第19話 プネウマの花畑 Ⅳ










「……予想以上に散財してしまいました…」


僕は孤児院の居間で財布代わりの麻袋を覗きながら独り言を呟く。

袋の中身は残りーーー1銀貨(1万円)ちょっと。


……元はポーション代も考慮して2銀板半(25万円)ほどもあったのに…。

ユリアに『男らしさ』を見せようと色々な買い物で見栄を張ってしまった…。

ソルト商会を出た後も買い食いをしたり、2人で商業区を夕方まで歩いたらこの様です…。

情けなく吐き出そうになった溜息をすんでのところで飲み込む。






「ーーーなにしてんだ、アレン!さっさと座れよ。飯食えねぇだろ」


しょぼくれて丸くなっていた僕の背中に、タケルの声がかかった。

振り向くと、居間の4脚のウッドテーブルは埋まりつつあった。

年少組はまだ座りきっていないが、年長組はほぼ座っていた。


「すぐに座ります。少し待ってください」


「ーーーはいはい!皆も座って。皆座らないと食べ始められませんよ」


マザーの声が響き、走りまわって遊んでいた年少組も座り始めた。



少しすると家族全員がテーブルに揃った。

37人で取る食事は活気がある。

どこからも笑い声が響いている。

いや、今日はガルム兄さんたちもいるから40人での食事か。


「それでは、皆揃ったのでゴルゴナに祈りを捧げましょう」


マザーが手を組んだ。

皆が手を組んだ。

僕も手を組む。


「日々の糧を、仕事を、幸せをありがとうございます。いただきます」


『いただきます!』


挨拶を皮切りに一斉に食事が始まった。

ガツガツ。

食欲旺盛な弟妹が勢いよく食事を口に運んでいる。


『おいしい~!』


笑い声と食器の鳴る音が絶えない。

明るい食事だ。

僕も目の前の『肉の炒め物』を口に運ぶ。

陽気な食事にマザーが微笑んだ。


「ふふふ、久しぶりに全員揃っての食事ができて嬉しいですね」


「そうっすねマザー!アレン、いつぶりだ?」


今日はガルム兄さんたちもいる食事。

僕も随分振りに感じる。

ガルム兄さんたちは僕たちと違って1度の探索で2週間に及ぶ長期探索を続けている。

だから今日まで長らく家族全員の食事を取れていなかった。


「兄さんたちが前々回の探索に出る前でしたから、ざっと1月ぶりだと思います」


僕は口のマッシュポテトを飲み込んでから答える。


「もっとガルムたちも家に食べに来ていいのよ?それこそ地上にいるときは毎日でも」


「いや。成人したら実家の手は煩わせない。それが男だからな」


ガルム兄さんが答えた。


「私は手間なんて思わないのに。ガルムはアレンと同じで本当に真面目ね」


「マザー。俺は親離れという当然のことを言っているだけだ。それに真面目ではなく『男らしい』と言ってほしいのだが……」


「ふふふ。そうね。男らしいわ。ガルム」


僕も美味しい食事に舌鼓を打ち、食べ進めた。









「ーーー皆、ご飯は食べ終わりましたね?」


食事を終えた。


『は~い!!!』


全員食べ終わったようだ。

年少組が大きく手を上げた。

マザーが口を開いた。



「ごちそうさまの前に、皆に話しておくことがあります。皆も分かっていると思いますが、明後日は皆お楽しみのーーー『ピクニック』です!」


『ーーーわぁ~~~い!!!!!』



『ピクニック』。

1年に4度、うちの孤児院では家族全員で遊びに出かける。

その日だけは畑仕事等を全て忘れて、一日中遊べるんだ。

ピクニックは、マザーがどうしても譲らないことの1つだ。

孤児院設立以来どれだけ忙しくても、貧しくても、必ず行われているらしい。



毎日ピクニックを楽しみにしている年少組が歓声を上げた。

喜ぶ弟妹を見てマザーが微笑んだ。


「ふふふ。それに今回の『ピクニック』はただのピクニックではないですよ~。『プネウマの花畑』に伺おうと思いますっ!!!」


『ぷねうま?なにそれ?』


『わ~い!お花畑だって!!!』


ピクニックは毎回お金の都合上、迷宮都市を出てすぐ近くにある草原で行われていた。

でも、今回は違う。



『プネウマの花畑』。

僕でも聞いたことがある迷宮都市の有名な観光名所だ。

領主様(侯爵様)が管理している迷宮都市の外にある花畑。

噂だと目に入る一面に、綺麗な白いプネウマの花が咲き乱れているらしい。



僕は予めマザーから話を聞いていたので驚かなかった。

でも聞いていなかった弟妹たちは新しいピクニック先に驚いている。


「マザー!プネウマの花畑って入るのにお金要るんじゃなかったっけ!?」


弟のカルロスが手を上げてマザーに尋ねた。


「はい…。本来は1人3銅板3000円の入園料がかかってしまいます……」


「ーーーでもっ!今回はっ!!!領主様のご厚意でプネウマの花畑の無料入場券をいただきましたので、それを使わせていただこうと思います!!!」


『うぉ~~~!!!タダ~!?』


「はい!なんと無料です!皆無料なのですっ!!!」


『うぉ~~~!!!』


タダという言葉の魔力にとりつかれたマザー、弟妹が奇声を上げた。



「……綺麗なプネウマの花畑っ…。どれほど美しいのでしょう……」



マザーは恍惚とした表情で中空を見上げ、手を組んだ。

トリップした顔でマザーが呟いた。


「……マザー。話が止まってるぞ」


ガルム兄さんが半目でマザーに話しかけた。


「ーーーはっ!?……す、すいませんでした、ガルム」


恥ずかしそうにガルム兄さんに謝った。

すぐに気を取り直して家族全員に向き直った。


「皆には万全の状態でピクニックを迎えるために明日もしっかり働いてもらいます」


「ユリアとシトラスは荷造りをお願いします」


「タケルとリキは薪屋さんから薪をもらってきてください」


「アレンとカルロスはお得意様に野菜を配ってきてください。渡す時に明後日分の野菜も入っていること、2日分の野菜が籠に入っているということ、をしっかり伝えてください。お願いします」


『はい!』


マザーはいつもの調子を取り戻し、テキパキと指示を出した。

僕は予め話を聞いていたので、頷く。


「ちぇっ、リキと一緒かよ……」


タケルだけは相性の悪いリキとのペアに不満のようだが。



「伝え忘れていましたが、今回のピクニックはガルムとセルジオとシュリも参加してくれます」


マザーが付け加えた。


『ええ!ガルム兄ちゃんたちも参加するの!?やったぁ!!!』


「シュリ姉ちゃん!一緒に遊ぼ遊ぼ!!!」


「セルジオ兄さん遊ぼうぜ!!!」


ガルム兄さんたちはここ数年迷宮探索のため、ピクニックには参加できていなかった。

久しぶりの参加に年少組が喜ぶ。

そしてガルム兄さんたちの元に集った。

マザーが微笑みながら続けた。


「明後日のピクニックが中止にならないように明日の準備はしっかりしましょうね。明日もしっかり働いて明後日楽しくピクニックに行けるようにしましょう!」


『は~い!!!』





元気のいい年少組の返事が居間に響いた。


僕も初めて行く『プネウマの花畑』を楽しみに思いながら、明日行うカルロスとの野菜配達の準備に取りかかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る