第一章

 一つの桟橋に艦艇が一隻碇泊している

 艦体の最上部である最上甲板を、航空機の運用を主目的とした小面積滑走路、全通甲板として整備した艦を一般的には航空母艦と呼ぶ。

 ここで「一般的には」と入るのはこの艦艇らしきものが航空母艦としてはあまりにも大きいということと、両舷にも艦艇らしからぬ用途不明な巨大部品が大量に組み付けられているからだ。

 その巨大な部品の上には服を着ていない女性の様な物が数十体ほど動いていて、何かの作業をしていた。

 服を着ていない女性の様な物といえば、それは女性型の人型機械である自動人形オートマータであるのだが、彼女たちの仕事は機械神の常態維持。では何故この空母の様な形をしたものの上にいるのだろうか。

「機械神操士補、リュウガ・ムラサメ」

 全通甲板の上から男性の声が聞こえてきた。

 式典が始まったのかと自動人形達は判断し、整備作業を中断して機内に入り、姿を消した。その式はささやかなものではあるが、彼女がこの機の本当の意味での主になる式。変に邪魔になっては悪い。

「はい」

 続いて女性の声。甲板の方に目を移すと、何も置かれていない広大な一角に空母らしく艦橋が右舷寄りに建てられており、その脇に男性と女性が向かい合って立っている。男性は小柄で女性は背が高い。相手を見下ろす様にぎこちなく立っている長身の彼女こそ、リュウガである。あれから成長し、少女と大人の中間くらいの容姿となっていた。

「本日付を持って貴殿を機械神正操士として任命し、機械神十三号機の主任操士として正式配属となる。付け加えて貴殿の通り名である紅蓮の死神を今後は正式な暗号名コードネームとする」

「はい」

 彼女は大役の拝命に簡素な返事を一つ返しただけだった。

「これで世界を救うも燃やすもお前の自由だな」

「それ、前にもいわれたことあるんですよ」

 固苦しい雰囲気はこれで終わりと、二人して笑いあった。

「本当なら任命式ぐらいは師団長直々にやってもらいたかったが、知っての通り永年の不在だからな」

「どこかの地下迷宮で迷宮支配者を頼まれたまま出れなくなっているという話ですけど?」

「まあ、強い力を持っているとその反動で、一回封印でも食らうと数百年単位で身動きができなくなるからな。うちの師団長の寿命がどれだけあるか分からんが」

 途方にくれたように彼、黒龍師団副師団長が言う。副長である彼が黒龍師団を取り纏めるようになってから何年が経つのだろうか。

 黒龍師団とは機械神に関係する全てのものを管理運用する専門組織。

 頭頂高328フィート、重量10万瓲に達する巨大人型機械、それが機械神と呼ばれるもの。

 本来ならそれだけの超重機械を運用するならば軍隊に組み込んだ管理が適切だが「機械神は戦闘兵器ではない」という大前提が存在するため、このような正規軍隊からは独立した組織を必要とした。

 しかし機械神の支援を目的として作られた機械使徒は純然たる戦闘兵器であるのに所属は同じであるので、組織としてかなり複雑になってしまっている。そんな混沌となった組織を纏めているのだから、この副長はかなり有能な人物なのだろう。

「お前も強い力を持っているからな、気を付けろよ。お前ぐらいの強さのが封印でもされたら千年単位で出てこれないぞ、何しろ機械神を破壊した女だからな、紅蓮の死神さまは」

「⋯⋯肝に命じます」

 通り名を含めた副長の揶揄に、リュウガが昔日を思い出すように複雑な表情で答える。

 あの日。

 幼い頃のリュウガは機械神操士の適正試験を受けるため、機械神一号機・アスタロトの操士席に座らされていた。

 そして、リュウガの体の中に潜む火の力が何らかの反応を示し、アスタロトの頭部外郭を周囲で作業していた自動人形もろとも吹き飛ばした。損傷した自動人形の中には修理されて元通りになった個体もあるが、それでも二桁近い数が修復不可能なまでに破壊されたのは大きな問題であった。近くにいた半壊状態の自動人形が彼女のことを処刑しかけたのも当然とも言える。

 それだけの犠牲を払った試験であったが、どのような経緯の下でリュウガが適性試験を受けることになったのか、今となっては分からない。保護者であったというムラサメ研究室の者も、あの時の炎で全て灰になったとされている。残された研究室内にも資料と呼べるものは何も残されてなく、リュウガ達が暮らしていた痕跡が少し見られる位だった。

