第8話 夜襲と再会

 リゼリアに別れを告げて馬車は魔法学園を出発した。


 ライザ曰く、王都リースまでは来た時同様三日ほどで到着する予定らしい。


 出発前に説明された事を思い出しつつ車内を見回すと、そこにはギスギスとした空気が漂っていた。


 千司と同じ馬車に乗り合わせているのは五人。せつな、文香、新色、レーナ、そしてセレンである。全員顔見知りだというのに信じられないほどに険悪な雰囲気が充満していた。


 まずせつなと文香の二人は、夜でこそ共に相手をすることもあるが基本的に互いのことを嫌悪している節がある。そしてそんな二人に隠れて関係を持っている新色は、気まずさと肉体接触のトラウマから逃げるように馬車の隅で膝を抱えていた。


(かわいい……)


 セレンはせつなと文香を侍らせる千司を見て眉間にしわを寄せて不満を表しており、その隣に座るレーナは千司以外に知り合いらしい知り合いがいない為、終始無言。


 だかといって千司と話をするのはせつなと文香に憚られる現状で……。


「……松原、何故乗っていないのですか」


 ぽつりと聞こえた嘆きのような言葉に千司は内心爆笑した。


 おそらく千司と同じ馬車なら松原も居ると考えて乗り込んだのだろう。しかし生憎と彼女は他の勇者と別の馬車。


 結果として、どこか遠い目をしながら流れる風景に溜息を零すレーナの姿がそこにはあった。


(この調子だと明日には松原の居る馬車に移動しそうだな。適当に邪魔してもっと気まずい思いをしてもらおう)


 そんなことを考え、千司はせつなと文香に挟まれながら馬車に揺られるのだった。



  §



 何度かトイレ休憩を挟みつつ馬車に揺られる事数時間。辺りはすっかり宵闇に包まれていた。


 馬車の隊列は路肩に停車され、数人ずつで焚き火を囲んで夕食を摂る。途中松原を求めて出かけようとしたレーナを適当に呼び止め彼女の引っ越しを阻止。


 苦々しい表情を浮かべるレーナをおかずに、千司は夕食の干し肉を噛みちぎる。


「そう言えば、王都に着いたらレーナはどこに泊まるんだ? 王宮で生活させてもらえるのか?」

「えぇ、一応そのように聞いていますね。と言っても、兄に与えられている部屋に居候という形ですが。もちろん仕事も与えられますが」

「仕事?」

「働かざる者食うべからず。勇者の特訓を見るようにと仰せつかりました。これでも私は学内ランキング二位でしたし、多少のお役には立てるかと」

「へぇ、それは心強いな」


 などと適当に相槌を打ちつつ食事を終えると就寝時間となる。明日の朝も早くに出発するため夜更かしは禁物。各自馬車に乗り込んで雑魚寝である。


 夜間の警備に関しては騎士団が交代で見張りを受け持ってくれるのだとか。


「……静かなもんだ」


 ぼんやりと空に浮かぶ蒼い月を見上げて千司は呟く。


 ここ最近は波の音を耳にしながら眠ることも多かった為、僅かに違和感を覚えていた。


「……んっ」


 と、千司のつぶやきに、肩に寄りかかるように寝ていた文香が小さく身じろぎ。起きたわけではないらしく、すやすやと寝息を立てていた。


 因みに反対側の肩にはせつなが心地よさそうに寄りかかっている。


(めっちゃ肩凝るんだけど~)


 二人を起こさないように『偽装』を使いつつ抜け出すと、そのまま馬車を下りて大きく伸び。


 少し離れた所では焚き火を囲み遅い夕食を口にしている騎士の姿。


 そのすぐ傍の馬車の前にはセレンが立っているのに気が付いた。確かライザ王女が乗車している馬車である。


(まぁ、わかってたことだけど騎士は王族を優先するよなぁ)


 騎士の考え方、優先順位を脳内に刻み付けつつ馬車を離れた。


 街道の向かって右側には草原が広がっており、先ほど食事を囲んだ焚き火の後が至る所に残っているが、反対側には森が広がっている。


(確か、この森を抜けたあたりだったよな〜)


 月明りも届かない森の中に視線を向けていると、徐に声を掛けられた。


「奈倉千司か。眠れないのか?」


 他の眠っている者に配慮してか小声で話しかけてきたのはオーウェン・ホリューだった。


「少し、目が冴えてしまいまして」

「そうか。別に明日も一日中移動だし夜更かししようと外を徘徊しようとも構わないが、遠くには行くなよ」

「徘徊って……もちろんそんな迷惑はかけませんよ」


 と言ったところで、千司は森の中から何か・・がこちらを見ていることに気が付いた。悟られないように視線は向けないが、眼前に居るオーウェンも欠片も視線を向けない事から、気付いてはいるのだろう。


