第六話 銀色のドラゴン
荷車で運んできた荷物は、レキウレシュラの人たちが手分けしてどこかに運んでいった。倉庫とか、保存するための場所があるんだと思う。
旅の埃を落として着替えて、それから広い部屋に連れていかれて、そこで温かなスープをもらった。何かの肉と芋のような食感のものが煮込んである、素朴な味わいのスープだった。
レキウレシュラまでの旅の間は野宿も多くて、火を使う必要のない保存食を口にするだけのことも多かったから、温かなスープは久しぶりだった。それに持っていた保存食は固いものが多かった。
美味しくなかったというわけではないけど、固くて塩味の強いものばかり食べてると飽きてくる。旅の大変さにももう慣れたし、そういうものを食べないといけないことがあるというのもわかってはいて、だからきっとこの感想は俺が贅沢なだけ。
でも、だからだと思う。肉の味のスープが染み込んだ芋みたいなものが口の中でほろっと崩れたときに、温かなスープが口に広がって喉を流れ落ちるときに、しみじみと美味しいと思ってしまった。
シルはその芋のようなものを口いっぱいにして、食感を楽しんでいるみたいだった。見ている方としては喉に詰まらせはしないかと不安になるくらいだったのだけど、本人は幸せそうに目を細めていた。
スープを食べ終えた後、ハクットゥレさんが「
ハクットゥレさんはシルだけを連れてゆくつもりだったらしい。ドラゴンの血を持たない人が入ってはいけない、と言われた。
レキウレシュラでも、ドラゴンの血が強い人しかドラゴンには会えないのだと言う。シルはドラゴンの血が強いから問題ない。でも、俺はただの人だから駄目。
「ユーヤと一緒が良い。ユーヤと一緒じゃないなら、ドラゴンに会わなくても良い」
俺は大人しく待っているつもりだったんだけど、シルが俺の手を離さなかった。ドラゴンを探しにここまで来たのに、と思ったけど、俺の腕にしがみつくシルを見て、シルも一人だと不安なんだろうと気付いた。
ハクットゥレさんは困った顔をした。ハクットゥレさんはどうやら、シルをドラゴンに会わせたかったらしい。それは多分、シルのドラゴンの血が強いから──シルの場合は血が強いも何もドラゴンそのものなんだけど。
シルと、レキウレシュラにいるらしいドラゴンを会わせることにどんな意味があるんだろうか、とぼんやり考えたけど、それらしい理由は思い付かなかった。
結局その日はそのままハクットゥレさん一人でドラゴンのところに行ってしまった。
空いている部屋に案内されて、そこで寝て次の日、朝ご飯に昨日と同じスープを食べながらハクットゥレさんはまた「
ハクットゥレさんの心変わりの理由はわからない。そこまでしてシルをドラゴンに会わせたいということなのかもしれない。
温かい格好をするように言われて、俺は厚着をする。シルにも同じように服を着せたら、ハクットゥレさんは不思議そうな顔をした。
「ドラゴンの血が強いから、必要ないだろうって言われた」
厚手の布を肩に羽織ったシルが、そう言って首を傾ける。
「シルは、寒いとか暑いとか、あまり気にしたことないよね」
「わからない」
「シルは多分、温かい服を着なくても大丈夫なんだと思うよ。なんとなく、一緒にいるから服を用意してはいたけど、今は無理に着なくても良いよ」
俺の言葉にシルはしばらく考え込んでから首を振った。
「ユーヤと同じように着てたい」
ハクットゥレさんは変わらず不思議そうにしてたけど、それ以上は何も言わなかった。
レキウレシュラの洞窟の中を下に降りる。その行き止まりに木でできたドアがあった。それを開いたらまた降りる階段。ドアの向こうは空気がひんやりとしている。
降りて、ドアを開けて、降りて、またドアを開けて──ドアを開ける度に空気が冷たくなっていった。
そうやって何度目かのドアを開けたら、空気が一段と冷たかった。空気の冷たさに喉がぎゅっと締まって息苦しいくらいだ。
見回すほどの広さがある空間だった。あちこちの地面や壁から、氷が生えている。氷だけじゃない、ラハル・クビーラに似た透き通った石もある。天井から垂れ下がった氷と、地面から生えた石がくっついて柱のようになっているところもあった。そのせいで見通しは悪い。
アズムル・クビーラを見に地下に降りた時のことを思い出した。この光景はあれに似ている。
ハクットゥレさんが俺とシルをちらりと見て歩き出す。ぼんやりと周囲の氷と石を見回しているシルの手を取って、ハクットゥレさんを追いかける。
その空間の広さは、シルと最初に会ったあの部屋くらい。その奥の銀色の塊を、俺は最初大きな氷だと思った。でも近付くと、規則的なシューシューという音が聞こえた。それに合わせて、その銀色の塊はわずかに膨らんで、また戻ってを繰り返していた。呼吸の音と呼吸する生き物の動き。
その輪郭を視線で辿って、床に置かれた頭を見付けてしまう。眠っているのか目は閉じている。そして、その首に金色の光の輪があるのも見えた。
それは銀色のドラゴンだった。たくさんの氷と冷たい石に埋もれるように眠っている。
最初に会った時のシルによく似て──でも、シルよりも少し大きいような、いや、それももうだいぶ前のことだからあまり自信はない。
床に投げ出されている前足にも、金色の光の輪があった。シルと同じだ。
周囲にある石は、やっぱりラハル・クビーラと同じものなんだと思った。このドラゴンが持っている何かの力。そしてきっと、このドラゴンもこのままなら、タザーヘル・ガニュンで見た
シルの手が、俺の手をぎゅっと握る。その指先の冷たさに、俺は最初にシルに会った時のことを思い出していた。
もし、シルがあの場所であのままもっと長い時間を眠り続けていたら、いつかはこうなっていたんじゃないだろうか。
目の前のこのドラゴンの姿は、きっと未来のシルの姿だ。そして、タザーヘル・ガニュンの
シルの手をぎゅっと握り返しながら、ここが、旅の終わりなんだと思った。
『第十六章 竜の巣』終わり
『第十七章 旅の終わり、そしてドラゴンの少女と』へ続く
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