観覧車がなくなる日
桃本もも
第1話
あの観覧車がなくなると知ったのは、昼休み、クラスメイトとお昼ご飯を食べていたときだった。
わたしはショックと動揺で、大きな声を上げそうになった。だけど、パンを口いっぱいに頬張ったあとだったので、出たのはくぐもった咳みたいな音だった。口の中のパンを咀嚼するのも忘れ、しばらく呆然としてしまう。
みんな寂しがっているんだろうなと思いきや、クラスメイトたちは表情ひとつ変えていなかった。お弁当をつつきながら口々に言う。
「まああの観覧車なんて小さいころに一回くらい乗っただけだしなぁ」
「あたしも一回乗ったか乗らなかったかってくらいかも」
「いや、乗ったことあるかないかくらい記憶にないの?」
それっきり、観覧車の話題は終わってしまった。わたしはそのことにまた動揺する。世界の終わりのような気持ちを振り払い、慌てて顔に無関心を貼りつける。さっきまでおいしかったメロンパンの味が急に薄くなった気がした。
午後の授業中も、頭の中は観覧車のことでいっぱいだった。何だかよく分からないうちに授業は終わり、うつむきがちに帰路につく。ぼんやり歩いていたわりにちゃんと駅に着いた。列車が来るまで二十分待った。冷たい風が吹くホームに入ってきたのは、二両編成のガラガラな列車だった。
遠慮なくボックス席をひとりで占領し揺られていると、土色の田んぼのパッチワークの向こうに観覧車が見えてきた。
大きな骨組みに、カラフルな丸いゴンドラ。夜になると、緑一色のライトが点灯する。イルミネーションと呼ぶのもおこがましいほどのダサいライトアップだけど、この街の田舎具合に合っている気がして嫌いじゃなかった。
観覧車の周りには、ジェットコースターのレールやフリーフォールのタワーはない。そもそも、遊園地にある観覧車じゃないのだ。
国道沿いに連なる商業施設の中で、ひと際広大な敷地面積を誇る、ショッピングモール。
その駐車場に、観覧車は建てられているのだ。
来年の三月にはもうなくなってしまうのか。
あと半年……。
わたしは早くも、心に穴が空いたような気分になった。
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