第80話 姉さんの前で、私をエッチな目で見ていいんですか?


 琴音が俺を好きだと言ったことに対して、玲衣さんは衝撃を受けたように固まっていた。


 琴音は玲衣さんから離れ、今度はそのまま、俺に近づいてきた。

 手で胸と下腹部を隠しているけれど、一糸まとわぬ姿で、琴音は恥じらうように顔を赤くしている。


 俺は目のやり場に困って、目をそらした。

 その一瞬のすきを突いて、琴音がぴょんと跳ね、俺に抱きついた。  


「せ、ん、ぱ、い♪」


 琴音はそのまま俺の唇を強引に奪った。

 俺は慌てて逃げようとしたけれど、浴室の壁際に追い詰められ、どうしようもなかった。

 琴音を突き飛ばすこともできるけれど……でも、そんなことはできない。


「あっ、ちゅぷっ、んっ」


 琴音は可愛らしい声であえいだ。

 キスをしたまま、俺にその小さな胸を押し付けている。


 ふわっとするような甘い感覚に襲われる。

 俺は琴音に告白され、そしてキスをされたのだ。


 やがて、琴音はキスを終えて、くすっと笑った。


 琴音が強引にしたこととはいえ、玲衣さんの前でキスをしてしまった。

 俺はうろたえて、玲衣さんのほうを見た。


 玲衣さんは衝撃を受けたように固まっていた。


 一方の琴音は相変わらず、裸で、俺に密着している。


「先輩? 姉さんの前で私のこと、そんなやらしい目で見ていていいんですか?」


「見ていないよ」


「先輩の嘘つき」


 琴音はわざと上半身を少し動かした。するとその胸が俺の胸板と少しこすれ、柔らかそうな膨らみの谷間が、扇情的に揺れる。


 俺はついそれを目で追ってしまい、それから赤面した。


「先輩も男の子ですものね。仕方ないですよ」


「なんというか……ごめん」


「でも、私は先輩のそういうところも、嫌いじゃないですよ?」


 琴音はくすくす笑い、そして玲衣さんに向き直った。


「ねえ、姉さん。私、毎日、先輩と一緒に寝ているんですよ? この意味、わかります?」


 琴音の言葉に玲衣さんはかああっと顔を赤くした。

 まずい。

 誤解されている。


 俺は反論しようとしたが、琴音の細い人差し指に口を塞がれた。


「こ、琴音……」


「こういうふうに、毎日抱き合って寝ているんですものね?」


 玲衣さんは口をぱくぱくとさせ、俺と琴音を指差した。


「寝ているって、まさか、そういうことをしてるってこと……?」


「先輩のことを責めないであげてください、姉さん。ずっと二人きりで、命の危険にさらされていたら、そういう関係にもなってしまいます」


 琴音は愉快そうに言った。

 明確な嘘こそついていないけど、明らかに誤解されるように言葉を選んでいる。

 たしかに俺と琴音は一緒のベッドで寝ている。

 だけど、それは琴音が怖くて眠れないからで、やましい関係では一切ない。


「先輩の体って、とっても温かいんですよ。知ってました?」


「わ、わたしだって、晴人くんに抱きしめてもらったことぐらいあるもの」 


「でも、姉さんはまだ、先輩と寝たことはないんですものね?」


 玲衣さんはもう涙目になっていて、何も言い返せず、「ううっ……」とつぶやいていた。

 さすがに玲衣さんが可愛そうだし、琴音のいたずらも度が過ぎている。


 俺はぽんと琴音の頭に手を置いた。


「あっ……」


 琴音はびくっと震え、顔を赤くして、上目遣いに俺を見つめた。

 ……そういう可愛い反応をされると、俺が困ってしまう。


「あんまり誤解を招くようなことばかり言わないでよ」


「すみません……。でも、私が先輩のことを好きなのは本当ですよ」


 綺麗な黒色の瞳に見つめられて、俺はどきどきした。

 こんな美少女が俺のことを好きと言ってくれるのは嬉しいけれど、でも、俺には玲衣さん、そして夏帆がいる。


 俺が口を開きかけると、琴音はふたたび俺の口をふさいだ。

 ただし、今度は口をふさいだのは指ではなくて唇だった。


 琴音を突き放すこともできる。

 でも、俺は琴音を受け入れてしまった。


 俺のことを好きだという琴音を、無理やり突き飛ばして、キスを拒むなんて、できなかった。


 琴音はそのまま俺にすがるようにしていた。

 そして、目を伏せて、小声で琴音は言う。


「返事は……いりません。だって、先輩が私より姉さんのことを好きなのは知っていますから」


「だけど……」


「でも、私は姉さんに負けたりしません。いつか先輩の一番になるんですから!」


 透き通った声で、琴音は言い切った。

 それは俺に対する言葉でもあり、玲衣さんに対する言葉でもあるようだった。


 琴音はつかつかと玲衣さんの前へと進んだ。


「姉さん。姉さんは晴人先輩のこと、好きですか?」


「……っ! わ、わたしも晴人くんのことが好き。ううん、大好きなの」


「そうですよね。だから、姉さんは私の敵。でも、それは昨日までとは違った意味での敵です」


「恋敵ってことよね?」


 玲衣さんは小さくつぶやき、琴音は微笑んでうなずいた。


「姉さん、それに晴人先輩。覚悟しておいてくださいね?」

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