第30話 暴走する大賀と孤立する勇者
大賀が五組に突撃したらしい。
そんな吉報が千司の耳に届いたのは昼休みが始まってすぐの頃。昼食のお誘いにやって来たせつなが「そう言えば、さっき大賀くんが五組に来たんだよね」と何気なく呟いたのが最初だった。
「へぇ……じゃないだろ。嫌な予感がするし、ちょっと見てくる」
仮にも下級勇者たちのリーダー的存在を任されている都合、千司としては様子を見に行かない訳にはいかない。
廊下に出て五組の方へと赴けばすでに人だかりができていた。
人混みを縫ってその中心部へ赴けば、そこには額に青筋を走らせる大賀と、どこか怯えながらもにらみ返す岸本、富田の姿。
「この糞共がッ!!」
「な、なんだよいきなり」
「そ、そうだよ」
「黙れこの性犯罪者がッ!」
「は、はぁ!? 何の話だよ! 変な言いがかりは——」
「黙れッ!」
言い返そうとした岸本に手を挙げる大賀。
岸本は勇者のステータスで振るわれたそれは、周辺の椅子や机を巻き込みながら岸本の身体を大きく吹き飛ばした。いよいよただ事じゃないと察した周囲の生徒が悲鳴を上げながら距離を取る。
五組の下級勇者たちも、関わり合いになりたくないとばかりに一線を引いていた。
「お、大賀くん。な、なにか誤解してるって!」
吹き飛ばされた岸本を見て膝をがくがくと震わせながら弁明する富田。
しかし大賀の怒りは収まらず、富田の胸ぐらを掴むと顔面を殴りつけた。
「ざけんなッ! 実際お前らの被害に遭ったって女子が居るんだよッ! 勇者の立場使って気の弱い女子生徒に手を出すとかよォ、てめえらなんざ勇者じゃねぇよ! この人間の屑がァァアアアッ!!」
その光景を、千司は分析しながら見ていた。
おそらくこれが大賀なりの仕返しなのだろう、と。
衆目でその罪状を語り、自らが成敗することで相手に対して肉体的、精神的にダメージを与え、その社会的地位をも失墜させる。
それ自体は別に悪手ではないと、千司は判断した。
仮にこれを千司が行えば、その通り結果がついてきただろう。
しかし大賀の場合は話が別である。
いくら彼が叫び、周囲に訴えようと日頃からまともな人間関係を築こうとしなかった彼の味方をするものなど皆無に等しく、下準備も何もせずに語っても意味はない。
もし仮に、この場に実際の被害者でも居ればあるいは成功する可能性もあるかもしれないが、しかし大賀が助けたいと思う栗色の髪の少女の姿はここにはない。
結果として、大賀の行いは周囲の人間からすると道化としか映らないのである。
(——何もしていなかったら、の話だが)
人ごみの中、耳をすませば幾人かの生徒たちから聞こえてくる『噂』。
「あの話、本当だったんだ」「あの二人ってやっぱり」
と言ったような声があちこちから上がる。
(この学校の生徒は
例えば、『一部の下級勇者が女子生徒を性的な目で見ていた』なんて噂があらかじめ学園生徒の間で広まっていればどうだろうか。きっと、大賀が何の下準備もせずに突撃しても一定の効果が生まれるだろう。
現在の魔法学園の生徒のように。
「せ、千司……これ、まずくない?」
「だな」
次第に岸本、富田に対する悪態が増えていく現状に、千司の後ろを付いて来ていたせつなが怯えた様子を見せる。
積極的に二人と話すわけではないだろうが、それでもせつなは岸本、富田と同じクラスであり、千司と文香を除けばまだ会話をする部類の人間である。
加えて千司に対し明確な敵対行動を行う大賀を嫌っている都合、二人の肩を持つのは必然。
「ちょっと行ってくる」
「う、うん。お願い」
怯えるせつなの頭を軽く撫でて、千司は人混みから飛び出す。
すると丁度起き上がって来た岸本に、大賀が再度拳を振り上げたところで——それが振るわれる寸前で、横合いから拳を掴む。
「あぁ!?」
驚いたように千司に視線を向ける大賀。ステータス的には大賀の方が上であるが、彼も全力で攻撃を加えているわけではない。そんなことをすれば下級勇者である岸本と富田など一瞬で死んでしまうから。
故に、千司が本気で止めれば、その動きは制止する。
