0-1 出会い
その日、退院を許された俺は、戦後の街をひとり歩いていた。
入院中のリハビリによって、機械となり人工皮膚に覆われた顔の違和感には、大分慣れた。だが、痛めつけられた身体は完全には元に戻らず、俺は杖に頼りながら、がれきの山と、半ば崩れかかったビルが夕暮れの空高くそびえる雑然とした街中を、よたよたと進む。
街角のどこかからは、講和会議の進展を告げるラジオのニュースが流れている。傍を流れる人波は、皆疲れ切った表情だ。すり切れた軍用コートを身に纏い歩く俺の顔も、きっと同じようなものなのだろう。
それでも、二十数年にわたる恒星間抗争の終結は、喜ばしいことには違いない。俺も傷痍軍人としてだが、細々とこの惑星で余生を過ごすのだろう。それが明るい未来であるかはまるで分からないが、少なくとも今までの戦火の中での日々よりは、いくらかマシであると思いたい。
そんなことを考えていたものだから、俺は多少、ぼけっ、としていたのかもしれない。いきなり、ドン、と右肩に衝撃を覚え俺はよろけた。
見れば、戦災孤児らしい少年が勢いよく駆けていく。彼は食糧の配給場所を大声で仲間に知らせながら走っている。その途端、街角のあちこちから子どもたちが飛び出てきて、彼の後を追って走り出したのだからたまらない。手から杖が離れ、俺はその場にいささか派手に横転した。それも悪いことに、顔から地面に突っ込むかたちで。
その瞬間、何かが外れ、転がる音がし、次いで視界に異変が起こった。義眼が外れたのだ。
俺は慌てて義眼を拾わねば、と立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない。
そのときだ。誰かが俺の目の前に、手を差し出す気配がした。
「大丈夫ですか? 軍人さん」
見ると、傍で鉄くずを集めていた少女が駆け寄ってきて、俺を抱き起こそうとしていた。生きている左目だけでは、はっきり分からなかったが、十七、八才とおぼしき黒髪の少女だ。俺はその手を借りて、右目の穴を片手で覆いつつなんとか身体を起こし、地表に目を走らせたが、落としてしまった義眼らしき物体は見つからない。
「ああ、大丈夫だ」
少女にそう答えつつも、俺の心はしまったな、という気持ちで満ち溢れている。しかし迫る夕闇のなか、この煤けた路上のどこかに転がる義眼を探すのは、無理だと俺は悟った。
仕方ない。
俺は少女に礼も言わずに、おぼつかない視界と足取りで、その場を後にした。
翌日、俺は眼帯を右目に巻くと、昨日の街角に出かけた。もちろん、落としてしまった義眼を探すためである。
子どもたちは昼寝の時間らしく、うってかわって今日のその空間には静寂が支配していた。俺は街中に所在なげに佇み、さぁ、どこから探すべきかと途方に暮れる。
そんな俺に気付いて、またしても声を掛けてきたのは、昨日の少女だった。
「軍人さん、また、どうしたの? 何か用があるの?」
「ああ、君か。いや、実は、昨日倒れた際に落としものをしてしまってな」
「え? そうなの? 何を落としたの?」
そう聞かれて俺は困った。
義眼を落とした、などと言ったら驚かせてしまうに違いない。こういうとき、どこまで正直に言えば良いものか。
「それは君には関係ないことだよ。いいんだ、もうほとんど諦めているから」
俺は多少すまない気持ちになりながらも、少女に素っ気ない返事をして、その場を離れようとした。
が。何かが俺の左目に留まった。少女の指先だ。そこには、見覚えがありすぎる薄いブルーの色彩があった。
つまり、俺の瞳の、虹彩の色だ。
「君、その指先の、それは?」
「あ、これ? 綺麗な石でしょ! 昨日、鉄くずを拾っていたら、見つけたの。あまりにも綺麗だから、そのへんにあった針金で編み込んで指輪に仕立てたの!」
俺は言葉を失った。
どうやら俺の義眼は、路上に叩きつけられて割れた挙句、虹彩の部分だけが他のヘッド部分から外れてしまったようだ。そしてなんてことだ。石と間違えられてこの子に拾われた挙句、指輪になっているとは。
呆然とする俺の目の前で、少女はよっぽど気に入ったのか、黒い瞳を輝かせて、きらきら光る「指輪」をうっとり見つめている。
「それ、そんなに気に入ったのかい?」
「ええ、生まれてこの方、こんな綺麗な石、見たことないわ!」
少女は頬を高揚させながら、指先を陽の光に透かしてみせた。
俺は、それを見て、なんだか急にその少女を哀れに感じた。思えば、生まれて以来、戦乱の世を生きてきて、綺麗なものとは無縁の暮らしを送ってきたのだろう。
その子がやっと見つけた、美しいものを取り上げる権利が、誰にあるというのか。
「軍人さん、もう行くの? 探しものは?」
「ああ、もういいんだ」
俺はそう答えると、杖を頼りにその場を立ち去った。
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