第44話 後の祭りを謳歌する。

 闘技場の入り口方向から爆発音が聞こえてからしばらく、次いで数度の爆発が遠くから聞こえてきた。


 これにより依然として警戒を続ける千司たちであったが、それから数分経っても何も起こらない。先ほどまで怒号やら悲鳴、剣戟の音で騒がしかった闘技場内は、水を打ったように静寂に包まれていた。


 しばらく待っても何も起こらず、そこでリニュが背中から巨大な翼を生やして大空へと飛翔——外の様子を伺いに向かった。


 その間に千司は文香に頼んで怪我した者たちの治療に当たらせる。千司はかすり傷一つ負うことはなかったが、しかし中には腕から血を流している生徒や、腹を切り裂かれている生徒もいる。いくら闘技場で実戦経験を積んでいる魔法学園の生徒とは言え、殺し合いの経験などあるはずもない。


 油断して大怪我を負ったものや、中には地面に横たわって息絶えている生徒の姿もちらほら。ステータスで勝っていようと、戦闘経験、集団戦などで後れを取ったのだろう。


 次々と見せられるグロテスクな生傷に、文香は顔を真っ青にしながら回復魔法を行使し続ける。それでも重傷者はまだおり放っておくと死んでしまう者も出てくるだろう。


 何人死のうと構わないし、いっそのこと全員死んでくれると面白いのだが、そうなれば文香がまた自信を喪失してしまう可能性がある。


(他の勇者がどうなろうと構わんが、貴重な回復役は変えが効かんしな)


 仕方なく文香に近付いてそのサラサラの髪を優しく撫でながら「無理はするなよ」と囁くと、彼女は頬を朱に染め、とろんとした表情で千司を見た後、ふんすとやる気をみなぎらせて治療を続行した。


 久しぶりに一対一で夜の相手をするか、などと最低なことを考えていると、空を旋回していたリニュが舞い降りてくる。


「どうだった?」

「外に奴らの姿はなかった。ここに居たので全員だったのか、それとも先ほどの爆発に乗じて逃げ出したのか……問題があるとすれば、闘技場の入り口同様に校舎の一部が破壊されていた。最後の数発の爆音はおそらくそれだろう。攪乱か、目くらましか」

「そう言えば奴ら、校舎中に魔方陣を仕掛けたとか言っていたな。脅しのためのブラフと思っていたが事実だったのか」

「……そんな物まで準備していたとは……だが、何はともあれひとまずの脅威は去った。……と、見ていいのだろうか……」


 徐々に言葉尻が小さくなっていくリニュ。

 表情は暗く、視線は地面を見つめていた。

 いつもの彼女らしくない姿を見て——千司はその心の隙間に手を差し込むことにした。


「どうした、いつものお前らしくないな」

「……いや……それは……」


 彼女は数度口を開いては何かを言おうとして、しかし千司の後方に集う多くの生徒や勇者の視線を受けて閉口。唇をかみしめて俯いてしまう。


「……まぁいい。とにかく脅威は去ったんだな?」

「あぁ……おそらく。見た限り奴らの姿はなかった」

「ならそれでいい。あとはオーウェンさんたちと進めるから、リニュは少し休んでいろ」

「……」


 すると特に反論することもなく肩を落として俯くリニュ。

 千司はわざとらしく大きなため息を吐くと、少しだけ周囲を確認してから彼女にだけ聞こえる声量で語りかけた。


「リニュ。知っていると思うが、俺はこの世界の人間が嫌いだ。魔王を倒そうとしているのも、勇者のみんなを元の世界に帰すため。正直な話、その為ならこの世界の人間が何人死のうと、俺はどうでもいい」

