかった者たちが落ち着くポジションだからだ。


 それは当然白金級冒険者でも変わらず、ゼッドなんかは召喚された当初の金級勇者より劣るレベル。


 にもかかわらず、ライザが剣聖リニュ・ペストリクゼンと同等と評価するのであれば……それ即ちアシュート王国内でも指折りの戦力という事になる。まず間違いなくオーウェンより強いのだろう。


(リニュが竜人族ドラゴニュートであるように、異世界特有の不思議種族か、それともその血が混じっているか。……先ほど『ガンドラハム』を「捨てた家名」と言ったことを考慮すれば、おそらく貴族の家系ではあるのだろうが)


「貴族出身の人なのか?」

「それもそうだが、何でもガンドラハム殿は巨人族の血が入っているらしい」


 千司の問いかけにさらりと答えるセレン。

 そんな彼女の言葉を補足するように、重戦士が口を挟む。


「と言っても、記録さえ定かではない程の遥か昔に、一度だけ交わっただけの薄い血ですがね。それに冒険者になる際、実家とは縁を切りました。今はただのサバトですよ」


 確かにサバトの背は高い方だが、それでも巨人というほどではない。薄い血というのは本当なのだろう。おそらくは先祖返りの類。


「それよりも、自身にもそちらの少年を紹介してはいただけませんか? セレン団長」

「っと、そうだったな」


 セレンが視線を向けてきたのに応じて、千司が口を開く。


「初めまして、サバト殿。俺の名前はナクラ。ただの冒険者だ」

「そうでしたか。よろしくお願いします、ナクラくん」


 平然と嘘を吐く千司に、セレンから僅かに驚いたような視線を向けられる。身分を偽るとは思っていなかったのだろう。だが、千司からすれば信用するにはまだ早い。


 何故なら、彼が勇者の敵である可能性があるからだ。


 行方不明だった冒険者で、未だ素顔は見えず、中身がどんな性格なのかも不明瞭。考えうる最悪のパターンはサバトが魔族と繋がっていること。その場合『裏切り者』としてはこれ以上ない采配であるが、それを明かす前に殺される可能性がある。


 これまで対面してきた者は基本的に千司より格下だった。

 多少強くても『偽装』でどうにかなる手合いが多かった。


 例外であるライザやリニュは、その性格から『裏切り者』である証拠がない限り手を出してこないのは分かる。


 だが、目の前の人物は全くの不明。

 何を考えているのか分からない人物が、自身を容易に殺しうる。


 そんな状況で、おいそれと危険な橋を渡ることは出来ない。


「それにしても、サバト殿は何故ここに? 二年前に行方不明となったと聞いておりましたが……」


 セレンの問いかけに、サバトは両腕に装着していた盾を外して地面に突き刺し、近場の瓦礫に腰掛けながら答えた。


「いや何、二年前ダンジョン・・・・・探索中に偶然にもこちらを発見したものでしてね。同所はモンスターも湧かず、休憩するに申し分ない故に間借りしていた次第なのですよ」

「……ダンジョン?」


 困惑した様子で千司に目配せしてくるセレン。

 しかし千司とて目の前の重戦士の言葉はいまいち理解できていなかった。


 そんな二人に気付かず、次はサバトが問いを投げかける。


「そんなお二人は何故こちらに? ライザ王女殿下や剣聖様であるなら分かりますが、失礼ながら一介の騎士であるセレン団長とナクラくんの二人で五十階層・・・・である同所を訪れるのは些か厳しいと存じますが……あぁ、もしやあの大穴を使って上層より落ちてきたのでしょうか?」


 大穴を見つめながら一人頷くサバト。

 いよいよもって会話がかみ合わない。彼の言葉をそのまま受け取るのなら、まるでここがダンジョンの五十階層であると言っているのと同じである。


 セレンも疑問に思ったのか、小首を傾げて口を開いた。


「先ほどから……貴公は何を言っているんだ?」

「はて、何かおかしかったでしょうか?」

「ここはダンジョンではないが」

「……はい?」


 返って来たのは、これまた困惑の色の混じる声。


「ここは王都リースより二日ほど行った場所にある『遺跡』の地下だ」

「……貴女こそ何を……いえ、ナクラくん。もしや貴方もそう主張しますか?」

「あぁ。ここは遺跡にある教会の地下だ。俺たちは教会内部を探索中、床が崩れてここに落ちてきた」

「……」


 これを受け、サバトは顎に手を当てながら考え込む。千司はそんな彼を睥睨しつつ、問いかける。


「そちらの話も聞かせてくれないか? なんでここがダンジョンの内部だと思った」

「ふむ、それはだな――」


 そうして、サバトはゆっくりと語り始める。


 曰く、サバトは二年前、ダンジョン五十階層を探索中に偶然から巨大な扉の絵を発見した。モンスターとの戦闘で崩れた壁の向こうからひょっこりと現れたそれは、サバトが探索中に手に入れたとあるネックレスと反応。扉の淵を沿うように緑色に光り——押し開いた先が同所に続いていたのだとか。