 だからリュウガが何者なのか、誰かが産み落とした人の子なのか、無から作られた生物兵器的な何かなのか、その根本すら不明。

 しかし、機械神の一機を部分的とは言え破壊したのは事実。

 彼女の他にも様々な能力を持つ者はいるが、機械神そのものを生身の体で破壊した記録を持つのは彼女のみ。おとなしそうに見える彼女に「紅蓮の死神」や「機械神を破壊した女」という物騒な通り名が着いてまわるのも仕方ない。

「さて、そろそろ俺は失礼する」

 副長は脇に置いておいたカンテラ型の道具を取り上げる。それは黒龍師団の中でも操士クラス以上に支給されている蒸気式発光信号器で、起動させてシャッターを開くと「式終了・回収求む」と信号を送った。

 その信号を受けて離れた場所で待機していた人型の物体が波を掻き分けて近づいてきた。機械神程ではないがそれに準ずる巨体、機械使徒。その中の四番機であるプルフラスが接近してくる。この機体は長らく副長付きの役目を任されている機である。

 プルフラスが飛行甲板ギリギリまで機体を寄せると、副長は軽い身のこなしで甲板を駆け、ちょうど目の前に迫った腰の辺りにそのままの勢いで飛び乗った。慣れた手付きで出入扉ハッチを開くと中に入る。プルフラス型は腰部に操作室があるので、この辺りが搭乗口になる。

「よし、出してくれリュウナ」

 操作室に入ると背後から操士に声をかける。指示を受けた機械使徒操士は無言のまま機体を出した。

「⋯⋯」

 副長を乗せたプルフラスが遠ざかると、辺りが静かになる。

「⋯⋯あ、あの、教官?」

 せっかく平静となった空気を壊すのを申し訳なく思うかの様な女の子の声が、小さく聞こえた。

「はい?」

 声がした方にリュウガが振り向くと、女の子が一人艦橋の陰から頭だけを覗かしてこちらの様子を伺っていた。彼女はダンタリオンと言う名の機械使徒の一番機機長である。

「どうしたんですかそんなところに隠れて?」

「い、いや、今日はムラサメ教官の晴れの舞台ですし、邪魔しちゃ悪いかな~と思って」

 そんな答えを聞き、リュウガは苦笑する。

 あの艦橋の裏にはダンタリオンに所属する女の子達が全員鈴なりになって隠れているのだろうと。そして一番機の機長である彼女が代表して様子を訪ねていると。

「その晴れの舞台はもう終わりましたよ。みなさんもう出てきても良いですよ」

 その言葉を聞いて、覗く頭が二つ三つと増え、我慢できなくなってきた娘達が一気に飛び出してきた。

「ムラサメ教官機械神正操士就任おめでとうございまーす!」

 リュウガはそんな風に叫びながら迫ってくる女の子の波に、全く抵抗も出来ずに飲み込まれた。


 リュウガは黒龍師団の中では、後進を育成する教官をしている。

 リュウガを手にいれるために動いた十三号機は焼き付いた炉を全て換装し、それと同時に副動力だけでも移動出来るようにと艦艇の形状へと組み換えられた。その後は何度も艦から人型への変形を行っているが、現在の十三号機が航空母艦の姿をしているのはその可変能力である。

 彼女は本日付で正式に機械神操士となったが、幼少時からすでに機械神操士補の役職が与えられており、十三号機も彼女の専用機として取り扱われている。そしてその専用機は正規から外れた機であり表舞台に登場することが無いのも事実。

 その経緯から彼女が後方支援的な役、後進の育成役が回ってくるのは自然な流れだったのかも知れない。

 リュウガが成長するに連れて十三号機を少しずつ動かせるようになるのと平行し、一つの新機軸機が建造されていた。

 機械神とは機械神だけで動けるものではない。内部に自動人形が乗り込み常態維持をしなければまともには動けない。機械神とはただ歩くだけでも何処かしら破損する。自動人形無しで無理に動かしたとしたら一回の出撃で何もしなくても大破以上になるだろう。

 ならば自動人形の数を増やせば良いのかというと、それが出来ない。彼女達は機械神が壊れたならば部品を丸ごと新造するだけの技術を持つのに、自分達と同じ物を作ることが不可能なのである。