「……気付いたか?」

「えぇ。大丈夫なんですか?」

「あぁ、問題ない。あの人も起きていないしな」


 彼がちらりと視線を向けたのは王女が乗っている馬車の方向。


「というと?」

「本当に危険が迫っているのならあの人が起きて指揮を執る。起きていないのならその程度の相手という訳だ。まぁ、おそらく盗賊の類だろうな」

「盗賊、ですか」

「あぁ。実は先日、この森を抜けた先にあるヘーゲルン辺境伯の領地が盗賊の集団に襲われてな。幾人かは捕まえ、残りは殺したと聞いていたが……どうやら森の中に逃げ込んだ奴がいたらしい」

「……そうですか」


(ミリナからは全滅したと聞いたが……まぁ、すべての遺体を確認したわけでもないしな)


 そもそも作戦に何人参加したのかも千司は知らない。


 ただ近隣の盗賊を集めてヘーゲルン辺境伯領に突撃しただけだ。ならば、逃げ延びた人間が森に潜伏していてもおかしくはない。


「……驚かないんだな」

「何がでしょうか」

「辺境伯領が襲われるなどかなりの惨事だと思ったのだが……」

「そうですかね。……まぁ、オーウェンさんには悪いですが、正直見も知らぬ異世界人がどこで誰に殺されようとあまり興味はありませんので」

「そうか……いや、そうだな。我々の世界の人間がお前の仲間を殺したのだ。そう思うのも理解出来る」

「すみません」

「いや、構わない。……ただ、この国を守る騎士として、些か不快には思ったが」


 目を細めるオーウェンの言葉に、千司は数秒ほど呆けてから苦笑を浮かべた。


「なんだ?」

「いえ、貴方はなんと言いますか……どこまでも騎士なのだなと思っただけです」

「当然だ。私の宿命は人々を守る事。故に——」


 瞬間、森の方角から千司めがけて高速で何かが飛来。千司の頭に直撃する寸前で、オーウェンが正確に受け止めた。


「奈倉千司のことも守る」


 オーウェンが手にしていたのは一本の矢。

 それを見て森の中の連中が僅かに動揺したのを感じた。


「ありがとうございます」

「構わん。それにしても、このような夜更けに面倒極まりないな」

「ですね、手伝いますよ」

「要らん。寝ていろ」

「躊躇なく勇者に弓を引いた連中を前に寝る? 無理な相談ですね」

「……そうか」


 引き下がらせることは無理と判断したのかオーウェンは部下の一人から剣を受け取り、千司に手渡した。


「それにしても、何故自分たちを狙ったのでしょうかね。かなりの人数差があるように思いますが」


 あくまで感覚だが、森に潜んでいる人間の数は十人程度。無謀以外の何物でもない。


 頭に疑問符をうかべる千司に対しオーウェンは淡白に言い放った。


「盗賊なんかやっているような連中だ……馬鹿なんだろう。馬鹿は嫌いだ」

「何を考えているか分からないからですか?」

「いや——」


 オーウェンは首を振り、剣を抜いて月光を反射させると苛立ち交じりに吐き捨てた。


「何も考えていないからだ」


 瞬間、千司とオーウェンは森の中に突っ込んだ。薄暗い森の中に入ると、動揺した声と距離を取ろうと草の揺れる音が耳朶を打つ。


(さてどうするか……)


 突っ込んだはいい物の、千司は夜戦の経験などないし戦い方も教わっていない。加えて同所は足場の悪い森の中。敵の武器も不明瞭で、数も分からない。


 しかし、恐怖は欠けらも無い。


 千司は渡された剣を鞘から引き抜くと、気配のする草むら目掛けて横一文字に切り払う……と、同時に小さな悲鳴と確かな手ごたえ。


(……まぁ、戦い方なんざ知らなくても、ステータスの暴力で無双できるんだよなぁ)


