第71話 失望しました!

「何やら……口論しているようですね?」


 イリアは、ロイグと話す男の表情を見て言った。


「あいつはソルム……西方への遠征隊の指揮官だった男だ。帰ってきてたんだな」

「できそうな男だな?」


 メッテが隣で呟いた。


「一番できると言っても過言じゃない。今のシュバルツ騎士団では最古参の騎士だ。仲間からの信頼も厚く、用心深い……あいつと遠征隊は騎士団の中でも精鋭中の精鋭と言っていい」


 色々な意味でやっかいな男がやってきたな……


 あいつは敵に回したくなかった。


 単純に手強いというだけでなく、修理や武具の作成の際は常に俺への感謝を口にしていた男だ。


 騎士団に参加した豊かな貴族は彼を気難しいと評したが、それはソルムが清貧だったからであり、俺や前線で戦う騎士からは尊敬されていた。


 イリアは鞘をぎゅっと握りしめる。


「なら用心しなければいけませんね」

「そうだな。でも、あいつなら俺の話も聞いてくれるだろう。それに、奴隷狩りなんて許せるやつじゃない」


 そんな俺の期待に応えるように、ソルムは一人で俺のほうへやってくる。


 これなら話になるだろう。


 だが同時に俺はロイグに失望した。もう俺と話すつもりはないのだと。


 ソルムはこちらまで馬を進めると、俺に言った。


「ヨシュア殿。しばらく」

「ソルム。西方から帰ってきたんだな」

「ええ。ですが、もはや騎士団は終わっておりました。あなたという存在を失って、今までどうにか保たれていた騎士団は、完全に終わってしまった……」


 ソルムは落胆したような顔で呟く。


「……俺を恨んでいるか?」

「まさか。我が団長がああでは、なるべくしてなったとしか。あなたの追放や亜人狩りを止められなかったのは、私や他の騎士の責任でもありましょう」

「では、ソルム。お前は戦いに来たわけじゃないんだな」

「はい。もともと、あなたに騎士団に戻っていただこうと参っただけです。ただ、もはやそんなことを言う気にもなれない」


 ソルムはロイグを蔑むように一瞥すると、俺に頭を下げた。


「ですが、どうかご理解いただきたい。亜人狩りをする人間はごく一部。我らに亜人をどうこうするつもりはありません」

「それは皆分かっている。亜人狩りが憎いからと言って、魔王軍に手を貸したりはしない。亜人たちは、自分たちの住処を守りたいだけだ」

「それを聞いて安心いたしました。であれば、私は古参の騎士と共に、このまま北に去りましょう。団長もあなたを諦めるでしょうが……いや、諦めさせて参ります」

「頼めるか?」

「聞かなければ、脅すしかありませぬ」


 ソルムはロイグの元へ向かうと、何かを話す。


 しかしロイグは、そんなソルムを剣で斬り捨てた。


 ソルムはそのまま落馬する。


「手足を拘束し、後方へ送れ! ……ヨシュア!」

 

