第21話 幹部会議

 エルドリッチとの待ち合わせ場所に赴くと、そこには見覚えのある女性が立っていた。短く肩口で切りそろえられた黒髪を揺らす彼女はドミトリーの姿をした千司を見つけるなり鋭い視線を向けてくる。


(……あのくそジジイ。相も変わらずいい趣味してるなぁ。……なら、俺もそれに応えるとするか)


 千司はその女性に近付くを軽く手を挙げて、まるで街中で偶然クラスメイトに出会った時のように軽薄な笑みを浮かべて声をかけた。


「やぁ、こんにちは。お久しぶりですね。ミリナ・リンカーベルさん。婚約者の方はお元気ですか?」

「……ッ!」

「っと、いけないいけない。彼は私が拉致監禁していたんでしたか。プレゼントしたおちんちんは大切に保管してますか? それとも愛おしくご使用・・・なさっているのでしょうか。腐敗にはお気をつけくださいね」


 煽るように紳士的な言葉で語る千司に、ミリナはきつく拳を握りしめる。


「ドミトリーッ」

「おや、おやおやおや? 拳などを握られて、いったいどうされましたか? もしやそれこそがエルドリッチ殿の答えだ、ということなのでしょうか?」


 ミリナ・リンカーベル。

 千司がエルドリッチの嫁と娘を拉致監禁するついでに、なんとなく拉致監禁した男の婚約者である。その際、一物いちもつを切断し、プレゼントとして彼女に送り付けたのだが、目の前の彼女を見ている限り気に入ってはもらえなかったらしい。


 久しぶりに見る彼女は以前とはまるで別人のように変わっていた。

 髪は短く、目の下にはこびり付いて剥がれないカビのような隈が層のように重なっている。


(エルドリッチめ……俺やアリアこっち寄りの性格をしているとは想像していたが、自分の部下にまでこの仕打ちとは……案外いい酒が飲めるんじゃないの~?)


 などと考えながらミリナで遊んでいると、やがて彼女は怒りに震えたままゆっくりと頭を垂れた。


「申し訳ございませんでした。ドミトリーさまに、敵対する意思はなく……会議室までの案内を大尉より仰せつかっております」

「あっそ、んじゃ早くしてくれな~い?」

「……ッ、わ、わかり、ました」


 唇を噛みしめ吐き出すように言葉を紡ぐミリナ。

 千司は内心大爆笑しながらアリアを連れて彼女の後を着いて行った。



   §



 案内されたのはレップランドの中心街より少し外れた小高い丘にある豪邸であった。屋敷自体も大きいが、何より庭が広大だ。四方を高い生垣が囲っており、その外側を更に鉄製の柵が囲っている厳重ぶり。


 正門の前に居た屈強な二人の男にミリナが何事かを話すと、すぐに扉は開かれた。


 中に入ると庭にはかなりの数の人がいた。

 どうやら立食パーティーを開いているらしい。

 中には千司と同年代ほどの少年や、更に幼い少年少女の姿まである。


(幹部会って言っていたしな。その家族や部下も集まって情報交換ってところか)


 さらりと睥睨したのち、ミリナはそのまま屋敷の中へ。

 千司とアリアも付いて行くと、ある一室に案内された。


「中で大尉がお待ちですが、その前に身体検査をさせていただきます」

「そんな目で睨まれてると怖いなぁ~、別にいいけど」


 検査を終えると、部屋の中へ。

 そこにはすでに見慣れた老紳士がソファーに腰掛けていた。


「お久しぶりですね、ドミトリー殿」

「エルドリッチ殿も息災なようで。奥さんと娘さんも元気ですよ」

「……そうですか」


 一瞬目を伏せた彼は「ふぅ」と息を吐いてから千司を対面のソファーへ案内。

 腰掛けるのを見届けてから本題を切り出した。


「まずおさらいですが、前提としてラクシャーナ・ファミリーはナタリア・ラクシャーナを筆頭に、私を含めた六人の幹部で成り立っております。新たなる幹部となるにはその過半数の賛成が必要になるのですが、二人にはすでに話を通しており、そこに推薦人である私も賛成すればちょうど半分」

