メリーさん
暗藤 来河
今、
ピコン。
スマホが通知音を鳴らす。気づけば世の中に浸透した、誰もが使っているメッセージアプリの初期設定の音だ。
健司はすぐにスマホを手に取り画面をタップする。
「あれ……?」
てっきり彼女の彩からの連絡だと思ったが通知のバナーに表示されているのは違う名前だった。
『メリー』
--外国人の知り合いなんていないんだけどな。
ロックを解除してアプリを開く。彩や友達とのトークルームが並ぶ中、一番上にある名前はやはりメリーだった。
メリーとのトークルームをタップすると、送られてきたメッセージが表示される。だが、それはメッセージと呼べるようなものではなかった。
『位置情報:▲▲県北滝市●●』
言葉はなく、GPSの位置情報だけが載っている。同じ県内だ。健司の住んでいる南甲野市とは遠く離れているが、なんだか気味が悪かった。
「どうせ悪戯か何かだろ」
声に出したのは自分に言い聞かせたかったからかもしれない。
誰か友達が登録名を変えて悪戯しているのか。もしくは迷惑メールみたいなものか。勝手に友達登録されているのは不思議だけど、そういう抜け道のような技術もあるのだろう。何にせよ反応したら負けだ。
念のため他のトークルームをぱらぱらと確認する。誰かが登録名を変えているのなら、他のトークルームでもメリーと表示されているはずだ。
まず、彩は違う。名前がちゃんと表示されているし、今日は実家がある隣町の辺野市にいる。他の友達も登録名を確認し、時にはSNSのアプリまで見比べながら一人一人候補を消していく。
するとその途中。
ピコン。
とまた通知が鳴った。メリーだ。
『位置情報:▲▲県南甲野駅』
馬鹿な。そんなわけない。
表示された位置情報は健司がいる家の最寄り駅だ。北滝市からは電車でも二十分はかかる。だというのに、一件目のメッセージから五分しか経っていなかった。
あり得ない早さだ。やはり誰かの悪戯か、さもなくば……。
ピリリリリ。ピリリリリ。
「うわあ!」
突然スマホから大きな音を鳴り、驚いて落としてしまった。メッセージアプリの着信音だ。誰かから電話が来たのだ。
恐る恐るスマホを拾い画面を見る。そこに表示されているのはメリーではなかった。先程確認した友達の内の一人だ。
「もしもし……」
「ああ、健司か。今ちょっといいか?」
聞こえてきた声は確かに表示された友人のものだった。ほっと胸を撫で下ろして答える。
「急にどうしたんだよ」
「穂花のこと、聞いたか」
「いや。別れてから連絡取ってないし」
穂花は以前付き合っていた子の名前だ。去年別れて、その後彩と付き合いだしたこともあり、以降は一度も連絡していない。
「穂花が、死んだらしい……」
「は?」
既に焦燥感や恐怖にじわじわと侵されていた健司の頭は、その予想外の報せで限界を迎えた。何も言えずにいる健司に、友人が話を続ける。
「自宅で、見つかった時には息をしてなかったって。俺、穂花と同じ北滝市にいるから時々会ってたんだよ。今日も穂花の家の近くのカフェで会う予定だった。でも来なくて、そうしたら警察から連絡が来たんだ。刑事に会って話を聞かれたよ。穂花のスマホの通話履歴から俺のところに来たらしい」
「ま、待てよ。何で、死んだ……?」
「詳しいことは教えてもらえなかった。あ、あと穂花に直前までメッセージを送ってた奴がいるらしい」
「っ……!」
それ以上は聞きたくなかった。でも恐怖で声が出なかった。
「外国人かな。メリーって奴だって」
プツン。ツー、ツー、ツー。
そこで突然通話が切れた。
ピコン。
震える手でスマホを握る。通知の理由はやはり、メリーからのメッセージだった。電話している間に五分経っていたらしい。
『位置情報:▲▲県南甲野市××』
それは健司の自宅の住所。ここだ。メリーが、今ここにいる。
「誰だよ。誰なんだよ! いるんだろ!」
完全に恐怖に飲み込まれた健司が大声で叫ぶ。
「おい、いるんだろ! 穂花を殺して、俺も殺すつもりか!? 出てこいよ!」
だが返事はない。それでも叫び続ける健司の耳に、あの音が聞こえた。
ピコン。
ゆっくりとスマホに視線を向ける。そこに表示されているのは位置情報ではなく、一枚の画像だった。
それは、今叫んでいた健司の後ろ姿を映した写真だった。
「ふう。あれ?」
風呂から上がってルームウェアを着た彩がスマホを手に取ると、通知バナーが表示された。
健司からだろうか。昨日会ったばかりなのに、すぐに連絡をくれるなんて珍しい。
よく確かめずにアプリを開くと位置情報だけが送られていた。送り主は『メリー』だった。
メリーさん 暗藤 来河 @999-666
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