オブセッション 後編

〈アメリカ、ラウェルナ州(フォクトレン実験基地)〉

 アメリカ軍秘密基地の一つ、フォクトレン基地。ここはシャドウ・リーパーが生み出され、その教育と訓練が行われた実験施設でもある。〝プロビデンス〟の手回しによって建設されたこの基地では人間の能力に関するりんてきな研究が行われていた。研究テーマは「人間がどれだけ強くなれるのか」「人間がどれだけ環境に適応できるか」「人間がどれほどきょうとなりうるか」だ。

 〝プロビデンス〟は人間をさげすんでいるとともに、尊敬もしている。敵となるのは間違いなく人間だということも理解していた。きょうとなる人間の出現確率はゼロではない。ゼロではないことが問題なのだ。それゆえに〝プロビデンス〟は自身の手でその人間を生み出そうと考えた。必要な対応策を練るだけでなく、あわよくば支配下に置こうとしたのだ。


 しかし何十年にもわたる研究のすえ〝プロビデンス〟のきょうとなる人間はついに生み出されなかった。確かにシャドウ・リーパー兵は通常の人間を超越した身体能力を有し、与えられた命令をちゅうじつにこなすかんぺきな兵士だ。それでも〝プロビデンス〟が満足できるデータは得られなかった。そのため〝プロビデンス〟はきたるべききょうに備え、アルベドと共に強力な戦闘アンドロイドであるクイーン達を開発。加えて、アンドロイドからなる軍の創設も進めることになった。


《クイーン計画》

 A.強襲および掃討用アンドロイド

 B.拠点防衛および局地戦用アンドロイド

 C.電子戦およおくない戦用アンドロイド

 D.奇襲および暗殺用アンドロイド


《ニュー・オーダー軍計画》

 1.国連常備軍(無人統合軍)

 2.世界企業連盟(民間軍事警備企業)

 3.ブラックレインボー軍



 〝プロビデンス〟配下のアンドロイド兵は現時点で百万体を超えており、さらに世界で命令待機アンドロイド兵も含めると四百万体以上である。またアダマス・ハイ・インダストリーズやアリュエット・マイティ・サービスによって増産が続いており、事実上、じんぞうに供給されている。


 フォクトレン実験基地は地上と地下からなる軍事複合施設である。地上はそれほど特色がないが、地下は想像を絶するほど巨大だ。森林や砂漠、浜辺、湿地、雪原、高地、港湾、都市等が人工的に再現された訓練施設、高度軍事用仮想シミュレーター施設、射撃演習場、おくない近接戦闘訓練場、そして研究棟。

 研究棟では世界中ののゲノム情報を保存しており、いつでも必要な時に使うことができるようになっている。生殖細胞やはいの遺伝子組換えが当たり前のように行われ、ヒトクローンの量産化も成功した。このためシャドウ・リーパー隊員の中にはクローン兵も存在している。シャドウ・リーパーには人権など存在せず、ただ戦う道具として生み出された。人間というよりも生体兵器といった方がいいかもしれない。


 この基地の存在は零課にとってきょうであるとともに、ブラックレインボーの最重要軍事施設であった。ここではアンドロイド兵の戦闘データ収集と改良も行われている。そのため、零を除く零課の実動部隊が派遣された。表向きはシールズのチーム・ゼロとしてだが、同時に零課の破壊工作任務でもあった。

 さいわいなことにブラックレインボーの情報網は混乱している。レクイエム計画をすいこう中だがアメリカ海軍の動きが読めず、さらに日本の国家特別公安局第六課が国内外で活発に動いていたのだ。公安六課は国内のブラックレインボー関係者をこうそくし、世界企業連盟の闇を同じく闇でさばいていた。それだけではない。世界に展開中のシャドウ・リーパーは零課のエージェント達によって、少しずつではあるがその数を減らしていた。またインターネット上には世界企業連盟の怪しいうわさや資料が広く拡散していた。これは零課による情報工作であり、ブラックレインボーの情報工作への対抗でもあった。


 〝プロビデンス〟はこの非常事態に対し、アリュエット・セキュリティ・サービスとダイヤ部門を中心とした対策部隊をきゅうきょ編制。サイバー空間と現実世界の戦いを補強することにした。〝プロビデンス〟にとっては想定内の事項であるが、ここまで計画をじゃされたことは一度もなく、同時に強い不安を覚えた。

 フォクトレン実験基地のちゅうとん部隊はシャドウ・リーパーとHX(ヘクス)‐7アンドロイド兵。ただシャドウ・リーパーの多くは世界へ展開しており、基地内の兵士数は平常時を大きく下回っている。しかしけいかいレベルは大幅に引上げられているため、基地への侵入が困難なことには変わらない。広域スキャナーや定点スキャナーによって基地の周囲と内部は絶えなくスキャンされ、武装ドローンとしょうへいが定期的にじゅんかいしている。許可なく基地に入った者は上級将校であっても即射殺される。



第6特殊作戦群シャドウ・リーパー 編成》

 本部中隊(第1特殊任務中隊)〝シャドウ〟

 第2特殊任務中隊〝ブラッド〟

 第3特殊任務中隊〝ヘイズ〟

 第4特殊任務中隊〝ヴァイパー〟

 第5特殊任務中隊〝ブッチャー〟

 第6特殊任務中隊〝デーモン〟

 第12地上支援中隊〝フロスト〟

 第13地上支援中隊〝ダスク〟

 第25航空支援中隊〝エッジ〟

 第26航空支援中隊〝ブレイズ〟

 第47海上支援艦隊〝アーク〟

 第94戦略機動大隊〝ストーム〟



「定時連絡。こちらヴァイパー2‐3、ブロックブラボー異常なし」


 しゅんかい班は常に二人一組、ステルス・スキャナー内蔵の空中警戒ドローン一機の組み合わせからなる。基地にはヴァイパー中隊と二個訓練大隊が存在し、侵入者に備えていた。


『ヴァイパー2‐3聞こえるか? ブロックデルタのスキャナーにノイズ有り。きゅう調査に向かえ』

「こちらヴァイパー2‐3了解した。これよりブロックデルタに向かう」

『オッドアイから全隊へ。侵入者の可能性をこうりょし、けいかいレベルを引き上げ。地下へのゲートを全て封鎖』


 基地の地上警備が強化され、地下への入り口が閉じられる。地上と地下をつなぐのはかくのうエレベーター、一般用エレベーター、はんそう用エレベーター等のエレベーターと階段。それらには入り口側と出口側の両方に二重防壁が下ろされ、対光学シールドが展開された。

 しかしこれは完全にオッドアイの判断ミスだった。



はい操作室〉

『こちらソーズマン。通信施設への爆薬設置完了』

『ギーク、こちらもいいぞ。武器庫と兵舎の爆破準備オーケーだ』

「二人とも仕事が早いよ。もう少しデータを集めさせて」


 とうに零課は地下へ侵入していた。シャドウ・リーパーは気付いていないが、フォクトレン実験基地のスキャナーは使い物にならない。先ほどのスキャナーのノイズ報告はこちらの細工であり、地上をけいかいしている第四中隊とアンドロイド兵の隔離を目的としたものだった。

 健と進は最小限のシャドウ・リーパー兵を仕留め、施設内への破壊工作を進めていた。


 一方、由恵はシャドウ・リーパー兵の生産方法、訓練内容、人体実験といった各種データをえつらん、収集していた。

 究極の兵士を生み出す計画〈Project: Shadow〉

 軍部ではディガンマ・フォース創設計画として知られている。


「サイボーグの私が言うのもなんだけど、人間をここまで作り変えるなんてね。これを人間と呼べるの」


 〈Project: Shadow〉では「人間のそんげん」がどうとか「りんてきな話」、「生命の価値」がどうか、などというまどろっこしい〝制限〟は一切ない。ただひたすら人間の強さと可能性を追求する計画である。〈Project: Shadow〉にもとづき生産されたシャドウ・リーパー兵は遺伝子的、エピゲノム的操作を加えられ、てっていしたちゅうせいしんを植え付けられている。彼らは兵器であり、けっかんがあるものは処分されるか、ナノマシンによる調整が実施される。なお〝プロビデンス〟における正確な人間の定義は不明だが、〝プロビデンス〟にとってのきょうが人間であることは間違いないようだ。



〈人工培養ルーム〉


「たまげた。これが全部、人間なのか……」


 直樹の目に映っているのは五千を超える人工子宮。その中には成長段階のたいが収められていた。人工子宮内ではヒトはいが全自動で培養されており、らんかつ異常や発生が停止したはいは管理端末と研究主任へデータが送信される。また予備のはいとして常に一万の冷凍保存はいが存在する。なおここにあるはいはクローン兵のものではない。クローン兵の人工培養ルームはさらに奥の部屋にある。


「アメリカ最高機密部隊であるはずよね。存在してはならない者達。生まれながらにして究極の兵士。それがシャドウ・リーパー」

「神のせる偉業か。まったく笑えない話だ」


 珠子と直樹は部屋の各所に時限爆弾を設置していく。


って一体なんだろうな」

「多分、言葉で表すのは無理だと思う。複雑、あまりにも複雑過ぎるから」

「隊長も言っていたな。『人間とは変数だ』って」

「……彼らもまた人間」

「俺達は彼らを人間としてほうむる。これは任務だ」

「ええ」


 研究データの収集とオリジナルデータの削除を終えた由恵が二人のもとに来る。


「こっちの仕事は終了。二人の方は?」

「これで最後だ」


 直樹の手によって最後の時限爆弾が設置された。



〈地下中央司令部〉

 第6特殊作戦群シャドウ・リーパーの司令部である地下中央司令部。ここは研究施設や訓練施設といった地下にある全ての管理を行うことができる。その上、全シャドウ・リーパー兵の生存状況や位置情報も確認できるため、作戦司令部としての機能も有していた。


「こちらオッドアイ。ヴァイパー隊へ。ブロックアルファ、ブロックチャーリーのスキャナーにかん有り。侵入者と思われる。各員ステルス・スキャナーを使用し、敵をそうさくせよ」


 前線で指揮しているアインスに代わり、司令部で指揮をっているのはゲイリー・ハレル少佐。彼はけいかいレベルの引き上げに合わせて、地下のじゅんかいドローンを増やした。それだけでなくえきである訓練兵を一部警備兵として投入。地上だけでなく地下の警備強化も行っていた。


「ヴァイパー隊、侵入者をそくしたか?」

『いいや。どうやら野生のカラスがスキャナーに引っ掛かったようだ。まったく世話やかせなやつらだ。周囲に敵影無し』

「了解した。ヴァイパー隊、引き続き地上をけいかいせよ」


 だがあくまでもゲイリーのねん事項は地上スキャナーの反応であり、地下ではなかった。地下ゲート守衛やセキュリティシステムからの異常報告がないためである。ずいしょに監視カメラと兵士が配置され、あらゆる侵入経路を塞いでいた。どんなに優れたちょうほう員や特殊部隊であっても、これらの警備網をあざむき、突破するというのは不可能。どこかで接敵報告あるいは異常報告が出てくるはずなのだ。


(野生のカラスか。今日はこれで二度目だな)


 鳥がスキャナーに引っ掛かるケースはごくまれに存在する。しかし空中警備ドローンによって鳥類がする音波が発せられており、基地にはバード・スィーパーと呼ばれる鳥獣駆除担当が存在する。そのため、一日に二回もカラスによってスキャナー誤反応を引き起こされたことは今まで一度もない。

 一回目の誤反応は今からおよそ15分前。一匹のカラスがたまたま基地内に侵入し、地下ゲートを突破した。そのカラスは困ったことにすばしっこい上、いたずらっ子であった。地下施設にまで迷い込んだ一匹のカラスによって、地下セキュリティシステムは繰り返し誤作動。意味のない警報と異常報告になやまされた警備主任は一時的に三つの区画におけるセキュリティシステムを停止することをゲイリーから承認された。このあいだ、バード・スィーパーや警備兵達がつかまえようとふんとうし、カラスはみずから基地の地上へと出ていった。


 ゲイリーらシャドウ・リーパーは見抜けなかったが、最初地下へ侵入したのは零課のAIとうさいカラス型ドローンのスフル。二回目のスキャナー反応はスフルとビルによるものだった。


「少佐! セキュリティシステムの自己診断プログラムに変更が加えられています!」

「何だと!? そんな馬鹿な!」


 部下から思わぬ報告を受けたゲイリーは驚きを隠せなかった。


「自己診断プログラムだけではありません!無人ユニットや監視カメラ、通信システム、敵味方識別信号、アクセスコード、いたるものが改変されています!」

「ありえない! そんないつのに! すぐにボスへ報告を」


 と、地下中央司令部へ訪問客が現れた。一と響の二人。


「こんにちは。そして


 侵入者の司令部襲撃を想定していなかったため、次々と射殺されていくシャドウ・リーパー士官。ゲイリーも専用のCrF‐3100で応戦しようとしたが、すぐに一によってひたいを射抜かれた。


「こちらトワイライト。司令部を制圧。次の仕事に取り掛かる」



〈地下実弾演習場(中央セキュリティゲート)〉

 地下には様々な訓練場がもうけられているが、いずれの訓練場へ行くためにもここ中央セキュリティゲートを通過しなければならない。ゲートといっても駅の改札口のようなもので、三十列のゲートが用意されている。このゲートでは隊員一人ひとりのID照合が行われるだけでなく、武器の無許可持ち出し、持ち込み等の規制をねた保安チェックが自動で行われる。シャドウ・リーパー内で反乱分子が生まれることは許されない。シャドウ・リーパーの行動は常に厳しく管理されていた。


『オッドアイから各訓練大隊へ緊急伝達。現在警備にあたっている者も含め、訓練大隊は十五分後に臨時訓練を実施する。なお訓練内容は総合実弾演習であり、詳細は開始時刻に伝えられる。第一訓練大隊は第四総合火力演習場へ。第二訓練大隊は第九総合火力演習場へ集合せよ』


 わざわざ地下の警備兵を増員したにも関わらずの臨時訓練。サイファーによる基地襲撃もあり得るのだが、訓練兵達はオッドアイの命令に従った。


『こちらトワイライト。アーチャー、聞こえるか?』

「ああ。聞こえている」

『敵さんの様子はどうだ?』

「不気味なほど素直だな。仕事が楽で助かる」


 中央セキュリティゲートを次々と通過していく訓練兵。シャドウ・リーパーとなる訓練課程はこくそのもので、候補生のうち約三分の一が死亡する。訓練課程終盤には生存をかけたサバイバル戦闘や部隊対抗戦といったものがあり、いわゆる〝共食い〟を強制させられる。極めて優秀な個体はシャドウ・リーパーだけでなく、キングの配下やアルヴェーンそうすいの身辺警護部隊へ配属されることもある。


「この様子だと訓練大隊の封じ込めは問題なさそうだ」


 零課は地下施設の爆破準備を着実に進めている。最終的に各所爆破後、地下中央司令部で自爆システムを起動し、ここを完全に吹き飛ばす計画だった。地上部隊は存在しない敵を索敵し続け、その裏で地下は完全に零課の手に落ちている。ブラックレインボーにとって危機的状況なのは間違いない。


「このまま上手うまくいけばいいが」


 ブライアンの不安は悪くも的中した。レクイエム計画発動にともない、アルヴェーンそうすいはテロ組織掃討の名目で世界中に国連常備軍を派兵していた。もちろんフォクトレン実験基地も例外ではなかった。



〈フォクトレン実験基地 地上〉

 ヴァイパー中隊とアンドロイド兵は地上を警備しているが、侵入者の形跡は一切なく、カラスによるスキャナー誤反応は間違いないようだ。


 そんな中、大型ティルトローター機Vz‐25が二機、基地の滑走路に降り立った。


「おー、増援が来たぞ。これは多分バレたな。各員へ通達。Vz‐25が二機到着した」


 地下中央司令部でVz‐25の着陸を見ていた一は仲間達へ伝達した。


「クロウ、敵にばれないように高高度偵察を開始」

『りょーかい』


 機内からはラックにり下げられたAH‐5Cアンドロイド兵が出てくる。彼らは起動すると整列した状態で立ち上がり、すみやかに背中のS‐2を右手に握り直した。

 AH‐5C達をひきいるのは同じくAH‐5C。識別用コードはデルタ9‐112で国連常備軍大隊長を示す灰色のけんしょうを着用している。デルタ9‐112は高位指揮官用としてカスタマイズされた個体であり、アルヴェーンそうすいやブラックレインボー幹部達と直接通信可能なとく回線、各国軍指揮官との情報交換も可能である。


「AH‐5Cが700体。これは相当まずい状況だ」



 デルタ9‐112は地上警備にあたっていたヴァイパー中隊を呼びまとめる。


「ヴァイパー中隊はゲートの封鎖を。後は我々が引き継ぎます」

「了解だ」


 国連常備軍が来た理由は当然、零課の掃討だった。彼らはアルヴェーンそうすいの命令により、フォクトレン実験基地へやって来た。零課のはかり知れないきょうに対応すべく、ニンバスは本来のレクイエム計画を一部変更し、増産した国連常備軍を零課の掃討任務にあてたのだ。ただレクイエム計画変更による戦力損失と潜在的リスクの増加はまぬかれない。このためスペード・クイーンのソールが組織の敵対勢力も含めて敵のせんめつを進めていた。


「シャドウ・リーパーの本拠地を襲うとはな。さすがサイファーといったところか」


 零課の恐ろしさは余りにも大胆不敵であり、みょうで、なおかつしんぼうえんりょであるところだった。ブラックレインボーの情報網を使してもその動きは簡単に読み解けない。元々、零課は長年にわたり知られなかった組織なのだ。


「これより侵入者の掃討を開始する」



〈フォクトレン実験基地 地下〉

 地下Aホール。三階階層の巨大な円状空間であり、地下中央司令部と地下第一警備室、兵士再調整センターへの連絡通路が続いている。地下のちゅうすうだ。ゆえにアンドロイド兵達は優先してこの通路へ進軍していた。


「いたぞ! 撃て!」


 小隊長のあかしである青いけんしょうと通信用アンテナを背中に装着したAH‐5Cが、二階で待ち伏せしていた一と響に気が付き、部下へ射撃を命じた。ステルス・スキャナーをとうさいしたアンドロイド兵には第五世代光学迷彩も通用しない。


「はっ、流石さすがに厳しいな」

「同感だ」


 二人の反撃により、小隊長を含めた五体のアンドロイド兵が倒れた。数が多いというのも問題だがAH‐5Cは弾道計算することで銃弾を回避し、味方と協調しながら制圧射撃と前進、しゃへいぶつへの退避などを行う。加えて他の軍用アンドロイドと同様、素手や刃物を用いた近接接近戦闘も可能である。数体倒すのも簡単ではなかった。


「アーネスト、そっちはどうだ?」

『ドクター、クーガーと共に交戦中。今のところ問題ない。敵の武器もあるしな』

「アーチャー、ギーク、ソーズマン、そちらの様子は?」

『三人とも予定通り合流済み。アンドロイド兵と交戦中』

「全員、生きてるってことでOKだな」

「トワイライト、さらなるお友達が接近中だ。規模は小隊規模」

「ならこいつの出番だ」


 一はここでKL‐35多目的グレネードランチャーを手にする。これは先ほど制圧した司令部にあったしろものだ。


「食らえブリキ野郎!」


 いくら弾道を予測できたとしても、身体が動かなければ意味がない。地下Aホールへ侵入したアンドロイド部隊を一はグレネードランチャー三発で吹き飛ばした。

 地下施設全体は戦略爆撃機による大規模爆撃にも耐えられるように設計されており、内部の強度も並外れている。対戦車砲弾やレーザー兵器でも穴が開くことはない。


「さて、これで仕留めたのは何体目だ?」

「さあな……おっと次の部隊はしんちょうに来ているぞ」

「スモークでも投げてくるか、それとも数で押してくるか」

「その両方だろうよ」


 UCGのマップによるといくつかの部隊が合流している。


「ま、どっちにしろ突撃してくるのには変わらないな」

「ならこっちからあいさつするか」


 一と響の二人が二階から跳び下り、MK‐54Fを構えた。ろうに並ぶAH‐5Cを狙い撃ち、倒れたAH‐5Cから二人ともS‐2カービンライフルを取り上げ、ライフル二丁持ちで突き進む。



〈スイス、ジュネーヴ(国連軍総司令部)〉

 フォクトレン実験基地の侵入者(零課)の掃討に派遣されたはずの国連常備軍一個大隊は圧倒的兵力にも関わらず、その優位性は驚くほど速く失いつつあった。700体いたAH‐5Cは約三分の一へ。事態を重く見たアルヴェーンそうすいは追加の部隊を派遣しようとしたが、それは出来なかった。アメリカ大統領による新たな国連常備軍のである。


「やむをない。フォクトレンはほうだ」


 そのためアルヴェーンそうすいは零課掃討と証拠隠滅をねて、フォクトレン実験基地の自爆プログラムを起動することに決めた。



「今ので三個小隊ぐらいは倒したろ」


 一の足元には中隊長のAH‐5Cが転がっていた。中隊長はカーキ色のけんしょうを付けており、他の個体と違って背中に高負荷パワーセルを背負っている。おそらくこれはアンドロイドが予備充電器として使うものだろう。


「トワイライト、この先のプランは?」

「とりあえずアーネスト達の援護へ向かうか」

「りょーかい」

『こちらドクター! 基地の自爆カウントダウン開始!』

「何だアンドロイドのわざか?」

『いや、外部の遠隔操作。あと十分後にこの基地は吹き飛ぶ』

「てっことは、爆破の手間がはぶけたな」

「だな」

『何馬鹿言ってるの。皆、脱出急いで!』



〈フォクトレン実験基地 地上〉

 基地の爆発により地下は完全に崩壊。生存者はいないと思われた。あとまつの命をニンバスから受けたヴァイパー中隊はヘッド・マウント・ディスプレイ一体型ヘルメットで生体スキャンを実施する。


「微弱だが反応があるぞ。こちらに向かってくる」

「おい見ろ。やつらだ」


 ふんじん内から現れたのは一、響、直樹、珠子、由恵、ブライアン、進、健。零課のメンバーだった。彼らは皆、地下から何とか生還した。


「撃て!」


 ヴァイパー中隊は銃を構え、ようしゃなく発砲する。

 しかし戦闘スーツによる身体能力向上により、零課メンバーは難なく弾丸を回避していく。これは閉鎖空間である地下と異なり、障害物のない広所のためだった。


「はあ、しつこい連中だな。うるさいから黙っててくれないか」


 一のを合図に零課が反撃。あれほど地下で交戦し続けたのにも関わらず、皆の射撃精度は落ちていなかった。


 ヴァイパー中隊最後の隊員が倒れた頃、むかえのRz‐72〝ブルーバード7〟が到着する。


『こちらブルーバード7。待たせたな』

「タイミングばっちりだ」

衛生兵メディックは必要か?』

「いや、必要ない」

『了解だ』


 ブルーバード7の後部ランプが開き、零課員がキャビンへ入っていく。

「スフル、ビル、帰るぞ」

「あ、待って待って」

「乗る乗る」

 スフルとビルが空から急降下。そのまま飛び込むようにキャビンの中に降り立った。



〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉


「ん? 隊長はまだ帰ってないのか」


 一はパイロットに尋ねた。本来なら一達よりも先に任務を終えているはずだ。だが零の姿は見えない。


「ああ。敵の増援と交戦中らしい。ただ少し気になることが」

「どうした?」

いまだ敵掃討の連絡は受けていない。その上、第二次回収予定時刻を七分過ぎている」


 一は嫌な予感がした。それもかなり嫌な予感だ。


「すぐにセヴァークへ向かえ! 今すぐだ!」


 あまりのけんまくにパイロットはひるんだが、すぐさま針路をセヴァーク空軍基地に変更した。



〈アメリカ、タレイア州(SOCOM司令部)〉


「おいおい、戦争でもしたのか」


 上空から見るセヴァーク空軍基地はまさに〝衝撃〟の一言だった。多数の戦車や装甲車が黒い煙を上げ、地上を覆うアンドロイド兵のれの果て。各所の自動機銃、重機関銃、狙撃手位置解析装置、磁力場発生装置は鋭利な刃物で切断されたのか、直線的なパーツにバラされている。


「あそこだ」


 一はパイロットに指差して方向を示した。それに従いパイロットが生体スキャンと画面の拡大を行った。

 画面には建物の壁に寄りかかって倒れている零。彼女の戦闘スーツはほとんど破れており、その機能を失っていた。身体中に血が付いている。出血量は相当なものだろう。


 零の横には左手を失い、サイボーグ骨格が露出したジョーカーが立っている。彼もまた満身そうであり、人工血液が身体から流れ出ていた。武器は見当たらない。


 一と直樹、ブライアン、衛生兵がブルーバード7の側面ドアを開け、地上へ跳び下りる。


「あと、あと一撃で……」


 ジョーカーは新手に気付き、どうにか零へとどめを刺そうとするが、ブライアンによる狙撃で、その場に崩れた。


「おのれ魔女め……」


 その一言を最後にジョーカーは活動を停止した。


「零! しっかりしろ!」


 一がいちもくさんに零へ向かって走り出す。

「死ぬんじゃねえ! あんたはこんなところで死ぬような奴じゃないだろ!」

「一か……司令室に行け。隠し金庫に資料がある。全て回収しろ」

「ああ取りに行ってくる。安心しろ。衛生兵メディック! こっちだ!」


 衛生兵による応急がすぐさま行われるが、零の意識はほとんど消えかけていた。



〈Rz‐72〝ブルーバード7〟機内〉


 たんに乗せられ点滴を打たれている零。ここまで重傷を負った零の姿を皆、見たことが無かった。


「無理しやがって」

「一、私を殺すなら今だぞ」

「馬鹿か。くたばり損ないのあんたなんて興味ねえ」


 二人のやり取りに周囲は少し驚いた。零課の『れい』と元六課の『はじめ』の関係が複雑なのはうすうす気が付いていたが、殺す、殺さないという話が出てきたのは初めてだった。


 公安零課と公安六課は協力関係というよりも宿といった方が正しい。


 六課は零課の存在を上層部と一部課員だけが知っている一方で、零課は六課の構成員や武装を大体あくしていた。日本のしんえんであり、国家最高機密である零課は例え身内である国家特別公安局であったとしてもその存在をなるべくとくしている。このため六課員が零課を知らないのも無理は無かった。


 零課はそもそも超法規的権限を有し、あらゆる組織に対して情報開示請求や物資および人員のちょうはつ等を実施できる。もちろん六課に対しても同様である。しかし、六課は六課で独自に動くことが多く、全ての情報を零課へ開示することはなかった。零課もそれをよく理解しており、たがいに利益が一致することもあればあいはんすることもある。任務で衝突するのも決してめずらしくはない。共同戦線を張ったとしても、それは組織同士のスタンドプレイが上手くかみ合っただけの結果だった。


「ゆっくり休め」

「ああ。そうさせてもらう」


 零は鎮痛剤の効果で深い眠りへと落ちていった……

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