第3話 状況把握
案内された部屋は安いビジネスホテルほどの広さだった。
と言ってもトイレも風呂もなく、質の良さそうな机と椅子、棚、それとベッドが置かれている程度だが。トイレは共有の物があり、風呂も大浴場があるそうな。
少し不便だとは思いつつも、クラスメイト達は二年生の時に赴いた修学旅行を思い出して若干テンションを上げていた。
早速仲間内で集合し、状況に対して話し合いを始めるクラスメイト達に対して、千司はベッドで横になりつつ所持品を確かめる。友達が居ないので仕方が無い。
所持品は制服上下、ワイシャツ、財布、スマホ。
あまりにも貧相な装備品である。とてもではないが勇者とは言えないだろう。千司は勇者ではなく『裏切り者』だが。
スマホの電源を入れると当たり前だが電波は飛んでいない。充電器もないので無用な電力の消費は避けるべきと電源を落とし、次に部屋の中を物色する。
すると棚の中に衣服と下着類が入っていた。千司が身に着けている物より質は悪いが、特に気にしないのでどうでもいい。
暇になったので偽装スキルについて検証しようかとも思ったが、いつ歓待の宴に呼ばれるかもわからない。
結局、千司はベッドの上で横になりながら殺害計画を考え始めるのだった。
§
しばらくして一人の男性が呼びに来る。
夕食の準備が出来たらしい。
彼は千司たち勇者の世話係を任された執事である。一人一人にそれぞれ専用の使用人が付くとは、先ほど語ったライザの言。ちなみに女子はメイドらしい。千司としてもメイドが良かったが、仕方が無い。
なんでも過去、男の勇者との間に身ごもったメイドや、逆に女の勇者を孕ませた執事が居たのだとか。
戦ってもらうために召喚したのに戦えなくしてどうするんじゃい、ということで男には男の、女には女の世話係が付くことになったそうだ。
千司としてはそちらの方が殺し易くて助かるのだが。
それはさておき、専属執事に案内されつつ大広間へ。
真っ赤な絨毯にバイキングのようにテーブルが並んでいる。立食形式の宴のようだった。
壁に飾られている絵はどれも見るからに高価そうであり、天井には煌びやかなシャンデリアがぶら下がっている。
入口の向かいには壇上があり、宴の進行や全体への話はそこで行うのだろう。
クラスメイト達はすでにほとんど揃っていて、それほど待つ間もなく宴は開始された。
会場の隅では音楽隊が曲を奏で、会場にはライザ王女の他にも身なりの良さそうな人々の姿があった。
彼らは白金級、金級勇者を中心に声をかけては何かを話していた。
それらを横目に、千司はバイキングの肉を食らう。これがまたうまい。
(これはうまいな。ジューシーな脂が云々……とにかくうまい)
ぜひお代わりをば。
皿を抱えて肉の下へと赴くと、同じ考えを抱いたのか一人の少女が居た。
肩より少しだけ長い黒髪を揺らし、釣り目がちな瞳で肉を捉える彼女はクラスメイトの
普段クールな印象の彼女だからこそ、目の前のギャップに思わず苦笑。
しかしせつなは肉を睨むだけで、なかなかトングに手を伸ばそうとしない。
「どうした?」
「あ、えっと……奈倉くん、だっけ。別に」
そっぽ向いてどこかへと行ってしまいそうになる彼女の背中を呼び止める。
「取ればいいんじゃないか?」
「……取っていいのかな。さっきも食べたから何か悪くって」
「日和るのは構わんが、俺はとっていくぞ。うまいからな」
「別に日和ってるわけじゃ……って、なんか変なの」
「何がだ?」
聞き返すと、せつなは訝しんだ表情で千司を見つめている。
「だって、学校じゃ一回も話したことないのに。奈倉くんってそんな人だったんだ」
「あぁ、こんな奴だ。雪代は思ってた通りだな」
「日和ってるってのが?」
「いや、周囲を見て遠慮をしているところが、だ」
周囲を見ると、話しかけられている金級勇者の中にせつなの幼馴染である男子の姿があった。学校ではよく彼と話をしているのを目撃した物だ。
