押し付けがましい子

アリエのムラサキ

押し付けがましい子

 世界が終わる原因は、私だった。


 一年前の今日、私は一度死んだ。死にたくなかった、だから願った。もう一度だけ、生きさせてくださいと。


 ふと気づけば、暗闇の中にいたけど。少しずつ視界が明るくなって、温かさが体を包み込んだ。


 私が死ぬ原因であった、交通事故がなかったことになった。いや、赤の他人に役割が変わったのだ。


 私は、他人に死を押し付けて生き返ったのだろう。しかし、何かを願う、なにかを得ることは、なにかを犠牲にすることでしか得られないのだ。私はたった一度の生き返りと引き換えに、残りの寿命が一年となった。


 何となく、「ああ、私はきっと、ちょうど一年後に死ぬのだろうな」と何となくわかった。根拠があるわけじゃない。だけど、そもそも生き返って他人に死を押し付けてしまう現象があるのに、根拠もくそもあるはずもない。神様が根拠を示してくださるのだろうか。答えは否。神様と会話する機会なんて、与えられるはずもなかった。


 ふと生き返ってから数日が経った真夏の日に。快晴、友人曰く、蝉の声はうるさく、ずきずきと痛む頭をさらに揺さぶるそうだ。この時にはもう、なにかもっと大変なことを起こしてしまったのではないかと、何となく感じるようになった。考えもまとまることはなく、ただ漠然と感じているだけだが。もしかしたらだ。もしかしたら私は、世界を犠牲にして、生き返ったのではないか。その前に、赤の他人を犠牲にしたわけだが。


 生き返ってから三か月。ワンシーズンが過ぎて、気づけばもう秋だ。残暑も落ち着いてきて、ついに寒さが襲ってきた。近所の公園からは蝉が消え、ついでに人も徐々に少なくなっている気がした。テレビを付ければどれだけの人が死んだ、不自然なほど人口が少なくなっていると政府が声明を出していたりもした。いったい、何が起きようとしているのだろう。


 生き返ってから半年。ツーシーズンが過ぎて、気づけば完璧な寒さに支配されている。歩けば歩くほど、人の少なさを目の当たりにした。公園には案の定誰もいない。商店街もすべての店が閉まった。テレビをつけてもどこも放送していない。政府がたまに声明を発するだけだ。今日だけで、すでに人口は半分を切っているそうだ。なぜ多くの人がなくなっているのか、原因が未だつかめず、このままいけば、もう半年もすれば人類は滅びるのだとか。


 生き返った日からスリーシーズン。冬が明け春が来た。公園に積もっていたちょっとばかしの雪は溶け、桜が花びらを舞い散らしている。その割に公園には誰もいない。むしろ、この町にも人がいない。テレビをつけても政府がたまーに声明を出すだけだ。食料も消え始め、殺し合いすら発生したとかなんとか。もうどうしようもない、各自で生き残ってくれと。国が諦めた。というか、すべての国が同じような状況なんだとか。その割に私は、どうして生き残っているのだろうか。そういえば、死体がどこにも見当たらないのは、なんでだろうか。


 生き返った日から一年がたった。いや、正しくは三百六十四日と二十三時間五十五分だ。もう、私以外誰も生きていないようだ。人のいない町は完璧に寂れた。どこのメディアもザーザーとノイズを発するのみ。私は、なぜ生きているのか。今日の今日まで私は、何も口にすることなく生きてきた。生き返った日から一切、何も口にしていないのに、どうして生きているのだろうか。ああ、そういえば、私って結局のところ、生き返ったというよりも、


 すべての不都合を強制的に他者に押し付ける力を与えられてたみたいだった。


 神様が気を利かせてくれたのか、一度だけ時間を巻き戻したうえで、私に押し付ける力を与えてくれた。

でも、この力は私自身が嫌だと感じた感覚を、その事象ごと他人に押し付けてしまった。

空腹もかゆみも痛みも悲しみも苦しみも何もかも。

私はこの一年間、まともな感情を感じていない。

私が通り魔に殺されそうになったときなんか、友人がこれでもかというくらいに悲鳴を上げて、刺されて死んだ。

ついでに言うと、その通り魔は私に目を向けることなく、また別の人を襲っていた。



今私は、例の轢かれた場所にいる。

なんとなく、私の死体がそこにある気がした。

今、とてつもない悲しさと申し訳なさと、もうおかしいくらいめちゃくちゃな感情が、私の心を支配していた。

おなかも減った。

体の所々がイカレルクライ痛い。

気づけば、あと三十秒で一年が経過する。

手の感覚が鈍い。

足の感覚が鈍い。

もう立っていることもできない。

十五秒。

体は地面に倒れ、徐々に溶け始めている。

涙がとめどなくあふれていた。

残り五秒。

ごめんなさい、ごめんなさいと今更謝罪を漏らす。

もう、遅いというのに。

零。体も意識も何もかも、溶けて消え去った。


「さようなら、押しつけがましい子」


最後の最後に、神様の声が、聞こえた気がした。



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押し付けがましい子 アリエのムラサキ @Murasaki2020

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