「……立て続けの醜態。……見限られるのも当然だ」


 自嘲する余裕もないのか力なく吐き捨て、とぼとぼと去ろうとするリニュの腕を千司は掴み、力のままに顔を引き寄せる。


「最後まで聞け」

「な、なにを……」


 困惑した様子のリニュの耳元へ口を近付けると、千司は囁いた。


「俺は、お前のことが嫌いではない」

「……っ」


 はっきりと断言する千司に、リニュは『目』を見開いて千司の瞳を真正面からつめ……それが嘘ではないとを理解。途端に、嬉しさやら申し訳なさやら、何が何やら分からない複雑な感情が込み上げてきて、思わず視線を逸らした。


「分かってくれたか?」

「……あぁ。で、でもなんで……っ」


 リニュの疑問に、千司は大きく息を吐いて空を見上げる。

 薄っすらと輝き始めた星々をぼんやりと眺めながら、答えた。


「何故って、リニュが頑張っていたのはずっと見ていたし……何より、ほぼ毎朝一緒に訓練しているんだ。他の奴に比べて多少特別な情を抱いてもおかしくはないだろう」

「そうか……。……っ!? と、特別な……情……っ!?」


 瞬間、顔を真っ赤にして口元を手で覆い隠すリニュ。

 視線は千司を捉え、かと思えば恥ずかしそうに逸らして中空を彷徨わせた。


 彼女の好感度なら多少強引に押しても問題ないと判断しての言葉だったが、よもやここまで効果覿面だったとは。


(少々クサい台詞だったが、状況も相まって刺さったか?)


 などと冷静に分析する千司に対し、リニュは恥ずかしそうにもじもじと身体を動かし、かと思えば手を頬にやったり髪をいじったり。


「な、なにを馬鹿な……ア、アタシと千司はその……あくまでも師匠と弟子で……そんな、いきなりすぎるというか……考えたことは、無くはないが……で、でもお前にはすでに二人も……」


 小声で早口に捲し立てるリニュ。

 当然千司はすべて聞こえていたが、しかし気付かないふりをして言葉を続ける。


「それに、セレン団長も」

「……え?」

「ギゼルさんや、リゼリアさんも。……毎日顔を合わせていれば、情は移るものだ」

「……」


 千司の言葉にリニュは口を横一文字にキュッと結び、感情が死んだのかと思えるほどの無表情で見つめてくる。


「どうした?」

「……揶揄ったのか?」

「さぁ?」


 口端を持ち上げて答えると彼女は先ほどまでとは異なる意味で顔を真っ赤に染め上げた。


「け、結局何が言いたいんだ、お前はっ!?」


 早朝訓練の時ならいざ知らず、こんな状況で物理的な反撃を試みるわけにもいかず……リニュの口を突いて出たのはそんな抗議。


 羞恥と怒りでぐちゃぐちゃになった心を剥き出しにした言葉に——しかし千司は笑みを消して、少しばかり真剣な声色で答えた。


「俺はリニュのことを大切な仲間だと思ってる。だから一人で気負い過ぎるなってことだ。相談ぐらいには乗る」

「……っ」


 千司の言葉に、リニュはぐちゃぐちゃに乱されていた心が静かに落ち着きを取り戻したのを感じた。荒らしたのも千司なのだが、それよりも前に抱いていたネガティブな感情も同時になくなっている。


 言いたいことは言ったとばかりにリニュに背を向ける千司。


「……」


 リニュはその背から、目が離せなかった。



  §



 リニュのよしよしを終えた千司は集まって来たオーウェン、ルブルス・ヘーゲルン、そしてギゼルやリゼリアと言った人間たちと顔を突き合わせて今後について知恵を出し合っていた。


 結論としては他にも魔法陣が仕掛けられている可能性を考慮して、闘技場から脱出。グラウンドで全員の安否確認を行う手筈となった。


 問題があるとすれば闘技場の入り口にある瓦礫をどうするかである。オーウェンやリニュがステータス任せに破壊することは可能であるが、ルブルスが首を横に振った。


「外に何人か残してきている。巻き添えを食らう可能性がある」

「なら俺が闘技場の外へと周り、離れるように呼びかけよう」


 オーウェンの言葉に作戦が決まりかけたところで、ふと声が掛かった。


「なんか面倒そうなら俺やりましょうか?」


 それは上級勇者の一人、五十嵐。日本に居た頃は野球部に所属していた少年である。召喚された当時は坊主だった髪が、今ではすっかり伸びきっていた。


(確か五十嵐の職業は——)


