第14話 ライザとの探り合い

「この度、海端新色様を『裏切り者』の疑いで拘束しました」

「……はい?」


 突然の言葉に千司は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 しかし即座に思考を切り替え巡らせる。


 確かに、千司はそうなるようブラフを用意していた。


 それは岸本と富田をあの時間魔法学園襲撃時あの場所カフェテリアへ呼び出したのは新色であると、辻本やライザに伝えたこと。


 そして彼女のコミュ症を悪化させ千司以外との関係を希薄にし、いかにも自由で動きやすく、そして他者から庇われない人間を演出した。


 そうして怪しい動きをさせたところで上級勇者の不安を煽り、適当に捏造した証拠を大賀辺りが気付き騒ぎ立てるように準備して、離間工作は完成——というのが千司のプランだった。


 故にその証拠にライザが気付いて新色を怪しむことはあり得る。


(——が、引っかかるとは思えないよなぁ)


 これまで観察してきた彼女の性格を鑑みれば、むしろ新色より千司を疑うだろう。


 勇者たちならともかく腹芸に特化したこのチート姫が大人しく手のひらで踊ってくれるとは到底思えない。むしろ手のひらを噛み千切ってくるタイプだ。


「にい……先生が『裏切り者』?」

「はい。理由はいくつかございますが、現状お伝えすることは出来ません」

「いや、いやいや。少しお待ちください。何かの間違いでは?」

「そうですね。正直はっきりと断定できているわけではございません。私どもも確たる証拠があるわけではなく、あくまでも状況と彼女の能力、行動、そして敵の動きを考慮したうえで、彼女を自由にさせておくのが難しいと判断しての拘束になります。故に、現状彼女に何かしらの危害を加えることはありませんので、その点はご安心を」


 淡々と語るライザからその真意を読み解こうとするが、ポーカーフェイスここに極まれりと言わんばかりの表情に内心で舌打ち。


「会わせていただくことは可能でしょうか?」

「申し訳ありませんがそれは出来かねます。また、場所をお伝えすることも叶いません」


 きっぱりと言い切るライザはまるで取り付く島がない。


 千司は逡巡した後、怒りを『偽装』して息を吐いた。


「理由は教えない。会わせてももらえない。更にそこにいるかも教えていただけない。……これはあまりにも酷という物ではないでしょうか?」

「申し訳ありません」

「……解放はされるのですか?」

「彼女の他に『裏切り者』が現れ、その正体が掴めれば当然解放いたします」


 それらの言葉を受けて千司は頭を悩ませた。


(マズいな、目的が分からん)


 もちろん『裏切り者』を捕まえるメリットはある。


 その真偽問わず捕まえることで、勇者のストレスを下げる効果はあるし、仮にほかに『裏切り者』が居たとしても油断してぼろを出すかもしれないし、逆に警戒を強めて動きを制限するかもしれない。


 そして何より『分析者』という圧倒的な力を『裏切り者』に使わせないというのも大きい。戦闘前に相手のステータスが分かる能力は、それだけで脅威以外の何ものでもない。


(——が、もちろん逆に利用される事だってライザからすれば考えられるはずだ。確たる証拠がない点を指摘して勇者と王国の内ゲバを起こすことだってできる。——それに、新色が違う・・という事は簡単に証明できる)


 千司はすっかり冷めた紅茶を飲み干してからライザに問いかけた。


「……しかし、私の記憶では先生は『分析者』という職業だったと思うのですが。事実、ステータスを記録する水晶でもそう判定されたのでしょう?」

「ステータスを書き換えるスキルが過去に確認されています」

「彼女は『分析者』のスキルを実際に使用していたと思うのですが?」

「同様に他者のステータスを覗き見るスキルが過去に確認されています」


 ライザの言葉に千司はさらに混乱すると同時に、背中に冷汗が流れるのを感じた。去来する違和が喉を乾かしていく。


(もしかして俺は何か大きな勘違いをしているのではないか?)


