第33話 強襲

「他の奴は動きの邪魔になるだろ」との理由で回収したオークの剣をロイアーの背中に預けた千司たちは、次いで教会内のクリアリングを始めた。


 礼拝堂の奥から続く廊下を進み、一つ一つ丁寧に部屋を確認していく。あらかたの敵は倒したが、まだ隠れている可能性地は充分にあるからだ。


 実際、奥の小部屋で寝息を立てるゴブリンを発見。

 サクッと殺して、次の部屋へと進む。


「それにしても、この教会は何なんだろうな。古代エルフにも何かしら信仰していたものがあったのか……」

「どうなんだろ。そんな話は聞かないけど」


 何気ない千司のつぶやきを拾ったのは、相も変わらずすぐ隣を歩いていたエリィ。その距離感は非常に近く、時たま腕が触れ合うほどだ。


 必然、これに反応を示すのが一人。


「……近くないか?」


 千司の背後より鋭い視線が低い声とともに送られた。

 そんなセレンに、言葉を返したのはエリィ。


「……別に、いいじゃん」

「……っ! だ、ダメだ! ダメだからな!? エリィ! その男だけは絶対にダメだ!」


 途端に慌て出すセレンに対し、エリィの口元にはいたずら好きな笑みが浮かんでいた。こうなることをわかって、わざと揶揄ったのだろう。


 エリィは千司の視線に気付くと、恥ずかしそうに頬を染め、さっと逸らす。


(揶揄いはしたが、それはそれとしてって感じか)


 冷静に分析していると、先頭を歩いていたロイアーが仲裁に入る。


「まぁまぁ、落ち着けよセレン。いいじゃあねぇの、恋愛ってぇのは自由であるべきだと、俺ぁ思うぜぇ?」

「ロイアーまで……っ、ぐぬぬ、だ、だが私は認めんからな!」


 面倒くさい父親みたいな台詞を吐き捨てるセレン。そんな彼女を連れて、教会内の探索を続けること小一時間ほど。廊下の先、一番奥の扉を開けると教会の裏手に出た。


 そこは青々とした草原が広がっており、澄み切った青空と合わせて、何とものどかな雰囲気を醸し出している。


 草原の中心には美しい噴水が備え付けられており、絶えず水が溢れ出ていた。水道設備があるわけでもないのにどういうことなのかと確認すると、噴水の中央に石柱が建てられ、そこに魔方陣が記されている。


 おそらくは水を湧き出す魔法陣なのだろう。


 噴水の水は左右に川のように流れており、教会を外側からぐるりと挟むように伸びて、丘の下に広がる廃都市へ続いていた。思えば、教会を目指す道中の道も両脇に水が流れていた。


 おそらくはかつて水源として利用されていたのだろう。


 魔方陣に視線を向けると、そこに記されている文字を読み取ることができる。


(水、永久……龍脈、ねぇ。……なーんか、前も龍脈が云々ってみた気がするな)


 それは大図書館で封印されたロベルタを見つけた時。

 そして、魔法学園でシュナック教諭を追い詰めた時。


 それぞれの現場で、龍脈と言う文言を目撃していた。

 こうも目にすると流石に気になる。


(今度ロベルタに聞きに行くか)