 機械神は失われたら作り直せば良いが、自動人形は失われたら作り直せない。この矛盾が、同胞を失われることに対して敏感にさせている。

 そんな現状なのだが、自動人形達もただ手をこ招いている訳ではなく、様々な解決手段を模索してきた。

 ダンタリオンと名付けられた機体の建造もその一つ。この機は機械使徒でありながら、機体形状は機械神一号機・アスタロトとほぼ同一である。

 アスタロトは最初の機体ということもあって試験的な機構が幾つかあり、もっとも規模の大きなものが機体の分離機構である。鐘楼ほどもある大きな物体を迅速に移動させるために16の小型機に分離できるようにしたのだが、機体強度が低下するという理由で後続の機には取り入れられていないアスタロトだけの独自機構。

 しかして、自動人形の代わりに人間が乗り込んで常態維持を行う試作訓練機として、この複雑な機能が注目された。

 機械神の常態維持の為に自動人形が乗り込んでいる理由としては、高度な修理能力の他に、生身の人間が乗っていれば機体が動く度に壁に叩き付けられ肉塊になるのは必至だから、である。

 ダンタリオンの場合、通常は比較的揺れの少ない分離状態では各機に人が直接乗り込み修理や整備を行い、人型合体時には背部コンテナ内の大操作室に全員が集合し遠隔操作にて各部の常態維持を行う。その際は自動人形を簡素にした修理用人形を有線で操作する。

 また、機械神は通常4基の動力炉で動き、それは胸部、腰部、右肩部、左肩部の四箇所に入れられているのだが、ダンタリオンの場合は16の分離機全てに設置されている。これは訓練機という性質から、機械神が標準で搭載する炉の取り扱いも習熟できるようにという考えと、訓練機としても運用困難となった場合に各機を移動式動力供給施設として転用出来るようにという配慮による。

 結果的に建造にも運用にも手間の掛かった機体になったが、元の機械神に比べればとてつもなく能力の下がった機体であるのは否めない。訓練機の範疇を逸脱することもないだろう。

 しかし、自動人形の代替品を作り出す手がかりを得る切っ掛けが出来ればと建造が決定され、乗員が募集され、機械神操士として充分に習熟したリュウガが教官として任命された。そして現在に至る。

 ちなみにダンタリオンの乗員は全員女子である。これは自動人形が女性を模した機械であるのだから、まずは全乗員を女子にして様子を見たいという要請に基づくもの。芳しい結果が出なかったら男女混合もしくは男子に一新も考慮されているらしいが、今のところそれが実行される気配は無い。


 機械神十三号機が変じた巨大空母が海上を進む。その飛行甲板上には航空機の代わりに大小様々な形状も不揃いの物体が16機並んでいる。分離状態のダンタリオンを搭載し訓練海域へと航行中。

「場所はいつもの孤島です。到着後そこにて合体訓練」

 艦橋内の一室でリュウガの説明を各16機の機長達が聞いている。

 この艦は空母と言っても機械神が変形して出来たものなので通常の空母とは艦橋の作りは違うが、それでも数十人単位で入れる空間は幾つかあるので、その内の一つを会議室に使っている。

「その後は変形した十三号機を仮想敵として模擬戦闘。その後分離訓練の後に十三号機を旗機とした空中戦隊機動を行いつつ帰投にて、本日の訓練終了」

 リュウガは一気にそこまで説明した。

「まあ、いつもと同じですね」

 一気に説明しきったのは本日の訓練も特に変更も無いかららしい。

「あの⋯⋯教官?」

 機長の一人が恐る恐るといった風に訊く。

「なんですか」

「いつもと同じですーっていって、いつぞやの様に空母のまま体当たりしてくるってことは今日はないですよねぇ⋯⋯?」

 それを聞いて他の機長達から苦笑が漏れた。

 とある日の訓練、リュウガは直前になって体調が思わしくないのを知り、このまま機体を人型に変形させては危険だと判断、合体を完了させたダンタリオンに向かって航空母艦形態のまま突っ込んでいったのだ。

「あの時は『このまま空母のままで行きます』って無線入れたじゃないですか」

「いくら事前に無線があってもあんなものが全速力で突っ込んできたら対処出来ませんよ!」

 他の機長達の笑い声が大きくなる。

 海上を駆けた十三号機は浅瀬に乗り上げる勢いそのままダンタリオンの片足に衝突、相手を横転させた。勿論ダンタリオン側はいきなり白旗である。

「さっき『いつもと同じですね』っていいましたからね。今日は大丈夫ですよ」

「ほんとうですかあ~」

 リュウガの言葉が信用出来ないのかジト目になっている。他の機長も全員ジト目である。

「大丈夫ですよ」

 リュウガはそう言いながら自分の二の腕を触る仕草をした。

 この十三号機に乗り始めて随分と経つが、乗り慣れるということは基本的には無い。確かに操作法は習熟出来るが、変形一つさせるだけでも命懸けの要素は大きい。今は火傷程度で済んではいるが、少しでも気を抜いたら自分自身が丸ごと焼失してしまうのではないかと思う。機械神を破壊する程の火の力は自らも火炎に晒されて具現されるもの。

 しかしダンタリオンの乗員達には心配かけたくないのでその事は秘密である。だから空母のまま模擬戦を行ったのも教官の残念な一面位にしか思われていないだろうし、その方が良いとリュウガ自身も判断している。

「さて、時間ももったいないですからね。さっそく準備に入りましょう」

 リュウガがそう言うと「了解です!」と機長全員が唱和し我先にと会議室を出ていった。


 空になった飛行甲板に立つリュウガは蒸気発光器を使い「訓練開始」の信号を送った。無人島上空には、既に発艦した各機が滞空して待っている。「了解」と外部発光器から各々光の明滅を返し動き始めた。

 要となる一番機が所定の位置に着くとその下から腰部を担当する二番機が近付き接合される。これで胴体が完成、次に一番機左右に肩部を担当する三番機四番機が接合、主要となる部位が纏まり次は四肢の機体合体へと移行する。

 最も小型の機体である上腕担当の五番機六番機が肩へ接合され、それに下腕担当の七番機八番機が続く。

 脚の方も大腿部担当の九番機十番機、脛上部担当の十一番機十二番機、脛下部担当の十三番機十四番機、そして足部担当の十五番機十六番機と順序よく接合され、特に問題なく「合体は」完了した。

 そう「合体は」である。

「ここまではいつも通り問題なしですね」

 人型となったダンタリオンが無人島へとゆっくり着地するのを双眼鏡で確認していたリュウガは、片手に持つ懐中時計に視線を移した。時間もかかっていない、むしろ普段より早い。

「でも」

 再び双眼鏡を覗きながらリュウガが呟く。

「問題はここからなんですよね」

 そう、問題はここからである。

 各機の乗員が全員ダンタリオン背後にある大操作室に今から移動する。

 一番機担当の者などは少し動けば同じ機内であるので直ぐにでも到着するが、問題は四肢の末端の機、特に両足の十五番機と十六番機の乗員達の苦労は計り知れない。

 鐘楼と同じだけの高さを鐘楼より何倍も狭く複雑な通路を潜り抜け、ダンタリオン背後の操作室に辿り着かねばならない。

 昇降機、ラッタル、ハシゴ、機外をクライミングなど、とにかくなんでもやって上るのである。

「だからお尻を押すなエッチ!」

「女同士でエッチもあるか! 後ろがつっかえてるのよ!」

「甘いものを控えれば通路も通りやすいようお尻も小さくなるのでは?」

「うるさいうるさい! 甘いものぐらいお腹一杯食べなきゃこんなことやってられるかぁ!」

 そんな大騒ぎの挙げ句、合体は完了する。これが毎回である。

「やっぱりいつも通りの時間ですよね」

 全員が大操作室に移動完了して、ダンタリオンの方から「合体完了」の発行信号が送られてくる。再び懐中時計を見ると実戦にはとても耐えられそうにない時間が経過していた。

 実際には敵前で合体変形することなどないであろうが、それでもこのダンタリオンが訓練機の範疇を逸脱することはない理由がこれである。

「まあ事故もなく合体完了は出来たので今回も良しとしましょう」

 リュウガは時計をポケットにしまいながら独り語ちた。彼女達も全力でダンタリオンの中を駆けて這いずり回りこの時間なのだから仕方ない。乗員を男子に代える計画もあるが、女子よりも確実に大きい男の体では更に移動時間がかかってしまうのではと思う。機械神の内部通路は女性型機械である自動人形に合わせて作られている訳で、一号機を元にしたダンタリオンも作りは同じ。人間が基本は使用するとあって昇降階段や昇降機の類いは追加されたが、基本設計は大きく変わらない。それに自動人形は通常は衣服を着ていないので引っ掛かりも少なく、ここを作業服や戦闘服に身を包んだ男性が通るのは不可能ではないが困難としか言い様がない。

 リュウガはそう考えながら「合体訓練終了。模擬戦闘に移ります」と発行信号を送ると、荷物をまとめて甲板下にある機械神本来の操作室に入った。

 機械神の主操作室は全ての機体が頭部に存在し、正規から外れるこの十三号機もそれは同じである。

 リュウガはこの十三号機の操作に習熟するに連れて12基積まれた副動力だけでもある程度機体を動かせるようになってはいたが、大出力を要する作業、特に変形などは主炉である龍焔炉を起動させなければまだ出来ない。