 喉が渇く。紅茶を飲んだばかりだというのに不快感がぬぐえない。カチカチと聞こえてくる時計の音が焦燥を掻き立て、千司はそれを表に出さないように『偽装』しながら尋ねた。


「待ってください。『裏切り者』という職業に与えられるスキルは固定じゃない・・・・・・のでしょうか? 以前大図書館で確認した資料では、他の職業は皆スキルが固定されていたと思いますが」


 例えば篠宮なら職業『砲撃手』スキル『一斉掃射』。

 大賀なら職業『時計職人』スキル『クロノスタシス』のように職業とスキルが結びついていると千司は考えていた。しかし、今の物言いではまるで——。


 ライザは千司をじっと観察しながら逡巡する素振り・・・を見せて、ゆっくりと首肯した。


「そうですね。過去現れた『裏切り者』はステータスの補正が行われない・・・・・代わりに、二種類のスキルを保有・・・・・・・・・・していたと伝え聞いております」

「なっ……」


 千司は二つのスキルという事に驚いた様子を見せつつ、内心愕然とした。

 彼女の言ったことが本当なら、どれほど動きやすかったことか。


 泣きたい気持ちを抑えつつ千司は確認のために自らの『ステータス』に掛けた『偽装』を解除しようとして——寸前で取り止めた。


 ゆっくりと困ったような表情を浮かべてから息を吐く。


「……それは、厄介極まりますね」

「はい」


 千司の言葉を受け、疲れたようにため息を零すライザ。


「やはり、どうしても先生には会わせていただけないでしょうか? 同じ出身の人間として、王女様方では分からない事に気付くかもしれません」

「一理ありますが、申し訳ありません。彼女を誰にも会わせることは出来ません。特に海端様と親しくなさっていた奈倉様は絶対に」

「……私が共犯者だと?」

「そこまでは。ただ、奈倉様は仲間を大切にされる方なので、場所を知れば他の方を連れて無理やり助け出そうとすることも考えられます」

「……そうですか。確かに、先生と話してやはり『裏切り者』ではないと判断すれば、似た行動を起こすかもしれません」


 千司は大きく息を吐く。


 ここまで頑固なら場所を教えてもらうことは絶対にないだろう。


 彼女の性格上新色の居場所を知っている部下も最小限にとどめているだろうし、その全員が千司が顔も知らない人間で構成されているだろう。


 故に、今も部屋の前に居るであろうライザの護衛——エストワールを拉致監禁拷問殺害しても意味はない。


(面倒極まるな)


 特に痛いのが新色の『分析者』を使えなくなること。


 基本的に勝てる戦しかしない千司からすれば、重要な目を失ったも同義だ。


「それで、王女はこのことを他の勇者にもお伝えするつもりなのですか?」

「いいえ、止めて起きます。これ以上勇者様方の関係を悪化させるのは我々の望むところではありませんので。彼女に関しては体調不良ということで……奈倉様も何かあればそう口裏を合わせていただけると幸いです」


 その言葉に千司はますます持ってライザの考えが分からなかった。


 新色の拘束を伝えて真の『裏切り者』を動揺させるのが目的ではなかったのか。

 利点を捨ててまで、結局何がしたかったのか。


 『分析者』という優秀な手駒を囲っておきたかったのか、それとも本当に新色が『裏切り者』だと考えているのか。


 考えるが分からない。

 千司は思考を止めると、ライザに首を垂れた。


「お心遣いに感謝します」

「いえ、何かあれば遠慮なく私に相談してくださいね。お話は以上になります」

「では自分はこれにて失礼いたします」


 千司はソファーから腰を上げてドアへと向かい——途中で立ち止まって振り返る。


「どうかされましたか?」

「……何があっても先生——いえ、新色には手を出さないでくださいね」

「……ええ、もちろん。重々承知しております」


 ぺこりと頭を垂れて頷くライザを横目に、千司は執務室を後にした。



  §



 千司が居なくなった執務室でライザ・アシュートは大きく息を吐いた。


 流麗なプラチナブロンドを耳に掛け、空になったカップを睥睨。カチカチと僅かに早く進む・・・・・・・時計の音を耳にしながら、先ほどの千司の反応を思い出していると、部屋の外からエストワールが声をかけてきた。


「奈倉千司は部屋に帰りました」

「そうですか。ではエストワールも本日は下がっていただいて構いません」

「畏まりました。失礼します」


 遠ざかる足音を耳にしつつライザは立ち上がると、千司の座っていたソファーの後ろにある備え付けのクローゼットの前へ。


 ゆっくりと扉を開き、吊るされた衣装をかき分けて奥の板を外すと——そこには殺意の籠った視線でライザを睨みつける海端新色の姿があった。


「海端様、窮屈な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。ご協力、感謝いたします」

「な、にが……なにが、協力ですか……ッ」


 謝罪を口にするライザに対し、新色は悔しそうに唇を噛みしめ目に涙を浮かべていた。


 ——何故、彼女がこの部屋に居るのか。

 それはライザがあることを依頼したからである。


 それ即ち、執務室に呼び出した奈倉千司を——より正確には奈倉千司の『ステータス』を常に『分析』し続けていて欲しい、という物。


(すべては『裏切り者』をあぶりだすため……ですが)