 ちらりと視線を向けると、オーウェンは既に四人を切り殺していた。


 森の中なので確かなことは言えないが、返り血を浴びている様子もなければ悲鳴のひとつも聞こえていない。


 千司も『負けていられないなぁ』と小さく呟き、残りの数人を切り殺していく。


 四人目を殺したところで、背後に迫っていた一人が低い姿勢のまま手にしていたナイフを切り上げる——が、当然無意味。


 低い姿勢は好都合と言わんばかりに千司は迫りくるナイフもろとも男の顔面を蹴り付け、森の奥へと吹き飛ばした。


 男は地面を数度バウンドしたのち木にぶつかって制止。近付くと、顔面が凹み、首があらぬ方向に折れ曲がっていた。


 脈を測るまでもなく即死である。


「……これだけですかね」

「そうだな。他に気配は感じられん。矢が飛んできた後少し間があったのを考えるに、もしかすれば様子見だけで襲撃するつもりはなかったのかもしれんな」

「なら見逃した方が良かったんですか?」

「いや……この男が身に着けている首飾り、ヘーゲルン辺境伯のところの家紋が入っている。襲撃に加担した癌を放置するほど、私はぬるくない」

「そうですか。……死体はどうします?」

「部下に言って森の奥に埋めさせよう。勇者たちにはいらぬ動揺を与えたくない。奈倉千司も、口外しないよう頼む」

「分かりました」


 後処理のことを話し合いながら森を出る。改めて確認しても、オーウェンの服には一滴も返り血が付着していなかった。


「あとのことは私がやっておくから、お前はもう寝るといい。身体を動かしたら少しは疲れただろう?」

「そうですね。では、お言葉に甘えて――」

「あぁ、いや、待て」


 ぺこりと頭を下げて馬車に戻ろうとして、呼び止められた。


 視線を向ければ彼は自身が乗っていた馬車に移動し、中から一枚の服を取り出して千司に差し出す。


「側面に数滴返り血が付いている。着替えてから戻るといい。その服はこちらで処分しておく」

「これはこれは、ありがとうございます」


 言って服を脱いで着替えるとオーバーサイズもいい所。


 日本人の平均身長より少し背の高い千司であるが、それでも異世界の騎士が相手ではどうしようもない。


「……」

「? どうかしたか? って、かなり大きいな」

「まぁ、変ってほどでもないので大丈夫ですよ。王宮に到着したら洗って返します」

「あぁ」


 短く返事をして部下に指示を飛ばしに行くオーウェン。


 対する千司は離れていくオーウェンの背中を見つめつつ、唐突に発生した彼シャツイベントに何とも言えない表情を浮かべるのだった。


(どうせ男から借りるならライカくんの服が良かった。なんで寄りにもよってオーウェンの……しかもちょっといい香りがするし)


 貴族たるもの身だしなみにも気を付けるという事なのだろうか。


 それはそれとして、なんか嫌な気分になる千司。


 翌朝、レーナから『服変わりました? それに何か良い匂いもします』と言われ、更に嫌な気分になることをこの時の千司はまだ知らない。



  §



 それから三日後。


 途中、王都近くの街に向かう予定だった生徒と別れたり、そもそも行きに比べて帰りの人数が多くなっていたり。


 少し遅くなりつつも、レストーを出発して四日目の午前中には王都リースに到着した。


 王都には王族が住んでいる他にも数多くの貴族が家を構えている。到着してすぐに一部の生徒たちが馬車を降り、騎士たちに礼を告げて各々の家へと帰っていった。


「それでは父上、自分はこれで」


 そんな声が聞こえて視線を向ければ、オーウェンに挨拶しているウィリアム・ホリューの姿があった。


「あぁ、鍛錬は怠るなよ」

「分かっております」


 静かに瞑目して頷いたウィリアムは次に視線を田中へと移した。どうやら二人は同じ馬車に乗ってこの四日間を過ごしていたらしい。そのほかにも数人ほど男の勇者が乗っていた。


(うへ~、あの馬車むさ苦しいなぁ)


「田中太郎、おかげで馬車内では暇をせずに済んだ。感謝する。もし時間があればホリュー家を尋ねてくれ。ともに訓練しようじゃないか」

「わかった」

「約束だぞ。ではな」


 軽く手を上げ去っていくウィリアム。

 千司は彼を見送る田中に声をかける。


「仲良かったのか?」

「奈倉か。あぁ、車内で意気投合したんだ。……い、意気投合って友人的な意味だぞ? 俺は女子が好きだ」

「? あぁ、そうか」


(よく分からんが、白金級勇者と学内ランキング一位の間に繋がりができたのは面倒だよなぁ。特にあのホリュー家と来た。ただでさえ強いのに、これ以上は勘弁してくれぇ~)


 内心で弱音を吐き出しつつ、千司はせつなたちの下に戻るのだった。



  §



 王都の中を馬車は駆け抜け、一時間もかからぬうちに王宮の玄関口に辿り着いた。


「なんか、すごい久しぶりに感じるね」

「そうだなぁ」


 到着して幌馬車から降りたところで、せつなが呟く。


 期間にしてみれば王宮で過ごした時間も魔法学園で過ごした時間もそれほど変わらないが、どこか実家のような安心感を覚えて仕方がない。


 感覚的に魔法学園での生活は一人暮らしである。


(ライザの目がないから好き勝手出来た、ってのが大きいよなぁ)