つまり、おいしいからこそ、彼の分も取ってしまうのはいかがなものなのか、とそう考えたのだろう。
「雪代は優しいんだな」
「別に……」
因みにぼっちなのに二人が幼馴染と知っているのは、調べたからである。
千司は異常者であることを自覚しており、それゆえ周りの常識に合わせて生きてきた。そして周りに合わせるためには、まず相手を知らなければボロが出てしまう。なので、人間観察は怠らない。
千司の言葉に、そっぽを向いて否定を口にするせつな。しかし口とは裏腹に皿に大量の肉を乗せていく。
「そんなに食わなくても」
「一人で食べるわけじゃない。あいつの分も取っておこうかなって」
そう言って彼女が見つめるのは幼馴染みの少年。
「なるほどな」
「うん。……それに、いつまでこんな待遇を受けられるかわからないから」
「それは、上位の勇者以外はいずれ見捨てられると?」
「理解が早いね。そう。奈倉くんも私と同じ銅級勇者でしょ? 覚悟しといた方が良いんじゃない? それじゃ」
踵を返すせつなの背中を、千司は意外なものを見つけたと言わんばかりの目で見送る。
まさかこの状況で、ここまで冷静に物事を判断できているとは、驚きである。
はっきり言って見捨てられる可能性は充分にあるだろう。身なりのいい人たちが白金、金級勇者にのみ話しかけていることから、少なくとも
それはさておき、彼女の頭の良さは自身にとって吉と出るか凶と出るか。
(場合によってはさっさと消すか? それとも騙くらかして利用するか)
とりあえず学校での彼女の成績はどんなものだったかを思い出しつつ肉を貪っていると、不意に篠宮の声が響いた。
「みんな聞いてくれ! この世界の人々は、俺たちが考えていたよりも危機に瀕しているようだ! 女子供は攫われ、虐殺される村々も後を絶えない! この惨状を聞いて、俺は放っておけないと思った! だからこそ、考えを改めて積極的に魔王討伐に挑もうと思う! まずは明日から行われる訓練に真剣に取り組もう! ――世界を救うのは俺たちだ!」
彼に話しかけていた誰かに何かを吹き込まれたのだろうか。
千司はかけらも興味がなかったが、篠宮は続ける。
「そしてこれは俺たちにとってもプラスに働く! そう、早く倒せばそれだけ早く帰れるんだ! だから皆! 一致団結して頑張ろう! 皆一人一人がそれぞれに出来ることを協力し合えば、できない事なんてないんだから!」
茶番だな、と千司が肉を頬張ろうとして、しかし一つ、同調の声が上がる。女子だ。確か学校に居た時から篠宮に惚れていた。
そんな彼女に続くように数人、また数人と同調が膨らみ、それは圧力となって徐々にクラスの空気を変貌させる。
そして、あっという間に誰も口を挟めなくなり、クラスは一丸となった。
(……まずいな)
肉が、ではない。
一丸となられることが、だ。
篠宮の言葉は正直どうでもいい。
早く動くことによるリスクはあるものの、そそのかしたのがこの国の人間ということは、
犠牲のほどがどれだけ出るかは知らないが。
だからこそ、彼らの考え方には
だが、一丸となられるのは非常に困る。
『裏切り者』として動きにくくなるからだ。
犠牲は出るが魔王を倒せる、ではダメなのだ。
全員犠牲になって貰わなければ困る。
仮に魔王が倒せずに犠牲だけが生まれたとしても、生き残った勇者は勇者の中でも特に強い者たちとなることは間違いない。ならば、そこに付け入る隙は少なくなる。
はっきり言って『裏切り者』である千司のステータスは低い。銅級と銀級のちょうど間、と言った塩梅であり、仮に白金級が三人残ると、殺害は難しいどころか間違いなく不可能。
付け入る隙を作るには――白金級同士、あるいは『白金級』対『複数の金級』の内ゲバによる殺し合いは必要不可欠だ。
それ故に、まとまってもらうのは非常に困る。
(さて、どうしたものか……)
千司は周囲を見渡して、再度じっくり策を練り始めた。
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