 王都に戻れば折を見て会いに行くつもりだったし、その時に聞くとしよう。


 今後の予定を立てていると、噴水の水で顔を洗っていたロイアーが徐に提案した。


「なぁ、丁度いいし、水浴びでもしてさっぱりしようぜぇ~! 全身モンスターの返り血と埃塗れで鬱陶しかったんだよなぁ~」


 その言葉にいち早く賛成したのは女性陣三人。


「ロイアーにしては良い提案」

「ロイアーさん、見直しましたよ」

「正直身体がぺたぺたして気持ち悪かったんだ。貴公にしては気の利いたことを言うな」


 各々の言葉に、ロイアーはショックを露わにする。


「うっそぉ~。お前さんらの中で俺の評価って、そんなに低かったのぉ~?」


 おどけた調子で語る彼に、全員が苦笑を浮かべて「冗談だ」と答え、安心したように胸をなでおろした彼は、最後に千司へ視線を向ける。


「んで、どうだいリーダー?」

「そうだな。休憩がてらにさっぱりするか」


 特に断る理由もないので、千司は首肯。

 男女別れて教会の左右に移動する直前——千司はアイリーンに目配せ。

 視線が合ったのを確認してから、ロイアーの後を追って水浴びに向かうのだった。



  §



「俺からでいいのかぁ?」

「あぁ、その重装備だ。ロイアーの方が汗をかいてるだろ? 見張りは俺がやるから、ゆっくりするといい」

「そんじゃ、お言葉に甘えるとするかねぇ」


 にかっとロイアーは笑みを浮かべると、早速と言った様子で全身鎧を脱ぎ捨てて上裸となり、タオルを濡らして身体を拭き始める。


「やっぱ気持ちがいいなぁ……鎧は蒸れて仕方がねぇんだ。兜をかぶり続けたせいか、頭もこんな寂しいことになっちまうし……ナクラのふさふさが羨ましいぜぇ~」

「いっそのこと全部剃った方が似合うんじゃないか?」

「まぁなぁ、その気持ちも分かるんだが……やっぱ名残惜しいんだよ」

「そう言うものか」


 適当に会話をしながらも、千司は腰の剣に左手を添える。


 教会内部のモンスターを掃討したとはいえ、ここは遺跡。まだ隠れているモンスターがいるかもしれないし、それでなくても遺跡周囲に広がる森の中には当然多くのモンスターが生息している。


 安全な都市の中ではないのだから、決して油断はできない。


(まぁ、気を張り詰める必要はないだろうが)


 爽やかな風が頬を撫でる。

 水の流れる音を耳に、千司は座り込んで空を見上げた。


(……さて、どうやって殺すか)


 今後について考えようとした瞬間、思考を断ち切るようにロイアーが声を掛けてきた。


「そう言えばナクラ。結局のところどうすんだ?」

「何が?」


 視線を空からロイアーへと向けると、そこにはパンイチ姿でバーコード頭を優しく拭いているロイアーがいた。普段鎧で気付かなかったが、かなり体格がいい。至る所に傷があるのを見るに、歴戦の冒険者と言った印象を覚える。


「何ってそりゃ、エリィのことだよ。気付いてねぇわけじゃあねんだろ?」

「あぁ……まぁなぁ」


 思い出すのは探索中の彼女の反応。


 距離感は近いし、目が合えば恥ずかしそうに逸らす。しかし千司から離れるようなことはなく、ずっと楽しそうに隣を歩いていた。おかげでセレンが五月蠅いのなんの。


(まぁ、そうなるように演出したんだが)


 すべては打算と計算。エリィの感情を自身に向ける為。


「付き合うのか?」

「単刀直入だな」

「悪ぃ、気に障ったか? この手の話題には慣れてなくてな」

「……いや、問題ない」

「そうか、ならよかった。……んで、どうすんだ?」


 千司は腕を組み、悩んでいるそぶりを見せながら答える。


「まぁ、そうだなぁ……向こうが動かない限り、こっちから何か言うことはないな。パーティーの仲間だし、何よりセレンがうるさそうだ。いや、アイツは既にうるさいか」

「意外だなぁ……ユニコーンにあれだけ嫌われてるもんだから、何ならすでに手ぇ出しててもおかしくねぇって俺ぁ思ってたんだがなぁ」

「そこまで節操なしじゃないさ」


 実際は顔さえよければ男でも手を出す節操なしだが。


(あぁ、早くライカきゅんに会いたい)


「なぁ、前から気になっていたんだが、一つ聞いていいか?」

「なんだ?」


 視線を向けると、ロイアーは口を開こうとして、躊躇。

 口元を手で覆いながら視線を逸らし、横目で千司をちらちらり。


 しばらく言い辛そうにしつつ、しかし最終的にはバーコード頭を掻きながら、意を決した様子で口を開いた。


「せ、セレンとは、本当にそう言う関係じゃ、ね、ねぇんだよな?」

「……なるほど」

「おいこら、質問に答えろよぉ~!」

「……いつからなんだ?」

「だから無視するんじゃねぇって……ったく。まぁ、そんなはっきりした出来事があったってわけじゃねぇ。ただ、出会った時から何となく綺麗だなって思ってただけで……」

「確かに美人ではあるな」

「だ、だろ? 気は強いけど抜けてるところがあって、馬鹿だけど無能じゃない。まぁ、何か隠してんだろうなぁ、とは思ってるが、でも悪い奴じゃねぇ。……んで、気付けばそう言うことだ」

「なるほどな」


 千司としては無能極まりないセレンであるが、容姿が一級品なのは間違いない。中身も、見方によっては魅力的に映るのだろう。


 照れた様子のロイアーを見て、千司は思う。


(まさか、ここまで同じ・・とはなぁ)


 自然と笑みがこぼれた。


「な、なんだよぉ、笑うこたぁねぇじゃねえか」

「いや、すまない。馬鹿にしているつもりじゃないんだ。ただ、まさかロイアーとこんな話をすることになるとは思っていなくてな。それも相手はあのセレンときた。それがなんだか意外でな」

