第15話 学園生活一日目
千司が下がったのを確認すると、リーゼンは一度自身の首を軽く摩ってからコホンと咳払い。
「それでは早速始めましょうか。対人戦闘試験の試験相手は彼女たちが行います」
その言葉に呼応するように闘技場の出入り口から姿を現したのは、先ほどのくすんだ紺色の髪の少女を筆頭とした数人の生徒たち。男女比は半々と言ったところ。
「彼女たちは
慇懃無礼な態度で語るリーゼンの言葉を聞きながら、千司はライザから聞いていた魔法学園特有のある制度について思い出す。
『学内ランキング』
それは魔法学園に在籍する全校生徒の実力を測り、ランキングとして並べた物。多角的な面から測定され、生徒のやる気を出すために取り入れられているとされるランキングであるが、その中でも採点基準の大半を占めるのが――戦闘力。
闘技場を用いた『決闘制度』があり、その勝利如何によって順位が変動。上位者ほど、学園生活において様々な優遇措置が執られる。
その実力は本物で、ライザ曰く、ランキング二十位以内は今すぐ騎士として雇い入れても問題ないほどの生徒が揃っているらしい。
(……へぇ、あれが)
千司は並ぶランキング上位者たちを睥睨した後、静かに新色の隣へ移動。
「先生、彼らのステータスを読み取ってください」
「……ひゃん、み、耳……弱いから……」
「……失礼。それで、お願いできますか」
「わ、わかった」
顔を耳まで真っ赤にしながらも首肯し、『分析者』の力を行使。
覚えきれないのか端から順番にそのステータスを読み上げていく。
語られた数値はどの生徒も約600前後、特殊なスキルや『職業』は持っていない物の、それでも全体的にかなり優秀だった。
少なくとも現状の下級勇者よりは圧倒的に上であり、上級勇者――その中でも新色のような戦闘をほとんど経験しておらずレベルアップしていない者なら若干劣るだろう。
ただだからといって勇者が弱いというわけではなく、彼ら彼女らのレベルは総じて七十~八十の間。成長点もそろそろ限界に近い。それらを鑑みると、やはり勇者はチートスペックである。
新色は最後にくすんだ紺色の髪の少女のステータスを読み取り、目を見開いた。
「あの子……真ん中の可愛い子だけ、魔力値が1000超えてる……」
「……マジですか」
(あの子が
すでに試験が終わった千司は、ランキング上位者たちのステータスを確認し終えると後方腕組み強者面して一人待機。
「……センジ、暇ならアタシと稽古するか?」
「しない」
一人勇者たちの環から外れた千司に、護衛の名目で付いてきていたリニュが声を掛けてきたが、分析で忙しいので適当にあしらう。
不満そうな顔を見せるリニュであったが、千司がため息を吐きながら「明日の朝からまた訓練お願いしていいか」と尋ねると、喜色に満ちた笑みを浮かべて首肯するのだった。
§
千司の予想では勇者とランキング上位者の勝率は五分五分程度に収まると考えていたが、蓋を開けてみれば勇者の惨敗であった。
まず下級勇者はほとんど勝利することが出来ず、勝てたのは辻本だけ。それもかなりの辛勝である。
また金級勇者も文香や新色といった非戦闘職はもとより、他の『職業』の能力にあぐらをかいていた者たちも辛酸を嘗めていた。
意外だったのはトラウマ組として千司と共にダンジョンに潜った猫屋敷とその友人の女子たちが全員勝利したことか。死を間近で経験しているが故の真剣さの違いだろう。
あとは白金級であるが、彼らは問題なく――むしろ一切苦戦する様子もなく勝利していた。
そんな彼らの戦闘を分析しつつ、千司は闘技場に施された魔法についても確認。
どうやら防ぐのは『致命傷になる攻撃』だけの模様。
普通の殴打や擦り傷などは防ぐことができていなかった。
(おそらく致命傷になり得る
魔法ならこれほど有用な物はない。
何しろ致命傷を回避できるのだ。
故に、勇者に使わない手はない。
だと言うのに、ライザはそのようなことを一言も口にしなかった。
(……まさか、な。いやでもなら辻褄が……)
ある仮設が脳裏に浮かび、千司は思考を深めていくが、結論を出す前にリーゼンが対人戦闘試験の終了を告げ、本日はお開きとなった。
