第17話 休日
それから更に三日が経過して、異世界に召喚されて初めての休日を迎えた。
空は青く澄み渡っており、休日にはもってこいの天気である。
せつなとは十時に王宮の入り口で集合する手はずとなっているが、現在時刻は早朝五時。寝ぼけ眼を擦り、あくびを噛み殺しながら扉の前のライカを呼びつけ着替えさせて貰う。今日も今日とて顔が良い。
朝の男の生理現象をそれとなく見せつけてみると気まずそうに顔を逸らしていた。セクハラがはかどるはかどる。
日本だったら一発逮捕の案件であるが、ここは異世界。楽しめる時に楽しまないと損だ。
着替えを終えて、顔を洗い、サクッと朝食を済ませると、千司はリニュとの早朝訓練の場へと足を運んだ。
そこには普段と変わらぬ様子のリニュの姿。
しかし少し違ったのは彼女が千司を見て驚きに目を見開いている点。
「まさか、今日も来るとわな」
「俺は真面目だからな。といっても休めるなら休みたいし、流石に一日中は嫌だが」
「私も明日の準備があるからどうせ一日中は無理だな。……因みに、今日お前はどう過ごす? 予定がなければ少し準備を手伝って貰いたいんだが」
まさかまさかのリニュからのお誘い。
予定がなければ彼女の提案に喜んで乗り、好感度を稼ぎに行っただろう。千司に味方する優秀な異世界人の存在は重要だ。しかし生憎と本日はせつなと約束している。
「悪いな、先約が入ってる。……まぁ、ダンジョンから帰ったらマッサージでもしてやるよ」
「先約が入っているなら仕方がない。帰るのを楽しみにしておくよ。……因みに、今日は誰と過ごすんだ?」
「あー、雪代せつな」
「あぁ、あいつか。……ふんっ、恋愛に
せつなの名前を出した途端に少しむっとするリニュ。
「だからこうしてデート前にお前のとこに訓練しに来てんだろうが」
「だったらさっさと始めるぞ」
「分かったよ」
その日の早朝訓練は少しばかりハードだった。
§
訓練を終えて水浴び場で汗を流す。
夜は大浴場にお湯が張られるのでそちらに赴くが、それ以外は基本的に屋外に設置されている水浴び場を利用している。
訓練で火照った身体に冷たい水が心地いい。
気持ち悪い汗を流し終え、髪の水気をタオルで拭いながら部屋に戻る道すがら、途中の廊下で小柄な陰キャを発見した。召喚された勇者唯一の大人、海端である。
彼女は千司を見つけるやいなや嬉しそうに笑みを浮かべて近付いてきた。まるで親鳥を見つけたひな鳥のよう。年上のそんな行動に千司の庇護欲が強く刺激された。
「おはようございます。どうしたんですか、先生」
「お、おはよ、う。……そ、その、き、今日、休日って、その……だから、えっと……い、一緒に読書でも、どうかな、って」
そう言って彼女は手にしていた分厚い本を千司に見せた。いつもの勉強用の書物ではなくこの世界の小説だ。
たどたどしくも勇気を振り絞ったお誘い。これまた庇護欲をそそられる。
「読書ですか」
「そ、そう。……ほ、ほら、今日、天気も良いし、その、外で読むのも、き、気持ちが良いかな、って」
「確かに、風も心地いいですしね。それは大変魅力的なお誘いです」
「っ、じゃ、じゃあ!」
「ですが、すみません。今日は先約がありまして」
「ぁ……ぁ、う、ん」
断った瞬間、海端の表情が絶望にゆがむ。
(あぁ~、可愛いなぁ海端ちゃん! 誘いを断られた程度で半べそかいてるよ~!)