「……はっ、まぁ確かになぁ!」


 千司につられるようにロイアーも笑みを浮かべた。

 ひとしきり笑うと、ロイアーは憑き物が落ちたような表情で再度問うた。


「んで、結局のところセレンとはどうなんだぁ?」

「ロイアーが思っているようなことは何もない。むしろ一方的に嫌われているだろうな」

「いつも睨まれてるのは、ほんとに嫌われてるからなのかぁ? 俺ぁてっきり照れ隠しか何かだと……」

「ないだろうな。あいつは敬虔なヘリスト教徒だ。むしろ、ユニコーンに襲われなかったロイアーの方が好感度が高いまである」

「ほ、本当か!?」

「本人に聞いたわけじゃないが、可能性はあるだろう」


 その言葉を受け、ロイアーはニカッと快活な笑みを見せた。


 そうこうしている間にようやく水浴びを終え、千司の番が回ってくる。


「悪ぃな、長いこと使っちまって」

「構わん」


 千司は装備していた剣とブレスレットを外すと、上半身裸になって、ロイアー同様濡らしたタオルで身体を拭っていく。汗と返り血、そこに遺跡内の埃が絡みつき、気持ち悪いったらありゃしない。


「やっとすっきりした。これは生き返るな」

「だよなぁ~、石鹸があれば尚良しなんだが……贅沢は言えねぇ。ほれ、恋愛相談聞いてくれた礼だ、背中の方拭いてやるよ」

「そうか? ありがとう」


 感謝しつつ濡れタオルを手渡して、千司は背中を向けた。

 すると、肩に優しく手が置かれ——。


「感謝する必要はねぇよ、奈倉千司・・・・

「……あ?」


 フルネームで呼ばれ、即座に振り返ろうとした瞬間——全身に不快感が流れ込む。頭がぐらぐらし、足元がおぼつかない。呼吸が荒くなり、全身に言いようの無い苦痛が充満する。


「が……っ、ぁあっ――ッ!」


 絞り出すような絶叫が喉からこぼれる。

 立ってられなくなり、千司はその場に倒れ込んだ。


 ステータスを確認する間でもない。

 この不快感は、これまでも何度か味わったことのあるもの。

 魔法と双璧を成す、この世界特有の不思議パワー。


「こ、れは……呪詛……!?」


 見上げたロイアーの表情は、肯定するように笑みを浮かべていた。



  §



「流石は勇者ってぇとこか。理解が早いじゃないの」


 パチパチと拍手して見せるロイアーは、脱いでいた全身鎧を慣れた手つきで身に纏うと、オーガの大剣を手にして倒れる千司を睥睨した。


「騙して、いたのか……!?」

「まぁ、そうだなぁ。俺がお前さんに近付いたのは殺すためだし、その認識で間違いねぇよ。……しっかし、すぐに油断するかと思いきや、お前さんはいつまでたっても警戒を緩めねぇし……ほんと苦労したぜぇ」