 千司が思い出すのと五十嵐がその能力を口にするのはほぼ同時。


「『抹消者エリミネーター』の能力なら、すぐですよ」



  §



 場所を闘技場の入り口に移した一行の前で、五十嵐は人差し指を立てて瓦礫の上部に向ける。すると、指の先に小さな魔法陣が展開されて——。


「スキル『消去デリート』」


 その言葉と同時に、小さく短い一筋の光線が射出。上部に詰まっていた巨大な瓦礫のひとつにぶつかった瞬間——跡形もなく消滅した。


 高熱で溶かしたわけでも、高火力で消し飛ばしたわけでもないそれは、触れたモノを無条件で消滅させる力。


「凄いな……」


 そう呟いたのはルブルス・ヘーゲルン。

 五十嵐はそれに気をよくしたのか、人差し指から小さな光線を連射。闘技場の入り口をふさいでいた瓦礫は瞬く間に取り除かれ——と。


「待て、五十嵐」


 千司が動くより早くオーウェンが五十嵐の手を下げた。驚きつつもスキルの発動を止める五十嵐。その視線の先にはヘーゲルンの制服を着た兵士の姿があった。


 外で待っていた兵士が瓦礫が取り除かれていくのを見て中の様子を見に来たのだろう。危険極まりないし愚かしいにもほどがある行動であるが、いち辺境伯に過ぎないヘーゲルンの兵士であれば、その出自は平民出身。


 教育の行き届かないこの世界ならあり得るかと内心でぼやきつつ、千司は五十嵐を見た。


 彼は自分のスキルが役に立ったのが嬉しかったのか僅かに頬をほころばせていた——かと思えば、千司の視線に気付き嘲るような目を向けてきた。


(そう言えばこいつ篠宮派だったなぁ。それに、日本に居た頃から好かれてはなさそうだったし……)


 別段これと言って関わりがなくとも人を嫌いになることはある。気に食わない、視界に入れたくない。五十嵐にとってそれが千司であった。


(んでもって、そんな相手が異世界に召喚されて以降、クラスのリーダー格として活躍している、と。それはもうこれ以上なく面白くないだろう。なら、そのプライドをズタズタにして殺してやりたいんだが……ん~)


 千司は特に反応を返さず、オーウェン達に「皆を呼んできます」と言って闘技場へと戻りながら思った。


(正直、雑魚過ぎてつまんねぇんだよなぁ~。文香や新色みたいな非戦闘職を除いたら一番のハズレだろ、『抹消者あれ』)


 そんなことを考えながら、千司は皆を連れて闘技場の外へと脱出するのだった。



  §



「奈倉殿」


 グラウンドへと向かう途中、気を失ったままの大賀を背負って声をかけてきたのは辻本。心配気に歪んだ顔を見れば、先の言葉を聞かなくても彼が何を言いたいのかわかった。岸本と富田のことである。