「待ってくれ、大賀」
「あぁ!? ……ッ、何の用だよ奈倉ァ!!」
「何が起こっているのかはおおよそ理解したが……ひとまず待ってくれ。これ以上騒ぎを大きくするのは得策ではない」
「ふざけんなッ、性犯罪者の肩を持つのかァ!? てめぇはよォ!!」
「悪いが俺はその証拠を知らない。仮に本当だとすれば大問題だが、証拠がないのなら二人は大切な友人だ。……どうかその怒りを今は抑えて欲しい」
「ふざけ——」
「頼む」
激昂する大賀に、頭を下げて頼み込む千司。
しかしそれくらいで大賀が止まるはずもない。日頃から千司に対して抱いている苛立ちや、持ち前の空気の読めなさを遺憾なく発揮した結果、彼は無抵抗で無関係な千司にも拳を振った。
「がっ!」
顔面に攻撃を受けた千司は勢いを殺さないように注意しながら窓へと大きく吹き飛び、ガラスを後頭部で叩き割る。耳障りな破砕音が大きく響き、野次馬の女子生徒が悲鳴を上げる。
そして女性の悲鳴は人間の焦りを煽り、大賀を冷静にさせた。
「……っ、け! これぐらいで勘弁してやるッ!」
悲鳴や千司を気遣う声でようやく我に返ったのか、大賀はそんな捨て台詞を吐いて、どこかへと歩いて行った。
それとほぼ同時に、野次馬の中からせつなと文香が飛び出してくる。
「せ、せん、千司っ! 千司大丈夫!?」
「す、すぐ回復させるから……『ヒール』」
文香が回復魔法を唱えると、成功。
ガラスで切った傷が消えていく。
「ありがとう、文香。その調子で、岸本と富田のことも頼めるか?」
「う、うんっ!」
まるで忠犬が如く、言われた通りに動く天音を見送る千司。
「肩貸すね」
「ありがとう、せつな。……また、情けないところを見せたな」
「ううん、そんなことない。千司はいつだってかっこいいよ」
「……せつなは優しいな。愛してる」
「……っ、ん、うん。私も」
そんな感じでせつなとイチャイチャしていると、治療を終えた文香がむくれた表情で戻ってきた。
「……私は? 千司くん、わた、私も……捨てないで」
「捨てないさ。怪我を治してくれてありがとな。俺が守るって言ったのに、文香には守られてばっかりだ」
「わ、私にはこれくらいしかできないから」
「そんなことはない。傍に居てくれるだけで俺は嬉しいよ」
「っ、ん……え、えへへ」
頬を朱に染めてはにかむ文香。そんな優しい笑みを見て、やはり泣き顔の方が興奮するよな~、と思う千司であった。
最低のクズである。
§
そうこうしている内に教師が到着し、事態の収束を進める。
怪我は文香がすべて治してしまったため、治療の過程は省いて、状況の整理。関係者である岸本、富田、大賀。そして首を突っ込んでしまった千司にそれぞれ事情聴取じみたものが行われた。
と言っても、あくまでもほかの生徒を納得させるためのポーズに過ぎない。
結論として大賀は暴力行為で三日間の謹慎。
岸本と富田は性犯罪の明確な証拠がなかった為、あくまでも被害者として処理されお咎めなし。
千司もただの被害者の為、罰則はなし。
それどころか教師陣からは謝罪の言葉を述べられた。
シュナックに続き、またもや事態の終息に向け動いたからだろう。
当然千司はその謝罪を受け取らず「期待していないのでどうでもいい」と相手に負い目を植え付けておく。
すべてを終えた頃には本日最後の授業も終わっており、結果として午後の授業を欠席する形となった千司であるが、そのまま帰ることはせずに一度三組の教室へ。
ギゼルやリゼリアと言った仲のいい生徒に真っ先に報告し、親交を深める話のタネにする。優先順位を高くして接することで相手からの好感度を獲得する判断である。
「なるほど。それは大変でしたね、奈倉殿。勇者は勇者でも、大賀殿は中々に難しい性格をしておられるようで」
「いやはや、お恥ずかしいところを見せてしまいました」
苦笑を浮かべながらギゼルと話していると、千司の頭の上にリゼリアが顎を乗せて口を開く。
「かかっ、勇者も大変だなぁ! 真なる敵は味方に居たってか!?」
「直情的なだけで、決して悪人ではないと思いますがね」