「苦労、だと?」

「あぁ、そうとも。命かけて戦って、命かけてから守ってやって、くだらない会話に花を咲かせて……それでようやく、お前は背中を見せてくれた」


 くだらない会話、とはおそらく先ほどのセレンに関するあれこれ。

 千司も同意見のくだらない恋愛話のことだろう。


 つまるところ、すべてが嘘八百だった、と。


「殺すって……本気、か? 俺は、勇者で——」

「もちろん知ってるし、正直申し訳ねぇとは思うよ。お前は俺らの都合で召喚され、そして俺らの都合で短い人生に幕を閉じる」


 一つ息を吐くと、ロイアーは真剣な表情に切り替え、手にしていたオーガの大剣を振り上げた。


「ま、て——」

「悪ぃな。だが、これが俺の仕事なんだ。……あばよ奈倉千司。この旅はそこそこ楽しかったぜぇ」


 そうして千司の頭蓋に大剣が振り下ろされる――寸前。


 ロイアーの頭上、教会の屋根から何か・・が降って来た。


 何か・・は着地の衝撃で土煙を巻き上げると、ロイアー目掛けて接近。

 土煙の中を鋭い銀線が駆け抜け――。


「……っ! 舐めるなッ!」


 完全に不意を突いた一撃は、されどロイアーの喉元に突き刺さる直前で盾に阻まれた。ロイアーはそのままシールドバッシュの要領で、襲撃者を弾き飛ばす。


 対する襲撃者は、中空で身を翻すと綺麗な所作で着地。


 風が吹き、土煙が晴れ――そこに立っていたのは、亜麻色の髪を揺らす少女だった。


「ようやく正体を現したってぇことかぁ? アイリーン」

「……」


 口端を持ち上げるロイアーに対し、アイリーンは無言。


 その格好は水浴びを終えた直後だったのか、髪からは雫が垂れており、服装もラフな物。軽装備も身に着けておらず、武器と呼べるのも今手にしているナイフだけである。


 しかしそんなアイリーンを、ロイアーは油断なく睨みつけていた。


「……俺ぁ、ずっと疑問だったんだぁ。セレンは分かる。エリィも、素性は簡単に割れた。……だが、お前だけは謎だ。王都での活動記録もねぇ、生まれも育ちも、どこの組織の人間かも、何もかもが不明瞭。だってぇのに、その強さは折り紙付きと来た」

「……」


 アイリーンはピクリとも反応しない。


「正直、なんでお前が援護に徹してたのか、ずっと分からなかったぜ。だってお前——ナクラやセレンと同程度には強いだろ? アイリーン……お前はなんだ?」


 再三に渡るロイアーの問いにもアイリーンは無言を貫いた。

 無言のまま、視線を千司へ。


(……)


 千司が小さく首を横に振ると、彼女は瞑目してから深呼吸。

 再度目を開くと、ようやく唇を動かした。


「ロイアーさん、ナクラさんに何をされたのですか?」

「俺の質問に答える気はねぇってか?」

「私はしがない冒険者ですよ。それより、これは何ですか? 質の悪い冗談でしょうか?」

「はっ、よく言うぜぇ。さっきの一撃、ありゃあ確実に俺を殺しに来てたじゃあねぇか」

「気のせいでは?」

「それこそ冗談じゃねぇ」


 軽口をたたき合いながらも、しかし二人は警戒を緩めない。

 アイリーンはナイフを構え、ロイアーは左手に盾を、右手にオーガの大剣を構える。


 二人が睨み合っていると、アイリーンの後を追うようにセレンとエリィが教会の裏手から姿を見せた。屋根の上を突っ切って来たアイリーンに対し、二人はぐるりと回ってきたのだろう。


「おい、アイリーン! いきなりどうし——ナクラ!? どうした! 大丈夫――」


 姿を見せたセレンは、倒れる千司を見つけるや否や駆け寄ろうとして——その前にロイアーが立ち塞がる。


「……ロイアー。邪魔だ、どけ」

「いいや、そりゃあ出来ねぇ相談だなぁ」

「……どけ」

「だから出来ねぇって」


 二人は睨み合い——先に動いたのはセレン。


 強行突破を試みようと、容赦なく拳を振りかぶる。しかしロイアーはこれを冷静に対処。攻撃をすべて盾で捌き、右手の大剣をかすかに動かして陽光を反射させて目くらましに。


 セレンが一瞬怯んだ隙を突いて、蹴りを叩き込んだ。


「……っ、くそ! いったい何がどうなっている! アイリーン! 貴公は何か知っているのか!? 何故こんな状況になっている!? 貴公は何故いきなり駆けだした!?」

「落ち着いてください。私がここに来たのはナクラさんの苦しむ声が聞こえたからです。現状はよく分かりませんが……ただ、ロイアーさんが我々の敵であることは確かなようですよ」

「……っ、また敵だと……っ!」


 昨夜の黒装束に続いてこれで二回目。

 ぎりっと歯を噛み締めるセレン。


 彼女は腰に下げていた剣を引き抜くと、アイリーンの隣に並んだ。


 一方で、彼女たちの少し後方——青い髪を揺らすエリィは、まだ状況が飲み込めていないのか、困惑の表情を浮かべている。


「え、え? なんで、なにが……」

「エリィさん、状況が飲み込めないのは分かりますが、魔法の準備を」

「は、え……? でも、だって……」

「ロイアーは私たちの敵です!」

「……っ」


 アイリーンの言葉を受け、エリィの視線が千司を向く。

 そこには苦悶の表情を浮かべ、立ち上がることも出来ない千司の姿。


「エリィさん!」

「……っ、なんで、なんでこんな……さっきまで、あんなに楽しかったのに……なんでっ、ロイアー!」


 悲鳴にも似たエリィの声に、されどロイアーは気にした素振りも見せない。


「何でと言われても、これが俺の仕事なもんでねぇ。ただ一つ訂正するなら、別にお前たちの敵では無いんだぜぇ~? 俺の目的はナクラただ一人。ナクラが呪詛で死ぬまで、そこで大人しくしてくれりゃあ、危害は加えねぇよ」