 しかし千司は首を横に振る。


「まだダメだ」

「何故ッ!?」


 感情を昂らせて悲痛な声を上げる辻本だが、千司は落ち着いた声色のまま淡々と答える。


「敵の残党がどこに残っているか分からないし、罠が仕掛けられたままかもしれない。まだ危険すぎる」

「ですがすぐにでも助けに行かないと……っ! それに見たところ寮の方角は襲われた形跡がないでござる! だから、だから……っ!」


 寮の方へと目をやると、確かにそこには傷一つない建物がある。窓も割れていなければ周囲の花壇を荒らされた様子もない。


「ダメだ」

「何故っ! ただ少し学生寮に行って二人を呼びに行くだけでござるっ!」


 かすかな希望に縋る辻本に、千司は逡巡する演技。

 走りながら数秒ほど考え込んで、やがて悔いるような声で小さく吐き出した。


「……無駄だ」

「……は? む、無駄? 無駄って、どういう……」


 走る速度を緩めてその場に立ち尽くす辻本は、意味が分からないとばかりに困惑の表情を見せている。合わせて千司も立ち止まると視線がかち合った。

 走った影響なのか、嫌な緊張感のせいなのか、荒く肩で息をする辻本。


 千司は虚ろに揺らめく辻本の瞳を真正面から見つめると、後悔を『偽装』しながら、唇をかみしめて答えた。


「すまない、嘘をついていた」

「……嘘?」


 千司は一呼吸入れ、告げる。


「二人は、学生寮には居ない」

「……え?」



  §



 グラウンドに集められた生徒たちは各々のクラスごとに並んで点呼を取り始める。しかし、どのクラスも数分と経たないうちに暗い表情を見せはじめていた。


 理由は単純、名前を呼んでも返事のない生徒がいるから。


 教室で殺された者、闘技場の乱戦の中で殺された者。

 死因は様々であろうが、今日一日だけで多くの生徒がその命を落としていた。


(ん~、でも結局乱戦の中で死んだ勇者はゼロか。まぁ、上級はそう簡単に死なないだろうし、篠宮派閥の下級勇者が何人か死んでくれたら嬉しかったんだが……こればっかりは仕方ないな)


 と言っても、元々それほど期待していたことでもない。死んでればラッキー程度の事柄である。千司としてはそのほかの目的が無事達成されているのなら、何も問題はない。


(んじゃ、そろそろ確認と行きますかねぇ)


 何て呑気に思いつつ、しかし表情はきりりと引き締めて千司は小柄な女教師、海端新色のもとへ。彼女も千司の顔を見ると、緊張した面持ちとなり——。


「行きましょう」

「う、うん」


 千司の言葉に新色は首肯を返す。周囲に居たせつなや文香は突然のことに困惑している様子だが、無視。説明するよりも焦っている姿を見せる方がそれらしい・・・・・から。


 千司は後ろから辻本がこっそりとついて来ているのを確認しつつ、新色を連れてカフェテリアへ。するとそこには窓ガラスはすべて割れ、壁も一部崩壊しているカフェテリアと、それを取り囲む見覚えのある騎士が数人。オーウェンの部下である。


 彼らは千司と新色を見てぎょっとした後、カフェテリアへと近付けないようにと立ち塞がった。


「通してください」

「……オーウェン団長より、誰も通すなとのご命令です」


 そんな騎士の言葉に反論したのは意外にも新色だった。

 彼女は顔を真っ青にして、目に一杯の涙をためながらがくがくと震える足で騎士に近付き、掠れた声で吠える。


「お、ねが……おねがいっ、します……っ! こ、の……先に、居るのが、岸本くんと、富田くんなら……おねがい、しますっ! 通してくださいっ! わ、私の……私の、大切な生徒、なんです……っ!」

「先生……っ」


 別に感動も何もしないがそれっぽい反応を返しておく千司。

 一方で騎士たちはその言葉に一瞬たじろぐも、しかし唇をキュッと結び首を横に振った。


「申し訳ありませんが、出来ません」

「……そんなっ!」


 無慈悲な言葉に愕然とする新色。そんな彼女の遺志を継いで、千司はウキウキとした気持ちを必死に抑えながら騎士に問うた。


「……二人は、無事なんですか?」


 そんなもの、今の会話で容易に想像できる。

 生きているのなら通さない理由がないのだから。


 しかしそれでも実際に言葉として聞かないと理解できない人間だっている。例えば横で涙を流す新色や、後方で隠れながら青い顔をしている辻本など。


 千司はそんな彼らにわかりやすく、そして残酷な現実を叩きつける為……騎士からその言葉を引き出すのだった。


「……残念ながら、お二人ともお亡くなりになられました」

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