第11話 変化していく関係性。


 翌朝、目を覚ますと隣でリニュが眠っていた。


 時刻はいつもと同じく早朝訓練が行われていた頃合い。睡眠時間にして二時間もないだろう。


 早起きの千司に対してリニュは一糸まとわぬ姿ですやすやと寝息を立てていた。


(確か竜人族ドラゴニュートは眠らないと言っていたはずだが……まぁいいか)


 眠るという事は隙を晒すという事。少しでも彼女に隙が生まれるのならそれは歓迎すべき事柄だ。


 千司はリニュを起こさないようにベッドから抜け出すと部屋を出て、部屋への帰路に着いた。


 朝の風が心地よく、疲労感の残る身体を優しく撫でる。


 流石は剣聖と言うべきか、それとも竜人族ドラゴニュートという種族故なのかは分からないが、これまでの相手とは体力が桁違いであった。鍛えてなかったら筋肉痛になっていただろう。


 千司は腰をトントンと叩きながら自室の扉を開け——ジトっとした視線を向けてくるライカと目が合った。


「お帰りなさいませ、奈倉様」

「どうかしたのか?」


 何か用でもあるのかと尋ねようとして「……あっ」と千司が思い出すのと、ライカが頬を引きつらせながら答えを告げるのはほぼ同時であった。


「……奈倉様が朝起こすようにとご命令なさったのではないですか?」

「あー、そうだった。悪い」

「別に構いませんが……また女性のところですか?」

「ん~、まぁ色々あってな」


 答えると、深いため息が返って来る。


「はぁ……次からは事前に言っていただけると幸いです。そうすれば起こしに来た私がもぬけの殻となったベッドを見て『何かあったのかも』と心配になることも、そこに腰を抑えながら現れる主に苛立ちを感じることもありませんので」

「いや、悪かったって。次からは気を付けるから」

「是非ともお願いいたします」


 ぺこりと頭を垂れたライカは、コホンと咳払い。いつもの執事然とした表情に戻ると、落ち着いた声音で尋ねた。


「それで、本日も早朝から訓練なされるのですか?」

「そうだな……」


 千司は逡巡。


 リニュは寝ているので現れないだろうが、やっておく価値は十分にある。仲間の死が伝えられた翌朝から訓練に精を出すというのは、下級勇者たちへのパフォーマンスとしては最適なタイミングだ。


「目も冷めたし訓練に行くよ。着替えさせて」

「……わかりました」


 粛々と頷いて慣れた手つきで服を脱がしていくライカ。


 しかしズボンに手を掛けたところでその動きは制止し、気まずそうに顔を逸らしつつも千司を上目遣いに睨みつけた。


「……なんで、ですか」

「いや、朝の生理現象だよ。ライカも男なら分かるだろ?」

「……っ」


 嫌そうに顔を歪めるライカを『やっぱりセクハラしがいがあるな~』などと思いつつ内心満足気に眺める千司はやはり最低のクズであった。



  §



「そういや、ライカは魔法学園でなにがあったのか知ってるのか?」

「大雑把な流れはお伺いしてますが、詳しくは」


 口内の苦みを流し込むように水を嚥下し口元を拭うライカは千司の問いに首を横に振った。


「なら訓練場までの道すがら話していいか? というか少し愚痴に付き合って欲しい」

「……? 珍しいですね。構いませんが」


 了承を得たところで千司は彼を伴い部屋を後にした。


 未だ早朝という事で人は少ないが、ライカのように使用人たちが何人か動き始めているのか遠くから物音や話し声が聞こえてくる。


 しかし同所は勇者の部屋が並んでいる廊下の為か、居るのは千司とライカの二人きり。


 千司は魔法学園で起こったことをライカに語りつつ廊下を歩き——ある人物の部屋の前を通る際、靴紐を踏んで躓いた。


 バランスを取るように近くの壁に手を当てようとして、勢いそのままに誰かの部屋のドアを叩きつける。


「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、ちょっと躓いただけだ。それより、起こしたか?」


 ちらっとドアを確認するが、誰も出てこない。それを確認して、千司は再度ライカと歩き始め——会話を再開させた。


「それで、大賀が五組で暴れ出してな……岸本と富田の変な噂が広がり、二人は学内に居場所がなくなった。結果的にはそれが二人の死にもつながって——」

「なるほど」

「正直、こんなことは言いたくないが、俺はあいつが嫌いだ。妄想か、それとも誰かの気を引きたかったのかは知らないが、あんなこと……ほんともう、何故岸本たちが死んであいつが……。いや悪い、今のは忘れてくれ」

「奈倉様がそうおっしゃるのでしたら。ですが、妹を救っていただいた以上、私は奈倉様の味方ですので。セクハラは少々困りますが、奈倉様がどのような人間でも構いません」


(そんなこと言われたら、その妹を殺したくなるじゃないか!)