「その様子を見るに、彼は違ったようですね」

「あ、当たり前じゃないですか……! な、奈倉くんが、『裏切り者』だなんて、そ、そんなこと……絶対に、あり得ないのに……なのに、私……」


 悲痛に顔を歪ませる新色。

 そんな彼女を睥睨し、ライザは内心深いため息を吐く。


(大方、信じているつもりだったのに信じきれず、私の話を聞いて彼に『分析』を使ったのを悔いているのでしょうが……まったくもって不器用な性格ですね。これで私より年上というのだから驚きます)


 涙を零す新色をクローゼットから引っ張り出そうとして、瞬間——露骨に身を縮こまらせる。

 ライザは何かあるなと察してその身体に触れないよう注意しつつ、新色をソファーに腰掛けさせる。


 自身も対面に座り、じっくりと観察しながらライザはここに至るまでの経緯を思い出す。



  §



 最初に新色とコンタクトを取ったのは本日の夕方のこと。


 日中訓練が終わり、一人でいるところに話しかけたのだ。


「実は、騎士団の中に奈倉様を『裏切り者』の可能性があると考えている人が居るので、その疑いを晴らすために協力していただけないでしょうか?」


 などと適当にでっちあげてライザは先ほどの瞬間を作り出した。


 あとは話の流れで千司に自らの『ステータス』を確認させ、クローゼットに身を潜めた新色が『分析』するだけである。


 少しでも千司の思考力を落とそうと焦り・・を演出すために、紅茶を血行促進効果のある物にして疑似的に冷汗をかかせ、時計の針を速めて体内時計のリズムを崩した。薬を紅茶に混入できればもっと簡単だっただろうが、味で勘付かれる可能性があるため却下。


 他にも室内温度や部屋の香り等もいじりたかったが、こちらは千司の前に倉敷千鶴が現れたために断念せざるを得なかった。


 しかし、それでもライザには自信があった。


 会話のリズムと、話題運び。

 細かい所作に視線の動き。


 言葉だけでなく番外戦術も込めて、確実に千司の『ステータス』を盗み見できると踏んでいたのだ——が、結果は空振り。


(もし彼が『裏切り者』なら『二つのスキル』というブラフ・・・に引っ掛かると思っていたのですが……はぁ)


 ライザは内心ため息を吐く。


 そう、先ほどライザが千司に告げた——「『裏切り者』はステータスに補正が行われない代わりに、二種類のスキルを保有している」——という話は、まったくの出鱈目。真っ赤なであった。


 ライザの知る『裏切り者』という職業は、

・スキル『偽装』

・倫理値に-1000の補正

 の二つで成り立っている。


 ただし、その元となるステータスに関しては千差万別で、白金級、金級、銀級、銅級のどこに『裏切り者』がまぎれているのかは分からない。


 簡単な話、強烈な破壊力を持つ魔法を使うことができれば、その見た目を『偽装』して『砲撃者』に化けることだってできる。


(まぁ、すぐにそこまで『偽装』を使いこなせる者はそう多くないでしょうが……しかし、今回は最初のステータス測定を乗り切っていますし、あり得ない話ではない)


 故に、『裏切り者』の捜索は、最初の機会を逃せば混迷の一途をたどるのだ。


 一方で海端新色のようなスキルは試せばわかる。


 大図書館に引きこもっていたことから召喚してすぐの頃は疑っていたが、しかしどこにもステータスを乗せていないエストワールを『分析』——見事的中させたことで新色が本物であるとライザは確信した。


 つまるところ、ライザは海端新色が『裏切り者』だとは欠片も思っていない。


 その上で——彼女の拘束を決定したのだ。


「あ、あの……」


 考え込んでいると、おずおずとした様子で新色が話しかけてきた。


「——と、すみません。少し考えこんでおりました。……何でしょうか、海端様」

「え、えっと、それで……な、奈倉くんの疑いは、晴れたってことで、い、いいんですよね?」


 その問いに、ライザはにっこりと人好きのする笑みを浮かべて即答。


「えぇ、もちろんです。それもこれも海端様のご協力のおかげですよ」


 その言葉に安堵の息を吐く新色であるが——当然、嘘である。

 ライザは千司を容疑者から外していない。


 むしろ今なお七割がた千司が『裏切り者』であると考えていた。


(ダンジョン遠征襲撃に魔法学園襲撃——敵に情報が流れているのは確実。そして、わざわざジョン・エルドリッチやアリア・スタンフィールドと言った仲間を作る動きから推測するに、今代の『裏切り者』はステータスがそこまで高くない。おそらくは、下級勇者)