 龍焔炉の起動自体は特に難しい操作は必要ない。起動を告げれば、後は勝手に操士の体を操作回路の一部として使って、十三号機が炉を動かし始める。

 この「操作回路の一部として」と言うのが問題であるのだが。

「⋯⋯行きます」

 リュウガは緊張した面持ちで息を吸い込む。体調が思わしくないのは感じられない。大丈夫。

「龍焔炉起動」

 開始の言葉を告げる。

 機体の鳴動。体の中に何かが流入してくる感覚。そして

「!」

 両腕が燃えるように過熱する。そしてそれは実際に火傷するほど。自分は火の力の特殊能力を持っているからか火傷くらいで済んでいるが、普通の人間が起動させたならば一瞬にして消し炭になるのではと思う、溶岩に落ちた者が水蒸気爆発を起こすように。

 これが操作回路の一部になるということ。その気になれば世界を丸ごと焼き尽くせる龍の焔。その力を納めた炉の力の一部が通り抜けるだけで、体が焼失しかける。

「⋯⋯」

 身を焼く痛みに耐え、ある程度出力が機体内に溜まったのを確認すると、リュウガは炉の停止を告げる。

「龍焔炉停止、副動力へ移行」

 停止を告げた直後に両腕の熱さが消え、思わず大きく息を吐き出した。

 この時機が少しでもずれたら、両腕が燃えて無くなるのではといつも怖くなる。体調が悪いからと変形を中止したのはそんな理由だからだ。極度の集中力が必要とされる。

 少し疲れた表情で、操縦室内の計器を再確認する。変形に要する出力が蓄えられれば、後は釦を押したり操縦管を引いたり等の物理的な操作が残るだけ。リュウガは痛む腕を擦りながら変形解除の操作桿を押し込んだ。

「機械神十三号機、人型へ移行」

 そう静かに告げると飛行甲板の各所に亀裂が入り割れ始めた。艦体が震え少しずつ宙に浮き始める。「艦」から「機」への移行が始まる。

「⋯⋯」

 ダンタリオンの背中へと集まった乗員達は、映像盤越しに十三号機の大変形を固唾を飲んで見守っていた。いつも見ている光景ではあるのだが、巨大なものが巨大な部品を振り回して姿を変えていく凄烈さは、何度見ても見入ってしまう。

「いつも思うんだけどさ」

 自分用の操作卓の映像盤を食い入る様に見ながら乗員の一人が隣の娘に話かけた。

「なにさ?」

 隣の娘も映像盤からは目を離さずに受け答え。

「あの変形途中の十三号機をぶん殴りにいって例え勝ったとしても、教官は多分怒らないよね」

 相手の隙を突くのは戦術の内の一つ。変形途中の無防備な状態に攻撃を仕掛けてもそれは戦術に則った行為なので教官は怒らないと言うが。

「そうだとは思うけどさ、たぶん今近づいても大きく回ってる飛行甲板とかにこっちが思いっきりぶん殴られて吹っ飛ばされるのがオチなんじゃないの」

「⋯⋯私もそんな機がしてきた」

 映像盤の中の十三号機は、今まで横長だった本体を部品の移動により小山のような形状へと形を変えている。申し訳程度に手足が突きだし辛うじて人型の態を成している姿。

 十三号機が大型部品を何個も重ねた城塞の様な形になっているのは訳がある。この機体は他の正規の機械神が装備する主要な部品と同じものを装着している。他の機がその主要部品を損傷した際に直ぐに交換出来るようにと、移動する部品保管庫としての役割。それが余剰として生まれてきたものの役目。

 しかしそれが有機的に交わり、下手な戦闘兵器よりも余程凄みのある意匠になっているのは事実。見た相手に恐怖と絶望を与えるには充分過ぎる重さを背負っている。

 そうして幾分かの時間を消費して十三番目の機械神は変形を完了させた。人型とは言えぬ人型へ。機械神十三号機・クロキホノオはリュウガを助けたあの時の姿へと戻った。

「⋯⋯」

 人型となった十三号機が孤島の外れに降り立つのを、大操作室の全員が声も上げれずに見ている。変形していた時の勇壮感など微塵も残っていない、映像盤越しにも伝わってくる無言の威圧。いくら模擬戦とは言えあんなものと戦わなければならない自分達を毎回呪う。