 ロイアーは「特に――」と続けながらセレンを指さした。


「アシュート王国第一騎士団団長、セレン。お前は絶対に動くんじゃねぇそ?」

「……っ、何故それを! 貴公、何者だ!!」


 警戒心をマックスまで引き上げ吠えるセレン。ロイアーは油断なく盾を構えたまま頬を掻いて、大きくため息を吐き——。


「それじゃあ、改めて自己紹介とすっかぁ」


 瞬間、彼の纏う空気が変わった。


「俺ぁ——いや、私はへリスト教執行部所属の執行官ロイアーと申します。あぁ、もちろん偽名ですので安心してください」


 紳士然とした口調で語るロイアー。

 一方で、ヘリスト教の単語を耳にしてセレンの表情が歪む。


「馬鹿な……っ、へリスト教だと……っ!」

「えぇ、貴女が敬虔に信奉していらっしゃるへリスト教です。何を驚いているのでしょうか? 昨夜だってへリスト教の執行部が奈倉千司を殺しに来たではありませんか」

「な、ならば余計におかしいだろ! 貴公は昨夜、その執行官を殺していたではないか!」

「そうでもしなければ奈倉千司の警戒解けませんでしたので」

「それだけのために仲間を……!?」


 目を見開くセレン。


「そうなります。まぁ、これと言って仲間意識はありませんでしたがね。そういう風に育てられたので。……私としてはむしろ、貴女にこそ仲間意識があります」

「何をふざけたことを——っ!」

「おや? あながち的外れだとは思いませんけどねぇ。何しろ、私もあなたも孤児・・だったところを、ヘリスト教に拾われた身の上なのですから」


 その言葉を受け、セレンの表情が固まった。

 冷汗が頬を流れ、剣を持つ手が震える。


「……何故、貴公がそれを」

「先ほども言いましたが、私はヘリスト教の人間です。貴女の出自に関しては、今回の仕事を請け負う際に伝え聞いたこととなります」

「馬鹿な……だって、だってそれは、それを知っているのは私が信頼している一部の人だけで——」


 顔を蒼くするセレンに、ロイアーは笑みを深くして答えた。


「なら、そういう事・・・・・なのでしょう」

「……っ」


 それ即ち、ヘリスト教のトップが奈倉千司の殺害を決定したという事。


「……っ、だ、だが! 仮にそうだとしても! へリスト教が相手だとしても、奈倉千司は私が守るッ! それこそが私に与えられた役目であり使命だッ! 昨夜の様にもう迷ったりはしない――ッ!!」


 剣を握る手に力を入れ、殺意に満ちた瞳でロイアーを睨みつけるセレン。彼女はアイリーンとタイミングを合わせて踏み込もうとして——。


「だから、奈倉千司に手を出す・・・・・・・・・と?」

「……ぇ」


 ロイアーの言葉に、セレンの動きが止まった。


「セレンさん!? ……チッ、仕方ありません! エリィさん、行きますよ!」

「わ、わかった! ――『ウィンド・スラッシュ』!!」


 エリィの風の刃に合わせて、アイリーンは突貫。数多のフェイントを織り交ぜながらロイアーの背後に周り込もうと試みるも、それを許すほど単純な相手ではない。


 ロイアーは身の丈ほどの巨大な盾を横に構えると、迫りくる風の刃もろともアイリーンを横薙ぎに払った。


「……チッ」


 舌打ちを零したアイリーンは迫りくる盾に手を掛けて、前転するように大きく跳躍。ロイアーの頭上を抜けて千司の回収を優先しようと手を伸ばすが——彼の右手に握られた大剣に弾かれた。


 大剣を寸でのところでナイフで受け止め、致命傷を避けるアイリーン。

 しかしその表情には苛立ちが滲む。


「アイリーン、やはり実力を隠していましたね」

「うふふ、それはお互いさまでは?」


 軽口をたたいて見せるが、アイリーンは攻めきれない状況に歯噛み。エリィに小さく目配せすると、再度攻撃を試みる――が、結果は同じ。


 苛立ちを募らせるアイリーンに、ロイアーは指を立てて告げる。


「そう言えば、私は貴方たちに多くの嘘を吐きましたが、実は真実も口にしているのですよ。『こいつで敵の攻撃を引き付けるのが得意』と」


 ロイアーは盾を構えながら続ける。


「故に、貴女の攻撃から奈倉千司を守り切って見せましょう。——彼の命が尽き果てる、その時まで」

「……っ!」


 現場は膠着。

 タイムリミットはそう遠くない。

 仮にそれを崩すことができるとすれば、セレンだけ。


 千司は地面の上に倒れながら、茫然とするセレンを睥睨。


(……さて、これからどうするか)


 その内心に、焦りは欠片も存在していなかった。

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