第18話 休日デート

(思えば、日中に王都に出たのは初めてだったな。……こんなに人が居たのか)


 道を行き交う人、人、人。ぱっと見でも様々な種族が入り交じっていた。

 人間、獣耳を生やした獣人、エルフ、ドワーフなどなど。中には二足歩行の獣としか思えない姿格好の者まで居た。


(確かあれが正しい『獣人』で、人に獣耳が生えた程度のやつは『半獣人』。面倒くさいから両者ともに『獣人』と呼称している、だったか?)


 海端との勉強会を思い出しながら道行く人々を観察しつつ、ちらりと隣のせつなを見やると、彼女も千司同様、初めて見る異世界の街並みに心ここにあらずといったところだった。


「確かこの道をまっすぐ行けば大通り、その先に露店が並ぶエリアがあるらしい。ざっ、とウィンドウショッピングとしゃれ込むか?」

「そうだね。じゃあ、案内よろしく」

「了解」


 こうして休日デートが始まった。

 最初に訪れたのは異世界の洋服店。大通り沿いの中々に豪奢な様相の店舗である。店内にはそこそこ人が入っており、置いてある服の素材やデザイン等以外では、日本の物とそこまでの差はないように感じられた。


「この服、可愛いかも」


 入店してすぐ気に入った物を見つけたのか、服を手に取り姿見の前で合わせてるせつな。


「確かに綺麗だな。せつなに似合いそうだ」

「そ、そう? んー、それじゃあ試着してみようかな……っと思ったけどやめとく」


 服を片手に試着室の方へと向かおうとして、彼女はそれを元あった場所に戻した。


「どうかしたのか?」

「いや、その……値段がね」

「どれどれ……130,000シルか……」


 日本円にして約130,000円。


 どうやらこの店舗はブランド品を取扱う高級店だった模様。確かに店構えはしっかりしていたし、扱っている服の素材も良さそうだ。加えてここはアシュート王国の王都――その大通りというとんでもない好立地。


 ならばこれぐらいの値段が適性なのだろう。


「うーん、流石に手が出せない」

「手持ち20,000だしな」


 今回の休日に当たり王国から千司達にお小遣いが与えられた。名目としてはお給料。千司達が異世界に召喚されてから約二週間。


 毎日朝から晩まで訓練に費やしたというのに、与えられたのは一人あたり20,000シル。ブラック企業もかくやといわんばかりの待遇に、勇者達の間ではアシュート王国ってケチじゃない? と噂が流れたほどだ。


(まぁ、俺は副業のおかげで稼げているのだが)


 『副業』……それは、千司が夜の王都にて始めた事だ。おかげでここ数日は寝不足。しかしそれ以上の実りが生まれ、千司は他の勇者に比べかなり金銭的余裕があった。どれほど稼いでいるのかと言えば、目の前の服を数十着は余裕で購入できる。


 が、当然それをせつなに見せるわけにもいかず――。


「じゃあ別の店を見に行くか。また良いのが見つかるかも知れないしな」

「んー、だね。そうする」


 せつなの返事を貰えたとこで、二人は同所を後にした。



  §



 それからしばらく店を回っていると、気付けば時刻はお昼過ぎ。

 街のあちこちから美味しそうな香りが千司達の鼻腔をくすぐり、腹の虫も早くご飯が食べたいと猛抗議。


「どっか適当な店に入っても良いが……折角だしここに行くか」


 これが日本でのデートならせつなに何が食べたいかなどを聞いて店を選択するのだが、生憎とここは異世界。食べたい料理を提供している店がどこにあるのかもわからないし、そもそも食べたい料理があるのかもわからない。


 なので千司は執事印の王都マップを広げ、出店が立ち並ぶ通りを指さしてせつなに見せた。そこには注釈で『いろんな料理が売っていて、食べられるスペースもあります。困ったらここへ』との文字。


「いいと思う。適当な店に入って、どんなのかわからない料理を頼むより気分が楽」

「だったら、ここにするか」

「うん。……ところで気になってたんだけどその地図は? 王宮の人に貰ったの?」

「いんや、優秀な執事くんが厚意で作ってくれた」

「へぇ、執事の人と仲良くしてるんだ」

「そっちは違うのか?」

「私のメイドさんはちょっと無愛想というか、話しにくいというか、いつも無表情だからいまいち感情が読めない」


 そう語るせつなもまたいつも通り無表情である。良くお似合いの二人だよ、と思ったのは心の内に隠し、千司は「まぁ、朝の挨拶から始めたら良いんじゃないか?」と適当にアドバイスをかけておく。