『みなさん、今から十三号機がそちらに進軍しますので食い止めてください』

 室内の拡声器からリュウガの指示が聞こえてくる。軽くいってくるがそれは途方もなく無茶な指示であり、毎度のことであるが乗員達も力を落とす。

 映像盤の中の十三号機が動き出す。副動力しか使っていないので動き自体は遅いが、ゆったりとした動作がかえって恐怖を増幅させる。

「しゅ、主砲とか撃っちゃてもいいんじゃないこの際」

 何度見ても慣れないあまりの怖さに誰かが砲撃で仕留める案を出した。機械神は基本的には戦闘兵器ではないので、砲熕兵装も含め全てが自己保存のための自衛用装備になる。それを積極的に戦闘に用いるのは意に反するが、自分たちが乗っているのは機械神ではなく、戦闘用に作られた機械使徒。相手が相手であるので毎回の恐怖を考えれば威嚇射撃くらいは良いのかも知れない。

 機械神は腰部に18インチ単装砲を並列で二基積んでいる。ダンタリオンも機械神一号機とほぼ同型なので標準装備。主砲と呼ばれるのはこれになる。

「い、いくらなんでも模擬戦で砲撃は⋯⋯」

『組み合うのが怖いなら主砲とか撃っても良いですよ』

 流石に砲撃はまずいのではと躊躇していると、教官の方から発砲許可が降りた。リュウガの方も人型となった十三号機と対峙するのは、いくら模擬戦とは言え恐怖でしかないのは分かっている様子。

「良いんですか!?」

『ええ、火薬は抜いてあるので直撃しても装甲がへこむくらいですけど』

 リュウガがそう言うと同時に、十三号機の腰の辺りで何かが煌めいた。その直後ダンタリオンの操作室が大きく揺れる。

「撃ってきたあーっ!?」

 18インチ単装砲が機械神の標準装備であるならば、十三番目の機械神にも標準で付いているのは当然。相手が放った初弾はダンタリオンの肩部を直撃し、機体を大きく傾がせた。先ずは教官からお手本ということだろう。しかし先制攻撃は自衛になるのだろうか?

『爆発はしませんけど当たった時の威力はそのままなので、当たり所が悪いと転びますよ?』

 リュウガはそういいながら二射目を発砲、反対側の肩に直撃させ再び乗員に悲鳴を上げさせた。

「こっちも撃っちゃえ!? 全部撃っちゃえ!?」

 泣き出すように誰かがいうと同時にダンタリオンも砲撃を始めた。しかし十三号機が肩に装備する四枚の盾に見事に弾かれあさっての方に着弾する。

『もうすぐ近接戦闘距離まで接近しますよ。組み合ったらちゃんと十三号機を海まで押し出してくださいね?』

「そんなの無理っていつもいってるじゃないですか!? 重量が違いすぎます!」

 予備部品を多量に積載した超重装備の十三号機と、機体形状自体は標準的な一号機を元にしたダンタリオンでは、体格に違いがありすぎる。それ以前に空母形態の十三号機が分離したダンタリオン各機を飛行甲板に並べて訓練海域まで輸送しているのだから、推して知るべしだ。

『ダンタリオンでも推進機を全開にすれば十三号機も動きますよ、少しは』

「少しは!?」

 そしてとうとう手の届く距離まで接近し、十三号機はダンタリオンを捕らえた。

『捕まえましたよ、今日はどんな倒れ方が良いですか? 横転? 後転? 前転?』

「どれも嫌ですーっ!?」

 絶海の孤島に女の子たちの悲鳴が轟く。


「相変わらず酷い傷だな」

 教官の仕事を終え自宅に帰ってきたリュウガは、上着を脱ぎ上半身をノースリーブの下着だけにすると姿見の前に立った。誰かの台詞は、真っ赤に染まった両腕を見せられたもの。姿見にはリュウガの他に自動人形が一体写っている。

 誰あろう彼女こそリュウガを処刑しかけ、それを撤回のうえ十三号機を与えた自動人形である。名をキュアノスプリュネル。固有名詞を持つ数少ない個体であり、自らの意思をもって動く稀有な存在でもある。もちろんあの時損傷した体は完全に修復され四肢も揃っている。

 アスタロトを破壊した一件により、リュウガは保護者であった者も失った。そこで新たな保護者として名乗り出たのが彼女。命のやり取りをした相手を保護するのは生き物としては度し難いが、無機物である彼女にはその様な感覚はない。有益であれば何でもする。

