14─知らない記憶─


 

 「…ル」

 

 「…ール」

 

 「キール!」

 

 日差しの下でオレンジの髪が風に煽られる。まるで長いオレンジの髪が青い空を泳いでいるようだ。

 

 「─────、おはよう」

 

 「おはようじゃないわよっ、またこんな所で寝て!」

 

 腰に手を当て言い聞かせるように眼前に人差し指を突きつける彼女の頬はほんのりと赤みがかっていた。

 

 「─────? 風邪?」

 「っとに馬鹿ね! 馬鹿!バーカ!バカキール!」

 

 怒った様子の彼女にどうやら何かをしたようだと直ぐに謝罪する。すると意味がわかってないくせに謝らないの!と理不尽にまた怒られる。

 

 そんな姿すら愛おしく感じた。

 

 「キール、また東に行くの?」

 「うん、──と───が───を見たって」

 「……危ない事に、ならないわよね?」

 「平気だよここは魔物も出ないほどのどかな土地だよ? 危ない事する方が大変だよ」

 

 それでもと彼女は口を閉じ寝っ転がったままの自分の隣に横たわり、二人並んで青い空を見上げる。美しい木々が葉をざわめかせていた。

 まるで子守唄のような安心する音に自然と目を伏せる。

 

 「キール…また寝るの?」

 「うん、だってこんなに気持ちいいんだ、寝なきゃもったいないよ」

 「…そうね、私も寝ちゃおうかしら」

 「そうしよう? いやぁ、本当にここに来て良かったなぁ」

 

 のどかで温かな。幸せで平凡な。

 そんな優しい──────

 

 ──────夢だ。

 

 白が木の上から塊になり落ちてきたので目が覚めたオーギュストはすぐに溶けていく白を見ながら首を傾げる。

 

 今、なにか夢を見ていた気がした。優しくて、悲しいほどの平凡でのんびりとした。

 

 「…夢、だよな?」

 

 鎧のお陰で寒くないはずのオーギュストは思わず自分の腕を撫でる。気の所為にしては、やけにはっきりと感情だけが湧いてくる。

 

 悲しいと。

 

 ずっと時が止まって欲しいと。

 

 変わらないで欲しいと。

 

 

 まるで自分の体じゃないみたいに勝手に感情が揺らいでいる。

 

 さながらぐらぐらと煮える鍋のように。どこからが怒りが湧いている。

 

 

 「馬鹿馬鹿しい、何に怒っているというんだ」

 

 ルベリオンに?

 アレクシラに?

 王に?

 

 どれも違うのだと感情が勝手に騒ぐ。

 

 

 

 くだらないと思いながらもオーギュストは腰に下げた袋から布と炭を取り出し分かることを書き上げていく。

 

 「青い、空にオレンジの髪…短髪…いや、長髪だな、それから」

 

 それから。

 

 愛おしげにオレンジの髪を風に泳がせ口にしていた名前は。

 

 「“キール”」

 

 短く呼びやすいその名前はすんなりと口から出てくるのにオーギュストの記憶の中には一切無い。

 

 聞いたこともないような名前はこの地方の生まれじゃないのかと考えを回して、とある事に気づく。

 

 

 「俺はどこでこの名を知った? どこでオレンジの髪の女を見た?」

 

 

 

 

 

 

 「どこに青い空があるって言うんだ」

 

 どんよりと分厚い雲が広がる空を見上げオーギュストはなにか重要なことを見落としている気がしていた。

 布と炭を袋に戻し、剣へ軽く触れる。鎧のお陰で温かさを持っている剣は手によく馴染む。それは幼い頃から剣を振ってきたからだ。だが朧気にしか思い出せないあの夢の中の手は剣だこの位置には何も無かった。あったのは農家の手にある様なたこ。

 

 

 「キールとオレンジの髪の女…東に…方向感覚なんてもう無いが、取り敢えず進むか、ルベリオンの安否も気になる」

 

 

 体を起こし、またオーギュストは歩き出す。もう陽がどこにあるかも分からないが、また眠る気にはなれなかった。

 

 

 

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