第12話 出発前夜
ライカがコップに魔法酒と果実水を注ぐのを眺めつつ、千司は疑問に思ったことを口にした。
「そう言えば、それどうしたんだ?」
「……奈倉様が飲まれていたものがもう無くなりそうだったので食堂の料理人に頼んで食材と一緒に発注させておりました。……と言っても、奈倉様は女性の方を酔わせるのに使われていたようですが」
「誤解だな。俺はただ酒が苦手なだけだ」
「だと思いました。……こちらをどうぞ」
そう言って果実水の入ったコップを手渡してくるライカを見て、やはり優秀な執事だと再認識する千司。受け取り、水面を観察。次いで匂いと、気付かれない程度に中身が本当に果実水かどうかの確認を終えると、ライカの持つ魔法酒の注がれたコップと軽くぶつけた。
「「乾杯」」
軽く口に含み酒ではないことを確信してから、千司は嚥下。
大きく息を吐いた。
「やはりこれは美味いな」
「自分も、魔法酒は久しぶりに飲みましたが、大変美味しゅうございます」
「へぇ。そう言えばライカは何歳なんだ? そこまで歳は離れてないように思うが」
「今年で十九になります」
その答えに驚く千司。まさかの年上である。
一見美少女と見まがうほどの端整な顔立ちに、男にしては細い体つきから、もう少し若いとみていた千司である。ライカはコクコクと喉を鳴らして酒を飲み、端から少しこぼれた液体をぺろりと桃色の舌で舐め取った。
(……くっそエロいんだが)
そんな失礼なことを考えている千司に対し、ライカはコップを両手で持つと、おもむろに声のトーンを下げ、真剣な表情で切り出した。
「……奈倉様、本日こちらに来させて頂いたのは、先日のお誘いに対する回答を行う為でございます」
「だろうな。それで?」
淡泊な千司の回答に、ライカもまた淡々と答える。
「条件次第でお引き受けしても構わないとの結論に至りました」
「条件か……言ってみろ」
ライカは一度深呼吸すると、真正面から千司を見つめて告げる。
「私の妹を、守って頂きたく思います」
「……妹?」
語られた条件は、千司にとって予想外の物だった。
金や自由、或いは千司が勇者としての地位を築いた後に、何かしらの便宜を図るなど、そういった自身のメリットとなることを正確に見抜き、提示してくると考えていたからだ。
千司の疑問に、これまたライカは淡々と続ける。
「私の妹、レーナは現在魔法学園に在学しております」
その言葉で彼が言わんとしていることにおおよそ見当が付いた。
「なるほどな。つまり、妹を巻き込まないように注意しろと。そういうことか?」
「はい。現在、誠に遺憾ながら我々の世界の住人が勇者様を傷つける事象が発生しております。王女はそれらから守護するために皆様を魔法学園に入学させると仰いましたが、それで止まる保証もない。最悪の場合は身を移した魔法学園が次の戦場になることも充分に考えられます」
「だから『巻き込まないように守ってくれ』ってことか……妹想いなんだな」
「いえ、我が家の血を絶やさぬ為でございます」
「血……?」
頭に疑問符を浮かべる千司に、ライカは魔法酒を一口飲んでから続けた。
「私ども執事やメイドが王国貴族の子弟というのはご存じでしょうか?」
「あぁ、オーウェンから聞いたことがある」
「では話は早いです。ようは私の実家においての次期当主候補こそが、妹のレーナなのです。彼女が死んだ場合、候補が居なくなってしまいます」
「ライカは?」
「私は、父上から嫌われておりますので……」
「いくら嫌われて居ても候補が居なくなるよりはいいだろう。何故だ?」
「……答えにくいことをズバズバ聞いてきますね」
「嫌なのか?」
「いえ……」
ライカは両手で握るグラスに視線を落とし、逡巡するように頭を回してから一気に酒を呷るとぷはっ、と酒臭い呼気を吐いた。
「理由は簡単です。優秀なレーナに対し、私は無能だったからです」
「無能? ライカが無能なら俺は大半の人間を塵芥として勘定しなければならなくなるが?」
その言葉にライカは「ありがとうございます」と言ってから首を横に振る。
「ですが、奈倉様が想っていらっしゃる優秀とは少し意味合いが異なります。私と妹との差は、
「十二分に凄いと思うがな」
「ありがとうございます。……きっと妹が居なければ父上もそう言ってくださったかもしれません。ですが……レーナは凄かった。凄すぎたのですよ」
「なるほどね」
ようは比較対象が居た故の不幸、と言うことなのだろう。
「なるほどね、って……結構重い話をしたつもりだったのですが……」
「よく知りもしない奴にとやかく言われるのは面倒だろ?」
「確かに……」
不服そうに唇を尖らせるライカ。
「何だ?」
「お言葉ですが、奈倉様のその何でも見透かしたような態度は如何な物かと……!」
「嫌か?」
「別に……奈倉様は私にとって主人なので構いませんが……でも、なんか少し思うところはあるんですよ~!」
「酔ってる?」
「よってましぇん!」
「はいはい」
呂律が回らなくなってきているライカの頭を撫でながら、千司は適当に相づちを打ってジュースを口に含み考える。
(しかし、ライカの言うことが正しければ、こいつらは兄妹揃って優秀という訳か。条件は『巻き込むな』だが……妹の方も欲しいなぁ。優秀な駒は何
まだそのレーナの人間性の程を確認していないので絶対とまでは言わないが、千司がある種の信頼を置いているライカの言葉である。そうそう私情込みの評価を下すことはないだろう。
魔法学園に行った際には是非とも取り入っておきたい。
「それで、条件についてはわかったが……本当にそれだけでいいのか?」
「……はい、構いません。親の妹贔屓に何も思うところがないと言えば嘘にはなりますが、彼女が当主となり、その隣で私が支えるのが一番だと言うことは私自身が一番理解しておりますので」
「別に、わざわざ王国を裏切ってまで俺に付く条件には思えないんだがなぁ」
「……確かにそうですね。ですが、そもそも私とて、王国にそれほど信頼を置いているわけでもないのですよ」
何か含みを感じる言い方であったが、それを語る様子は見受けられない。
これから更に信頼を獲得していけば、いつか話してくれる時も来るだろう。それにもし必要なら拷問でもすればいいし、今の話からライカの弱点が『妹』であることも千司は理解した。
(目の前で妹ちゃんをいたぶれば、自由に動かせそうだしなぁ~。ダメだよ、ライカきゅん。自分の弱点を他人にさらけ出すのは……この辺は、追って教育しなきゃだなぁ~)
「了解。んじゃ、契約成立って事で」
「はい」
酔いつつも、しかし表情に緊張の色を見せるライカ。
だがそれも仕方が無いだろう。
何しろ彼は自分の人生においての大きな分岐点を今、選択したところなのだから。
(このまま帰しても契約について色々思考を巡らされそうだな。なら、それを上塗りするか。……正直、男なんざ興味は無かったが……ここまで顔が良けりゃあ問題ない)
「それじゃあ、今からライカは俺の物というわけだ」
「はい。……はい?」
一瞬困惑の表情を見せたライカを千司はベッドに押し倒す。
その頬は酒のせいか朱色に染まっており、とろんとした瞳は煽情的に千司の情欲を掻き立てた。ぽかんと間抜けに半開きになった口に、千司は自らの物をあてがう。
「へ……んむっ、ん!?」
目を白黒させながらも手で千司を引き離すライカ。彼は唇に指を這わせ、今何が起こったのかを正確に理解しようと試みて、しかしその前に千司は彼の瞳をのぞき込みながら告げた。
「確か、執事は頼めばそういう処理もしてくれるんだったよな」
「……っ! は、はい……で、ですがその……初めてなので、拙いかもしれませんが……」
「俺も男は初めてだから気にするな」
「き、気にするなと言われても……んぐっ、……ぁむ……んくっ」
そうして千司は、今日も今日とてライカにセクハラするのだった。
§
同日の深夜。ライカを部屋から帰した千司は鞄を持って大図書館へと向かっていた。因みにライカにセクハラ(意味深)をしていたのは一時間程度。拡張もしていない穴に突っ込んでライカを切れ痔にさせるつもりは千司にはなかったからだ。
(顔が美少女だからか……正直男でも全然いけたな)
何てことを考えながら大図書館に侵入。慣れた動きで禁書庫まで辿り着くと、片手を上げて鎖に繋がれたロベルタに声を掛けた。
「元気だったか?」
「うむ! ここ千年病気一つかかったことはないのじゃ! まぁ、病原菌が入り込む余地すらないというのが正解なのじゃが!」
そう言って暢気に笑うロベルタに、千司は最終確認を行う。
「それじゃあこれからの予定を改めて教えるぞ」
「うむ、ばっち来いなのじゃ!」
「まず俺がロベルタの指示に従い封印を解除。
その後、鞄に入れて王宮から連れ出す。
移動の約三日間、これは申し訳ないが鞄の中で過ごして貰う。
食事の際は『偽装』を使ってバレないように。
その後、魔法学園に到着した後は隙を見て街に出て部屋を借りる。
……正直魔法学園のあるレストーは初めての街だし、細かいところはかなりアドリブになるが、基本ロベルタに求めるのは我慢だけだ。……問題はないか?」
「外の景色が見られるのなら問題は無いのじゃ。何しろ妾はここでこの景色を拘束されたまま千年も見続けてきたのじゃ。鞄に詰め込まれるぐらい、拘束の内にもはいらぬのじゃ!」
「そうか、ならさっさと始めよう」
「うむ!」
ロベルタの元気いっぱいの返事を耳に、千司は鞄を置いて袖をまくる。
それを確認し終えると、ロベルタは真剣な表情で目を細め――足下に展開されている魔法陣を睨み付けながら解除方法を説明し始める。
「まずは魔法陣から解除するのじゃ。そうすればこの鎖は魔力を吸い取るだけの鎖なのじゃ。……では、最初は魔法陣の外縁部――妾から見て左側にある『理の語りを締める。』の記述を消すのじゃ」
「消す……手で擦って消せばいいのか?」
「魔法陣の文字を消す時は『血』を使うのじゃ」
公的書類に決まった訂正の作法があるのと同じような物かと一人納得する千司。
痛みを『偽装』しながら指先を噛み切り、流れ出る血で該当箇所をなぞる。
すると、魔法陣から発せられていた光が微かに――ほんの誤差程度に揺らめく。
「うむ、そんな感じなのじゃ。それでは次、そのひとつ内側に記述されている『聖戦の夜空を幾億超え』の『幾億』だけを消すのじゃ」
「わかった」
「『幾億』だけじゃぞ! ほかは消しちゃダメなのじゃ!」
「わかってるって」
そんな感じでロベルタの指示通り魔法陣の記述を次々消していく千司。そのたびに心配性を発揮するロベルタが多少五月蠅かったが、二時間ほど掛けて、ようやくロベルタの指示が止んだ。
「これでいいのか? まだ四分の一ほど残っているが」
「うむ。残りは消してはまずいのじゃ。それより次で最後――中央の『龍脈の力、借り受けん』の『龍脈の力』を消すのじゃ」
「わかった」
指示通りに消すと、途端に魔法陣は光を失い、残りの文字も全て灰のように消えていった。
(相変わらず魔法は意味がわからんな。やはり、ロベルタの知識は必要不可欠か)
「これにて魔法陣の解除は終わったのじゃ! お疲れ様なのじゃ!」
「それはよかった。……残りの鎖はどうすればいい?」
「無理矢理引きちぎれるのならそれで構わないのじゃ。無理なら何か武器でも――」
「いや、問題ない」
千司はロベルタの腕に繋がっていた鎖に触れると、手刀で破壊。
もちろん大きな音は『偽装』でごまかしながら。
「うむ、さすがは勇者と言ったところなのじゃ! 是非その力で妾のことを守って欲しいのじゃ!」
そう言いながら、禁忌の魔女ロベルタは大地に降り立つ。
ふわりと金髪が舞い、神が作った彫像と錯覚しそうなほど美しい肢体を動かして、血色のいい舌で唇を舐めた。
そんな彼女を見て、千司はおもむろに彼女を運ぶために持ってきていた鞄を開き、中から服を取り出す。
「とりあえずこれを着ろ」
「おう、すまぬのじゃ。感謝するのじゃ~! まぁ、千年もすっぽんぽんで過ごしてきたのじゃから今更服を着るのも変な感じがするのじゃが……まぁ、
「そうか」
受け取った服に早速袖を通すロベルタ。当然千司とはかなり体格差があるためぶかぶかである。結局下は履かずに上だけをワンピースのように羽織る形となった。
「おぉ、肌に触れる布の感触……懐かしいのじゃ~」
「そりゃ良かった。んじゃ、そろそろ外に連れて行くけど……一応外は深夜だが万が一のことを考えて今から鞄に入って貰えるか?」
「うむ!」
そうしてロベルタの入った鞄を持ち上げる。
勇者ステータスの前では児戯にも等しかった。
階段を上り、禁書庫の扉を抜けてから再度『偽装』を施し、大図書館を後にする。
部屋へと戻る道すがら、渡り廊下の途中で足を止めた千司はおもむろに鞄の口を開けてロベルタに声を掛ける。
「おい、ちょっとだけ顔を出してみろ」
「むぅ? なん――じゃ。……おぉ」
困惑の表情を見せつつも顔を覗かせた彼女の視界いっぱいに広がったのは満天の星々と、青く煌めく満月。
「まぁ、せっかく外に出たんだし……これくらいはな」
「……うむ、感謝するのじゃ」
素直に千司に謝辞を述べるロベルタ。
それを見て想定通り好感度の上昇を確信する千司。
千司にロベルタを慮る感情など欠片も存在していなかったのだ。月を見せたのは『久しぶりに出た外で一番最初に見たのが美しい夜空』という記憶をすり込ませるため。そしてその情報を共に共有し、少しでも彼女の好感度を上げる。
別に肉体関係を持ちたいなどと言うことは欠片もないが、好感度を上げておくと扱いやすく、そして
(魔法に関する知識は重要だ。……絶対に
情緒の欠片もない月見を終えた二人はそのまま千司の部屋へ。
翌朝もライカが起こしに来る可能性を考慮し、念のためロベルタには鞄の中で眠って貰い、千司も床につく。
そして――いよいよ魔法学園へと出発する朝が訪れるのだった。
―――――
あとがき
次からいよいよ魔法学園へと向かいます。
後始末編めちゃくちゃ長くなってしまった……。
今回あとがきを書いているのは少しお聞きたいことがありまして。
というのも、一話当たりの文字数がちょっと多すぎるかな、と最近思い始めてきたのです。大体3000~4000字以内に収まればいいかな、と思い最初は書いてたのですが、二章始まってから4000文字下回ったのは一話もないという現状……(この話はあとがき込みで6000字越え)。
話のキリがいいところまで書いたらこれぐらいになっちゃうんですよねぇ~。
それで聞きたいのですが……多いですかね?
別に問題なければそれでもいいのですし、正直多いよ! と言って頂いても構いません。あくまで参考程度なので、深く考えずに教えて頂けると嬉しいです!
(。˃ ᵕ ˂。)
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