第68話 晴人と一緒にお風呂に入るのって……久しぶりだよね

 遠見総一朗の返事は鷹揚だった。

 遠見の屋敷の離れに、俺と玲衣さんが同居することを許してくれた。


 もちろん部屋は別々だけれど。

 

 俺が遠見の屋敷の離れで同居するというと、雨音姉さんや夏帆も一緒についてくると言い張った。

 さすがにそれは無理なんじゃないかと思ったが、遠見総一朗は「かまわんよ」とうなずいた。

 

 実際のところ、遠見総一朗は玲衣さんが誘拐されないということが大事であって、それ以外の面では玲衣さんにあまり関心がないのかもしれない。


 そして、遠見家手配のトラックで急ピッチで引っ越しを終えた。

 あまりにも急な話で、驚きの連続だったし、かなり疲れた。


 俺は一通り引っ越しの整理がすむと、一人で離れの大浴場に入った。


「すごいな……」


 俺は扉を開けて、一歩、大浴場に入った瞬間、ため息をもらした。

 目の前には檜造りの豪華な温泉が広がっている。


 この街は大して有名ではないけれど、いちおう温泉が湧いている。

 遠見家は温泉旅館のようなものも運営していたし、それを自分の屋敷の浴場にも引いているようだった。


 温泉の独特の匂いがして、さっそく俺は湯に浸かろうかと思ったけど、まずは身体を洗ってしまおう。

 そう思って椅子に座り、シャワーを手にとったとき、脱衣所のほうから女性の声がした。


「晴人……入ってる?」


「あれ、夏帆?」


 声は夏帆のものだった。

 どうしたんだろう。


「一緒にお風呂に入ろうかと思って……」


 そして、衣擦れの音がした。

 夏帆が服を脱いでいるのだ。


 俺は慌てたけれど、アクションを起こす前に夏帆が浴場に入ってきてしまった。

 夏帆は小柄な身体にバスタオル一枚をつけて、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。


「急にどうしたの?」


「だって、晴人はこないだ水琴さんと一緒にお風呂に入ったんでしょ? だったら、あたしも晴人と一緒に入らないと水琴さんに負けちゃう」


「そういう問題でもない気が……」


「そういう問題だよ! 晴人と水琴さん、お風呂で抱き合ってお互いの身体を密着させて、何度もキスしたんでしょ?」


「ええと、まあ、うん」


「なら、あたしはもっとすごいことをしてあげるんだから!」


 そう言うと、夏帆は俺に近寄ると、俺の後ろにひざまずいたようだった。

 背中側にいるから俺から夏帆は見えない。


 けど、夏帆がすぐそばにいるのはわかる。

 夏帆が俺の耳元に口を近づけてささやく。


「背中を流してあげる。でも……そのまえに」


 いきなり、夏帆の両手が俺の胸に回され、ぎゅっと抱きつかれる。

 そうすると、夏帆が俺の背中に密着して、タオル越しに胸の柔らかさが伝わってくる。


「か、夏帆……」


「こんなことで恥ずかしがってたらダメだよ? このあとは『もっとすごいこと』をするんだから」


 もっとすごいことって、なんだろう?

 俺は頭がクラクラしてまともに考える余裕がなくなった。


「一緒にお風呂に入るのって久しぶりだよね。小学五年生のときが最後だっけ?」


「前はこんなことをしなかったけどね」


「そう? 相手の身体を洗いっことかしてたよね? それに最後に入ったときは晴人に押し倒されたし」


「あれはわざと押し倒したんじゃないよ……」


 小学五年生まで、家族ぐるみの付き合いがあった俺たちは一緒にお風呂に入ることがあった。

 最後に一緒に入ったのは、俺が夏帆の家に泊まったときで、互いの親は仕事で忙しくていなかったから、二人きりで入った。


 夏帆の家は旧家だから、遠見の屋敷ほどではないけれど、風呂場はかなり広く、石造りだった。

 そして、俺はその風呂でこけて、夏帆を巻き込んでしまい、裸の夏帆を押し倒してしまう格好になったのだ。

 だから、純粋な事故で、わざとじゃない。

 

「でも、あのとき晴人があたしを見る目、エッチだったよ?」


「そういうことを言わないでください……」


「あのときは恥ずかしかったけど、今は晴人があたしをそういう目で見てくれるなら、嬉しいなって思うの」


 そして、夏帆は俺の耳たぶを甘噛みした。

 俺は思わず「ひゃうっ」と声を上げてしまった。

 

 夏帆がくすっと笑う。


「可愛い声……。女の子みたい」


 夏帆は軽く身体を動かした。

 そうすると、夏帆の胸と俺の背中がこすれあい、夏帆は「んっ……」と甘い吐息をもらす。


「晴人が水琴さんのことを大事に思ってるのは知ってるよ。でも、今はあたしのことだけを想ってほしいの」


 夏帆は切なげに俺に訴えた。


 雰囲気的にこのままだとまずい気がする。

 俺は裸で、振り返れば夏帆も裸同然の姿なわけだ。


 玲衣さんと一緒に入ったときはなんとか理性がもったけど、今回もそうできるかはわからない。 


「昔みたいに、押し倒してくれてもいいんだよ? 晴人?」


 追い打ちをかけるように、夏帆が甘えるように俺の名前を呼んだ。

 俺は立ち上がって夏帆のほうを向いた。


 そして、夏帆の肩に手をかける。


「あっ……!」

 

 夏帆は俺の前にひざまずいていて、俺を熱っぽい目で見つめた。


 そのとき、急に浴場の扉が開いて、一人の少女がこの場に入ってきた。


「晴人くん……何をしようとしていたのかな?」


 そこにいたのは、バスタオル姿の玲衣さんだった。

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