しゅん、と落ち込み、目尻に涙を浮かべて、持ってきていた分厚い本をキュッと胸に抱きしめる海端を見て、千司は大いに興奮していた。
異世界に召喚されて以降、彼女が関わっているのは千司だけで、それ以外ではせいぜい専属メイドのムーニが一人。そして千司により日本に居た時よりもコミュニケーションを必要としない状況で生活していた彼女は、それをより拗らせてしまっていた。
その結果が、目の前の半べそ教師である。
「そんな顔しないでくださいよ。ダンジョンから帰ってきたら、その時は一緒に読書しましょう」
「む、無理だよ!」
「どうして?」
「だ、だって私、多分死んじゃう、から……ダンジョンで」
「大丈夫ですって。先生から目を逸らさないようリニュにも頼んでますから」
「でも、でもぉ……」
不安げな表情を浮かべる海端。
彼女に休日のことやダンジョン遠征のことを教えたのも当然千司である。
そして彼女は訓練はしていないけれど金級勇者。一人の不参加を認めれば、他の上級勇者から不平不満が募る。それが『訓練をサボって引きこもっている』人間に忖度した物ともなれば、尚更だ。
その為、彼女は訓練なしにダンジョンへ赴くことになり、ここまで怯えているのだった。
千司としても、折角ここまで懐いている金級勇者を危険にさらすようなことはしたくなかったが、こればっかりは仕方がないと、リニュに事情を話して海端を守るよう依頼したのだ。リニュも、訓練に参加していないのでは仕方がない、と了承してくれた。
「では、今日の夜空いてますか?」
「……え? う、うん……空いてる、けど?」
「お話があるので、部屋に居てください」
千司の言葉を受け、一瞬呆けた表情を見せた海端だったが、言葉を飲み込み、意味を理解して、だんだんと顔が朱色に染まっていく。
耳まで真っ赤になった彼女は、二、三度小さくうなずき――。
「わ、わかっ、た……じゃ、じゃあまた……っ!」
分厚い本を強く胸に抱き、足早にトテトテと去って行った。
§
部屋に戻った千司は国から支給された私服に袖を通す。
備え付けの姿鏡で確認。問題はない。準備万端だな、と思ったところで部屋の扉がノックされる。開けると、そこにはライカの姿。
「良くお似合いです」
「ありがとう。それで何か用?」
「出かける勇者様方に最終確認をしろと上からの指示です」
「わかった。言ってみろ」
執事は懐から紙を取り出し、読み上げる。
「ひとつ、王都から外には出ないこと。
ひとつ、勇者だと民衆に明かさないこと。
ひとつ、監視員が付いていることを忘れないこと。
ひとつ、門限は午後四時を厳守すること。――基本的なことは以上となります」
「だいたい普通のことだな」
「普通にしていれば問題ないと言うことでもあります」
「だな。了解した」
「一応、こちらの紙をお渡ししておきますので、もしもの時はご確認ください。それと、こちらも」
そう言って彼が取り出したのは、注意事項を記していた紙とは別の羊皮紙。先ほどの物とは違ってあまり上等の紙ではない。
受け取って確認してみると、それは王都の地図。要所要所に「このお店は美味しいです」「この路地は少し治安が悪いです」など、注釈がなされている。
「これは……」
「その、不格好ながら私の手作りとなります。よければご活用ください」
「命令されていたのか?」
「いえ、今回のお出かけは女性の方とのものだとお聞きしておりましたので、お役に立てるかな、と思い……ご迷惑でしたか?」
「迷惑なわけないだろ。助かるよ」
「お役に立てたのなら何よりです」
千司は最近気付いたことだが、どうやら彼は執事として相当優秀な部類らしかった。全体的に気が利くし、細やかなサポートも欠かさない。呼べばすぐ現れるし、雑事もこなしてくれる。
先日下級勇者の男子に、執事はどんな感じかと聞いた際など、着替えを持ってきてくれる世話係、程度にしか認識していなかった。
その点、ライカは雑事の他にも調べ物を手伝ってくれたり、助言をくれたりと仕事以上の活躍をしてくれている。
そう言う意味では執事というより秘書の方が感覚的には近いのかも知れない。
「それじゃあ行ってくる。部屋の掃除は任せて大丈夫か?」
「はい、かしこまりました」
(是非とも、勇者だからではなく、俺個人に仕えてほしいものだな。ん~、何か土産でも買って帰るか)
何が良いかと考えながら、千司は部屋を後にした。
§
部屋を出て廊下を進んでいると、男子達が何やら騒いでいるのが聞こえてきた。視線を向けると、そこには下級勇者でオタクの辻本と、その友人の眼鏡が二人。その他にも数人の男子がこそこそと小声で話している。その中にはせつなの幼馴染み、夕凪飛鷹の姿もあった。
「何してるんだ?」
「奈倉……っ、えっと、あーいや」
なにげに夕凪とは初コンタクトの千司である。
突然声を掛けられたからか、その他の理由からなのかは知らないが、挙動不審になる夕凪。すると、彼の後ろから辻本が現れ「奈倉殿は知っているから問題なしでござる」と、オタク丸出しの口調で割って入ってきた。
「あー、それでなんの話?」
「実は彼のスマホの中に――adult video――があると聞き、鑑賞会を開こうという話になりまして、そこで拙僧のソーラー充電器ちゃんが唸りを上げるというわけでござる」
