3─灰─


 

 キュラスと凍る大地がそう名付けられたのはそんなに昔のことではなく、名付けられた時に生まれた赤子が老人になるほどしか経っていない。

 

 だと言うのにキュラスが広く知られる切っ掛けとなったのは、キュラスに街ひとつがのみ込まれたことだろう。言うのは簡単で、なんの感情も含むことは無いだろうが、いまはのみ込まれ、安否が不明になった街の人々は優に五百を超えた。

 

 十や二十。多くても三十ほどだったならば、国を上げて対策しようなどということにならなかっただろうが。

 きえた五百名。街ごとのみ込まれた後の安否が分からない。キュラスがこれ以上土地を広げてくるということを否定できる者はおらず、すぐに異常事態であると認められた。

 

 「キュラスに寄るな、あれは災厄だ…だっけ?」

 「子供に聞かせるおとぎ話の事か?」

 「そうさ、僕の村はもうキュラスに呑み込まれたけどそうなってしまう程近かったからね、よく聞かされたよ」

 

 ルベリオンの故郷。辺境とも呼ばれたその土地はキュラスに沿うように存在していた。ルベリオンは七つの頃に訪れた神殿で魔術の才能を見出されメードゥ家の養子に入りすぐにその土地を出たが、故郷に残された実の両親達は連絡が取れなくなり行方不明となった。

 

 それもキュラスに飲み込まれたからだった。

 メードゥ家の名を背負うものとして、天才の名を欲しいままにしている者としてかつての故郷が呑み込まれたキュラスを訪れることは許されなかった。

 

 何度申請しても通らなかった極寒の地キュラスに王命で探索に行くこととなったのは、幸運だったのか不運だったのか。

 

 白の雪の中ひたすら歩く道すらもどこか記憶に被る部分があり、故郷へ近づいているのだとルベリオンには分かっていた。

 

 「… 」

 だが、それを口にできるどルベリオンは強くはなく、またそれについて言及できるほどオーギュストとの関係は深くはなかった。

 

 暫くの沈黙が訪れ、ただ、白を踏みしめ軋む音が響くだけの白銀の世界はまるで果なく続いているかのようで容易く人の精神を蝕む。

 

 はたして果はあるのか。

 

 キュラスは何故成長しているとも言える程の侵食を続けているのか。

 


 剣術の天才と呼ばれたオーギュストも魔術の天才と呼ばれたルベリオンも。二人に命じた国王でさえも。答えはもちあわせていない。

 

 ただ、かじかむ手足の痛みが遠く感じた。それが余計に二人の精神を追い込んでいく。

 

 白銀の世界にただ二人の足音が浮かび、そしてそれすらもまた白に埋もれていく。どこから来てどこに行くのか。もう既に彼等は後戻りが出来ない所まで来ていた。

 

 

 

 

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