ショートショート集

中州修一

変化不変化

「すいません、あそこにあった”あれ”はどこに行ったんですか?」

「ああ、”あれ”ね……今年はもう飛んで行ってしまったよ」

「またですか」

「ああ。東からやってきて、西へと流れていったよ。」


名古屋に来てみれば、またもや彼女は遠くへ行ってしまった。

これで5度目。最初は東京、次は神奈川……段々と日本列島を南下している。ゴールは沖縄だろうか。まだ三カ月と経っていないのに、せわしない奴だ。


自分勝手な奴を追いかけ、俺はまた電車に飛び乗る。西へと西へと行くたび、車窓には緑が増えていく。あいつはこう言うところが好きだろうから、ここに住んだらいいじゃないか。

それでもあいつは飛んでいく。いつまでもそこにいてほしいのに、次の日にはそこにはいない。

あの美しさは変わらない、場所が変わっても変わらない。

先週初めてあいつを見て、その美しさに心を奪われた。


緑は深まり、和歌山へと到着。観光名所なんて目もくれないで、駅にいた老婆に話しかける。


「すいません、”あれ”がどこに行ったのか、わかりますか?」

「ああ、”あれ”ねえ……今年はもう来ましたよ。ほら、あそこの山の」


老婆が指さす。


「ありがとうございました」

「あそこまでいくのかい?気をつけてねえ……」

「はい、ありがとうございます」


ダッシュで山の麓までかけていく。あそこにあいつがいる。そう考えると、長旅の疲れなんてどこかに行ってしまった。

山は相当険しかった。一歩一歩踏みしめる。昨日は雨が降っていたのか、足元がぬかるんでいて滑り易くもなっていた。


「もっと安定したところに住めよな……」


きっとあいつは、数日後、いや数時間後にはもういない。

変わるは居場所、変わらずは気持ち

どこにいても、探し出したいと思えてしまう。

変わるは気持ち、変わらずは思い

大切なものに対する気持ちは一定ではない。浮き沈みがある。想いは変わらない。どこにいても、どんな気持でも元の想いは変わることがない。


一歩一歩、足を滑らせながら歩いていく。


―――視界が開ける。


視界には木しか見えなかったが、一気に視界が開けた。一面真っ白。幻想的、魅惑的……どんな言葉を置いたって説明しきれない。


「またきたの」


はっきりと聞こえる。女性の声。鈴のように静かな声


「ああ、ちょっと観光しに」

「うそでしょ。私を見に来たの。ちがう?」

「……まあ、そうとも言える」

「ほらね、私のこと好きでしょ。ちがう?」

「違うな」

「じゃあ何よ」

「愛している」


変わるは恋情、変わらずは愛情。

一面の百合の花畑を見ながら、そんなことをぼやく


「人間っておかしいのね」

「ああ、おかしいとも」

「面白い……じゃあ、私はこれで」

「もう行くのか?」

「ええ、もっとあったかい所がいいもの」

「そうか、……じゃあな」

「ええ、さようなら」


刹那、突風が吹き上げる。

真っ白な花弁は宙を舞い、遠くへと飛んでいく。西へ西へと流れていく。


「今度は四国かしら」

「どこにでもいっちまえ」

「また私を見に来るくせに」


最後に一言、言葉を交わした。

後には何も残らない。


「すいません、あそこにあった”あれ”はどこに行ったんですか」


次へ次へと、変わるは目的地。

次へ次へと、変わらずは目的。

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ショートショート集 中州修一 @shuusan

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