 だからこそ、ライザは千司に目を付けているのだが——いかんせん証拠がない。


 本当なら証拠などなくても処刑できるし、もし間違っていたとしても千司は銅級勇者。戦力という点から見ても、そこまで痛手ではない。


 問題なのは——彼の勇者内での立ち位置である。


 勇者——特に下級勇者を始め多くの者が奈倉千司に信頼を置いている現状で、彼らの納得なく処刑を強行すれば、勇者たちが今後ライザたちの言うことを聞かなくなる恐れがある。


(特に、海端様の『分析者』と天音様の『祝福の巫女』は魔王討伐に必要不可欠。他にも数人の上級勇者が奈倉様に信頼を寄せて、その派閥に入っている……この戦力を失うのは流石に得策ではありません。最悪の場合は『ヴァルヴァラの金属眼』で洗脳しますが……数少ない適合者であるヘイヴィ伯爵が壊れるのはよろしくない)


 それ故、確たる証拠を手に入れようとしたのが今回の一件という訳だった。

 結果は出なかった。


 しかし、否定する証明もされていない以上、奈倉千司が容疑者から外れることはない。


 何しろ『裏切り者』候補の中で、ライザが最も敵に回したくないと考えているのが、奈倉千司なのだから。


 必然、警戒を緩めることなどない。


(その為に、わざわざリニュもあてがったのですしね)


 竜人族ドラゴニュートであるリニュの『目』を千司に釘付けにすることで、彼が『裏切り者』だった時の動きを妨害する。それがライザの狙いだった。


 しかし、ここまでしても全くの別人が『裏切り者』の可能性もある。


(まったくもってやってられませんね……はぁ)


 ライザは小さくため息を吐いた。


「……で、でもよかった、です。……な、奈倉くんの役に立てて」

「そうですね。……ですが最初にも、そして奈倉様にもお伝えしたように、海端様のことはしばらく拘束させていただきます」


 新色本人は『裏切り者』ではないが、『裏切り者』に使われている可能性はあるし、今後使われる可能性もある。先手で敵の情報を確認できることほど戦闘を有利にするものはない。


 故に安全な場所で保護する。


 と、言葉こそ濁したが、その様なことを伝えてライザは新色の許可を引き出した。


 当然、『分析者』を奈倉千司の隣に置いておきたくないというのも大きいが。


 しかし許可は出したものの、いざとなれば別のようで——新色は緊張の面持ちを浮かべていた。


「わ、分かりました」

「……そんなに怯えないでください。行動制限は設けますが、過ごしやすい環境で快適に生活していただきます。すべては真の『裏切り者』を見つけ出し、奈倉様たちの身の安全を確保するため。どうかご協力をお願いします」

「……千司くんの……ため……」


 小さく千司の名を口にすると、彼女は不安そうにしながらも自らを奮い立たせ、膝の上に載せていた手をキュッと握りしめてライザに首肯を返した。


「わ、わかり、ました。……だ、だから、その……ぜ、絶対に見つけて、せん——な、奈倉くんを、助けてあげて、ください」

「はい、アシュートの名に誓いましょう」


 名に誓ったところで別になにがあるという訳でもないが。

 ただ新色を安心させるためだけにライザはそれらしいことを嘯いた。


「それで何かご要望はあったりしますか? 食事だとか持ち物だとか」


 その問いに新色は逡巡。


「……お、お肉は、出さないでください」

「畏まりました」


 ライザは首肯を返してから、新色の服を着替えさせる。

 着替え終わるのを待ってからライザは窓を開け——瞬間、漆黒の衣装に身を包んだ男女が室内に現れた。


「え、え?」

「ご安心を。二人は信頼できる私の配下です。諜報部に所属しており隠密行動に長けている為、海端様の世話を任せることにしました」

「……は、はい。よ、よろしくおねがいします」


 声を震わせつつもぺこりと頭を下げる新色。


「それではもう少し夜が更け——他の者たちが完全に寝静まるのを待ってから移動を開始しましょう。いきなり見知らぬ二人と行動するのは不安でしょうし、道中は私も同行いたします」

「あ、ありがとうございます」


 表向きは新色の緊張をほぐすため。

 しかし本心は……万が一にも、誰かに見られないために。


 王国最強の少女は、自ら目となり耳となることを提案するのだった。





 —————

 あとがき

 戦闘描写と違ってライザが出てくると考えることが増えて思っていたより時間がかかってしまいました。スマヌ。ほんと難しいよこのお姫様涙

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