「なるほど」


 首肯する千司に、エルドリッチは指を立てて首を横に振った。


「ただ、最終決定権はやはりナタリア・ラクシャーナにありますので、仮に全幹部が賛成しようと、ナタリアが拒絶の色を示せばすべては灰燼に帰します」

「そうなれば奥さんと娘さんとはお別れですね」


 本当はすでに二人ともこの世には居ないのだが。

 平然と嘯く千司に、エルドリッチは声を落として呟いた。


「……容赦は、ないのですね」

「容赦? ……聞いたことない言葉だなぁ」

「……はぁ。では、次に会議の流れをお話しします――」


 そうして、エルドリッチからある程度の流れを聞き、諸々の確認を終える頃には時間が差し迫り、千司はラクシャーナ・ファミリーの幹部会へと向かうのだった。



  §



 先に部屋に入ったのはエルドリッチ。

 彼は護衛として二人の部下を連れて会議室に入って行った。

 紹介する時が来れば千司が入室する形であり、それまでは扉の前でミリナに監視されながらアリアと待ちぼうけ。


 どうやらエルドリッチが最後だったようで、入室して一分もかからないうちに会議は始まった。扉の外にわずかに漏れ出てくる声から察するに、最初は薬の売り上げに関する報告から入っていた。エルドリッチから聞いていた流れ通りである。


 次に薬のさらなる生産性の向上や敵対マフィアの存在に、その対策。

 誰誰を殺した、誰誰に金を握らせた、誰誰は邪魔だったから薬漬けにして娼館へ売っぱらっただとか。聞いているだけで犯罪のオンパレードである。


 そうこうしている内に話は進み、やがてエルドリッチの新幹部推薦の話に移る。


「皆様には以前お話しした通り、幹部に推薦したい者が居ります。本日お連れしましたので紹介しましょう。——入ってきてください」

「入ってください」


 エルドリッチの声と共にミリナの許可が出て、千司はアリアを連れて会議室の扉を押し開く、と同時に室内を観察。幹部の席は六つ、うち一つが空席となっておりこの場に居るのは五人。疑問があるとすれば、その席の前に置かれた一つの木箱。


 次いで視線をテーブルの最奥へと向ければ、そこには深く椅子に腰かけた白髪の女性。見た所三十代半ばか四十代前半と言ったところだろう。端正な顔立ちをしている彼女は右目に眼帯をしており、煙管を咥えている。

 肉体は服の上からでもわかるほど筋骨隆々としており、かなり鍛えていることが窺えた。おそらく彼女が、ナタリア・ラクシャーナ。


 ナタリアの鋭い左目が睨みつけてくる中、エルドリッチが名前を告げた。


「彼の名前はドミトリー。まだ若いですが優れた判断力と行動力、そして確実に目的を達成に導く実行力を有する、非常に優秀な青年です」


 千司は僅かな緊張を『偽装』し、余裕を持った態度で笑みすら浮かべて口を開く。


「どうも、初めまして。ご紹介にあずかりましたドミトリーです。以後、お見知りおきを」


 立ち姿から指先に至るまで、一切の油断なく礼儀を示す千司に対し、幹部の一人が口を開いた。脂ぎった顔の小太りの男である。名前は確か、フィリップ・エンドリュー。元は王国貴族の男爵だった男である。


「ふんっ、こんな若造がか? 失礼ながら大尉殿、戦場から遠のき耄碌されたか。これならうちの若い者の方が幾分かマシな気がするがな。……後ろの女は綺麗だな、俺が貰ってやろうか?」


 千司はちらりとアリアに視線を向けつつ、淡々と答える。


「差し上げても構いませんが、寝首をかかれても知りませんよ」

「女も躾けられていないとは情けない」

「躾けて大人しくなるような女なぞ面白くないでしょう?」

「……ほう、それは同意だなぁ」


 くつくつと笑ったフィリップは隣の痩せた眼鏡の男に話しかける。


「貴殿はどう思うか、ルクス殿」


 ルクスと呼ばれた男はメガネのブリッジを軽く押し上げながら渋い声で答える。


「そうですね、エルドリッチ殿が連れてきたのなら優秀なのは本当なのでしょう。聞くところによると彼は王都に『アインザッハの夕暮れ』をバラまいたとか」

「なに、あの王女の膝元にか?」

「そう聞いておりますが……本当ですか?」


 疑うような視線と共に飛んでくる問いに、千司は首肯。


「そうですね。は確実に覚えさせましたよ、それも冒険者に。ただ、ばらまいていた支店は最近潰されたようですが」

「ふむ……店なぞいくらでも出せばいい。それよりあの王女を出し抜いて味を覚えさせたのは、確かにいいなぁ。冒険者を選んだのもいい。奴らは常に命をかけたストレスに晒されている。快楽を覚えればどっぷりとハマるだろう……が、ここからどう売る? 王女は警戒しているのではないか?」

