20─白い少女─


 

 その日はとてもいい天気だった。畑に水をやり、洗濯をして家の掃除とベッドの準備。

 

 共に開拓に来たメンバーと恋人との楽しい日々。

 

 平和で、穏やかで、温かな。

 

 

 何時もと違ったのは東にトゥールとリオンが何かの足跡を見つけたらしくてキールと他四名の男達で見に行ったこと。

 

 大丈夫だよと安心させるように抱き締めたキールを私は信じたし、キールも本心からそれを言っていた。

 

 男が十五、女が十五、計三十人で私達はこの土地に開拓に送られていた。魔物がおらず木々が多いこの土地にみんな夢馳せていた。

 

 生まれてくる子供たちはきっとその気持ちを受け継いでくれると信じていた。

 

 そしてその先の子達もここを引き継ぎ、大きくしてくれると。私達はその第一歩を踏み出したのだと。

 

 未来の繁栄を夢見て。始まりとなった栄光に胸を張って。

 

 ああ、確かに私達は幸せだった。この土地に来てよかったと心底…心底思っていたの。

 

 ─────バチンと頬を叩かれるような痺れがあった。ゆっくりと瞬きをして変わり果てたかつての私たちの村を見回す。

 

 何もかもが真っ白だ。私がそうしたのだけれど、そのせいで私の体も真っ白になってしまっている。

 

 キールが褒めてくれたオレンジの髪まで。

 

 「誰かがあいつに気付いてしまったのね」

 

 私は村を出て山を登る。本当は嫌だけれど。それでも登らなければいけないのだとわかっていた。

 

 

 随分と私の存在が薄れているからきっとあいつも目を覚ます、私と同じように。その時が来てしまったのだろう。

 

 

 その途中にキールの眠る場所へ向かう。変わらず綺麗な顔で安らかに眠るキールの傍に誰かが寝ていた。そしてその隣に見覚えのある赤い鳥が居て。

 

 

 「今更、来たの?」

 

 

 思わず吹雪く周りに赤い鳥が仕方ないとばかりに首を振る。私の中の子が懐かしそうに鼓動することすら憎らしい。

 

 「その子は?」

 

 気の抜けた鳴き声を上げる鳥にため息をこぼす。仕方無く白に膝をつき、眠る子の頬に手をやる。

 

 「────先祖返りかしら、きっと“今”はそういう人も少なくなったのね、中がぐちゃぐちゃだわ」

 

 淡い青の光が私の手から眠る子の体に流れていく。何の因果かこの子の顔には見覚えがある。きっと、逃げていった人達の子孫だろう。

 

 憎しみも湧くけれど、この子はきっと何も悪くない。むしろこの力はこの子にとって良いものになったのだろうか。

 

 なれば良いと思う。なってればいいと。

 

 淡い青が消えるとゆっくりと瞬きをして彼は目を開ける。

 

 白がもう終わる時だ。

 

 雪がもう溶けて春が来なければならない。赤い鳥がきっとこの子とあいつのそばにいる子を連れてきた。私達の時のように。

 

 

 「キール、ごめんなさい」

 

 青空が好きだったキールをずっとここに閉じ込めていた。草木の香りが好きなキールから匂いすら奪った。安らかに眠りたい彼を無理矢理つなぎ止めた。救うことも出来ないくせに縛り付けた。

 

 

 ─────東の山、そこに住んでいたのは大きな大きなドラゴン。憎らしい真っ赤なドラゴン。

 

 

 魔力に長けた私たちをここに連れてきたのはあの赤い鳥。あのドラゴンを殺して欲しいがために。───ああ、憎らしい。

 

 でももう終わらせなければならない。この子ももう出してあげなきゃいけない。

 

 「貴方も行くわよね?」

 「君は…?」

 「私? 私はフィオナ」

 

 

 

 

 

 「氷の精霊術師、フィオナよ」

 

 

 

  美しい景色が好きだった。美しい彼が好きだった。

 

 優しい仲間達が好きだった。

 

 

 みんな私とキールを置いていったけれど。

 

 

 あの時は憎しみしか浮かばなかったけれど。

 

 今なら分かるの。彼らも必死だったこと。優しいキールはそれを望んでいたこと。

 

 『キール! 嫌だ!やだ!!』

 『フィオナ、聞いて』

 『アイツら…許さない!なんで!なんで私達が!』

 『フィオナ、君ならできる、出来るだろう?』

 

  愚かな行為をし続けた。キールの言葉の意味を履き違えたまま白に全てを閉ざした。

 

 

  

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