山間部-004 避暑地だ。カレルーラだ

ランレル達の道は、小さな川にぶつかると川に沿って進み始めた。川はしだいに深く谷底にえぐれていき、両側が見上げるような山に変わる。周りに見えていた農家はすぐに見えなくなって、ところどころ薪置きか山の作業の道具置きのような小屋が道の脇に見えだした。人気は無い。山小屋から山に上がる脇道があるので、その先に人がいるのかもしれないのだが、行きかう人はいなかった。


勾配が上がりだし、馬のスピードも落ちてゆっくりとした早足に変わりだした。ランレルは揺られながら道の先を見る。山のカーブに合わせて相変わらず荷車が通れるほどの幅の道が先まで続いている。輸送経路として使えるほどの立派な道で、初夏に人々が山に繰り出すだけの事はある。これなら、馬車でしか移動ができない淑女たちも、十分山々を楽しみながら移動ができる。


そして、川の上にせり出すようなテラスが見えた。街道が膨らんでテラスになっていた。白い漆喰の低い塀が川の上にせり出している。そそり立った岩棚は白く塗られて、岩に張り付くように彩鮮やかなドアや屋根が見えた。


避暑地だ。カレルーラだ。と、ランレルは徐々に近づいてくる白いレースのような町の姿を見つめた。カレルーラでの日傘が欲しいと楽しそうに語るご婦人がいたり、長い避暑は退屈だからとゲーム版を探しに来る紳士がいたり、夏の前に来るお客様が語るカレルーラだ。


そう思いながら見ていると、白く塗られた低い塀が道から飛び出すようになっていて、川の上に張り出していた。テラスは広い半円形の広場になっていて、そこを中心に、岩の中に家が並ぶ。窓が岩肌に張り付くようにあって、時折、上の方にバルコニーが見えた。時々、家と家の間に、岩肌の隙間に、上へ続く石段があって、上には、岩に根を張る木々が見えるのだが、その上に、さらに大きなテラスも見えた。貴族や富豪の家だろう、と思いながら見上げるのだが、通りからは中が見えない。山の景色が絶景になる家なのだろうな、と思いながら見上げていた。


カレルーラの広場に付くと、トルンや警邏達は、馬を止めて降り出した。ランレルも同じように馬を止め、川を見おろす通りの脇に木々があったのだが、そこに馬を繋いで、サテンやトチ医師の馬を同じようにつないで回った。


家々の窓には鉢の花が並び、窓の外に彩り豊かな飾り板をつけて、窓をカラフルに彩っていた。中は暗く見えないのだが、扉は開いていて、小物が並べてあったり、テーブル席が見えたりする。夏も過ぎて冬が来ようとしていたのだが、行商人や避暑地の管理人などが周りにいるのだろう、人が行きかう町のように見えた。しかし、ここも、外の通りはもちろん、家の中にも人がいないようで、警邏達が順々に中を見て回っているのだが、誰も外には出てこなかった。


「トルン隊長、燠が暖かい家があります」

トルンは耳のカバーを外して、片方の耳栓を取っていた。そばに立つ警邏の男は鐘を手に、周囲に目を光らせていた。何かあったら、すぐにも鉦の音があたりに響き渡るのだろう。ランレルが、広場の低い塀から下の川を覗いてみている間に、トルンは道の中ほどで、家々を見回る警邏の報告を受けていた。


テラスの下は、絶壁ではるか下に川が見えた。川縁は岩が転がっているようで水はあまりないのか細く日に光って見えた。川は蛇行していて、山の向こうへと消えている。崖は急峻で、人がよじ登れそうもない。


耳栓を取って良いのは警邏の内の一部だけで、トチ医師もランレル達もそのままでいるように、と身振り手振りで指示を受けていた。とはいえ、ランレルには、やはり音が聞こえていた。


「上の屋敷も調べてくれ」

トルンが、副官のゼセロに言うと、彼が班に指示を出して、岩の間に切り込むようにあった石段に何人かが駆けて行って登って行った。


ランレルはテラスに手を掛けながら、振り返って彼らを見た。聞こえている、と言うのは耳栓の作りが悪いからだ、と言う事にして、普通の声を聴いているような気分で聞いてた。聞こえているモノを聞こえないようにはできない。気にしてもどうしようもないので、気にしない事にした。