彼、と紹介されたのは夕凪だった。彼は恥ずかしそうに顔を伏せる。
「なるほどな」
「いや、まぁ、なんというか……」
「別に恥ずかしがることじゃない。俺のスマホも捜せば見つかると思うし」
「そ、そうなのか。よかった、辻本たちは入ってないって言うし」
「そりゃ、こいつらのスマホに入ってるのはAVじゃなくてエロ漫画だからだろ。なぁ?」
「えぇ、拙僧。二次元が主食なので。まぁ、たまに三次元も副菜として摘まみたくなるというか。……それで、良ければ奈倉殿もどうですかな? ここは男水入らず」
正直、男集まってAV見て何が楽しいんだ、と思ってやまない千司はこれを拒否。
「悪いな、今日は予定がある」
「そうでござったか。ではまた今度」
「あぁ、またな」
予定がなくても絶対に遠慮したいむさ苦しい鑑賞会。
彼らと個室でAV鑑賞会をするぐらいなら、ライカにセクハラして遊んだほうが数千倍は楽しいだろう。
辻本たちに別れを告げて王宮の入り口に向かおうとして、――夕凪に引き留められた。
「なぁ、奈倉。聞いて良いか?」
「あん? なんだ」
「あー、っと、その……えっと……」
しばらく言い淀む夕凪。
「何もないなら、急ぐしもう行くぞ」
「あっ、っと。その……今日の予定って、なんだ?」
意を決して口にした言葉。それはきっと千司の服装と今日に至るまでの行動を見て、とっさに直感したこと。彼が聞きたいのは千司の予定ではなく、千司は『誰と』予定があるのか、ということで――つまり彼の質問を正しく直すのであれば。
――『お前は今日、雪代せつなと過ごすのか?』
となる。
(まぁ、答える義理なんざないがな)
「さぁ? お前には関係ないだろ」
「……っ」
素っ気ない千司の返答に、夕凪は苦虫をかみつぶしたように顔をしかめるのだった。
§
夕凪達と別れて王宮の玄関に辿り着く。重要施設の入り口と言うこともあり、一際装飾が豪華な同所にはすでに雪代せつなの姿があった。
半袖に、膝上のふわりとしたスカート。涼し気でシンプルながらも、彼女の素材の良さが際立つデザインである。
千司の接近に気付き、せつなが笑みを浮かべる。
そして手を上げ声を掛けようとしたところで――横合いから誰かの突進を受けた。
「や、やっほ、奈倉くん! 奇遇だね!」
「お、おう、天音か。どうした?」
顔を僅かに赤くしながら元気よく話し掛けてきたのは天音文香。アドバイスして以降、彼女の体調は回復し、メンタル面も落ち着いたことに感謝しているのか、ここ数日でよく話すようになった相手である。
天音は赤い顔を手で扇ぎながら、
「いやー、今日は暑いねー」
「良い天気だからな」
「だね、うん! ……じゃ、じゃあ良い天気だし、休日だし、良かったら今日一緒に出かけない?」
今日は本当に良く誘われるな、と思いつつ、しかしその提案を断ったのは千司ではなく、不機嫌そうな顔で近付いて来ていたせつなだった。
「出かけない。今日は私と出かけることになってるから。……だよね?」
「あぁ、そうだな。悪いな天音、数日前から約束してたんだ」
せつなのパスを受け取り、天音の誘いを断る。
すると、天音は千司とせつなの顔を交互に見比べて、一歩下がった。
「そ、そっか。じゃあ仕方ないね」
「悪いな」
それまで元気いっぱいだった表情が、若干曇ってくる。
改めて彼女を見ると、服は支給される物の中から自分に似合うコーデを見つけたのか上手に着飾っているし、髪も丁寧にセットされている。いつもと違う雰囲気は、おそらく化粧もしたのだろう。
それもこれも、全て千司のため。
しかし、誘いは断られ全部無駄だったと知り、肩を落とす天音。
(……なんでこう、海端ちゃんといい、天音といい、こんな嗜虐心をくすぐる顔をするのか。是非とももっと絶望した顔を見たくなるじゃないか)
「明日はちゃんと見送るし――ダンジョンから帰ってきたら、どこか行くか?」
「……ほんと?」
千司の提案に、せつなからは鋭い視線が飛んでくるが、ここは無視。今は天音のフォローに従事する。彼女に見限られるわけには行かない。機嫌を取って、好感度を稼いで、是非とも自身の駒として働いて貰わねば困るから。
「もちろんだ」
「わかった。……ま、まぁ、彼女といちゃいちゃするのは良いけど、友達も大切にしてね! とだけ伝えて、私はドロンさせて頂きます」
「わかってるよ。じゃあな」
「ん……それじゃ」
きびすを返して王宮内に戻っていく天音。
その背中が見えなくなるまで見送っていると、せつなが上擦った声で口を開いた。
「……か、彼女じゃないんだけど」
「じゃあ、否定すれば良かったじゃん」
「千司がしてよ」
「えぇ~、めんどくせぇ」
「だ、だったら私も……めんどくさい」
語るせつなは首に手を当て、視線を逸らしながら頬を朱色に染めていた。
そんな彼女の顔を千司はじっと見つめる。すると、視線に気付いたのか彼女も見つめ返して――逃げるように視線を切って、外へと続く扉をくぐった。
「い、行こ」
「だな」
休日デートが始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます