あの日の屋上、弱点は背中 (15分間でカクヨムバトル)

春嵐

01 (15)

 いつも通り。


 子供を連れて、デパートの屋上に向かう。買い物はすべて終わっていて、荷物は家に宅急便で送られる。


「ふぅおおおっ」


 テンションの上がった子供が、屋上を駆け回る。


 それを。


 ベンチに座って。ぼうっと眺めていた。


 もうすぐ、ステージが始まるだろうか。


 炭酸飲料を、自動販売機で買って。ベンチに座り。子供の動きを、目で追う。


 うちの子供。他の子供を統率し、遊具や場所が寡占かせん状態にならないようにしている。そして、時間が来ると。子供とその親を連れて、ミカン箱が重なった程度のステージに待機。


 いつものことだった。


 子供はいつも、無邪気でいい。


 次の仕事のことで、頭がいっぱいでも。子供の姿を見ていると、それだけで癒される。


「あら」


 スーパーの店員。デパートの売り場とかレジとかやってる、若い子。


「おとうさんは、ご覧にならないのですか?」


 声をかけてくる。休憩中か。


「子供の姿を追ってるだけで充分ですよ。うちの子も、そんなに手がかからんので」


「そうですか。隣、失礼しても?」


 どうぞという前に、どっかりと座って。息を大きめについている。


「おつかれ、ですか?」


「あ、わかります?」


 そんだけ大きなため息をしていれば。


「思い悩んでて。訊きたいことが、ひとつ。ひとつだけ、あります」


 訊かないと離してくれない流れだなと、思った。


 うちの子供。はしゃぐ他の子供を制して、静かにさせている。親要らずだな。


「わたし。わたしですね」


 訊くとは言ってないけど。喋り出した。


「あの。聞いてます?」


「聞いてますよ」


 炭酸飲料。まだしゅわしゅわが生きている。


「あの。あかあさまは。いらっしゃるのですか?」


「おかあさま?」


「ええと。あなたの、おくさまは」


 おくさま。


「嫁がいるように見えますか?」


 言って、気付いた。そういえば、子連れだな俺。


「いや失礼。そうでした。あの子の事、ですか?」


「いや、あの」


 どきまぎしている動作。


「まあ、はい。そうです。あのお子さんの、おかあさまは?」


「いないですよ。拾い子です」


 仕事の帰りに。自分の家の近くに座っていた。後ろをついてきて、住まわせてほしいと言ってきたのを覚えている。


 訊くと、親が両方とも認知しないせいで、自分には居場所がないのだと、言っていた。どこぞに電話しようとしたが、それも止められた。そして。俺の仕事のせいだと、ぼそっと、呟いた。


 それを言われると。断れない。


 子供ひとりぐらい育てるのにべつだん不自由はしなかったし、他の正義の味方がみんなつがいなので、世話をする人間にも事欠かなかった。


 罪滅ぼしだと、ちょっとだけ、思う。


 街を守るために。いろいろと、やってきた。子供をひとり育てる程度。これまでやってきた仕事に比べれば、簡単すぎる贖罪。


「では、あの。その。お付き合いされている、かたなどは?」


 スーパーの店員。


 さっきから、何を訊こうとしてるのだろうか。


「いませんよ。仕事があるんで。誰かと付き合うなんて特に考えたことは」


 言い終わる前に。


 彼女の手が伸びてきて。


 炭酸飲料を。


 奪われた。


 立ち上がった彼女が。


 腰に手を当てて。


 炭酸飲料を一気飲み。


 なぜ。


「ぷはあああ」


 うちの子供。


 それを見て、なぜかこちらに走ってくる。


「どうだったっ。どうだったっ」


 彼女に。しきりに訊いている。


「なんとっ。わたしはごほっごほっ」


 喋っている途中で炭酸におそわれたらしい。ど派手にむせてる。


「ごほっ。うふえ。大丈夫でしたっ」


「やったぜっ」


 子供と、スーパーの店員。


 ふたりして、よろこんでいる。




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