 そうこうしているうちに出店の並ぶ通りに辿り着いた。


 店の前には料理が並び、それを現在進行形で大勢の客が購入して、近くに併設されているテーブルに着いて食べている。


「屋外フードコートって感じだな」

「何て言うか、外国のザ・出店市場って感じ」

「行ったこともないし、詳しく調べたこともないけどなんとなくわかるかも。なんかタイって感じ」

「それ! なんとなくこんなイメージだった!」


 せつなは自分と同じ事を思っていたのが嬉しかったのか元気よく同調するが、すぐに大声を出したのが恥ずかしくなったのか、若干頬を赤らめて咳払い。


「んじゃ、見て回るか」

「だ、だね」


 せつなを連れ立って出店の前を通って吟味。


 千司が選んだのはそうそう外れないだろう肉料理と果物の盛り合わせを購入。肉料理は見た目や調理法から鳥の香草焼きのような物と判断。果物は見たこともないとげとげの実をざくっと切って、中身を皿に盛り付けた物だ。


 せつなが選んだのは魚料理と千司とは別の果物だった。魚は流石に刺身や寿司ではなく焼いて調理されたものだが、香ばしい匂いが空腹を誘う。


「後は飲み物だね。千司は何にする?」


 その問いに、千司はふと思い出したように告げた。


「そう言えば、この世界は十六歳からお酒が飲めるらしいぞ」

「へぇ……え!? そうなの?」

「あぁ。そして、この店には酒がある」

「あー、ほんとだ。……飲むの?」

「いやぁ、昔ウイスキーボンボンをそうとは知らずに馬鹿食いして酔っ払い、痛い目を見たことがある。以降、酒類は口にしないと決めたんだ」


 より正確には親戚が持ってきたウイスキーボンボンを千司が一人で食べてしまい、泥酔。その異常極まりない思考回路を親戚達の前でつまびらかにした結果、千司一家は親戚一同から絶縁された。


 つまり、酔うと饒舌になってしまうのだ。


 クラスメイトを全滅させようとしているのに、それは致命的。なので千司は酒類は絶対に口にしないと決めていた。


「俺は普通にジュースにする。せつなは?」

「えー、んーっと、あ、アレなんだろ」


 彼女が指さしたのは『魔法酒』という酒だった。そのネーミングからして異世界特有の飲み物だと思われる。


 千司は近くの酔っ払いに声を掛け、魔法酒について尋ねた。


 曰く、アルコールは入っていないが酔っ払える酒という飲み物らしい。


 何でも中には魔法を使用する際の魔力――その源となる魔素が含まれているらしく、それを摂取すると酔っ払ってしまうらしい。ただ、魔素は体内には溜まらずすぐに排出され、健康的な害もないのだとか。


「酒に強い奴、弱い奴関係なく酔えるからおすすめだぜ!」

「サンキューおっさん。あとそれ俺じゃなくて酒瓶な」


 自身の酒瓶に講釈をたれる酔っぱらいから離れて再度店の前に。


「どうする?」

「あそこまで酔っ払うならやめる」

「あれはあのおっさんが飲み過ぎなだけだと思うぞ」


 他に視線をやれば、魔法酒片手に談笑する人々の姿が窺える。この中からどうしておっさんを選んだのか。


(ここ数日、相手にした異世界人は酔っ払いばっかだったしな。仕方ないか)


「んー、なら一番小さいにしようかな。すいませーん」


 そう言って、せつなは『魔法酒』を購入しに向かった。


 戻ってきた彼女を伴い、空いてる席に着席。購入した食べ物を広げて二人仲良くいただきます。どれも美味しそうでよだれが出るが、中でも千司が強く興味を抱いていたのはやはり『魔法酒』。


「見た目は俺のジュースと変わらないんだな」

「だね、匂いもあんまりわかんないや」

「それじゃ、とりあえず――」


「「乾杯」」


 各々コップを持ち上げぶつけてから口へ。千司の飲み物は葡萄に似た味がした。中々濃厚な口触り。


 悪くない、と味わっていると正面のせつなが『魔法酒』をごくっと嚥下。そして目を丸くしながらぽつりと告げた。


「あっ、これ美味しい」

「そうなのか?」

「うん、なんか、ジュースみたいなんだけど、変わった味がして――これが魔素なのかな? クセがあるけど癖になる感じ」

「上手いこと言ったな」

「え~、そうかなぁ? えへへ~」


 恥ずかしそうにせつなは笑顔で頭を掻いた。


(いつも無表情のせつながすんごい笑顔。もう酔っ払い始めたのか)


 酒が強いのか、せつなが弱いのか。

 何はともあれ、彼女の笑顔は可愛いなと思う千司であった。



  §



「ねーね、千司♡ 次どこ行く?」

「そうだなぁ、ちょっとそこの店見ていいか?」

「いーよ♡」


 そう言って、トロンとした瞳で千司を見つめ、甘えるように腕に抱きついてくるせつな。


 結局あのあと『魔法酒』を気に入り、三杯ほどぐびぐびしていた彼女である。これはあれだ、お酒が解禁されたばかりの大学生が、加減を知らずに飲み過ぎて急性アルコール中毒になってしまうやつである。


(ま、魔素に害はないし問題ないが)


 好き好きモード全開のせつなを連れて千司が訪れたのは雑貨屋。


 何か良いものがあれば天音や海端に買っていってやろうと思ったのだ。デート中に他の女の好感度稼ぎを目論む最低のクズ野郎である。


 店内を物色していると、ネックレスを発見。説明欄には『魔除けのネックレス』と記載されていた。他にも『魔除けシリーズ』はあるらしく、『魔除けの指輪』『魔除けのピアス』といくつか種類がある。


(ネーミングセンスは終わってるが、デザインは中々……それにこれ――商品説明の『弱・呪い耐性を付与』って……ステータスに変化を与えるのか?)