「これがそのネックレスとなります」


 差し出されたのは細かな魔法陣が施されたネックレス。


 材質は教会裏の噴水や、同所の祭壇に使われた謎の石と同じ物だろう。加えて魔法陣の細かさを伺うに、このネックレスが古代エルフ謹製の一品であることは間違いない。


 サバトは続ける。


「その後、こちらの一室ではモンスターの出現が確認できなかった為、自身は休憩所として利用。失踪したと言われている二年間は、ずっとダンジョン内で戦闘と探索を続けていました」

「ず、ずっとか?」

「えぇ。水は魔法で生み出せますし、食事もモンスターがダンジョンに吸収される前に食らうことが可能なので、陽の光が浴びれない以外は、特に問題らしい問題も起こりませんでした」

「「……」」


 これには千司もセレンも堪らず閉口。

 見た目は奇抜だが中身は常識人の類かと思えば、千司とは別ベクトルで頭のおかしい人物らしい。


「貴公はなぜそこまで……」

「ダンジョンは素晴らしい。故、その謎を解き明かしたいと思う事の何がおかしいでしょう。その最奥には何があるのか。かつて勇者が到達したのは七十五階層と伺っておりますが、その先は何が待つのか。未知への道を、自身は進みたいのですよ」


 長々と語るサバトは、顔を覆う兜が無ければそれはもうギラギラと輝く瞳を見せていたのだろう。


「そ、そうか……と、とにかく貴公がここをダンジョンと思っていた理由は理解した。だが、それならこの階段はどう思っていたのだ?」

「階段? ……ほう、こんなところに階段があったのですか。なるほど、お二人の話を聞くに、ここから地上へと続く階段ですね」

「まさか、気付いていなかったのか?」

「えぇ、自身は注意力散漫というか、見逃しやすい人間ですので。そうでなければ二年間失踪しておきながら未だ五十階層付近を探索しておりませんよ」

「確かに……貴公の実力を思えば、ボス戦さえ回避すればもっと上を目指せるな」

「お恥ずかしい限りです。という訳で、自身はまだ探索を続けますので、どうぞ地上へはお二人だけで——」


 と階段を指し示しながら語るサバト。

 しかしこれにセレンは強く首を振った。


「ま、待て! 現在貴公には王宮への召集命令が出ている! その身を発見次第、連れてくるようにと王女からのお達しだ!」

「自身に、ですか?」

「そうだ。魔王軍進軍に際した防衛策の一つとして、貴公の力は重要視されていた。そして戦況が変わり、いざその力を借りようと考えていた時期に、貴公は失踪。それゆえ、発見次第連れてくるようにと勅命が出ている」

「なんと、それはそれは。全くもって存じておりませんでした。……それに困りましたねぇ……何しろ自身はまだ、ダンジョンに潜っていたい」


 低い声で唸るように頷くサバト。彼は組んでいた腕を解いて、腰掛けていた瓦礫から立ち上がる。そしてゆっくりと千司とセレンの前まで近付いた。


 鋭い盾の先端が、地下遺跡の薄緑の光源を反射して煌めく。


 一見して恐ろしい圧を放つサバトに、セレンは後退った。一方で、人間観察を得意とする千司は、目の前の重戦士に敵意がないことを何となく察していた。


(こいつの性格は大体読めた)


 常の敬語に加えて、ため口で語るセレンや千司に対して特に不快感も示していない。


 一方で元貴族にもかかわらず、一介の騎士に過ぎないセレンに対して慇懃な態度を示していた。察するに、実家とは縁を切ったという言葉は、少なくとも本人にとって一般市民になり下がったと解釈して問題ない。


 ならば——と、千司はおびえるセレンの前に出て、彼女を庇うように自身の背中に隠した。現状が安全であると理解しているからこそ、好感度を上げるチャンスだと判断したのだ。


