第5話

罪には罰をなどと言われては、わたくしも物申さずにはいられなくなりました。


「わたくしは何もしておりません。殿下、信じてください!」


わたくしも王太子様に縋ろうと近づいたとき、突然手を後ろに捻られ地面に押さえつけられました。


捻られた腕は折れるのでは無いかと思うくらい痛くて、背中を押さえつけられて呼吸もままなりません。


このように無体に扱われたのは生まれて初めてです。


わたくしを押さえつけたのはトルマリン王国騎士団長の長男で王太子様の側近の1人、ベルンハルト・ブレイブ・セラフィナイトでした。


「ベルンハルト、見事な忠誠だがローザリアの前だ。恐がると可哀想だから手荒な真似はやめてあげてくれ」


王太子様は心配する相手を完全に間違えていました。わたくしはもう何も言う気力が湧きませんでした。


「ベアトリスの処遇は追って通達する。それまで西の離れに幽閉しておけ」


西の離れは地位の高い犯罪者を逃げぬように閉じ込めておく場所です。


こうして、わたくしは身に覚えの無い罪で犯罪者にされたのです。


話が終わったのでわたくしは兵士に追い立てられるように移動します。去り際にもローザリア様と親しげにお話しする王太子様の姿が目に入りました。




西の離れは王太子妃には相応しくない質素な場所でしたが、一応清められていて不愉快な思いはしませんでした。


その日の夜、パンとスープが食事として出てきました。

お腹が減っているわけではないので水以外何も口にできませんでした。


落ち着くと今日の恐怖と屈辱が思い出されて涙が溢れてきました。人の見ている前ではなんとか我慢できていましたが、今は嗚咽が止まりません。


あの夜に痛みと恐怖をもっと我慢して夫婦の営みを終わらせていれば、王太子様はわたくしを守ってくださったのでしょうか。


さっきの腕を捻られ押さえつけられた時と比べたら、今思えば我慢できないほどでは無かったのかもしれません。


たぶんわたくしが我儘だったのです。箱入り娘の我儘に王太子様は呆れてしまったのでしょう。後悔してもしきれません。


しかし、なぜ使用人達はあのような嘘を述べたのでしょうか。わたくし個人が何か彼女たちに恨まれるようなことをした記憶はありませんでした。


侍女達も同じです。彼女達は貴族の子弟ですのでわたくしもそこまで尊大な態度では接していなかったはずです。


わたくしのお父様が財力を使ってわたくしを王太子妃にしたことが理由なのでしょうか。


だとしたらわたくしに何ができたのでしょう。最初からこうなる運命だったのでしょうか。


そのようなことを考えながら、わたくしは椅子にもたれてたまま寝ていました。




朝になると、流石にお腹が空いたので昨晩と同じように出された質素な食事を少しだけいただきました。


昨日のことを思い出してたまに涙ぐみながら何もせずに座っていると、お昼になる前に兵士がわたくしを呼びに来ました。


「陛下がお呼びです。ご同行ください」


こんなに早く処分が決まったのでしょうか。しかも国王陛下がお呼びだなんて、随分と騒ぎが大きくなった気がします。


もしかしてお父様が陛下に何か口添えしてくださったのかもしれません。そもそもわたくしは何もしていないのですから。


そんな不安と期待を胸に抱きながら、わたくしは城までの短い距離を黙々と兵士について歩きました。


謁見の間の扉の前に着くと、お父様が扉に向かって立っていました。お父様もわたくしと同じように兵士に囲まれています。


やはりお父様が助けてくださったのかと、少し安堵しました。


「お父様」


わたくしはお父様に声をかけましたが、お父様はこちらを振り向きもしませんでした。

辺りは静まり返っているので聞こえないはずはないのですがどうしたのでしょうか。

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