第六話 ポルカリの蜜漬けと魚の鱗

 ポルカリのメリ漬け。それを生地に混ぜ込んだ焼き菓子だった。

 四角くて細長い型で焼かれたそれを切り分けて売っている。こういうの、パウンドケーキって言うんだったっけ。


 甘酸っぱいにおいに、シルと二人で足を止めて、顔を見合わせる。そして、何も言わなくてもお互いの気持ちがわかってしまって、笑ってしまった。




 二切れ買って、シルと二人で一切れずつ食べた。

 しっとりとした生地の中に、甘酸っぱいポルカリがたっぷりと入っている。

 そのまま食べた時にはびっくりするほどに酸っぱいポルカリだったけど、メリの甘さと一緒に口にすると、なんだか優しく感じる。メリのどろりとした甘さも、ポルカリの酸味で爽やかに感じる。

 その甘酸っぱさの中に、少しだけ感じる皮の苦味。そして、しっとりとした生地がそれを包み込んで、そして、とても美味しい。


 一切れなんかあっという間だった。


「もう何切れか買おうと思うけど、シルはどうする?」

「食べたい!」


 結局、追加で買ったのは四切れダナ

 シルに二つ、俺も二つ


 それもあっという間に食べてしまった。




 ポルカリのメリ漬けを詰めた瓶が並んでいて、それを二瓶買った。美味しかったのだ。

 それに、次に船に乗る時には、ポルカリを買って持っていこうとも思った。気分が悪い時にはポルカリが良い。

 ポルカリをくれたあの船員さんにはもう会えないかもしれないけど、もしまた会ったら、きちんとお礼を言いたいなと思う。




 雑貨屋か土産物屋だろうか、店先にテーブルを出して商品らしきものが並んでいる。

 その中に木のスプーンが並んでいるのを見て、ふと足を止める。


 ポルカリの蜜漬けを買ったは良いけど、食器を持っていないことに気付いたのだ。このままだと指で掬って食べることになってしまうということに、そのスプーンを見て思い至った。

 小さな木のスプーンは、さっき買った瓶の中にも入りそうだ。


 店先で小さな椅子に座ってポルカリジュースを飲んでいたおじさんが、足を止めた俺とシルを見て立ち上がる。

 俺は先手を打って「ココ少しだけポケ言葉パーレ」と呪文を唱える。おじさんは、ちょっと面食らったような表情で「トゥットゥ」と言った。


 シルを振り返ると、シルはテーブルの上に置かれた小瓶をじっと眺めていた。


「気に入ったの?」


 俺が声をかけると、シルは小瓶から目を離さずに頷いた。


「うん、あのね、これキラキラして綺麗」


 俺も並んでいるその小瓶を見る。瓶の中には、半透明で、平ったい──なんだろう、大きめのスパンコールみたいな形のものが入っている。ぱっと見てボタンかと思ったけれど、それにしては随分と薄くて脆そうだ。

 その小瓶を通った光は、少しぼんやりとして、テーブルの上をキラキラとさまよっている。


 おじさんが、何かを説明してくれる。聞き取れる単語は少なかったけれど、ゆっくりと喋ってくれたので、いくつかは聞き取れた。

 何回も聞き直して、質問をして、それでようやくわかった。


 これは、魚の鱗だ。


 この辺りでよく食べられている魚の鱗。魚の名前がローモス。鱗はキリマ。

 でも、ローモスの鱗は特別で、ラク・メ・イオージア・エナと呼ばれているらしい。

 一つの雨の涙。いや、このイオージア・エナは、あの絵の女の人の名前だろうか。ややこしくて難しい。

 昨日食べたティナートに使われている魚もローモスだろうか。どんな魚なのだろうか。魚の全体像を想像して、俺はその小瓶を眺める。

 なんで瓶に詰めて売られているのかはわからない。何か意味があるのだろうか。


「ユーヤ、これ欲しい」


 シルが俺を見上げて、その小瓶を指差す。

 意味はわからなかったけど、シルが欲しがっているならそれで良いかとも思う。


 その小瓶を一つと、小さな木のスプーンを二つ、買った。




 宿屋の部屋で、シルは窓を開けて、差し込む光に小瓶をかざす。

 シルが小瓶を動かすと、屈折して少しぼんやりした光が、部屋の石壁の上をくるくると踊る。


「魚の鱗なんだって」

「鱗?」


 シルが、俺を振り向いて瞬きをする。


「魚の体の表面に付いてて……そういえば、ドラゴンも鱗って言うよね、魚とはつくりが違うみたいだけど」


 初めて会った時のドラゴンの姿を思い出す。


「わたしにも、これが付いてる?」

「シルのは……こんな風に一枚一枚剥がれないんじゃないかな、詳しくないけど」

「そっか……これとは違う」


 シルは小瓶を光の中に持ち上げて、乱反射する光を眺めた。


「この魚の鱗はすごく綺麗。ねえ、ユーヤ、わたしの鱗は? わたしの鱗、綺麗?」

「うん……すごく、綺麗だった。白銀色で、キラキラ輝いてて」


 シルの言葉に頷いて、素直な感想を口にする。ドラゴンの姿を褒めるのは、なぜだかあまり照れずにできた。


「わたしの鱗も綺麗! キラキラするの、好き! それ、すごく良い!」


 シルははしゃいで、小瓶を持ったままくるりと回る。小瓶が反射する光が、部屋の中をぐるりと動く。

 シルの髪の毛が動きに合わせてふわりと広がって、窓から入る光を受けてキラキラと輝く。涙の石カルコ・メ・ラクが胸元で跳ねて、それも輝いている。

 そして、シルのアイスブルーの瞳は、キラキラと、その胸元の石よりも手の中の鱗の小瓶よりも、ずっと強く輝いていた。




 結局、ドラゴンの島ニッシ・メ・ラーゴにドラゴンはいなかったし、ドラゴンのこともあまりわからなかった。

 シルの好きなものは、また増えたけど。




『第三章 女神の島々』終わり

『第四章 森と洞窟の国』へ続く

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