「っ、センジ」


 蚊の泣くような声で名前を呟くセレン。

 そんな二人を前に、サバトはずんずんと彼我の距離を詰めて——千司とセレンの横を通り過ぎ、その後ろの階段へと続く横道へと手を掛けた。


「それでは、行きましょうか」

「……へ?」


 間抜けな声を出すセレンに、サバトは小首を傾げながら続ける。


「おや? こちらの階段を使うのではないのですか?」

「い、いやそうだが……いいのか? ダンジョンを探索したいのでは……」


 サバトは首肯を返す。


「えぇ、探索したいですね。その最奥になにがあるのか、一秒でも早く未知に飛び込みたい。されど、それは自身の事情。たかが一市民に過ぎない自身が王女殿下の命令に逆らうことなど出来ませんよ。そうでしょう? セレン団長」

「……そ、そうだな。協力感謝する。戦争が終わり次第、国からなにがしかの援助があるよう、私の方からも掛け合ってみよう」

「それは嬉しいですね、感謝します」


 そうして、千司たちは古代エルフの地下遺跡を後にする。

 先頭からサバト、セレン、千司の順番だ。


 千司は去り際に、ちらりと祭壇と巨大な扉の絵を睥睨。


(……まぁ、魔法でダンジョン五十階層とここを繋げたんだろうが、あの技術を手に入れられるかと言えば……どうだろうな。ロベルタなら何かわかるのか……何はともあれ、また聞かねばならんことが増えたな)


 彼女を王都に呼び寄せた主目的である、とある実験について。

 地上にある古代エルフの教会について。

 度々魔法陣で記される『龍脈』なる文言について。

 そしてこの地下遺跡の巨大な扉の絵について。


 千司は王都に戻ってからのことを考えながら、階段を上るのだった。



  §



 螺旋階段を上り続ける事約三十分。日本に居た頃なら息も絶え絶えとなっていただろうが、ステータスを考慮した現状の肉体なら特段息切れすることもなく最上階まで辿り着いた。


 そこは何もない石造りの小部屋である。出口を捜索するか、地上も近いだろうという事で天井付近を破壊しようかと相談していると、徐にサバトの持っていたネックレスが発光。


 これに呼応するように、天井付近が揺れ動き隙間が生まれる。隙間は次第に広がりを見せ、その奥からはまばゆい光が視界に飛び込んできた。


「どうやら、この地下空間その物の鍵も担っていたようですね」


 とは、ネックレスを眺めるサバトの言である。


 周囲を警戒しつつ千司が外に顔を出すと、そこは見覚えのある礼拝堂の最奥だった。近くには壊れた石造の土台らしきものがあり、これが隠し階段を塞いでいたのだろう。


「なんとか無事に戻って来れたみたいだな、貴公」

「だな。一時はどうなる事かと思ったが……」


 隠し階段から同じく顔をのぞかせたセレンと会話をしていると、教会の出入り口で人影を発見。視線を向けてみると、そこには青い髪の魔女っ娘と亜麻色の髪の少女が立っていた。


 前者は一見して分かるほどに目元を腫らしており、千司の姿を見つけるや否や、てててっと駆け寄って来た。


「な、ナクラっ! セレンっ!」


 感極まった様子で抱き着くエリィを、二人で受け止める。その様子を見るに、かなり心配してくれていたのだろう。


「よかった……っ、二人とも無事で、よかったぁ……っ」

「悪い、心配かけたな。アイリーンも」


 エリィを追ってきたアイリーンにも声を掛ける。


「いえ、お二人なら何とかすると思っておりましたので。まぁ、取り乱すエリィさんを落ち着け、飛び込むにしても準備が必要と説得するのには少し骨が折れましたが」

「あ、アイリーン、それは言わないで」

「うふふ、何を恥ずかしがる必要があるのですか? 仲間想いで素晴らしいと私は思いますよ」


 などと話していると、サバトも外に出ようと千司たちのいる出入口に近付いてきた。その足音に気付いたエリィはちらりと視線を向け……。


「~~~~っ!?」


 その異様な風貌を見つけ、声にならない声を上げる。際しては千司とセレンをぎゅっと抱きしめたまま距離を取るように後退り。


「な、なに、それ……っ」

「落ち着けエリィ。こいつは敵じゃないから」

「で、でも……っ」

「それは私も保証しよう。彼は敵では無い」

「セレンまで……わ、分かった」


 粛々と頷くエリィを横目に、千司とセレンは隠し階段から抜け出し、その後を追うようにサバトも立ち上がった。全身薄汚れた漆黒の巨漢を前に、エリィは怯えるように千司の陰に隠れる。


