第38話 集められた人々

 千司たちが連れてこられたのは闘技場の舞台の上であった。いつもなら決闘が行われるそこにはすでに他の生徒も集められており、どうやら千司たち三組が最後だった模様。


 入って早々に周囲を見渡せば、泣いている者や怯えている者、或いはチャンスを伺っている者など三者三様。そして、舞台を取り囲むように設計された観客席には軍服のテロリストたちの姿があった。


「……監視、ですかね?」

「おそらく」


 観客席のテロリストたちを睥睨しながら冷静に状況を分析するギゼル。彼の言葉に首肯しながら返していると、ふと生徒たちの人ごみの中から二人の女子が飛び出してきた。


 見慣れた黒髪とふわりと揺れる茶髪——せつなと文香である。

 彼女たちは千司を見つけて安心したように笑みを浮かべ——しかし千司の姿を見た瞬間、その視線がジトっとしたものに変わる。


「……千司?」

「せ、千司くん……? これ、どういうこと?」

「まぁ、いろいろとあったんだよ」


 ため息交じりに吐き捨てる千司の左腕には松原の姿、右手には新色が抱き着いており、背中には青い顔のリゼリアがぎゅっとしがみついていた。新色とリゼリアはガクガクとその身を震わせていることから怯えているのが分かる。


 しかし松原に関しては、おそらくその場のノリ。


「……こ、こわい~」


 ちらりと千司を見つめ、視線が合うと照れたようにもぞもぞと顔を伏せる松原。

 そこには抱き着けるのなら抱き着きたいという下心が窺えた。


(どう考えてもそんなことをやってる状況ではないと思うんだがなぁ。ん~、やっぱこいつ頭おかしいんだろうなぁ)


「ちょっと、松原さん」

「せ、千司くん! 私も怖かったよぉ~」


 松原の行動に戸惑いつつも不快そうに眉を吊り上げるせつなに対し、自分も抱き着こうと近付いて来る文香。さすがにこれ以上は動きにくい上に邪魔なので、千司は静観の構えを取っていたギゼルに救援を要請。


「ギゼルさん。助けていただけないでしょうか?」

「……仕方ありませんね。現状を打開するために奈倉殿の知恵も拝借したいところですし」


 ギゼルは一つため息を溢してから千司の背中にくっつくリゼリアに声を掛けた。


「リゼリア殿。あの男はもうここには居ません。奈倉殿も困っていらっしゃいますので、一度離れられてはいかがでしょうか?」

「……ゆ、勇者はそんなこと言わない」

「そうなんですか?」

「いや、めっちゃ困ってる」

「そ、そんなこと言うなぁ」


 いつもの勝ち気な性格はどこへやら。今にも泣きだしそうな声で離れたくないと千司に抱き着く腕に力を籠めるリゼリア。必然、押し付けられる胸の弾力も倍プッシュ。


 しかしこのままでは埒が明かない上にせつなたちの視線が厳しくなってきたので、千司は心を鬼に——したように見せかけ、その実、嬉々として怯えるリゼリアを引き剥がした。


「ぁ……ぁあっ」


 地面に降ろされた途端、彼女は力なく座り込み、真っ青な顔で震えながら膝を抱えると、背中を丸めて引きこもりの体勢をとった。


 ちらりと一瞬向けられた視線には涙が浮かんでおり、まるで縋るように千司のズボンの裾をきゅっと摘まむ。


 そんな彼女を見つめ、千司は思った。


(ん~、この程度じゃ興奮しないなぁ。やっぱりもっと可哀想な目に合って貰わないと! そう言えばこいつには姉が居たはずだし、目の前でエルドリッチに姉を殺させたら面白いことになるんじゃないか? ……今度機会があったらやってみよ~!)


 そんな最低な未来予想図を脳裏に描きつつ、千司は左右それぞれに抱き着く松原と新色も引き剥がす。これ以上暢気に構えていると、流石に不信感を抱かれかねない。


 下級勇者や学園生徒に不信感を抱かれる分には最悪皆殺しにすれば問題ないけれど、今まさに近付いて来る彼女は少しマズい。


「奈倉くん、それにみんなも! 無事で良かった」

「猫屋敷。そっちも無事で何よりだ。被害は?」

「勇者にはないけど……クラスメイトが一人」

「そっちもか」

「てことは三組も……?」

「あぁ、生徒が一人。それと……」


 千司は言葉を区切り、僅かに躊躇いを演出しつつ告げた。


「実は、今朝から渡辺と不破の姿が見えないんだ」

「え、姿が見えないって……どういうこと?」

「分からん。二人とも登校してないんだ。寮に居るのか、二人一緒に居るのか、そして無事なのか……何もわからないのが現状だ」


 頭を掻き毟る千司に、猫屋敷も渋い表情。

 と、そこへ辻本も姿を現す。


「な、奈倉殿! それにみんな、無事でござったか!」

「そっちこそ、無事でよかった。オタクにありがちな妄想で制圧しようとしていないか冷や冷やしていたところだ」

「ひ、酷いでござる……。まぁ、妄想しなかったと言えば嘘になりますが……しかし上級勇者や奈倉殿ならともかく、拙者ではそもそも相手にならないでござろうし、誰も抵抗しなかったのでござるよ」

「いい判断だ。こっちは奇襲を仕掛けた学園の生徒が殺された」

「なんと……っ!」


 勇者ではないとはいえ、人が死んだという事実に目を見開き、観客席から監視の目を送って来る襲撃者たちを睨み付ける辻本。


「殺しも厭わない襲撃者……厄介極まりないでござるな。——っと、ところで奈倉殿は岸本殿と富田殿を目撃しなかったでござろうか? まぁ、二人とも寮に居るはずでござろうから、そこが襲われてなければ無事でござろうが……」