 どうして彼はこうもムラムラさせるのが得意なのだろうか。

 そんなことを考えつつ、千司たちは訓練場へと向かうのだった。



  §



 早朝訓練を終えた千司は水浴び場で汗を流す。

 結局、訓練中にリニュが姿を見せることはなかった。

 おそらくまだ眠っているのだろう。


 汗を流し終え、部屋で着替えを済ませてから食堂へ。そこには本日より再開される日中訓練に向けて、大半の勇者が姿を見せていた。


 当然だろう。夕凪飛鷹に引き続きさらに二人が殺害され、二人が行方不明と聞かされたのだ。まともな思考回路をしていれば自己強化に励むのは当たり前だ。


 まともな思考回路をしていれば。


 食堂には一部姿を見せていない勇者も居た。

 金級勇者の五十嵐と大賀健斗、そしてもう一人。


 篠宮蓮、田中太郎に並ぶ三人目の白金級勇者、倉敷千鶴くらしきちづるである。


(倉敷……正直日本に居た頃と雰囲気が違い過ぎてよく分かんねぇんだよなぁ)


 そんなことを考えていると袖口が引っ張られた。振り返るとそこに茶髪を揺らす文香の姿。


「おはよ、千司くん!」

「あぁ、おはよ」


 挨拶を返していると、少し遅れてせつなも到着。袖口を掴む文香を見ると、彼女から奪い取るように腕に抱き着き、上目遣いに見つめてくる。


「千司、おはよ」

「おはよ、キミら朝から元気だね」

「元気なのは千司の方じゃない? 髪ちょっと濡れてるし、またリニュさんと訓練してたの?」

「いや、今日は一人だった」


 淡々と答えると、せつなが訝しむように目を細めて「へぇ」と呟いた。


「珍しいね。……なんで?」

「さぁな。帰って来たばかりで忙しかったんだろう」

「……そっか」


 まさか夜通しセックスしてあいつ爆睡してるんだよね、と言う訳にも行かず千司は適当に誤魔化す。仮に告げたら告げたで爆笑必至の修羅場に突入してそれはもう面白いことになりそうだが、まだ早い。


 火種はしかるべき時に使用せねばならないのだ。


 とかなんとか考えていると、誰かに背中を強く押された。


 思わず転びそうになるのを寸前のところで堪えて振り返れば、そこに居たのはなんちゃって不良少年の大賀健斗。額には青筋が走り、鋭い眼光が千司を射殺さんばかりに睨みつけている。


「どけよクソ陰キャ」

「……」

「チッ」


 無視すると彼は面白くなさそうに舌打ちをして料理を受け取りに向かった。


 その態度に両脇に居たせつなと文香が眉を顰め、露骨に不快感を顔に出す。


「何あれ、きっしょ」

「私、大賀くん嫌い」

「初めて天音さんと気が合ったかも」


 大賀に対する愚痴をこぼす二人を止めることなく、千司は大賀を睥睨し、苛立ちを表層に出現させる。ようは周囲の人間に『奈倉千司が大賀健斗を嫌っている』ということを印象付けさせるのだ。


(いい具合に苛立ちが溜まってそうだなぁ。……こりゃあ、ちょっと突っつけばすぐにでも爆発しそうだ)


 千司は表情とは裏腹に内心満面の笑みで大賀に拍手を送りつつ、自身も朝食を受け取りに行くのだった。



  §



 朝食の後に始まった日中訓練は、以前行われていたものと大差なかった。


 基本的に上級勇者をリニュと第一騎士団が、下級勇者を第二騎士団が担当している。


 一部異なる点があるとすれば、下級勇者の訓練がより実践的なものに変わったということか。


 ステータスが向上したのに加えて基礎の基礎は叩き込み終わったとの判断なのだろう。あるいはオーウェンあたりが岸本と富田の死をきっかけに考え方を変えたのか。


 仔細は不明であるが騎士や勇者同士の模擬戦が訓練に組み込まれた。


 これに型通り素振りするだけの詰まらない訓練に辟易していた生徒たちは歓喜。嬉々として訓練に参加していた。


 千司としても駒となる下級勇者が強くなる分には構わない。他にも上級勇者の猫屋敷や二階堂、斎藤も出来れば強くなって欲しい。何しろ、内ゲバの際には彼女たちの力を存分に借りることになるのだから。