「味を覚えた冒険者が抜け出すことはないので、今度は名前を変えて貴族に売りましょうか。これは特別な物、市政に出回る粗悪品とは一線を画す、と。それに、今度は何も知らない者たちに隠れて売るのではない。味を知っている者たちが、隠して買ってくれるのです」

「ほうほう、ええのええのぅ!」


 最初は警戒心の強い目で千司を見ていたフィリップが、次第に笑みを浮かべていく。


 エルドリッチ曰く、話を通したのはルクスという細身の男と、どういう訳かこの場にはいないゼクスという軍人上がりの男の二人。つまりフィリップはこの場で『ドミトリー』に対して価値を見出し始めたという事だ。


 気をよくしたフィリップにつられて他幹部たちの表情からも険が取れていく。


 が、千司の真正面に鎮座する、ナタリアだけがただ無言で睨みつけていた。

 そんな彼女を置いて、エルドリッチは幹部たちの話を総括し、柔和な笑みを浮かべながら告げる。


「では、幹部会の総意としては、彼の幹部就任に反対するものは居ない、ということでよろしいでしょうか?」

「そうだな。まぁ、まずは試しの期間を設けたいが。流石に外から入ってきた者にすぐ重要機密に触れられるわけにもいかん」

「それは当然ですね」


 フィリップの忠言に首肯を返し、幹部の意見がまとまった。

 次いで、視線を向けられるのはこれまでずっと口を開いていない。

 全員の視線が集まる中、彼女はそれまで組んでいた腕を解き、大きく息を吐いた。


「なるほど、確かに優秀な部類なのだろう。……が、私がその程度で貴様を幹部に――否、仲間に引き入れると思っているか?」

「……」


 当然思っていない。

 何しろ、ここまで誰も異常なまでに触れてこないのだから。エルドリッチも、他の幹部も、誰も彼も——ドミトリーが勇者を殺したこと・・・・・・・・について、触れていないのだから。


 だが、問題はない。

 ここまでは予定通りである。

 故に、千司は冷たいプレッシャーの中で笑みを浮かべた。

 もう『偽装』は必要ない。


「なるほど、キモは座っているらしい。では質問するから答えろ」


 ナタリアは低い声で、有無を言わせぬ圧力を放ちながら命令。

 千司が首肯を返すと、彼女は指を立てた。


「何故、勇者を殺した?」

「力を証明するためです」

「証明だと?」

「えぇ、私にはどうしてもラクシャーナ・ファミリーの幹部になる必要がありました。その為には結果が必要。薬を売って王都で利益を上げるだけでは不十分と判断し、あの王女を出し抜いてみたという訳です」


 当然これは半分嘘である。ラクシャーナ・ファミリーの力を借りたいのは本当だが、後半は適当にそれっぽいことを言っているだけである。勇者を殺したいなどと馬鹿正直に言っても、何の意味もないからだ。


 ナタリアは煙管を加え、息を吸い込み、大きく吐き出す。

 部屋に煙が充満する中で、彼女は口元に歪んだ笑みを浮かべる。


「その為なら、我々が王国と敵対することになったとしてもよかった、と?」

「端的に言えばそうなりますね」

「……そこの席、何故空いてるか知っているか?」


 示されたのはエルドリッチが事前に話を通していたというゼクスの席。

 そこには相も変わらずぽつねんと空いており、そして食器のように紐で封のされた木箱が置かれていた。


「さて、何故でしょうか? ところでこの木箱は?」

「気になるのか? 許可する開けろ」

「わかりました」


(まぁ、中身は大体予想が付くが……)


 言われるがままに紐に手をかけて、解き、蓋をゆっくりと持ち上げると——途端に鼻を突く死臭。そこに入っていたのはひげ面の男の生首。——話の流れから行って彼がゼクスなのだろう。


 気付かれない程度に周囲を観察すれば、動揺するのを楽しみにしている幹部とナタリアの顔が伺えた。そうでないのはエルドリッチとその部下ぐらいなものだろう。


 この場で彼らの思惑通りの反応を見せても、取り入ることは容易だろうが、しかしそれでは彼らの中で千司に対する評価がに固定されてしまう可能性がある。千司としては論外だ。


 故に千司は淡々と木箱の中に手を突っ込む・・・・・・・・・・・と、その髪を鷲掴みにして自身の顔の位置まで持ち上げた。


「「……っ!?」」


 これにはさすがの幹部も驚いたのか、椅子を下げて距離を取る。千司としても男の生首など気持ち悪くて触りたくなかったが必死に我慢しながら、唯一表情をピクリとも変えないナタリアに向いて尋ねた。


