妻の復讐
笠井菊哉
第1話
サカイさんの奥さんが家を出た。
六年前、奥さんはトオル君というお子さんを生んだ。
旦那さんとそっくりの利発で、賢い男の子。
先日、有名私立小学校に合格したと、お姑さんから聞いたばかりである。
何が合ったのかと思ったら、三丁目のヨシナガさんの話を聞いて驚いた。
サカイさんは、出ていったのではなく、追い出されたというのだ。
何でもトオル君という後継者ができて、その子の進路が決まった途端、
「アンタはいらない。もう用済み」
と、僅かなお金を握らされ、御実家に帰されたというではないか。
「お気の毒に」
あまりの扱いに同情したヨシナガさんが奥さんに言うと
「いいんです。復讐は果たしましたから」
奥さんは弱々しく微笑んだという。
そして、田舎町ならではの情報ルートでこの話の詳細が御近所に広まった。
追い出された原因は、旦那さんに恋人かできたからだという。
本来なら、お姑さんがお嫁さんを庇って不義を働いた息子を責めるべきだと思うのだが、お姑さんは、逆に喜んだという。
「アンタみたいなサラリーマン家庭の女より、いい家柄で育ち、財産もある女性が息子に相応しい」
サカイさんと奥さんの御実家の両親との話し合いの場で、お姑さんは平然と言ってのけた。
当然、奥さんの御両親は大激怒。
何とか報復したかっただろうが、相手は地元の名士なのでどうしようも出来ず、結局泣き寝入りするしか無かった。
「そんな話、本当にあるのね」
私達は顔を合わせたらサカイさんの離婚劇の話になった。
「でも『復讐は果たした』って何かしら?」
勿論、分かるはずがない。
そうこうしている内にサカイさんは不倫相手を正式な妻として迎え、結婚式を挙げた。
披露宴には私達も招待されたが、元の奥さんと仲良くしていた私達は欠席した。
私の夫に至っては、郵送された招待状を
「穢らわしい」
と言って破り捨てたほどである。
それでもサカイさんのお姑さんには
「貧乏人に高級な食事を与えたかったのに」
あまりダメージにならなかったらしい。
息子のトオル君は、世間体ばかり気にする祖母や父、派手な継母があまり好きになれないらしいが、小学生のトオル君家の世話になるしか選択肢はない。
あの騒動から何年か経過し、トオル君は中学生になった。
その頃には、もう追い出された元奥さんも
「復讐は果たした」
という謎の言葉を、私達は忘れかけていた。
思い出したのは、彼が中学二年にかなってすぐの事。
トオル君が幼稚園児を庇って車に轢かれるという事故に遭った。
大怪我だが輸血すれば命は助かると聞き、安心した。
しかし、それも束の間、町内会の連絡網でトオル君が亡くなったと知らされた。
病院にはトオル君のお父さんもおばあさんも、すぐに向かったはずだと記憶している。
「それがね、血液型が一致しなかったのよ」
看護師として、トオル君の死に際に立ち会ったヨシナガさんが教えてくれた。
トオル君のお母さんも、そしてお父さんもAB型である。
おばあさんもAB型。
なのに、検査の結果、トオル君は、O型だと判明したというではないか。
「トオルもAB型だと、元嫁から聞いていますが」
何かの間違いだ、再検査を知ろと喚くおばあさんに、医師は、お気の毒に、とでも言いたそうな視線を向けた。
その時、ヨシナガさんは
「復讐は果たした」
という、サカイさんの元お嫁さんの言葉をようやく思い出した。
同時に、その意味を理解した。
「大人しい、いい人だったけどね」
私達は、ファミレスの一角でため息をついた。
サカイさんの元お嫁さんは、大人しくて優しく、花の好きな人で、いつも庭の草花の手入れをしている姿があった。
微笑みを絶やさなかった彼女だが、昔からあの家の人達を知っている私達は彼女が心配で、よく、
「悩みはない?」
声をかけていた。
その度に
「大丈夫です」
と言っていた彼女だが、旦那さんとお姑さんが、彼女の人格を否定するような言動を私達はしょっちゅう目撃していた。
臨月の際も、雪かきの手伝いをさせられていたほどである。
相当な恨み辛みを抱えていたのだろう。
そうでなければ、こんな復讐を思い付かない。
元奥さんは再婚して、子供はいないが幸せな生活を送っているらしい。
お相手は、「復讐」の時の人だろうか。
「まぁ、当然の報いよ」
といったのは町内会長の奥さんである。
それきり、もうこの話をする者はなかった。
妻の復讐 笠井菊哉 @kasai-kikuya715
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