仕方が無いので思考を打ち切りせつなたちを出迎える。
時刻はすでに昼過ぎ。勇者たちは各々食堂へ遅めの昼食を摂りに向かい、それが終われば自由時間と言うことらしい。
千司もせつなたちと食堂へ向かおうとして……ふと、背中に声を掛けられた。
「……奈倉千司様」
振り返ると、そこにはくすんだ紺色の髪の少女。
口では敬称を付けながらも、しかしその瞳には勇者に対する失望を隠し切れていない。
千司はせつなたちに「先に行っていてくれ」と告げてから少女に向き直る。
「なんだ?」
「私はまだ余裕がありますので、良ければ相手になりましょうか?」
「……なぜ? 俺の試験はもう終わったのでは?」
「大凡は。しかし戦わずして実力を決められるのは不本意なのではないかと思いまして」
「なるほど。せっかくの気遣いだが、遠慮する」
「……よろしいので?」
「あぁ。別に隠すほどの物でもないけど、わざわざひけらかして
告げた瞬間、彼女の目が見開かれ、口元が弧を描く。
「なるほど、
「
「えぇ、また。良ければ私を指名してくださいね」
「冗談だろ。今日来た中で一番強いあんたを指名するほど、驕ってないさ」
千司は少女に背を向けながら手をひらひら振って、すでに遠くなった勇者たちのあとを追うのだった。
そうして勇者たちが居なくなった闘技場にはランキング上位者とリーゼンだけが残される。
リーゼンはくすんだ紺色の髪の少女に近付くと、去って行く勇者を横目に話しかけた。
「如何でしたか、レーナさん」
「まぁ、召喚されて一ヶ月程度ならこれぐらいかと。上級勇者が少し弱い気もしましたが、一方で下級勇者は想定を上回っていました。特に、あの奈倉千司という男。本当に下級勇者なのですか?」
「えぇ、編入の教室も下級勇者たちと共に振り分けようと考えておりましたが……何かありましたか?」
「リーゼン教諭、貴方を襲った彼の動きは、とても下級勇者の物とは思えませんでした。……教諭、少し相談が」
「えぇ、構いませんよ。貴女の――学内ランキング次席の言葉なら、一介の教師に過ぎない私の言葉より重いでしょうから」
「そんなことはありませんよ。……では」
そうして、少女はリーゼンにある提案を告げるのであった。
§
翌朝、千司は同室の辻本を起こさないように準備してから学園の中央にあるグラウンドを訪れる。まだ日が昇ったばかりで薄らと冷え込んでいるそこからは、どこまでも続く水平線が窺えた。
そして、海を見つめながら吹き込んでくる潮風に揺れる銀髪がひとつ。
「またせたか、リニュ」
「いや、それほど待ってない。それよりもちゃんと来たことに感心だ」
「そりゃあ昨日の勇者の無様を見れば、嫌でも来たくなるさ」
「あれらは生まれ持った才能にあぐらをかくことなく十年以上鍛錬に鍛錬を費やしてきた天才たちだ。いくら勇者とは言え、一ヶ月で抜かすことは難しいだろう」
「そうか」
「だが、アタシらとしては彼らを追い抜き、最低限アタシやライザ王女程度には強くなって貰わねば困るのだがなぁ……なぁ、ざこ千司」
まるで煽るように肩眉を上げて、獰猛に牙をむくリニュ。
「はっ、ライザ王女様と同じと思ってるとは……やはりリニュは脳みそまで筋肉で出来てるのか? 王女様の方が数段上だと思うが?」
「……力じゃ上だから」
「知力込みじゃボロ負けするって意味だろ?」
「本気を出せば勝てる!」
「はいはいわかった。うんうん、そうだね。リニュは強いよ」
まるで赤子を相手にするかのように手を叩いて煽る千司に、リニュは額に青筋を浮かべて、無言のままに構えた。
「もう始めるのか?」
「新天地に来たことだしな、お前に見せる力の段階を一つ上にあげてやろう」
「口先だけじゃないと良いんだがな」
「お前はいつもいつもアタシを馬鹿にしやがって……っ! 今日こそは許さん! ぼっこぼこにして泣かしてやるッ!!」
そうして、魔法学園でもリニュとの早朝訓練が開始された。
当然千司はぼこぼこにされたが、訓練後リニュは恍惚の表情を浮かべたまま瀕死の千司を介抱していたので、彼女の好感度は順調に稼げているだろうと判断。
(絶対にいつか殺す……)