「そうはいってもキュア、こればかりは」

 リュウガは振り向きもせず、鏡の中の相手を何時ものように愛称で呼ぶ、腕を擦りながら。

「分かっている。事実を改めて確認したまでだ」

 キュアも、龍焔炉を起動する度にリュウガの体に多大なる負荷がかかるのは勿論知っている。幼少から今日まで彼女の成長を観察しているのだから当然だ。

 そしてリュウガの火を扱う能力者としての力を高めたのは他ならぬキュア自身でもある。

 彼女はリュウガの扱う火の力の土台となるものが電磁誘導と重力制御であると突き止め、この二つの能力者であるのも認識する。そしてこの力を伸ばさせる練習代ともなった。

 自動人形は機械神の常態維持の役目の中には、機械神内に侵入してきた外敵の排除も含まれる。そのため戦闘兵器としても高性能で、機械神本体から無線充電を受ければ飛行すら可能という、兵器単体としてみても格が高い。

 それでもリュウガが相手では、安定しない力を食らいせっかく再生した手足を吹き飛ばされることは何度もあった。もっともそこに至るまでに、リュウガもキュアの蹴りや手刀を数えきれぬほど食らっているのだが。

 しかしそれほど高めた火の力を用いても、操作回路の一部となるのは能力不足であるらしい。

 リュウガ自身の身体能力自体は異常なほど高い。化け物といってもいい。それは機械神を壊せるほどの火の力の受け皿として必要な力なのだろうが、彼女の正体を更に不明にしている要因でもある。誰かから生まれてきたのならこの強さと能力は何なのか。無から作られた生物兵器的な何かなのか、幼少時以前のどこかで身体改造を受けたのか、何れにしろその痕跡は見当たらない。

 リュウガの場合、いくら身体検査を行っても彼女自身は普通の人間の女性なのである。機械神の失われた部品を零から作り直せる自動人形の超越技術オーバーテクノロジーを使っても、彼女が他の女性と変わる所が見つけられない。

「今日の訓練はどうだったんだ」

「いつも通りの大騒ぎですね。でも大きな事故もなく無事終了です」

「そうか」

 では、お前の両腕がいつも通りの唯一の事故だなと、キュアは思考した。

 模擬戦は十三号機が相手を捕獲した後、機械神級超大型人型兵器戦の定石通りにダンタリオンは横転させられた。大型歩行兵器が横倒しにされた場合、戦闘復帰は非常に難しい。このような大型兵器は基本的には飛行能力を持っているので(そうでなければ戦闘兵器としての意味を成さない)一旦浮揚して体制を立て直すことも考えられるが、転倒させられた相手が付近にいる筈なので、空を飛んで無防備になった処に追い打ちを食らうだけである。

 横転させられ目を回したダンタリオンの乗員が全員回復するのを待って、十三号機も手伝って再び直立させると、分離訓練へと移行、16に分かれた各機を引き連れリュウガは空中機動訓練を行いつつ帰投してきた。

 体の損耗を考え変形などの龍焔炉の出力が必要な行為は、一日一回以上は行わないことにしている。人型のまま帰還してきた十三号機はそのまま桟橋に半身を沈め、偉容を晒している。傷の回復しだいだが、少なくとも翌日まではこのままだ。

「お前が望むのならまた格納施設に降ろして空母の形に組み替えても良いのだが?」

 十三号機がリュウガのものとなった最初にやったように、一旦部品ごとに分解し、航空母艦の形状に組み換えることは可能である。それは艦船でいえばドック入りの規模であり数週間を要するが、本日正式に実戦配備となる前はリュウガの腕の問題もあるので、格納施設にて頻繁に組み換えはしていたのだ。

「いえ、人型のままで出来ることも何かあると思うので今はそのままで」

「そうか」

「変形くらいは副動力だけでできるようになりたいんですけどね」

 赤く腫れ上がった腕を擦りながらリュウガが言う。12基もある副動力炉の個別の調整が未だに上手く行かず、結局は一つの炉で副動力12基以上の力を出す龍焔炉に任せてしまうことになる。

「今でも副炉を最大限に回せば変形に要する出力は出せる筈だぞ、計算上は」

 細かい調整など気にせず、破損前提で全開で動かせば良いとキュアは言うが。

「でもそれだと炉が焼けてしまいます。変形する度に12の炉を全部交換するのはちょっと――」

「それでも構わん」

 躊躇いがちなリュウガの言葉を遮るようにキュアが重ねて言った。

「機械神の動力炉は確かに作り起こすのも大変なシロモノだ。しかし作り出すこと自体は不可能なことではない。だがお前の腕が焼け落ちてしまった場合、再生してやれるかどうかまだわからんのだ。ならば確実に再生できる方を消費してもらいたい」