 そうして前のめりに訓練に取り組む下級勇者が増えた一方で、当然そうでない生徒も存在しており——千司の隣で球のような汗を流し、荒い息で肩を上下させるせつなは憎々し気に呟いた。


「……しん、ど」

「お疲れ様。この訓練苦手なのか?」

「う、うん……ごめんね」

「何故謝る」

「鷹くんに続いて四人も大変な目に遭って、みんな頑張ってるのに……私、何も出来てないから……模擬戦も、考えながら動くの苦手だし……。私術師だし、千司の後ろで指示されるがまま魔法を使うのじゃダメなのかな」

「正直、俺としてはそっちの方が助かるな」

「……そうなの?」

「あぁ、人を道具のように見ているようで嫌悪感を持つかもしれないが、個人的にはそちらの方が戦いやすい」


 それは本心だった。


 千司としては命令通りに動いてくれる方が何倍も助かる。特に、異世界人を駒として扱う時は。


 千司は自分のことを決して頭のいい人間とは思っていない。むしろ学業という観点だけで見れば成績は下の部類だ。


 しかし、それでも教育水準の低い異世界人よりは頭がいい自信がある。


 もし仮にライカ程気を使える人間が相手なら自発的な行動も嬉しいが、これが北区の守護者グエンくんだったり、魔法学園学園長のフランツほどの無能が相手だと脳死で言うことを聞いてほしいと願ってやまない。


(その点で言えば、エルドリッチの部隊は理想的だな。命令は絶対順守。いらぬ思考も行わず、あくまでも目的達成のために何が必要かだけを考えて行動している……ミリナの様な例外も存在するが)


 千司は協力関係だと言っているのに刃を向けて来る未亡人を思い出す。


 慣れてしまえば可愛いものだが、あれはあれで命令違反だ。


(もはやじゃれついて来るペットぐらいにしか思ってないが……今度エルドリッチの前でわざと切られてみるか? 面白い反応が返ってきそうだ)


 とか何とか考えながらせつなを慰めていると、不意に上級勇者たちの方から視線を感じた。


 誰だと見渡せばその正体は文香——ではなく、白金級勇者を監督しているリニュの物だった。


 彼女は不服そうに頬を膨らませ殺意にも似た鋭い視線を向けて来る、しかしいざ千司と視線が合うと見るからに狼狽して嬉しそうに口元を歪めた後、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……どうしたの、千司」

「いや、何でもないよ」

「……そっか」


 適当に誤魔化して訓練を再開しようとする千司だが、せつなはジトっとした目付きで千司とリニュを交互に見比べて、どこか落ち込んだように顔を伏せるとした唇を噛み締めた。


(いくら依存しているとはいえ、文香との二股に続いてリゼリアと別れるところも見せたしなぁ。それに今のリニュの反応……そりゃ不安にもなるか)


