第14話 お部屋探しと闘技場

 ロベルタを鞄から引きずり出した千司は『偽装』でメアリー・スーに顔を変えてからひとまず服屋へと向かった。


「千司、うぬ……顔が」

「異世界人である俺の顔は珍しいし、知り合いに見られたら面倒だからな。とりあえずお前の服を買いに行くぞ。その格好じゃあさすがに目立つ」


 彼女の服装は今だ千司の上着をワンピースのように身に纏っているだけ。

 見た目幼女の彼女だから犯罪臭もかなりの物だ。


「何かお探しでしょうか」

「これでこいつに似合う服を数着見繕ってくれ」


 声を掛けてきた女性店員に向かって、千司は金の入った巾着を投げ渡す。

 中には数十万ほど入っており、受け取った店員は目を白黒させていた。

 もちろんそれらは賭博場で冒険者達から巻き上げた金であり、向こう数日のロベルタの生活費でもある。


 驚く店員にロベルタを任せ、千司は白髪の交じった別の店員に話しかけた。


「なぁ、少しいいか?」

「はい、何でしょうか」

「実はこの町で宿を探しているんだが、どこかいいところを知らないだろうか? 俺は見たとおり子供連れでな……金に糸目は付けないから、治安のいいところにある宿を教えて欲しい」


 白髪の店員は女性店員の着せ替え人形になっているロベルタをチラリと見てから、考え込むように瞑目し、渋い声で答えた。


「そうですな、ならばやはりこの店のある大通り沿いが一番治安が良いでしょう。金額はどこも似たような物ですので、気に入ったところを選ぶのが良いかと。それと治安を気にされるのでしたら北区は近寄らない方が吉ですな」

「物騒なのか?」

「あまり良いとは言えませんな。魔法学園が出来て半世紀以上……それより以前から住んでいたのが彼らです。魔法学園建設にともない住居を移されたのですが、大通りが栄え始めると嫉妬なのか僻みなのか徐々に軋轢が強まりまして……襲われる、と言うことはほとんど聞きませんが、むやみやたらに近付くものでは無いかと」

「なるほどな。助言感謝する。これは礼だ」

「いえ、そんな」

「気にするな」


 金を握らせようとすると彼は遠慮の姿勢を見せ、代わりに柔和な笑みを浮かべてロベルタを見つめた。


「そちらのお金はお嬢様のためにお使いください」

「……それもそうだな、感謝する」


 そうこうしているうちにロベルタの服の選定が終わり、お会計。

 何着か購入したので合計で十万シルほど飛んだが、問題は無い。


「じゃあな、世話になった」

「またのお越しをお待ちしております」


 店を出るなり、ロベルタが話しかけてくる。


「何かわかったのじゃ?」

「ん~? この街の人間は北区に住んでる奴らとあまりソリが合わないらしい」

「ふむ……それはいいことなのじゃ。この地に来てから妾は無性に腹が立つ・・・・・・・からのう」

「腹が立つ? ……何故?」

「わからぬ。じゃが……妾はこの地の人間を今すぐにでも皆殺しにしたいのじゃ」


 ロベルタの謎の苛立ちには千司も疑問を抱いたが、しかし彼女自身がわからないのならどうしようもない。


 その問題は一度棚上げにして、千司は白髪の店員に教えて貰った通り、大通り沿いの宿を適当に見繕う。


「なぁ、千司」

「言い忘れていたが、この顔の時はメアリーと呼んで貰ってもいいか?」

「む、確かにそうじゃな。ではメアリーよ、部屋を借りるのではなかったのか? 宿にするのか?」


 小首を傾げるロベルタに千司は首肯を返す。


「あぁ、宿なら食事も付いてるし、頼めば部屋の掃除もしてくれる。千年も引きこもってたエルフのお姫様に一人暮らしは難しいだろうし、こっちの方が都合がいいだろう」

「なるほど。確かに妾は何も出来ないのじゃ……メアリーよ、汝は妾のことをよくわかっておるのじゃ! 褒めて使わすのじゃ~!」

「どうも」


 ロベルタと言い合いながら選んだのは『遠方の海』という宿屋。

 一階には食事処があり、頼めば掃除も行ってくれる。内装は綺麗だし、客層も落ち着いた中年夫婦が多い印象。加えて、一ヶ月ほどの滞在を頼んでも嫌な顔ひとつされなかったので、即決だった。


「それじゃあロベルタ。俺は学園に戻る。一週間に一回……は、無理かもしれんが、できるだけ時間を作って様子を見に来るつもりだ。……まぁ、治安が良いと言うし、何も問題は無いと思うが」