 ひとつ試しに手に取ってみようとして、すっ――と横から伸びた手がそれをかっさらっていった。タイミングがタイミングだっただけに千司の視線はその手の主へと向かい――僅かに動揺した。


 何しろその手の主は――


「あ、ごめん。横取りみたいになった」

「……いや、構わない。まだ数はあるようだしな」


 頭を下げる彼女は、エリィ・エヴァンソン。千司がダンジョンで裏切り殺したイル・キャンドルの幼馴染みの青髪の魔女だった。


(この広い王都で偶然会うとはな)


「そう、よかった。……ん?」

「……どうした」


 ふとネックレスを持つ手を止め、千司を見上げ、ジッ――と観察し始めるエリィ。

 そして彼女は小首をかしげて尋ねた。


「メアリー?」


 彼女の問いかけに、千司は努めて平静を装って答える。


「メアリー? 誰だ?」

「なんか、声というかしゃべり方が似てる」

「女と似てるとは思えないが……」

「メアリーは男だよ。でも、そっか。知らないか」

「あぁ、知らんな。見た目も似ているのか?」

「見た目は全然。でも、そのしゃべり方や態度は――」


 訝しんだ目を向けてくるエリィ。よもや彼女がここまで鋭い勘を持っていたとは。

 どうやって誤魔化すかと考えていると、それまで黙って他の商品を物色していたせつなが割って入ってきた。


「い、いつまでその子と話してるの!」

「悪い悪い、何でもないよ」


 まだ酔いが残っているのか嫉妬丸出しで抱きついてくるせつな。そんな彼女をまるで猫でもあやすかのように顎の下を撫でると「んにゃあ♡」と鳴いた。


 それを見て目の前のエリィはドン引きしていた。確かに、こんなカップルが現れたら千司だってドン引きである。


「で、では私はこれで」

「あぁ」


 そそくさと立ち去るエリィを見送り、千司はせつなを侍らせつつ魔除けのネックレスを手に取り、ステータスを確認。すると状態異常の項目のところに『弱・呪い耐性』の文字が表示されていた。


「マジでゲームみたいだな」

「んにゃにぃ?」

「ん~? 何でもないよ。せつなは可愛いな」

「え~、えへ~?」


 照れてる彼女を適当にあしらい千司は魔除けのネックレスと魔除けの指輪、そして小さな髪留めを購入。ついでにレジ横に置いてあった魔法酒を二本と、色のよく似ている果実酒を一本の計三本を購入して、店を後にした。


  §


 次第に太陽も傾きを見せ始め、そろそろ門限の時刻。すっかり酔いも覚めて、泥酔中の記憶をしっかり残していたせいで悶絶するせつなを連れ、千司たちは裏路地を歩いていた。大通りから少しズレた場所にある穴場のカフェでティータイムを過ごしていたからである。


 周囲に人気はなく、建物越しに賑やかな声が聞こえる程度。


「なんか、あっという間だったね」

「だな。楽しめたか?」

「うん。ちょっと恥ずかしい姿見せちゃったけど……千司ならいいかなって」


 語る彼女の顔が朱色に染まっているのは照れからか、それとも夕日のせいなのか。

 通りをあかね色に染め上げる夕日の中に伸びるのは二つの影だけ。

 千司を見上げるせつなの瞳はどこか緊張に潤んで見えて――。


(そろそろだな)


 一歩近付くと、せつなは反射的に半歩下がろうとして、足を止める。視線が交わり、絡み合う。更に身を寄せると、今度は離れる素振りも見せず、緊張した面持ちのまま動かない。


 せつなの頬に手をあてがうと、一瞬ビクッと肩を震わせるが、すぐに頬ずりするように顔を寄せ、上目遣いに見つめてくる。


 あてがった手で顎を持ち上げると、彼女はされるがままに動き、ゆっくりと目を閉じ唇を突き出す。


 そして裏路地に伸びる二つの影が重なり合う、――まさにその瞬間、闖入者が現れた。


「黒髪、黒目」

「こいつらか」


 裏路地に現れたのは腰に剣を携えた無精ひげの男と、頬がこけてボサボサの髪を後ろで束ねた両手に短剣を握る男。


 剣呑な雰囲気を醸し出す二人に、千司は咄嗟にせつなを自身の後ろに隠すように立ち塞がる。先ほどまでの甘いな空気はすでにそこにはなかった。

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