トルン達が行きかう家々は、岩の中にある。岩肌は漆喰が塗られ、ところどころ上までくりぬかれた窓やバルコニーがあって、今にも人が顔をだしそうに見えた。警邏が中に入っては窓から顔を出すので、あながち期待外れでは無いのだが、中が整っているのか、

「埃をかぶっています。ですが、皿も物も片付いていて、きれいに重ねてあったり、リネン室にしまってあったりして、外に出ているモノはありません」

「野菜室かと思うのですが、地下倉があるのですが、食料の保存もなくて空っぽです。水瓶には水が溜まっていますが、よどんでいて、汲みなおしはないようです」

「川辺の農家と同じです」

と次々に報告していた。

「人が離れて随分たっていそうだ」

トルンが報告を聞きながらゼセロと話す。そして、「燠が暖かい」と報告してきた窓から再び顔を出して、

「隊長! 人がいます!」

と言うと、トルンがうなずいて、ゼセロが脇の階段を走って上がって行った。


それからすぐに、ゼセロが他の警邏たちと共に、やせこけた少年を連れて階段を降りて来た。

「離せよ、何にも取ってないよ。まだ食っちゃいない!」

声変わり前の甲高い声で、目ばかり大きくて、襟は垢だらけの荒い生地のシャツに紐で揺ったズボンは膝から下がぼろぼろで、足は裸足の少年だった。警邏隊に猫の子のように襟首をつままれて、階段を下りるようにつつかれて、広場に来るとトルンの前で歯をむき出しにするように叫んでいた。


ただ、大きな目は茶色がかった深い緑色で、もう少し頬がふっくらして赤みがあれば、鼻筋の通った唇のバランスがとれた美しい顔をしている、と分かったかもしれない。髪も汚れているのだが、切りそろえられていて洗えば栗色のきれいな髪が見えただろう。


ランレルは子供を見ながら、十歳くらいだろうか、と考えた。漁村の子供も立派な服装をしているとはいいがたいが、清潔で服はちゃんと継ぎが当たっていて、親が丁寧に見ていると感じさせる服装をしていた。この壊れた感じの服装は、王都の裏に住み着いた親のいない子供や、親のいない子供たちを見てくれる観護院を逃げ出した子供の姿に見えた。こんな山の中で、一人で何かを盗んだりもらったりして生きいくのは厳しい、と思いながら見ていると、

「どこから来た。お前は誰だ。名前は」

とトルンに矢継ぎ早に聞かれていた。横から、見つけた警邏隊が、

「地下倉の空の芋籠を逆さにして、中に隠れていました。こっちに気が付いてとっさに隠れたようです」

と説明すると、少年は牙をむくような勢いで、

「だから何も盗んでいないって言っただろう! 芋さえない家なんだぞ!」

と怒鳴る。トルンが再び、

「なら、名前と、どこから来たかが言えるだろう。何も盗んでいないのだからな」

と言うと、顎を引いて、下からトルンを睨み上げた。それから一言、

「言えねぇ」

と言うと睨み続けた。


ランレルは馬に戻って籠の中に手を突っ込んだ。宿屋でもらったパンの一部が残っていないかと探ったのだが、ハムとチーズの一部が籠に残っているだけだった。布に乗せて集めると結構な量になって、ランレルは折りたたんだ布の中に取り出しやすいようにして、少年の傍へと持って行った。どんなに貧しい海辺の人間でも、もう少し肉がついている、飢えているはずだ、と思ったら、いてもたってもいられなくなったのだった。


トルンの前で睨み上げている少年に、ランレルはトルンに軽く会釈をしてから、腰をかがめて、

「昼めしだよ」

と言って差し出した。少年は睨む目をトルンからランレルに移しただけだった。口を引き締めて、身動きしない。

「切れ端ばかりだけど、高級旅館のチーズとハムだ。うまいよ」

と言うと、少年はわずかに目を揺らした。しかし、唾をのみ込んで、視線を山の方へと向けた。

「施しは受けない」

よくぞその言葉が出た、と言うほどやせ細っていたのだが、少年はそういったまま、両手を腰のあたりでしっかり握って、足元を見た。それから、

「俺は、正当な龍神様の信者だ。あんな龍神信仰の奴らのような事はしない」

と吐き出すように言った。

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