第70話 ☆ロイグ、到着する!
「ほ、本当にここはエティゴブルクなのか!?」
ロイグは同行させている、奴隷商コビスの使者に声を荒げた。
「ま、間違いなくそうです……」
「城が綺麗さっぱり消えるなど、あり得るわけないだろう!? お前まで俺を愚弄するのか!?」
ロイグは馬を降りて、使者の胸ぐらを掴もうとする。
その間に、騎士団の古参であるソルムが割って入った。
「団長、落ち着いてくだされ! 捨てられた木片や土が剥き出しなのを見るに、ここに最近まで建造物があったのは明白。おそらく、周辺の亜人たちが解体したのでしょう。または数日前戦ったオークたちか……」
ロイグたちはここに来る途中、魔王軍の小部隊と戦っていた。道中、逃げてくる人間から南方の一部の都市が落ちたことも聞いていた。
「ば、馬鹿な……南方の都市が落ちたのは、二週間前の話であろう。そんな短期間で片付けたと言うのか?」
「いえ……ですから、亜人のほうが可能性は高そうです。もしそうなら、亜人にはヨシュア殿が付いている可能性があります……数週間で城壁を片付けるぐらい、彼には造作もない」
「よ、ヨシュアが……亜人の仲間に?」
「ええ。もしかしたらグランク傭兵団が亜人をまとめ上げ、そこにヨシュア殿が加わったのかもしれませぬ」
「よ、ヨシュアが亜人の仲間……」
ロイグは青ざめた顔をした。
もともとヨシュアが亜人の解放をヴィリアンに求めていたことから、ヨシュアが自分に抵抗しようとしているとは考えていたのだ。
そこに、使者が言いづらそうに口を開いた。
「そ、そのヨシュア殿なる者ですが……あなた方の騎士ガイアス殿を討ったのもヨシュア殿でして……ガイアス殿は亜人の集落を襲う最中にそのヨシュア殿に討たれたのです」
「なんだと!? 何故、それを黙っていた!?」
ロイグの怒声に使者は頭を下げる。
「も、申し訳ございません! ただ、ヴィリアン殿が言うなと仰いまして!」
「あああああああ! どいつもこいつも俺を!!」
ついにロイグは使者を殴ろうとするが、それをソルムが止める。
「そ、ソルム、貴様!?」
「……使者殿。とすると、亜人たちのもとにヨシュア殿が付いているのは本当だと?」
「はっ。ヴィリアン殿のいとこバーニッシュが向かったのもその集落の付近。エティゴブルクに襲来した一万の亜人の軍勢は、バーニッシュ殿を討ったと申してました」
「なるほど。では、ほぼ間違いなさそうですな……しかし、ガイアスが」
ソルムもガイアスの腕は知っていた。
普通に戦って死ぬような男じゃない。亜人たちは強力な戦力を有していると推測した。
それに宿営するはずだったエティゴブルクがこうでは、補給もままならない。
亜人と戦うのは得策でないと考えた。
しかしロイグのほうはそんなことも考えず、ただ怒りを露にする。
「ガイアスを……ヨシュアが討った!? あいつ、俺の部下を……仲間を殺しやがって!!」
「団長! 元はと言えば、こんな犯罪行為に派遣したあなたに責任があるのです! あなたがこんなことをしなければ、ガイアスは死ななかった!」
「な、何!? お前、俺のせいにするのか!?」
「もっと言えば、ヨシュア殿も失うことはなかったでしょう! 最早仲間に戻す云々は置いておくとして、今すぐ和解の道を探るべきだ! でなければ、シュバルブルクに亜人たちが押し寄せてくるかもしれない!」
「そ、ソルム! 貴様私に指図するのか!? もういい! お前はここで私が殺してやる!」
剣を抜くロイグを、周囲のソルムの側近が抑える。
「な!? き、貴様ら! おい、こいつらを殺せ!」
ロイグは、重用してきた新参の騎士たちにそう声を掛けた。
その他の騎士たちは完全にどうすればいいか分からない様子だ。
そこに南方への斥候隊が大急ぎで戻ってくる。
「も、申し上げます! 南方に、亜人と思しき軍勢が待機しております!」
「なんだと!? 数は!?」
ロイグの声に、斥候は不安そうに答えた。
「目にする限りでは、千。ですが森にも同規模の軍勢が控えているようでした!」
その報告を聞き、ロイグは愉快そうに声を上げる。
「たかが千か! よし、ガイアスやコビス殿の仇、私が討とう!」
「お待ちください、団長! 使者殿の話によれば、亜人は少なくとも一万の軍勢を抱えていたとのこと! 伏兵や増援もあるかもしれません! 我がほうはたったの二千! とても戦いになりません!」
「たかが亜人ごとき、十人いようが百人いようが変わらん! 皆、馬を出せ! すぐに向かう!」
「団長! お待ちください! ……っく」
ロイグはソルムや古参が止める声に全く耳を傾けなかった。
ただ、千の奴隷が狩れるかもしれない。そのことで頭がいっぱいだったのだ。
千名の新参の騎士たちと、南へ馬を走らせる。
ソルムは古参の者と、もうこの場を去ろうとした。
この場に残った千名ほどの部隊は、ロイグではなくソルムの指示を待っているようだった。
「……この問題、団長の名誉云々で終わるものではないだろう。力を持った亜人が我らを恨み、もし魔王軍に手を貸せば人類全体にとって大きな脅威となる……ヨシュア殿がいるなら、話ができるかもしれない。皆、とりあえずは付いて来てくれるか?」
ソルムの声に、残った者たちは皆頷く。前線で戦ってきたソルムだから、皆も付いていこうと思ったのだ。
こうしてロイグたちシュバルツ騎士団は、南方へと向かった。
すると目の前には、斥候の言う通り亜人の軍勢が布陣していた。
陣容を目にして、ロイグは声を上げる。
「ば、馬鹿な!? 亜人がこれほどの装備を!?」
その威容に、ロイグだけでなくソルムも驚く。
「こ、これほどとは……」
亜人たちは皆、立派な鎧と武器を身に着けていた。
のみならず、前衛には全身を覆った巨大な者もいる。
ソルムはロイグに言う。
「団長……我らはこの度、しっかりとした戦の準備をしておりませぬ。ここは一旦、引き上げたほうがよろしいかと」
「ふ、ふざけるな! こんなやつらに、俺のシュバルツ騎士団が負けるか!」
「負けるでしょう。彼らは余裕の表情……むしろ、血に飢えているようにも見える。しっかりとした戦支度を整えているからこそ、あの様子なのです。挑めば確実に我らは敗北します」
「……貴様ぁっ!」
「団長、これは忠告です。どうか、私の話を……うん、あれは」
ソルムは、亜人の軍勢のほうから馬を進めてくる者たちに気が付く。
亜人の女性が二人、巨人が一人、オオカミが一匹。
先頭にはソルムもよく知る人間の男……ヨシュアたちがいた。
ロイグは目を丸くする。
「あれは、ヨシュア!?」
「やはり……団長。ヨシュア殿と話をつけましょう。誤解を解き、あわよくば戻ってもらうよう説得するのです」
ソルムの声に、ロイグは首を横に振る。
「俺はいかん! お前が話をつけてこい!」
「なんと……この期に及んで、ヨシュア殿と話されないのですか!?」
「奴が戻ってきたいのなら、戻ってくればいい! でなければ、この軍勢で無理やり連れ戻すと言え!」
「……もういい! あなたにはうんざりだ!! 私が話をつけてきましょう!」
ソルムはロイグに呆れ果てた顔を見せると、ヨシュアのもとへ向かうのだった。
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