「うむ、ある程度魔力が戻ればその辺の雑魚は一捻りじゃから、そこまで心配する必要もない。……むしろ、妾を気にする時間があるのなら、やや子たちを一刻も早く妾の元に連れてくるのじゃ。そして皆殺しなのじゃ」

「わかってる。子供たちの方もある程度算段も付いてるしな……それじゃ、またな」

「うむ、頑張るのじゃぞ」


 軽く手を上げて返し、千司は宿屋を後にした。


 その後、学園に侵入し直した後に顔を『奈倉千司』に戻し、学園内を散策。

 学内を歩いていた適当な人間に声を掛ける。


「あの、すいません」

「ん? 私かね?」


 そう言って振り返ったのは白衣を身に纏った女性。

 黒縁のメガネをかけており、理知的な印象を覚える。


「はい、購買ってどこにありますかね」

「購買ならあっちの校舎と食堂の間の建物だが……見ない顔……いや、見ない服装だな。キミはうちの学校の生徒なのか?」


 彼女は怪訝そうに眉をひそめて千司を睥睨する。


「あー、一応まだなのかな。勇者です。勇者の奈倉千司と申します」

「あぁ、キミがそうか。勇者は学生寮で休んでいると聞いていたが?」

「異世界の学校ですからね、少しばかり興味が先立ってしまったのと、何か飲み物でも買ってこようかと」

「……なるほど。そういうことか。っと、そう言えばまだこちらが名乗っていなかったな」


 千司の言葉で幾分か警戒心を緩めた彼女は、白衣から手を出し眼鏡のブリッジを中指で持ち上げながら名乗った。


「私はテレジア。魔法基礎学を教えている。キミたち勇者の授業が始まれば教壇に立つこともあるだろう。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします。では」


 軽く頭を下げて、千司はテレジアと別れる。


(あれが、テレジアか。……想像と少し違うが、まあいい)


 離れていくテレジアの背中を見つめ、千司は胸中に笑みを浮かべるのだった。



  §



「戻ったぞ」

「遅かったでござるな、奈倉殿。それでどうでござったか?」


 部屋に戻ってきた千司が鞄を置いて一息吐くと、ベッドに腰掛けてスマホをいじっていた辻本が尋ねてきた。


「思っていたよりも広かったな。だが、中々綺麗だった。警備の程も、まぁ大丈夫そうだ。警備員の数も多ければ、学園全体もかなり高い柵で覆われてる。そうそう侵入されることもないだろう」


 と言っても千司の『偽装』と勇者ステータスの前では無意味であるが。


「なるほど、なら一応は安心と言うことでいいのでござろうか?」

「気を抜きすぎるのはダメだろうがな。異世界人は信用するに値しない。それだけは覚えておけ」

「……頭には入れておくでござる」

「今はそれでいい」


 ふぅ、と息を吐いたところで、ふと辻本が鞄を指さした。


「して、そちらの鞄は一体何だったのでござろうか?」

「ん? あぁ、ほれ」


 千司が鞄の口を開けると、中には多種多様な飲み物。


「これは……」

「ほら、俺たちってお小遣いが少ないだろ? だから王都で仕入れておいた物をこっちでうっぱらってみたんだが……まぁ、馬車で三日の距離じゃあそこまで変わらんな。とにかく、その金で買ってきた物だ。辻本も飲んでいいぞ」

「なるほど、では行く時の鞄の中は王都の……」

「そういうことだ」


 もちろん全て嘘。転売もしてなければ王都で仕入れもしていない。

 これは単純にロベルタの入った鞄に対するいいわけに過ぎない。しかし、そのいいわけを暴く方法はないし、辻本の性格からして千司を怪しんで売り先の特定に動くこともないと踏んでいた。


「では、ありがたく頂くとするでござる」

「おう」


 そうして、魔法学園一日目の夜は更けていった。



  §



 翌日、食堂で朝食を摂った千司たちは一つの教室に集められて編入試験を受けさせられていた。

 編入試験の内容は主に二つ。

 座学と実技である。


 座学に関してはこの世界の知識と魔法に関する知識、そして簡単な数学。ある程度のことは王宮にて教えられていたが、試験終了後、大半の生徒は渋い顔をしていた。余裕を持っていたのは日頃から大図書館で勉強ばかりしていた千司と新色ぐらいである。


 座学の試験を終えた千司らが次に案内されたのは異世界の学校特有の建物――『闘技場』であった。


 まるでコロッセオのような建築物は、中心に円形の舞台があり、それを取り囲むように客席で埋め尽くされていた。


「では、勇者の皆様にはこれから対人戦闘試験を行って貰います」


 そう語ったのは千司たちをここまで案内してきた糸目の男性教師、名前はリーゼン。彼は口元に笑みをたたえたまま、堂々とした態度で続ける。


「対人戦闘、と聞いて怯えてしまう方もいらっしゃるかと思いますが、ご安心ください。この闘技場に居る限り大きな怪我を負う心配はございませんので」

「……それは一体どういうことなのでしょうか?」


 リーゼンの言葉に質問を投げかけたのは篠宮だった。

 千司がしても良かったが、全体の場だと彼に任せた方が話がスムーズに進むため遠慮した形だ。篠宮の問いにリーゼンは口元に笑みをたたえて答える。


「この闘技場には『致命傷になる攻撃を無効化する』という魔法が掛けられているのですよ」


 それは、事前にライザ王女から教えられていたことであった。


 彼女が語っていた魔法学園で安全に訓練が出来るというのは、つまりこの闘技場で訓練する限り死ぬことはない、と言うこと。それもライザが千司たちをここに向かわせた理由の一つであった。


 篠宮がわざわざ質問したのは、それを再確認するための社交辞令である。


「なるほど、では安心ですね」

「えぇ、ご安心ください」


 故に、それ以外に何の質問もすること無く会話は終わる――寸前で千司が手を上げた。


「……何でしょうか?」

「申し訳ありませんが、実際に試して貰っても構わないでしょうか」

「……貴方は?」

「奈倉千司です。教師なら知っているのでしょう? どうして我々がこちらに来たのか。申し訳ありませんが、私は異世界の方々の言葉をあまり信用できない。それがクラスメイトの命と直結する事柄なら、尚更」


 ようは「それって本当なの?」といちゃもんを付けているだけであるが、事前確認は重要だ。事故で勇者が死んだのならそれはそれで構わないのだが、その死ぬ勇者が千司自身の可能性も拭いきれない。加えて、自身の派閥に対するポーズでもある。


「確かに、当然のことですね。ではいかがしましょうか」

「では私が貴方の首をちょん切るので、そこに立っていて貰えますか?」


 千司の言葉に一部クラスメイトからぎょっとした視線が向けられる。


 が、一方で、かつてダンジョン内で冒険者の首を切断したことを知っている千司派閥の面子は特に動揺する様子も見せない。彼ら彼女らは、すでに千司が吹っ切れたら一線を越えると知っているからだ。


「……いいでしょう。剣をこちらに」


 一呼吸おいて首肯した彼は徐に手を叩く。すると、一本の剣を持った一人の女子生徒がくすんだ紺色の髪を揺らしながら駆け寄ってきて、千司に剣を手渡した。


「どうぞ」

「……あぁ、ありがとう」


 どこかで見たことのある髪色に、目鼻立ち。

 よもやこれほど早く見つけることが出来るとは、と偶然に感謝しつつ、しかし今はそれどころではない。


 千司は自身の動揺を『偽装』しながら剣を抜き、その刃が潰れていないことを確認。いざ構えようとして、後ろから篠宮に呼び止められる。


「本当にやるのか、奈倉」

「悪いな、篠宮。でも……俺はもうこうするって決めたから」


(まぁ、何にも決めてないんだが)


 ただそれっぽいことを言って格好をつけただけである。そんな内心はおくびにも出さず、千司は剣を構えて力を込めると、リニュに教わった剣術を脳裏に浮かべながら踏み込んだ。


 瞬間、闘技場の地面にひびが入り、加速した千司の剣がリーゼンの首を横向きに凪ぐ。


 正確無比な一撃は――しかし、当たる寸前で運動エネルギーがゼロになった。

 剣は首の皮一枚のところで制止し、リーゼンには傷ひとつ無い。


「おわかりいただけましたでしょうか」

「……そうですね。疑って申し訳ありませんでした」

「いえ、安心していただけたのならそれで充分。では、対人戦闘試験に移りましょうか。奈倉様は今ので大体わかりましたので、他の方が終わられるまでお待ちいただいても構いませんか?」

「わかりました。では」


 軽く会釈してクラスメイト達の元へと戻ってくる千司。

 すると辻本と猫屋敷の二人が小声で話しかけてきた。


「どうでござった?」

「まぁ、大丈夫だと思うが……何とも不思議な感覚だったな」

「不思議って、どういう感じ?」

「魔法……なのか? いや、魔法に関してそこまで詳しくないからなんとも言えないが、とにかく変な感覚だった。ただまぁ、リーゼンの言ってることは嘘ではないと思う。殺す気で振った剣がかすりもしなかったからな」

「ふーん。まぁ、異世界人がみんな敵って訳じゃないだろうしね」

「……だといいんだがな」


 実際のところは千司が全ての諸悪の根源なのであるが、そんなことは露程にも悟らせず、平然と嘯いて疑心暗鬼の種を蒔くのであった。

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