今の千司にできるのは彼女に対する憎悪を募らせることぐらいであった。
§
訓練を終えた千司は寮に戻り共用のシャワーで汗を流す。
その後、部屋に戻って辻本をたたき起こすと、昨日の内に部屋に届けられた制服に着替え、隣の部屋の岸本と富田も連れて食堂へ。
すでに何度か利用している食堂はかなり内装が綺麗であった。
他国からも多数の入学者がいる都合、かなりお金を掛けて作っているのだろう。
食事をしているとせつなや文香、他の勇者たちも顔を曇らせつつ姿を現した。元気がないのは昨日ランキング上位者に敗北したのが尾を引いているからか。
一方で勝ち越した辻本は特に気にした様子もなく「美味いでござる、美味いでござる」と飯を食っていた。
「ねぇ、千司」
「なんだ?」
魚料理を口に運んでいると、隣に腰掛けていたせつなが懐から徐に一枚の紙を取り出しながら話しかけてきた。
それは制服と一緒に千司の元にも届けられた『所属クラス』の書かれた紙。
魔法学園編入に辺り、勇者は既存のクラスに分割して放り込まれる事になっていた。千司としては新しいクラスを作り、勇者をひとまとめにするのかと思っていたが、そうではないらしい。
「千司は何組だった? 私は五組だったんだけど」
「……それは寂しいな。俺は三組だった」
「え……やだ、千司と離れたくないよ」
「俺だって離れたくない」
寂しそうに抱きついてくるせつなを抱き返す。
すると対抗するように文香が抱きついてくる。
「私も離れて寂しいよ」
「文香は何組だったんだ?」
「四組」
「むっ、拙者と同じでござるな」
「やぁ! 千司くんと一緒が良い!」
「ひどいでござる!」
オーバーなリアクションを摂る辻本。
それを皮切りに同じ卓を囲っている面子が口々に自身のクラスを話し出した。
それによると、
せつなは五組。
文香は四組。
辻本は四組。
岸本と富田は五組。
それと、いつの間にか同じ席に居た新色も五組であった。
(まじ? 三組に顔なじみが一人も居ないのかよ)
そんなことを思いながら周囲に聞き耳を立てると、上級勇者は一組、二組に振り分けられているのに対し、下級勇者はその全てが四組、五組に振り分けられていた。
一方で、三組の話題はほとんど出ていない。
どういうことだと違和感を抱きつつも、しかしどうすることも出来ない。もちろんやろうと思えばクラスを弄る方法などいくらでもあるが、するメリットがない。
「まぁ、離れたものは仕方が無い。その代わり、他の時間に会えば良いだけの話だ」
「そう、だね……」
「せめてお昼は一緒に食べようね、千司くんっ」
「だな」
落ち込むせつなと空元気を見せる文香の二人を抱き寄せ、慰める千司。
その姿はどこからどう見てもハーレム糞野郎であった。
§
食事を終えると、いよいよ最初の登校である。
途中まで一緒だったせつなたちと別れ、千司は一人三組の教室の前へ。
すると、そこには白衣の女教師テレジアと、見知った三人の勇者の顔があった。
「すみません、遅れましたか?」
「気にするな。定刻通りだ。……よし、では揃ったのでキミたちの新たなクラスメイトとなる生徒たちに紹介する。私が呼んだら教室に入るように」
そう言ってテレジアは一人教室に入っていった。
中から何やら話し声が聞こえてくる中、千司は改めて同じクラスになった勇者の顔ぶれを見て、気まずそうな表情を浮かべるのだった。
何故なら――。
「……チッ、奈倉かよ」
「わ、渡辺君。そんな態度とっちゃだめだよ! き、気にしないでね、奈倉君」
「……」
千司を見るなり舌打ちをしたのは、前髪を前別けにした雰囲気イケメンにして我らが白金級勇者篠宮蓮の金魚の糞、
その隣で渡辺を宥めるのは
最後の一人は、そんな二人に我関せずの姿勢をとる短い金髪の少女、
(何だ? 上級勇者だし殆ど関わりもないはずだが)
疑問を抱くがひとまずは渡辺を宥める方が先だと判断して口を開こうとした寸前――「入れ」と教室内からテレジアの声がかかった。
渡辺は小さく舌打ちを残し、一番乗りに入っていく。
続いて申し訳なさそうな表情の不破が入室。
「……」
「……あー、先行っていいぞ?」
「……わかった」