「お前の弱点はその甘さだな! まぁ、嫌いじゃないが! ……それで、もう一方の方はどうなんだ? 事実だったのか?」
もう一方、というのは岸本、富田の性犯罪についてであろう。
「本人たちは否定していましたし、私としてもそんな人物とはどうしても思えませんけどね」
「はんっ、友達想いなことで。だが、大半の奴らはそう考えないだろうぜぇ?」
「でしょうね」
先んじて流れていた『噂』。
そして大賀の発言と怒り。
最終的には千司に対して暴力を加えたことで大賀自身に対する生徒の評価に変わりはないだろう。しかし、それと二人の噂に関してはまた別の話である。
一度「本当だったんだ」となった噂を否定することは難しい。
特に『ない』ことを証明することは不可能に近い。
人間関係を築けていなかったという点では、岸本と富田も大賀とそう変わらないのである。既存の友情に甘え、場に迎合することを避けた結果、本人たちは噂にも気付かずに、あらぬ疑いをかけられる羽目となった。
「因みに、お前も女子をエロい目で見てたりするのかぁ~!?」
「今この状況でその冗談は不謹慎では?」
「はぁ? そんなの私には関係な~い! ほれ、ほれほれ! 首の後ろに当たってる感触、どう思うんだぁ~?」
「ギゼルさん、助けを要請してもよろしいでしょうか?」
「いやはや、はははっ。奈倉殿は難しいことをおっしゃられる」
ぺちっと頭を叩いて笑い飛ばすギゼルに、千司もまた苦笑を浮かべるのだった。
「そんなぁ~」
結局、不機嫌そうな松原がリゼリアを羽交い絞めにして引き離すまで、千司は首の後ろの柔らかな双丘の感触を味わうのだった。
その後、少し
せつなと文香の二人と共に夜を過ごすのだった。
§
そして迎えた翌日。
すっかりお馴染みと化したリニュとセレンとの早朝訓練を終え、せつなと文香の二人を伴い食堂へ。
入口の扉に手を掛けようとした瞬間、ふと反対側から押し開かれて二人の生徒が飛び出してきた。岸本と富田の二人である。両名ともに顔面蒼白にして瞳には涙を浮かべていた。
二人は千司たちに気付く様子もなく、ただ一目散に寮の方へと走り抜けていった。
「え、なに?」
「びっくりした。今のって岸本くんと富田くん?」
「みたいだったが……」
困惑した様子の二人を連れて食堂に入ると、一瞬千司たちに視線が向けられ——すぐに逸らされる。どこか居心地の悪さを感じつつも無視して朝食を手に席に座ると、他の生徒たちの声が聞こえてきた。
その内容は当然昨日発生した大賀襲来事件のこと。
しかしそれは『大賀』に関することではなく『岸本と富田の性犯罪に関する噂』が大半であった
曰く、『常日頃から女子生徒をいやらしい目で見つめていた。』
曰く、『すれ違いざまに太ももや尻を触られた。』
曰く、『食事時で他に生徒が居ても猥談を行っていた。』
曰く、『そしてそれらの欲求が抑えられずに、とある女子生徒を強姦した。』
噂は広がれば広がるほど尾ひれが着く。
それは語り部が少し大げさに話すことに起因する。
一は二に、二は三に。
あらかじめ広まっていた噂が昨日の一件で完成し、生徒たちの興味が赴くままに容赦のない言葉のナイフが悪意に塗れて空気を漂う。
岸本と富田が食堂を飛び出したのもうなずける地獄絵図であった。
「千司、これ……」
「千司くん……」
「ん~、まずいよなぁ」
などと口にしつつ、その実どうでもいいと千司は思う。
(もうこっから挽回することなんて無理だろうして。まぁ、俺と篠宮くん、あとは学内ランキング一位のウィリアムくんにでも協力を要請すればできるかもしれないけど……そもそも俺は何もするつもりないからねぇ~。岸本くんに富田くん! キミたちに平穏な学園生活が戻ることはもうないよ! 永遠にね!)
そんな考えはおくびにも出さず、千司は美味な海鮮の朝食と共に平らげる。
(はてさて、あと動いてきそうなのはあいつだが……まぁ問題ないだろ)
食堂の隅、ぽつねんと一人で朝食を口に運ぶ辻本を、千司は冷めた目で見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます