第20話 雪代せつな
王宮に戻ってきた千司達を迎えたのはライザと幾人かのメイドたちだった。
代表として一歩前に出てきたライザは真剣な表情で千司を見つめる。
「まずは謝罪を。そして何があったかお聞かせ願えますか?」
「わかりました。ですが彼女は疲れているので今日は私だけで構わないでしょうか?」
「……そうですね、ではこちらへ。雪代様は彼女たちについて行ってください。色々と精神的な負担があったでしょう」
そう言って、せつなは王女が連れ経っていたメイドに案内され王宮の奥へと消えていった。その際、僅かに不安をにじませつつ千司を見つめてきたので、「すぐに行く」と小声で伝えると、安心したようにいつもの無表情に戻っていた。
「おモテになるのですね」
「……早く用事を済ませましょう」
「……失礼しました。そうですね。ではこちらへどうぞ」
案内された先はどこかの執務室。おそらく彼女の仕事場だろう。
豪華絢爛な王宮の入り口とは異なり、質素な雰囲気の感じられる一室は、普段人の出入りがないことが想像できた。
「では、まずは左手の治療を」
「気付いていましたか」
「えぇ、もちろん」
彼女の言葉と同時に部屋に一人の女性が入ってくる。修道服を身に纏った中年の女性だ。
「彼女は王宮専属の回復術士です。因みにその傷はどうされたのでしょう?」
「余裕を持って賊の剣を素手で受け止めた結果です。正直長引かせたくなかったのでパフォーマンスとして行ったのですが、どうやら成功したようです」
「……なるほど。では、治療を受けながらで構いませんので事のあらましを最初からお聞かせ願えますか?」
「監視員からすでに聞いているのでは? 監視の仕事を全うされていたようなので」
「そうですね。ですが、実際に戦った本人から聞く話とは異なるかも知れません。お教えください」
「といっても、私も何が何やらわからないですが……」
そうして千司は路地裏での一戦をライザに説明した。
全てを聞き終えた彼女は顎に手を当て、なるほどと頷く。
「聞いていた通りですね」
「流石に酷くないですかね」
「申し訳ございません。あまりにも
「……。では、これにて失礼しても構いませんか?」
「申し訳ございません。少々言葉が過ぎました。許して頂けると幸いです」
失礼な態度を取るライザに憮然として接していると、彼女は早々に頭を下げた。
千司は一瞬だけ瞑目し『偽装』していた『怒り』の感情を解除。
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。気が立っていたもので」
「それも当然のこと。お話は伺えましたので、もう部屋で休んで頂いても構いません。……それとも、雪代様のお部屋でお休みになられますか?」
「それも悪くないかも知れませんね。では……っと、そうそう。あの二人組の正体はわかったのですか?」
「いえ、まだ報告はありませんが……」
「では判明したらお教えください。対策を練りますので」
「……はい、かしこまりました」
「それでは、失礼します」
王女と治療してくれた修道服の女性に一礼して、千司は執務室を後にする。
部屋までの廊下を歩きながら、千司は「ライカ」と名前を口にした。すると、どこからともなく執事が現れる。
「はい」
「この荷物、俺の部屋に置いといてくれる? あと風呂に行きたいから大浴場に着替え持ってきて。そのあとは寄るところがあるから、今日はもう上がってくれて構わない」
「怪我は大丈夫ですか?」
「治療して貰った。問題ない」
「……わかりました。それでは失礼します」
そうしてまたもやどこかへと消えるライカ。
(本当に優秀だな。これでセクハラする度に良い反応を返してくれるのだからもう堪らない)
最低なことを考えながら、千司は大浴場へ向かった。
§
戦闘で汚れた身体を洗い、ライカが持ってきてくれていた着替えを身に纏った千司が向かったのはせつなの部屋。現在時刻は午後五時を少し過ぎた頃。四時前に王宮に帰宅して、それから三十分ほどの事情聴取、風呂という流れである。
部屋の前に到着しノックすると、扉の隙間から顔を覗かせたのは無表情のメイド。
「せつなは居るか?」
「あなたは?」
「奈倉千司だ」
名乗った瞬間、部屋の中から「千司!?」と声が聞こえた。それを受け、無表情のメイドが扉を開けて千司を招き入れる。せつなはベッドの上で丸くなっていた。
「雪代様は先ほどまで震えておられました」
「……そうか」
それだけ告げ、メイドは気を利かせたのか部屋から出て行く。
千司はせつなの隣に腰掛け、彼女の手を軽く握った。
「大丈夫か?」
「ん、うん。大丈夫……千司が居たら、安心できる」
「俺だけじゃなくて、あのメイドも良いやつじゃないか」
「うん、怖がってる私の手をずっと握ってくれてた。今まで悪いことしてたなって」
「これから仲良くなれば良い」
「だね。……でも、今は千司が側に居て」
弱り切った様子でせつなは体重を預けて――そのまま千司をベッドに押し倒した。
「わかった。って、おい……っ」
「んむっ」
押し倒され、口を塞がれる。
先ほども経験した柔らかな感触。しかし今回はそれだけではない。千司の口を割ってぬるりとした物が口内に侵入してくる。軟体生物のようなそれは、愛おしそうに舌に絡みついてくる。
「んっ……ふぅ、ふぅ……はぁ、あむっ」
「……」
試しに離れてみようとするも、せつなは嫌だと言わんばかりに千司の頭を抱きしめ、口内を愛欲のままに蹂躙する。
そんな彼女の
「ぷはぁ……はぁ、はぁ……」
「思っていたより大胆なんだな」
「……はぁ、はぁ……いや、だった?」
肩で息をしながら不安そうに見つめてくるせつな。千司は優しく微笑み返し、今度は自分から彼女の唇を奪う。そして、せつなの潤んだ瞳を見つめながら告げた。
「そんな訳ないだろ」
これを受け、せつなが抱きついてきた。
火照った身体を慰めるようにぎゅうぎゅうと押し付けてくる。
当然布越しに彼女の柔らかな胸の感触も感じられて……。
「千司……」
せつなは甘く囁くと、息を荒くしながら千司の服に手をかけて脱がしていく。
千司もまたそれに抗わず、逆に彼女の服に手をかけると一瞬ビクリと肩を振るわせつつも、抵抗はない。
その日――二人は一線を超えた。
§
『あんっ、あんっ、あんっ!』
『もうダメ〜!』
『いくいくいっちゃう〜!』
画面の中のAVを見て、辻本は溜息を吐いた。
「この女優、顔はいいでござるが演技が棒ですな。動きにもぎこちなさが残る。あと男優が汚らしいのがマイナス3億点ですな! でも女優の顔は可愛いでござる」
「なんかアダルトサイトのレビューみたい」
「みたいも何も拙者よく書き込んでいるでござる」
「ホンモノじゃん」
異世界に召喚されて約二週間。悶々とした男子たちによって開催されたAV鑑賞会は夕方まで行われていた。
「うるさいなぁ。可愛いんだから良いだろ?」
辻本とその友人の愚痴に、AVの持ち主である夕凪飛鷹が眉間に皺を寄せた。
「うむ、持ってきて頂いたのに、確かに失礼でござったな。それにしても夕凪殿はこの女優が好きでござるなぁ、本日三本目でござるぞ。……それにどこかで見たことがあるような顔立ち」
ドキリと胸が跳ねる夕凪。内心で気付かないでくれ、と祈るも辻本の友人があっけからんとした様子で答えにたどり着いていた。
「見たことあるも何も、クラスメイトの雪代さんにそっくりじゃん。そういう事でしょ?」
「……っ!」
「ほっほ〜う! 夕凪殿は雪代殿をね! ほっほ〜う!」
「う、うるせぇなぁ! そ、そんなんじゃなくて、これは、その……」
言葉尻が小さくなっていく夕凪。辻本たちはニヤニヤした顔で彼の肩に手を置き、ポンポンと軽く叩く。
「まぁまぁ、彼女も美人ですからなぁ。良いと思うでござるよ。頑張れば奈倉殿から奪えるかもしれないでござる! 拙者は弱い方の味方でござるよ!」
「……え?」
何気ない辻本の言葉に、夕凪が固まった。
「むむ? 雪代殿は奈倉殿と付き合っておられるのでは? 訓練中などよく行動を共にされていたので拙者そうなのかと思っていたのでござるが」
「ぇ、あ……そ、そうなのか?」
「最近はよく夕食も共にしている所を見るでござる」
それは夕凪も気が付いていた。でも、それは自分と仲違いをして、一人で食べるのが寂しいから異世界に来て仲良くなった奈倉と一緒に食べているだけだと思っていた。
夕凪は不意に首から下げているネックレスを服の上から掴む。
それは十五歳の誕生日に彼女から貰ったもの。
「まぁ、拙者も直接聞いたわけではござらんから、実際のところどうなのかは分からないでござるが」
「……だな」
目に見えて落ち込む夕凪。
辻本達はどうしよう、どうしようと悩んだ末、AVを再度再生させた。
「まぁ、今はAVでも見て気を紛らわせるでござるよ。よく見ると彼女の演技も悪くない気がしてきたでござる! なぁ、皆の衆!」
明らかに気を使った辻本の呼び掛けに、彼の友人たちが同調する。
「ありがと、みんな。うっし、AV見るぞー!」
「「「「おぉおお!!」」」」
夕凪飛鷹は異世界にて、良き友人を手に入れた。
§
千司はベッドの上で天井を見つめていた。
横には腕を枕にするように眠っているせつなの姿。
掛け布団の下は全裸である。
(……寝たか。時間は……八時過ぎ。疲れてるだろうし、今日はもう起きないだろうな。……にしても、ほんと可愛いな)
眠るせつなの前髪をかき分け、ふと思う。
千司の中にはせつなに対する情が生まれていた。それは恋愛感情かと言われれば、そういう側面もある感情。
ここ数日、千司にとってせつなと過ごす時間は心地良いものになっていた。
顔が良く、知性があって、しかしおっちょこちょいの側面もあり、年相応の女の子らしい様相も見せてくれる。
そう──奈倉千司は雪代せつなのことを好きになっていた。
(まぁ、それはそれとしてせつなには可哀想な目にあって絶望してもらうし、用がなくなったらサクッと死んで貰うんだけどね)
相も変わらずド畜生である。
眠る彼女に軽くキスをして、千司はベッドから抜け出し部屋をあとにする。
部屋の外に居た無表情なメイドに「少し散歩してくる。寝てるから起こさないであげて」と告げると、彼女は「わかりました」と一礼。
そうして千司が向かった先はただひとつ。
「こんばんは、先生。約束通り来ましたよ」
「う、うん、……待ってた、よ」
ノックして千司を出迎えた小柄な女教師に、千司はにこやかに挨拶するのだった。
まさしく最低のクズである。
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