 などと分析していると、全員が下車。

 それを確認してから、ライザは手を叩いて注目を集めた。


「それでは勇者の皆様はこのままお部屋でお寛ぎ下さい。場所は以前のままとなっております。それと、夕食の時間に少しお話がありますので、その際にまた呼びにまいります」


 その言葉を皮切りに「疲れた~」や「お風呂入りたい」とぼやきながら王宮に入って行く勇者たち。


 千司もレーナを横に連れつつ王宮に入ろうとして、ライザに呼び止められた。


「奈倉様、先日はありがとうございました。オーウェンから話は聞きました」

「いえいえ、そんな」

「それと彼女のことも伺っております。他の者にも話は通しておきますので、ご安心ください」

「お心遣い、感謝します」

「あり難き幸せにございます、ライザ王女殿下」


 軽く頭を下げるだけの千司に対し、レーナはその場に膝を着いて深々と首を垂れた。


「いえ、お気になさらずに。代わりと言っては何ですが、きちんと仕事はしていただきますので」

「何なりとお申し付けください」

「はい、期待していますね」


 にっこりと笑みを浮かべてから踵を返すライザ。その姿が見えなくなったところで、レーナは大きく息を吐いて立ち上がった。


 その額にはじんわりと汗がにじんでいる。


「……大変なんだな、貴族も」

「慣れれば何ともないのかもしれませんが、流石に王女殿下が相手では緊張しますね。だからと言って奈倉さんのようにふるまえと言われても卒倒しそうですが」

「それもそうだ」


 首肯を返して王宮に入ると玄関口で多くの勇者が執事やメイドに出迎えられていた。


 それぞれ荷物を渡したり、風呂に入りたいと要望を口にしたり。


 そんな中、人ごみから離れて身を半分隠しながら彼らを見つめる三人の執事と一人のメイドの姿があった。


 表情は厳しく歪み、特にメイドの女性などぼろぼろと涙を流しながら他の三人に慰められていた。


(……あぁ、岸本たちの執事か)


 おそらく一足早く岸本、富田の死亡。

 そして不破、渡辺の行方不明が教えられていたのだろう。


 そんな彼ら彼女らに気付かないふりをしつつレーナを伴ってきょろきょろ見渡して、くすんだ紺色の髪の執事が近付いてくるのを見つけた。


 彼は千司を見つけてどこか安心したように口端を持ち上げ——次いで、その横に立っていたレーナを見て目を見開く。


「……レーナ」

「……っ、おにい——兄さん」

「素直になりゃ良いのに」


 ぽんっと背中を押すと、レーナははじかれたようにくすんだ紺色の髪の執事——ライカのもとへと駆け寄る。


「レーナ。無事だったか?」

「……っ、うん」

「よかった。……本当に、よかった」


 ライカは慈愛に満ちた笑みでレーナの頭を撫で、抱きしめる。レーナも一瞬躊躇したのち、どこか恥ずかしそうに頬を染めながらもライカの背中に手を回した。


(あそこだけ顔面偏差値高すぎるんだが? 並びたくねぇ~)


 美少女兄妹の感動の再会に、千司は『今この場でレーナを惨殺すればライカはどんな反応をするのだろう』と好きな子にいたずらする男子小学生のような事を考える。


(くっそ興奮するな、間違いなく)


 などと妄想を捗らせていると、抱擁を終えたライカが見たこともない満面の笑みを向けてきた。


「奈倉様、本当にありがとうございます。こうして妹と再会できたのも、奈倉様のおかげです」

「約束だったからな、気にするな」

「それでも、心からの感謝を」

「そうか、なら素直に受け取ろう。何はともあれ、今日は仕事を頼まないからレーナと過ごすといい」


 本当なら早速セクハラに精を出したいところだが、これ以上なく好感度の上昇を狙える状況で自己の欲望を優先するほど千司も馬鹿ではない。


「そういう訳には……っ!」

「気にするな。明日からはまた色々と頼む・・ことになるからな」

「で、ですが……」

「なら命令ってことで。今日は兄妹水入らずで過ごせ」


 指を立てて命令を口にした千司に、ライカは苦笑を浮かべて頭を垂れる。さらりと揺れるくすんだ紺色の髪。ほのかに香る良い匂い。


(オーウェンはキモいけどライカくんのはムラムラするんだよなぁ~、早くセクハラしてぇ~)


 美しき兄弟愛を前にそんなことを想いつつ、千司は一人荷物を持って部屋に向かうのだった。

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