千司の言葉に松原は首肯し、少し遅れて不破の後を追う。
彼女の反応に違和感を抱きつつも、千司は入室して後ろ手で扉を閉め、教室をぐるりと見渡した。
(ほとんどが人間。獣人が四人で……あ、あいつはエルフか。男女比は半々、昨日見たランキング上位者は……いないな)
「じゃあ、端から自己紹介して言ってくれ」
テレジアの言葉に、渡辺が軽く冗談を交えながら曲がりなりにもコミュ強であるところを見せつける。次いで不破もたどたどしくも丁寧に自己紹介。
一方で松原は名前を口にするだけ。
そうして回ってきた千司の番。千司は出来るだけ爽やかな笑みを顔に張り付けると、全員の目をざっと見つめながら告げた。
「初めまして、奈倉千司と申します。異世界の学校ということで分からないことも多いと思いますがお力添えをいただけると幸いです。皆様とは仲良くしたいと考えておりますので、お気軽に話しかけください。他の勇者ともども、よろしくお願いします」
はきはきとした声で、姿勢を正し首を垂れる。
正直、普通の日本の学校などでこのような自己紹介は堅苦しいにもほどがある。しかし、ここは他国高官の子弟も通う学校。当然王国貴族の子息も多数在籍している。
ようは、権力者に向けた挨拶。
これで反応してくる相手とは特に親しくするという、打算に塗れた策だった。
そんなことを考えていると、テレジアに席を指示される。
勇者の席は教室の後方にまとめて設けられていた。
横並びの四席は渡辺、不破、松原、千司の順番。
松原はどうか知らないが、不破は意図的に渡辺と千司を引き離したのだろうと予測できた。
続いてテレジアから魔法学園の一日の流れが伝えられる。
と言っても、それは日本の平均的な学校とそこまで大差はない。強いて挙げるとすれば、一日八コマの授業なことぐらいか。
朝のHRの後、午前に四コマ、午後に四コマ。
放課後は基本的に自由に過ごしても問題なく、学園の生徒はサークル活動に勤しんだり、自己鍛錬に費やしたり、闘技場で『決闘』を見に行ったりとかなり幅広い。
ただし、町への外出は許可が必要なため、出ることは出来ないが。
テレジアが話し終わり教室を後にするのと、新たなるクラスメイト達が千司たちの下に詰め寄って来るのはほぼ同時であった。
「あの! 勇者ってどんな感じ!?」「元の世界は!?」「ステータスってどれくらい!?」「訓練は!?」「皆さんの『職業』ってどんなのなんですか!?」
などなど。
ミーハーな生徒が渡辺や不破のところに集まる一方で、千司の下には身なりの良い生徒が数人現れ話しかけて来た。
彼らは一様に「私は○○伯爵家次男の~」だとか「僕は○○子爵家長男の~」と切り出すことから、ある程度の地位権力を所有した生徒たちなのだろう。中には『帝国陸軍将軍○○の娘』と言った帝国のお偉いさんの子供も挨拶に現れた。
千司も礼儀作法に気を配りながらも立ち上がり、一人一人挨拶を返す。
一方で、隣の席の松原の下には誰も集まっていなかった。
気を使って話しかける心優しき獣人の生徒もいたが、松原は見向きもしない。
やがて一通りの挨拶も終え、千司の周囲から人が居なくなるのを確認すると、彼女は姿勢ごと千司の方を向いた。
「……」
「……」
無言のままに見つめてくる松原。
結局、数秒ほど待ってみたが彼女は一向に口を開く気配がなかったので、千司から話しかけることにした。
「そんなに見つめられると恥ずかしいんだが……どうかしたか松原」
不遜な態度で当たり障りのないことを尋ねると、彼女は驚いたように目を丸くし、ゆっくりと口角を上げる。
そして、千司へと向かって手を伸ばし——その指先が千司の手の甲にちょん、と触れると、今まで――それこそ日本に居た頃も一度も見たことのないほどの笑みを浮かべて告げた。
「えへへ、んーっとね。なんでもないよ
「……せ、千ちゃん、え?」
「えへへっ」
にこにこにぱーっ( ˶ᐢᗜᐢ˶)と笑みを浮かべる松原。
その回答は千司にとって、なんでもなくはない。
(ど、どういうことだ?)
千司は混乱した。
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