 独占欲か、嫉妬か、それとも捨てられることへの不安か。


 感情豊かなせつなのことを千司は心の底から愛していた。愛しているからこそこのまま捨ててしまうのも面白いかもしれないと思うが、ぐっとこらえる。


 よりよい絶望とは希望の果てに待っている、と千司は考えていたからだ。


 故に千司はせつなの頭を優しく撫でる。


「……汗かいてるし、やだ」

「俺は気にしない。むしろ好きな子の汗とか興奮するな」

「……変態」


 嫌がるように身をよじっていたせつなは、しかし頬を朱色に染めると大人しくなり——最終的には無抵抗で頭を撫でられるのだった。



  §



 訓練が終わるなりリニュに呼び出された。

 他の生徒は水浴び場や大浴場へと向かい、周囲に人影は居ない。


「どうした?」

「ど、どうした、だと……!? 目を覚ましておはようのキスでもしてやろうと隣を見て、誰も居ないベッドを前に寂しい思いをしたアタシに『どうした?』だと!?」

「めんどくさいなぁ」

「め、めんどくさい!? き、昨日の言葉は嘘だったのか!?」


 わなわなと震えて千司の胸ぐらを掴むリニュ。


 そんな彼女に千司は呆れたようにため息を吐いて見せた後、真正面からその瞳を覗き込んだ。


「疑うならその目で見ろよ」

「……っ」

「それとも、やっぱり俺のことは信用できないか?」


 その言葉にリニュは意を決したように『目』を使い……頬を染めて胸ぐらを掴んでいた手を緩めた。


「どうだ?」

「……わ、悪かった。で、でも、朝起きて一人で寂しかったのは、その……本当なんだ」

「それは、俺も悪かった。良く寝てたから起こすのも悪いと思ったんだよ」

「……そう、だったのか。ありがとな、センジ」


 そう言って顔を寄せてくるリニュ。

 唇に柔らかな感触が押し付けりる。

 触れていたのはほんの数秒。


 彼女は名残惜しそうに唇を離すと周囲を見回してから儚げにはにかんだ。


「ユキシロやアマネにバレるわけにはいかないんだろ?」

「……悪いな」

「ほんとだ。なんでこんな悪い男を好きになってしまったんだか……」

「俺も、自分の気の多さには驚くよ」

「最低だな」


 苦笑を浮かべるリニュに、千司は気になっていたことを尋ねた。


「そう言えば、竜人族ドラゴニュートは眠らないんじゃなかったのか?」

「ん? あぁ、そうだな。正確には眠らなくても問題ない、というだけだ。特にアタシは、寝ている暇があれば少しでも強くなりたかったから……」

「剣聖になるために?」

「……それもあるが、正確にはある男を殺すためだ」


 千司が無言のままに先を促すと、彼女は瞑目してゆっくりと語りだす。


「魔法学園襲撃に関わっていたジョン・エルドリッチという男を覚えているか?」

「あぁ、確か帝国の元軍人だったか」

「そうだ。……奴はかつて部下を引き連れ竜人族ドラゴニュートの——いや、アタシの村を焼き払ったんだ」


(へぇ、知らなかったな。でもまぁ、エルドリッチが魔族なら竜人族が敵になる可能性をあらかじめ潰しておくだろうな。俺でも虐殺するし)


「リニュはその仇を取りたい、と?」

「あぁ……センジたちには関係のない、自分勝手な話だがな」


 そう言って自嘲を零すリニュに、千司は先ほど彼女がそうしたように顔を寄せて唇を奪うと、優しい声色で伝えた。


「寂しいこと言うな。確かに、他の勇者には関係ないかもしれないが俺は違う。好きな女の仇なら、手を貸すに決まってるだろ?」

「……っ、せ、センジ!」


 声を弾ませて嬉しそうに抱き着いて来るリニュの腕の中、千司は『今度会った時、虐殺のやり方教えてもらお~』と暢気にエルドリッチ友達のことを考えているのであった。



  §



 リニュと別れ、汗を流した千司は少し遅れて夕食を摂りに食堂へと向かい——二つの言い争う声を耳にした。


 向かってみると、食堂には人だかりができており、その中心ではなんちゃってヤンキーとござるオタクが剣呑な顔で睨みあっている。


 千司は近くでどうするか思考を巡らせていた猫屋敷を見つけて声をかける。


「猫屋敷、何があった?」

「よく分かんないんだけど、なんか大賀がいきなり絡んできて……無視すればよかったのに、辻本も売り言葉に買い言葉で……」


 と、言いかけた所で大賀がかき消すように吠える。


「俺の何が間違ってるよ!? 雑魚は雑魚らしく身の程わきまえてりゃいいんだよ!! 調子乗ってるからテメェのキモオタ仲間がおっちんだんだろ!? よえー癖にイきってるから死ぬんだよ!!」


 岸本と富田を指したその言葉に、千司は渋々と『言い返すか~』と考え口を開こうとして、それより早く聞いたことも無い辻本の怒声が響き渡った。


「……っ、ぶっ殺すぞ大賀ァ!!」


 状況はまさに一触即発。

 ピリピリとした緊張感が漂う中で、千司は内心満面の笑みを浮かべながら思うのだった。


(うひょひょひょ~!! 面白くなって来たぁ〜!!)





—————

あとがき

楽しそうな千司くんで2023年最後の投稿です。

残り数時間、皆さん良いお年を(*^-^*)ノシ

2024年もよろしくお願いします。

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