8.
翌日、異様に重く感じる身体を引きずってアパートを出ると、毎朝何食わぬ顔で待っていてくれた未来の姿はなかった。予想はしていたけど、誰もいないアパート前の様子は思った以上に気が滅入る。いつの間にかわたしはこんなに孤独に弱くなっていたのかと、自分の有様に落胆と自嘲の混じった苦笑いをこぼした。
「ひどい顔してるわ。でも落ち込んでる姿もそそる」
「誰のせいだと思ってるの」
「さて誰かしら」
またしても正面入口でわざわざ待ち伏せておいてすっとぼけてみせるのは、今日も今日とて美貌に一点の曇りもない一夏だ。
「その様子だと海来にはフラれちゃったみたいね?」
「なんでわたしが告ったことになってるのよ」
「あら、違ったかしら」
憎たらしいやつめ、と思うものの、今朝は反論する気力もない。何より事実はどうあれ気持ちのうえではフラれたというのもあながち間違いではなかった。海来の前から逃げ出したのはわたしなのに、一人で登校しているとまるで見捨てられた気分だ。
「わかったでしょう。好きなものを誤魔化して生きるのってどういうことか」
「……海来のことを言ってるなら、わたしにはわかんないよ。あんな風に誰かを好きになったことないもの」
「違うわ、あなた自身のことよ」
「わたしが好きなものを誤魔化してるっての?」
「そうでしょう? 海来と一緒じゃないってだけでそんな死にそうな顔をしておいて、あの子のことなんて別に、とでも言うつもり?」
「……え?」
さも当然でしょう、という様子で一夏が口にした言葉が、まだ半分眠っていたわたしの頭を叩き起こした。
「呆れた。この期に及んで本当に気づいていなかったなんて、海来に同情するわ」
「え、いや、だって、え?」
「大方、恋愛感情と友情を切り離して考えすぎていたんでしょう。あなたに恋愛なんて十年早いわ。まずは誰かを好きだって認められるようにならなくちゃ」
「でも、わたし」
「女嫌いのあなたが、一緒に登校できないだけでそんなにしょぼくれるほど海来のことが大好き。いまはそれで十分でしょう。なんなら次に海来に会ったら触ってみなさい。それで全部ハッキリするわ」
「…………」
まったく、と鼻を鳴らしながらどことなくしてやったりと満足げな様子の一夏をぽかんと見つめる。最初に会った時の傍若無人ぶりはどこへやら、物言いは似たり寄ったりなのにまるで別人だった。それとも、彼女のことをよく知る人物にとってはあの過激なファーストコンタクトよりも、こちらの方が彼女らしいというのだろうか。
ふと眠そうな目の後輩が「言ったとおりでしょう?」と微笑む姿が脳裏をよぎった。
「何かしら、そんなに見つめて。やっと私の美しさに気づいたのかしら?」
「……世話焼きってほんとだったんだね」
「ふふ、もちろん。私、好きな人に嘘はつかないようにしているの」
あとはその軟派なところだけ直せばもっとモテるだろうに、と思ったけど、これ以上褒めるのは癪だから言わずにおいた。
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