第10話 禁忌の魔女ロベルタ

 翌朝。いつものように起こしに来たライカにセクハラをしながら声をかける。


「ライカは優秀だよな」

「……いきなりどうしたのでしょうか?」

「いや、前々から思っていたことではあったんだが、改めて言葉にしてみるかと思って。ほら、魔法学園に行くことが決まればライカとも離れることになるしな」


 先日、魔法学園に執事を連れて行っても構わないか、という旨の話を下級勇者の教育係である第二騎士団団長オーウェン・ホリューに尋ねたところ「それは無理だ」との言葉が返ってきた。


 なんでもライカ達執事やメイドは周辺貴族の子弟を預かり教育しているという名目で王宮に勤めているのだとか。


 それに対し騎士はそのまま騎士として就職している扱いで、命令系統が多少異なるらしい。


 因みに騎士もほとんどが貴族で構成されている。

 理由は単純。一般庶民に対して貴族の方がステータスの上昇値が大きいから。しかしごくまれに第一騎士団団長のセレンのように庶民の出にもかかわらず強力な者が現れることがあるのだとか。


 閑話休題。


 兎にも角にもそんなわけで、仮に魔法学園行きが決定された場合、千司は愛するライカと離れ離れになってしまうのだった。


「そこまでお褒め頂けるのは……純粋に嬉しいですね」

「お前を褒めなくて他の誰を褒めるというんだ。勉強の手伝いもしてくれる、言わなくてもこちらの行動から求める物を提示してくれる。その気遣いと優秀さは、俺は生まれてから出会った人の中で群を抜いているだろう」

「……ありがとうございます」


 基本的に千司は、ライカに命令しかしていなかったため、これほど饒舌に褒める姿に、彼は困惑の様相を見せていた。小首を傾げながら見上げてくるライカ。相も変わらず顔がいい。


 そんな彼に、千司は告げた。


「なぁ、王国を通してではなく、俺に直接仕えないか?」

「……え?」

「正直なところ、俺はあまり王国を信頼できない。……いや、というより異世界人という物を信頼できない。あんなこと・・・・・があったからな」


 目を伏せながら語る千司。

 ライカは申し訳なさそうに顔に影を落としながらも、しかし千司のことをじっと観察する。


「けど、この世界で魔王を倒すのに彼らの力が必要不可欠なのも事実だ。だから、現状誰よりも信頼できて誰よりも優秀なお前を——ライカを傍に置いておきたい。王国の命令じゃなく、一人の人間として、俺を支えて欲しいんだ」


 千司の言葉に、ライカは目を細めて睨みつけてきた。そこに垣間見えるのは、僅かな敵意。


「言っている意味をご理解……なさっているのでしょうね」

「あぁ、俺はお前に国を裏切れと言っている」


 正直、これで彼が味方に着いてくれるかは五分五分。最悪の場合はこのまま上へ報告される可能性もあるだろう。

 しかし、それでも問題ない。


 そもそもこの場で絶対に取り込めるとは千司も考えていなかった。

 これはジャブである。要は、この様な事を『奈倉千司』が考えていると、彼に理解してもらう必要があったのだ。


 ライカは聡い人間である。故に、考える時間を与え、ある程度のメリットデメリット、そして自身の能力と『奈倉千司』の実力を秤にかけ、最も得をする選択肢を下すことが出来る。


 それことある意味『信頼』だった。


「……そうですか」

「すぐに答えを出さなくていい。ただ魔法学園に出発する前までには決めて欲しい」

「魔法学園に行くかどうかはまだ決まってないのでは?」

「もう決まったも同然だ。数日中——いや、もう今日にでも発表があるだろう」

「そうですか。……それで、その……着替えの続きをしたいのですが」

「あぁ、頼む」

「いや、頼むじゃなくて……下を脱がしにくいのですが……触りますよ」


 朝の生理現象を前に、気まずそうに視線を逸らすライカ。

 千司はしばらく考えてからぽつりと告げた。


「優しくしてね」

「もしかしてそういう意味・・・・・・で私のことを誘ってたりしました?」

「さぁ、どうかな」

「……はぁ、最悪の主人に当たったと、ここ最近常々思っていますよ」

「俺は最高の執事に当たったと常々思ってるよ」


 その言葉にライカは何も返さず、ただ呆れたようにため息を吐くのみだった。


(まぁ、こんなものか。空気が悪いまま帰すのは論外だったからな。あとはライカの行動次第。できればその能力を十全に発揮してもらいたいから自発的に仲間になって欲しいところだし、脅す真似はしたくないが……果たして)


 そうして朝のセクハラタイムを終え、千司はリニュとの早朝訓練に向かうのだった。



  §



 早朝訓練を終え、日中訓練が開始される前、第一騎士団のセレンと第二騎士団オーウェンの二人から、魔法学園へ行くことが正式に決定したと発表があった。


 これに対する生徒の反応は様々。


 不安を覚える者や新天地に心躍らせる者、異世界の学校に興味津々の者まで。と言っても、その大半は上級勇者——篠宮派閥の生徒であり、千司側の生徒は一様に緊張した面持ちを見せていたが。


 これは夕凪や千司が異世界人に襲われるところを間近で見たかどうかの違いだろう。覚悟の差、とも言える。


「千司、大丈夫かな?」

「千司くん……」


 せつなと文香が緊張をその瞳に宿して腕に抱き着いてきた。


「大丈夫だ。今度こそ俺が全員守ってやる」


 不遜なことを言ってのける千司に、二人は僅かに頬を染めてしなだれかかってくる。周囲に居た千司派閥の人間である猫屋敷、辻本の二人とその友人たちは呆れたように苦笑を浮かべていた。


「ま、私らだって手伝うよ」

「そうでござる。奈倉殿にばかり無理はさせないでござる」

「あぁ、頼りにしてる」


 千司の言葉に、その場にいる全員が力強い笑みを返すのだった。


 仲間意識を強め、篠宮派閥の人間との間の溝をさらに深く、深く。勇者たちの離間工作は順調に他ならなかった。



  §



 その日の深夜。草木も眠る丑三つ時に部屋を抜け出した千司が向かったのは大図書館にある禁書庫であった。


 『偽装』で隠された隠し扉を抜け、地下へと続く石造りの螺旋階段を下った先に——彼女は居た。


 流れるような金髪の幼い体躯のエルフ。


「む? おう、うぬか。久方ぶりじゃのう」

「えぇ、大変お待たせしましたロベルタさん」

「気にするでないわ。想定していたよりも早かったほどじゃからのう!」


 からからと笑う彼女——禁忌の魔女ロベルタ。彼女はがしゃがしゃと鎖を鳴らしながらその喜びを身体全体で表現した。


「ほれ、ほれほれ、早く妾の鎖を外すのじゃ! そうすればようやく妾は全人類を殺戮できるのじゃ~!」


 相も変わらず狂気的なことを口走るロベルタ。


 語る内容が真実なのだとすれば、千司としても是非ともお願いしますと言って鎖を解除するところなのだが、しかしその前に千司はロベルタに向かって人差し指を立てた。


「その前に、いくつかお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

「話? いったいなんの話じゃ? それで鎖を外してくれるのじゃったらいくらでも話すのじゃ!」


 人を疑うことを知らないとばかりに純真向きに返事をするロベルタ。


 そんな彼女を見つめながら千司は脳裏で彼女に関する情報を整理する。と言っても、知っているのはかつてライカが教えてくれたロベルタに関する御伽噺ぐらいしかないのだが。



『かつて勇者と共に戦ったと言われる御伽噺の魔女です。彼女は魔王討伐の旅の途中、突如として反旗を翻し、二十四の強力な魔導具で人類を危険にさらしたとか。噂ではその二十四の魔導具――『ロベルタの遺産』は実在するそうですが、私も幼少の頃に聞いた話なので本当かどうかはわかりかねます』



 結局、大図書館でもこれ以上の資料はなく、千司はライカから聞いた内容をもとに用意した質問を、ゆっくりと投げかけるのだった。


「まず初めに、貴女は禁忌の魔女ロベルタ本人で間違いないんですよね?」

「そうじゃな。自ら名乗ったことはないが、そう呼ばれていたのう」

「何故、ここに封印されていたのですか?」


 ロベルタはふむと少し考えこむように瞑目し、言葉を整理するようにゆっくりと語り始めた。


「それは、妾が人類の三分の一を殺戮したからじゃな。男も女も老人も子供も、人間も獣人もエルフもドワーフも人魚族も魔族も。生きとし生けるすべての知的生命体を殺し回っていたら、その当時の勇者に討伐されたのじゃ。じゃが奴らは妾を滅ぼすことは出来なかった。故、この地・・・に妾を封印し、その力をそぎ落とそうとしたのじゃろう。妾の足元に描かれている魔方陣はそういう効果の物じゃ」


 そう言って、ロベルタは足元の魔方陣に視線を落とす。

 今の話が本当ならば、御伽噺の内容とそれほど相違点はなさそうに思えた。


 しかし一方で、千司にはある疑問が生まれる。


「待ってください。では、封印を行ったのは勇者なのですか?」

「そうじゃな」


 それはおかしい。ならばどうして、この部屋へと続く扉に『偽装』が施されていたのか。

 ロベルタに問いかけようとして、それより先に彼女は口を開いた。


「……じゃが、そう言えばその後に一人の男がやってきたのう」

「男?」

「そうじゃ。確か、ロバートとか言う男じゃった。そやつじゃ『貴女を匿う』などとのたまった後、不思議な力でこの部屋を隠蔽し始めた」

「不思議な力……」

「うむ、黒い靄のようなものを使って、こう……うにょうにょっと」

「……なるほど」


 おそらくロバートとは先代の『裏切り者』で間違いない。人類に仇なす彼女を匿うことで、勇者に対する切り札にでもするつもりだったのだろう。


「それで、あなたは約千年もの間、この場所で封印されていた、と」

「そうなるのう」

「その男のことを恨んでいますか?」


 これは重要な事だった。


 彼女を仲間として動かすならば『裏切り者』だと明かして行動してもらった方が利害の一致もあり動きやすい。しかし、もし仮に彼女が先代の『裏切り者』のことを恨んでいたら……。


 だが、そんな千司の心配は杞憂に終わる。


「まぁ、正直ぱんちを一発ぐらい入れてやろうかと思う程度には恨んで居るが、それ以上に感謝の方が大きいのう。あやつが匿ってくれなかったら、妾は勇者共に殺されていたのじゃ。妾は全人類を殺戮したいゆえ、結果としてこうして生かしてくれたロバートには感謝しておるのじゃ!」

「そうなのですね」


 ほっと胸をなでおろす千司。

 ニコニコと、自分を千年も閉じ込める原因となった男を許すロベルタは、やはり異常なのだろう。故に、がぜん仲間として欲しくなる。


 ならば、と次に千司は彼女の望みを把握することにした。


「そう言えば、貴女はどうして全人類を殺戮したいと考えているのでしょうか?」


 千司の問いに、ロベルタはにこにこと笑顔のまま、しかし言葉に恐ろしいまでの憎悪を滲ませて答えた。


「それはな、人類すべてが妾の敵じゃからじゃ! やや子・・・たちの命を奪った人類は、すべて母たる妾が殺戮するのじゃ~!」


(……やや子?)


 ここで初めて知らない情報が出てくる。

 少なくともロベルタは『突如人類に牙を剥いた、元勇者パーティーの一員』として現代では語られている。


 彼女の子供が殺されたなどという話は聞いたことがない。


「その……殺されたやや子の敵討ちだ、と?」

「そうじゃ。やや子たちはとても優しかったのじゃ。そんな子らを、人間は皆殺しにした。故に妾は怒ったのじゃ。皆殺しにしてやろう、と」

「なるほど」


 理由はよく分からないが、昔の人類が彼女に対して何かしら悪事を働いたのか、それとも彼女がそう認識しているだけなのか。


 詳しいことは分からないが、目的さえわかればどうでもいい。


「……そう言えば、先ほど『魔方陣』によって力を失っている云々とおっしゃっていましたが、それはどの程度でしょうか」


 あとは戦力として戦えるか、と確認のために質問を投げかけて見ると、彼女は少し悩んだ後に答える。


「ふむ、今の時代も『ステータス』の魔法は存在するかのう?」

「えぇ、現役で使われておりますよ」

「ならば簡単じゃ。妾のステータスはすべて1なのじゃ」


 その答えに、千司は軽くめまいを覚える。

 まさか禁忌の魔女のステータスがオール1とは思ってもみなかった。むしろ彼女を見つけた時はRPGで言うところの序盤で最強キャラを偶然手に入れた気分だったというのに。


「……それは封印を解けば元に戻ると考えてよろしいのでしょうか?」

「む? いや、それは少し違うのじゃ。確かに魔力なら時間さえかければ全盛期まで戻るじゃろう。しかしそれ以外に関してはそもそも妾は雑魚なのじゃ」


 意外な事実を受けつつも、しかし千司は思考を巡らせる。


(ステータスが雑魚……ってことは、千年前に人類の三分の一を殺戮した方法は『ロベルタの遺産』をフル装備してたということか? 『トリトンの絶叫』一つであの破格の性能なのだから、まぁ、あり得る話ではあるのか)


 一人納得していると、不意にロベルタが昔を懐かしむようにうっすら笑みを浮かべて口を開く。


「嗚呼、そんな妾にやや子・・・たちが力を貸してくれたのじゃ」

「……ん?」

「何もできなかった愚かな母をも慕ってくれる心優しきやや子たち。あの子たちの助けがなければ、妾は所詮、多少魔力が高いだけのエルフでしかないのじゃ」

「……」


(どういうことだ?)


 千司は彼女の言葉を飲み込み、分析する。


 そもそもロベルタの話は矛盾しているのだ。


 彼女が人類に殺意を抱く原因となったのは『やや子』たちを人類に殺されたから。しかし今の言葉を信じるとするのなら、千年前に人類の三分の一を殺すのに手を貸したのもまた『やや子』だという。


 その子たちがいなければ、自分はそこまで強くない、とも。


(……まて、やや子・・・ってなんだ?)


 言葉の通り、子どもでいいのか。

 子供……人間……殺された、と言っている点から生き物なのは間違いない。

 では手を貸したのは誰だ。

 ライカ曰く、ロベルタが千年前に暴走した時に使っていたとされるのは二十四の魔導具『ロベルタの遺産』。


 ふと、点と点が細い線でつながる。


(……そんなことがあり得るのか?)


 ある一つの仮説が生まれ、千司はロベルタに尋ねた。


「その子供たちとは、何人いたのでしょうか?」

「ん? 愛しいやや子は二十四人兄妹なのじゃ」

「……」


 そもそも、千司は以前から疑問に思っていた。

 『ロベルタの遺産』について大図書館で調べている時から、ずっとずっと違和感を抱いていた。


 それは名前。

『ロベルタの遺産』と呼ばれる魔道具のそれぞれの、名前。

 例えば、——『トリトンの絶叫』


(トリトンって誰だ・・?)


 と、千司は思っていた。

 だが今彼女の話を聞き、仮説は一気に現実味を帯びる。

 故に、千司は答え合わせをするために最後の質問を投げかけた。


「その子たちの中に、トリトンという子は居ましたか?」


 ロベルタは口元を緩める。

 愛おしいを聞いた、とばかりに微笑み、答えた。


「無口じゃが、誠実な子でのう……妾の贈った笛が一番の宝物だと言っておったのじゃ」


 瞬間、千司は確信した。

『ロベルタの遺産』とは、やや子・・・である、と。


(やや子ってのが生贄にされたのか、それとも他の魔法的なあれこれがあったのかは知らんが……なるほどねぇ。おもしろそうだし俺もやってみてぇなぁ~! がぜんロベルタを仲間にしたくなったぞ~?)


 相変わらず、情の欠片もないクズである。

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