「この方がゼクス殿でしょうか?」

「……そうだ」

「どうされたので?」

「お前が王国に喧嘩を売ったせいでなぁ、ライザ王女から送られてきたんだよ。『ドミトリー君の落とし物です』だ、そうだ」


 そう言ってナタリアは一枚の紙を投げてよこす。

 おそらく木箱と一緒に送られてきたのだろう。

 何処か見覚えのある字で、前述の言葉が記されていた。


 それを見つめ、千司は思わず舌を巻く。


 相も変わらず彼女の優秀さには恐れすら抱く。


 千司たちが王国を去ってから一か月で賭博場を差し押さえ、メアリー・スー、アリア・スタンフィールドを指名手配し、勇者暗殺に関与した疑いのあるラクシャーナ・ファミリーの幹部一人を殺害したのだから。


 わざわざ幹部を殺害して送り付けたのは、ラクシャーナ・ファミリーがドミトリーと足並みをそろえるのを妨害するためだろう。その男に関わると、王国と本気で敵対することになると伝えたのだ。


 これに加え国の運営に必要な公務もこなしているというのだから、化物以外の何物でもない。


「これはこれは、申し訳ないことをしてしまいましたね。埋葬はどうしましょうか? 私が行いましょうか?」

「いやいい。こいつの家族にくれてやるつもりだ。……それよりも、どうするつもりだ?」


 テーブルに片肘をついて苛立ち交じりに吐き捨てるナタリアに、千司は頭を木箱に戻しながら答える。


「どうする、とはどういう意味でしょうか?」

「この落とし前だよ。お前の行動の結果、うちは睨まれた。他のマフィアや町の一つ二つなら問題ないが、国となれば話は別だ。数の前にはなす術がない。特に相手は世界最強と名高いアシュート王国」

「今更もう遅いのでは?」

「お前の首を持っていけば、あの王女なら見逃してくれそうだけどなぁ」

「勇者殺害にはエルドリッチ殿の力もお借りしましたが?」

「こいつはそういう奴だ。だが、お前は外部の、要は赤の他人。ファミリーの仲間じゃないなら適当に殺してお前に責任を全て丸投げすればいい。『トリトンの絶叫』はドミトリーに盗まれた、とでも言えば王国も納得してくれるさ。——否、納得してくれるってさ」


 ひらひらともう一枚先程と同じ紙を持ち出して語るナタリア。

 同時に向けられる複数の殺気。

 それぞれの幹部の後ろに控えていた護衛たちから注がれるものだ。唯一反応していないのはやはりエルドリッチの護衛たち。彼らは主含めて事の成り行きをじっと見守っていた。


「この人数、逃げることは出来ないぞ?」


 口端を持ち上げてニヒルに笑うナタリアに、ふと千司の後方から声が上がった。

 妙に艶のあるそれは、思わず頭を抱えたくなる女の声。


「あっ、ああっ、あへへっ♡ ど、どみ、ドミトリーっ!!♡ 殺し合い!?♡ こ、ころ、殺し合い!?♡ 殺すの!?♡ 殺していいのぉぉおお!?♡ い、イキそうなんだけどぉぉぉおおほっ!?♡」


 びくんびくんと震えて足元に透明な水溜りを生み出すアリア。

 突然の奇行に、千司とエルドリッチ達以外は絶句。


 彼女は殺気すら消える異常性を見せつけた。


「……なんだそいつは」

「んー、頭のおかしい子」

「殺していいの? いいの? いいよね!? いひっ、いひひっ♡」

「ダメだよ、この人たちとは仲良くなりに来たんだから」


 その言葉に、ナタリアもようやく絶句から回復。

 ちらちらとアリアに気を裂きながらもなんとか真剣な表情を作る。


「ほう、この段階でまだそんなことを言えるのか」

「えぇ、簡単な事ですよ。要は王国と敵対する以上のメリットを、私が示せばいいだけの話ですから」

「なんだと? ……何をする気だお前」


 不審そうに眉根に皺を寄せる彼女に、千司は手を広げ、天井を仰ぎ見ながら芝居がかった形相で告げた。


「王国を、乗っ取る」


 そのあまりにも突拍子もないセリフにナタリアも幹部たちも閉口し、部屋の中にはアリアの嬌声だけが響くのだった。

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