「セレン団長、彼女たちは?」

「私の仲間たちだ」

「そうでしたか……お嬢さん、怯える必要はありませんよ。自身はしがない冒険者に過ぎませんので」

「……う、うん」


 見た目に反して慇懃な態度で語るサバトに、エリィも困惑の表情を浮かべる。


「さて、それではセレン団長。これからどうするのでしょうか?」

「そうだな……貴公、どうする?」

「おや? 貴女がリーダーなのではないのですか?」

「あぁ、ナクラ……が、このパーティーのリーダーだ」

「なるほど」


 ジッと視線が向けられているのを感じつつ、しかし千司は気付かないふりをして小さく息を吐いた。


「どうするか、と聞かれたら……正直休みたいな。あの戦闘の後に大穴への落下……体力的にも精神的にも休息は必要だろう」

「そうか……」

「何か問題でも?」

「いや、できれば早急にでも王都へと戻り、彼を王宮へ連れて行きたいと思ってな。帰りも二日かかると考えると、すぐにでも出たい気持ちだ。しかし……一方で貴公の言葉も正しいと思う」


 そう言ってセレンが視線を向けた先には、疲れた表情のエリィとニコニコと笑みを浮かべるアイリーン。そこは疲れた表情を浮かべていて欲しかったと思う千司である。


「口を挟むことを許して欲しいが、急ぐというのであれば、自身とセレン団長だけで王都へ向かうのはいかがでしょうか? ここが遺跡であるなら、戦闘をすべて回避すればそこまで時間もかからず王都に帰ることが可能だとは思います。それに、この地域程度のモンスターであれば、ナクラ殿が後れを取るようにも思えない」

「何故、そう思う?」

「騎士団長がリーダーとして仰いでおられるのです。それならば、この程度の評価は当然でしょう」

「なるほど」


 適当に頷きつつ、しかし千司は自身が勇者であることが透けているのだろうなと直感した。貴族家出身であることや状況理解の速度などを考慮して、目の前の男は馬鹿ではない。


 千司は自身を冒険者だと偽った。対し、ただの冒険者を騎士団長が守るとは思えない。つまり、冒険者が嘘であると推測し、当たりを付けたのだろう。


 警戒レベルを一つ上げる。


「だ、だが……」


 不安そうな視線を千司に向けるセレン。

 これに対し、千司は笑みを浮かべて返す。


「そういう事なら俺は大丈夫だ。エリィもアイリーンもいるしな。少し休んだら後から追いかけるよ」

「……しかし、休憩するにしてもその人数で遺跡で夜を明かすのは……」


 それでも食い下がろうとするセレンに、ふとそれまで黙っていたエリィが口を開いた。


「……なら、私の村に来る?」

「え?」

「私の生まれ育った村。ここからそう遠くない場所にある。ただ、宿場町じゃないから何もないけど……私の家でよければ部屋はある」

「いいのか?」

「……うん、ナクラたちなら……いいよ?」


 千司、セレン、アイリーンを見つめて告げるエリィ。

 サバトが入っていないのが言外にお前はダメだと伝えているのだろう。


(エリィの村か……是非とも確認したいな)


 千司はちらりとアイリーンに目配せ。

 すると彼女は何を言うまでもなく笑みを浮かべてエリィに答えた。


「うふふっ、お友達の家にお呼ばれだなんて……とても嬉しいですね! 私としては是非ともお邪魔させていただきたいですが……」


 ちらりと千司とセレンを上目遣いに見つめるアイリーン。

 これを受け、二人は互いに視線を交わすと、小さく頷き合った。


「仕方がないな。私としては不安は残る物の、急ぎたいのもまた事実……その提案に乗るとしよう」

「だな」


 首肯を返す千司に、セレンは顔を近付ける。


「た、だ、し! いいか貴公!」

「……手は出さないから安心しろ」

「ま、まだ何も言ってないだろ!?」

「じゃあ他に何を言うつもりだったんだ?」

「う、ぐぬぬ……っ、だ、ダメだからな!」

「分かってるって」

「それとこれはあくまでもヘリスト教徒としての忠告であり、私は貴公に対して嫌悪感を持ち続けていることを忘れるな!?」

「へいへい」

「ぐぬぬ……っ」


 不服そうに千司を睨みつけるセレン。

 そんなこんなで、千司、エリィ、アイリーンはエリィの村へ。セレン、サバトは王都リースへ向けて、別行動する運びとなった。


「それで、先ほどから気になっていたのですが、あちらの遺体は?」

「ただの裏切り者だ。気にするな」

「……なるほど」


 どの口が言うのか。深く説明しない千司の言葉に、しかしサバトは首を突っ込むべきではないと判断したのか小さく頷いて見せた。


 王都への道すがら、セレンにでも聞いてくれとだけ伝えて、一同は遺跡を後にするのだった。

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