独占

1.

「なぁ、上谷。お前っていま、好きなやつとかいる?」


「……なんだ、藪から棒に」


 脈絡のない俺の質問に、上谷は眼鏡を指で押し上げながら手元の書類から顔を上げた。蛍光灯の真っ白い明かりを反射して、眼鏡も白く光る。


「いや、ほら、もうすぐクリスマスじゃん? 何か予定とかあんのかなーと思って」


 予め用意していた俺の答えに、上谷は「そういうことか」と頷いた。


「好きなやつもいなければ、クリスマスに予定もないよ。例年通りなら、家族でケーキをつつきあうくらいだ」


これといって思うところもなさそうにあっさりと答えが返ってくる。まぁ、こいつはそういうやつだ。


「吾妻こそどうなんだ、って聞くまでもないか。クリスマスを一緒に過ごす相手がいるなら、こうも毎日用もない生徒会室に来たりしないよな」


 上谷は口の端を吊り上げて笑う。多少面長である点を除けば細い目と眼鏡に綺麗な鼻筋、尖りがちな口元から理知的な印象が強い男だが、笑うとどうして、整っていた容貌がずいぶんちぐはぐな印象に見える。


 笑い慣れていないからだろうな、と思う。付き合いは長いが、こいつが声を上げて笑ったところなど数えるほどしか見たことがない。たまに笑ったと思えば皮肉げで、そりゃ同級生からとっつきにくく思われるだろうよ、という感じだ。


「まぁ、おっしゃるとーり、俺もクリスマスに予定なんてないよ」


「お互い寂しいクリスマスというわけだ」


「家族と過ごすんじゃなかったのか?」


 一応そう返すと、まぁそうだが言葉尻を拾うな、と鼻を鳴らされた。要するに、いまこの生徒会室にいる野郎二人は、揃って恋人はおろか友人と過ごす予定さえ無かった、ということを言いたいのだろう。


 寂しいといえばその通りだが、予想と期待通りでもあった。これで上谷の方に予定があるなどと言われたら俺は冷静でいられる自信がない。動揺で何を口走ってしまうやら、自分でも予想がつかないくらいだ。


 とどのつまり、俺はクリスマスをこの上谷と過ごすべく、誘いの言葉をかけるタイミングを伺っているわけなのだった。


「上谷は毎年家族とクリスマスなんだっけ?」


「まぁ、そうだな。うちは妹がいるし、ここ数年は家族で過ごす日だ」


 ……これは喜ぶべきか否か。上谷が俺の知らないところでクリスマスを楽しんだ話などされたくもないが、とはいえ毎年恒例で家族と過ごすのであればちょっと誘いをかけにくくもある。


 まぁ本人の堅物らしい雰囲気に反して上谷ファミリーはおおらかな人たちだから、長男がクリスマスに予定を入れたからといって怒ったりはしないだろうが、上谷本人が納得するかどうかはまた別の話だ。


 とはいえ、とはいえだ。十二月も半分を過ぎて、冬休みまであと一週間をきった。クリスマス前に約束を取り付けようと思うなら怖気づいてばかりもいられない。


「あー、そのだな」


「言いたいことがあるならハッキリ言えよ。お前の頼みなら大抵のことは考えてやる」


 あ、考えるだけなんですね。むしろ俺以外の頼みだったら考えるまでもないのか。それはちょっと嬉しいような、それはそれで問題だと思う。


「どうせなら独り者同士、クリスマスにどっか遊びに行かねーかな、と」


「ん? それは、お前と二人でか?」


「お、おう」


 即座に二人だけかと問われて心臓が跳ねる。こいつと二人で遊ぶのなんて珍しいことじゃないが、クリスマスに二人で、というのはやはり多少なりとも意識が違ってくるものだろうか。


「……まぁ、いいか。たまにはそういうのも悪くないな」


 少しの間を置いて、上谷は頷いた。


「それじゃ、待ち合わせだけど」


「ああ」


 どうにか了承を取り付けて、俺はほっと胸をなでおろした。


 まずは一安心、第一段階クリアだ。とはいえ、クリスマスに一緒に出かける、というのは最低限の前提条件でもある。最初の山を越えたという安堵。これからが重要だという緊張。それから当日を楽しみにする期待が混ざりあって、心臓が落ち着くまでそれなりの時間を要した。

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