「キュアは優しいんですね、前はわたしのことを処分しかけたのに」

「昔の話だな」

 優しい素振りをキュアが見せると、リュウガは決まって出会った時の昔日の話を持ち出す。

 しかしこれは、実は幼少時からリュウガにキュアが教え込んだ自動人形に対しての心構え。

 自動人形とは感情を持たず、機械神の常態維持を第一とし、それを永遠に遂行出来るよう自分達の代替品の創造の為にはあらゆる物を利用し他者の犠牲も厭わない。

 ――自動人形が相手ならば例え保護者と言えども心から信用してはならない――。

 引き取られた時から今に至るまでキュアはその様に教え、そしてリュウガも教えられた心構えを守っている。

 しかしキュアに対しては、母のようにそして歳上の従姉妹の様に慕っているのは事実だ。流石にそこまでは人の感情を制御は出来ない。

 キュアがこのリュウガという出自不明の女を助けたのは、リュウガの力が今後必要になるかも知れないからと判断したからだ。動かぬはずの機械神が動いてまで手に入れようとしたその力。

 しかしその時「機械神の常態維持」「自動人形の代替品製法の探求」という自動人形にある二つの行動理念が、思考回路の中には入って来なかった。リュウガを生き残らせる理由にこの二つが関連させられなかったのだ。それは自動人形おのれの存在理由すら脅かす事実。

(このリュウガという存在がいればもう自動人形もいらず、もしくは機械神もいらず――更にはこの二つともいらない、そんな世界へとなれるのか?)

 元々が自動人形がこの世界に干渉するのは、過去の時代に同胞を多く失う事変があり、そこで失われた数を補完するのが目的だからだ。なりふり構わず自分たちの代替品創造の探求を行っているのが現状だが、そんなことをしなくて良いのが、実は最良の選択に他ならない。

 本当に必要な時が来るまでどこかで静かに封印されたまま永遠に等しき日々を過ごす。自動人形にも機械神にもそれが一番良い事であるのは、意思を持ちし自動人形であるキュアも理解している。

 そしてリュウガ・ムラサメという存在は、自動人形の代替品創造という選択肢以外でそれをもたらすために現れたのだろうか?

「⋯⋯」

 キュアがそう思索していると、玄関のドアが不意に開いた。

「ただいま」

 簡単な帰宅の挨拶と共に女性が一人入ってくる。リュウガ程ではないがそれなりに背の高い女性。

「お帰りなさいリュウナ」

 帰宅してきた妹に姉も挨拶を返す。彼女はリュウナ・ムラサメ。リュウガの妹。

 リュウナは姉よりも早い段階で黒龍師団の正規師団員となり、今では機械使徒最強の機体とされる四番機プルフラスを任される程の操士である。

 遠方の海へ出ての訓練を終えてきた姉より帰宅が遅いのは、それなりの重職だからやることも多いのだろう。何しろ彼女のプルフラスは副長付きの機体なのだから。

「お帰りリュウナ」

「ただいま」

 彼女にとっても幼少時からの保護者になるキュアに事務的な挨拶をすると、腕を剥き出しにして佇む姉の姿を一瞥した。

「⋯⋯」

 そしてそのまま自室に消える。

「今日はお前の任命式にリュウナも居たんじゃないのか?」

 リュウナが素っ気ないのは何時ものことであるが、今日は姉にとって特別な日であるにも関わらず、それでも何も言葉がないのは少しおかしいとキュアは考える。

「あの子はプルフラスに乗って副長を連れに来ただけですよ」

「機体から降りもせず?」

「はい」

「⋯⋯」

(姉の任命式にせっかく来たというのに顔も出さないとは。しかしそれが彼女らしいと言えば彼女らしいのか?)

 今日は他に何があった? リュウナは今日も一日副長付きの任務をこなしただけだろうし、リュウガは任命式の後は何時も通りに後進達を連れて訓練をしていただけだ。本日は空母形態で出ていったから周辺海域で変形を⋯⋯ああ、それか。

 キュアはそこで気付いた。

「ぶっきらぼうなのは何時ものことですけど」

「今日ばかりは、お前がそんな格好で待ち構えているのがいけないんじゃないのか?」

 リュウナの様子が少しおかしい理由に姉も気付く様に言葉を投げた。

「⋯⋯あ」

 それでようやく覚ったリュウガは申し訳なさそうな顔になると、自分の両腕を抱きしめて隠すような仕草になる。

「まあお前だけが悪い訳ではないからな」

 キュアはそう言うと置いてあったリュウガの上着を取り、彼女の裸の肩にかけた。

「⋯⋯」

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