「……っ」


 その言葉にびくりと肩を震わせたのは新色。

 彼女は真っ青の顔のまま千司を見つめ、口をぱくぱくと開閉。

 何かを言おうとして、しかし声は音にならず、微かな呼気が漏れ出るだけ。


 千司は彼女の頭を撫でてから、口を開いた。


「かなり難しいな。何しろ敵はかなり用意周到に計画を練ってきている。当然寮も捜索するだろう」

「……ぇ?」


 困惑の声を零したのは新色であった。

 当然だ。今の口ぶりではまるで、二人は今も寮に居るかのようである。新色が相談に乗ると言って二人をカフェラウンジに呼び出していることを千司が知っている都合、今語っているのはすべて——嘘。


「ど、どうして?」


 小声で問うてくる新色に、千司も周囲にバレないよう気を付けながら答えた。


「パニックを防ぐためです。とにかく今は話を合わせてもらえますか?」


 千司の言葉に新色は、戸惑った様子を見せつつも、首肯。

 そんな彼女の頭を撫でてから、千司は辻本との会話に戻った。


「……やはり。ならば早急に助けに行かなくてはならないでござるな。……奈倉殿?」

「いや、何でもない。確かに、辻本の言う通り助けに行きたいのはやまやまなんだが……この監視を突破して助けに行くのはかなり難しいだろうな」


 そう言って千司は舞台の出入り口を見やる。

 そこには軍服を身に纏った男女が数人。

 うち一人の腕には栗色の髪の少女が捕まっていた。


 そんな彼らに向かって不意に一人の少年が吼える。


「おい! もうここまで来たらいいだろ! 彼女を解放しろ!!」


 語気を荒げた彼は、大賀健斗。普段から素行が悪く勇者どころかすでに学園全体から見てもかなり浮いた存在である彼が、一人の女子生徒を助けるために一人立ち向かっていた。


 しかし、そんな彼に軍服の男が下卑た笑みを浮かべて答える。


「相も変わらず愚かだな、大賀健斗」

「何だとっ!?」

「人にものを頼む態度も知らぬ異世界人が。……ふん、そうだなぁ。一度自らの行いを俯瞰して考えることだ。それまで、この女で時間を潰させてもらうとしよう」


 そう言って、男は栗色の髪の少女の肩に手を回し、その豊満な胸を揉みしだきながら大賀たちに背を向ける。


「は、はぁ!? ふざけんな! 待てよこらっ!!」


 必死になって呼び止めようとするが、無意味。

 追いかけようとする大賀を塞ぐように、他の軍服の男たちが立ちはだかった。


 大賀は彼らを無視して後を追おうとするが、目にも止まらぬ速さで制圧。いくら上級勇者とは言え、エルドリッチの部下数名が相手では成す術などない。


「……ッ! くそっくそくそくそぉおおおおおおおッ!!」


 大賀の声も虚しく、男と栗色の髪の少女の背中は見えなくなった。


「大賀殿……」


 そんな彼を見て、辻本が同情の声を漏らした。


 憎い相手のはずなのに『どこまでお人好しなんだ』と、大賀の哀れな姿に爆笑しそうになるのを堪えながら、千司はそんなことを思う。


 そんな千司の思いには気づかず、辻本は顎に手を当て思考。


「出入口を塞がれている上に、人質まで……どうするでござるか」

「……正直、どうしようもないだろうな。無理に突破することも不可能。……まったく、どこまで用意周到な連中なんだ」

「ど、どういう意味でござるか? 大賀殿に加勢すれば……」


 千司の悪態に対して小首を傾げる辻本。

 その疑問に首を横に振って答えたのはギゼルであった。


「無理でしょうね。おそらく反乱を避けるため、彼らは我々を闘技場に集めたのでしょうから」

「闘技場だと反乱を避けられるのでござるか?」


 いまいち理解できない辻本に、ギゼルは嫌な顔一つ見せずに指を立てて説明。


「いくら強い力を持っていようと、この数の魔法学園生徒および勇者に一斉に反旗を翻されてはひとたまりもない。強力な魔法、強力なスキルで即死させられては一気に形勢を逆転されてしまう。そこで『致命傷にならない魔法』がかけられた闘技場に生徒を集め、監視することで、反乱を防いでいるということです。ここでは殺すことも殺されることも出来ませんので」

「そ、そんな……」

「まぁ、彼らは自らの目的をおつかい・・・・と語りました。敵の言うことなど信用に値しませんが……あの類の人間はあまり嘘を吐かない。ここで我々を足止めし、その間に学園内で何か・・を行うつもりなのでしょう。よって、貴方のご友人も大人しくさえしておけば、無事な可能性は十分にあるかと」


 最後に辻本へのフォローを忘れないギゼルに、彼は気休めだとわかっていても「そうでござるか」と安堵の息を吐いていた。


 千司としても、ギゼルの優秀さには舌を巻く。

 何しろ、闘技場に押し込めた理由の半分を彼に当てられたのから。


(やっぱ位の高い貴族になればなる程、頭のキレも良くなるのか)


 その最終形態がライザというのだからやってられない話である。


「それに、もしかすれば寮には渡辺と不破も居るかもしれない」

「? どうしてでござるか?」

「理由は分からんが、二人とも今日休んでいてな……寮に居るなら合流しているかもしれない。四人とも無事ならいいんだが……何はともあれ、奴らが目的を果たして大人しく帰るか、我らが剣聖が敵の大将を倒してくれるのを待つか。そのどちらかしか今の俺たちにできることは無いだろう」


 そう言って千司が見つめた空の遠くでは、竜の咆哮と『トリトンの絶叫』が響き渡っていた。

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