 ロイグはソルムに目もくれず、俺に叫んだ。


「今すぐ帰ってこい! 俺と共に、その亜人たちを売りさばくんだ!」


 もはや耳を塞ぎたい気分だった。


 仲間の忠告を無視し、傷つけ、挙句の果てに金のことを口にするとは。


「ロイグ!! もうそんなことはやめて、一からやり直せ! 今ならまだやり直せるはずだ!」

「黙れ!! 俺に指図をするな! カムダン、奴を力ずくで取り戻してこい!」


 ロイグの声に、重装の騎士が一人、大剣を持って走ってくる。


「クリュート伯が一子カムダンだ!! ヨシュアに一騎打ちを申し込む!! なんなら、そこの下賤な亜人でもいいぞ!?」


 カムダンはイリアたちに大剣を向けて叫んだ。


 イリアは刀を抜くと俺に言う。


「ヨシュア様。私にお任せを!」

「やつは黒魔鉄の鎧を身に着けている、気を付けてくれ」

「承知しました」


 イリアはすぐさまカムダンに向かった。


「私が相手です!」

「亜人のメスが、この俺に勝てると思っているのか!? おらぁっ!!」


 カムダンは大剣を振り上げ、イリアに突進しようとする。


 が、すぐにイリアの刀が一閃し、カムダンの腕と大剣が宙に舞う。


「な……え?」


 カムダンはきょとんとした様子で、ただその光景を眺めていた。


 普通なら痛みで悲鳴を上げたり、のたうち回るはず。


 しかし、カムダンは痛みを感じてないようだった。


 イリアは刀に魔法で火を纏わせたのだろう。カムダンの腕の傷口は焼かれていたのだ。


「ああああああ!? 俺の腕が!? 嘘だ、嘘だ!!」


 狂うように叫ぶカムダンの首に、イリアは刀を向ける。


「ヨシュア様の慈悲です。去るのなら、命は取りません」

「ひっ!! ひいっ!」


 カムダンはイリアの顔を見るなり、すぐさま戦場の外へと走った。


 同時に、後ろの亜人たちから歓声が上がり、騎士団からはどよめきが起こる。


「べ、ベイドス! 今度はお前だ!」

「は、はっ!」


 今度は鎧は着ているが、武器を持たない男がこちらにやってくる。

 彼は攻撃魔法師だろう。


「私はグレイオス辺境伯の子、ベイドス! 汚れた半人ども! 我の魔法と勝負せよ!」

「ほう、今度は飛び道具か。ならば私が」


 メッテは弓を手にすると前に出た。


 ベイドスはすぐに両手をメッテに向けて、火魔法を放つ。


 だがメッテはそれを躱して、すぐに矢を射かけた。


 矢はベイドスの右手の平を貫通し、左手の平をも抜くと、喉の少し手前で矢じりが止まる。


「い、痛てえぇっ!! 痛い!!」


 ベイドスはもはや魔法を打つどころではなく、カムダンを追うように戦場の外へ走った。


 亜人たちはますます勢いづくが、騎士団の面々はもはや顔面蒼白だった。


 ソルムを抜けば、彼らが騎士団の最強戦力だったのだろう。


 ロイグも焦るような様子で、軍勢を見ている。


「ロイグ! もはやお前に勝ち目はない! 次はお前が俺と勝負するか!?」


 この数年、ロイグはまともに剣を振るってなかった。自ら戦場へ行くことはなくなり、己を鍛えることもやめていた。


 だから俺でも少しの小細工で勝てると考えたのだ。

 

 実を言うと、ロイグと俺が一対一で剣を交えたことはあまりない。


 親が生きていたころは、村でよく決闘ごっこをやっていた。

 だがロイグは自分の紋章【武神】の前では相手にならないと言って、俺と勝負したがらなかったのだ。


 数少ない勝負は、いつも剣を適当に交えてきて、勝負にならないと言って去るだけだった。


 ロイグはそんな昔と同じように言った。


「しょ、勝負にならない! 何故【武神】の紋章を持つ俺が、お前と戦わなければいけないのだ!」


 騎士団の者たちは、皆すっかりシーンとしてしまった。


 【武神】の紋章を持つロイグなら、必ず決闘を受け、勝つと思ったのだろう。


 ロイグは騎士たちに叫ぶ。


「誰か! やつらを仕留めてみよ! 褒美は弾むぞ!」


 しかし誰も名乗り出ない。


 ロイグは一騎打ちで俺たちの気勢を挫き、騎士団の士気を高めようと目論んでいたのだろう。


 だが、完全に裏目に出てしまった。


 またソルムを斬ったせいか、勝手に陣を離れる者がぞくぞくと現れた。ソルムはそんな者たちに運ばれ、戦場を離れている。


「ええい、どいつもこいつも役立たずめ! ……弓隊! 矢を放て!」


 ロイグの命に、後方にいた弓兵たちは弓を構えると、ばらばらに矢を放った。


 アイアンゴーレムは盾を構え、俺やイリアたちを矢から守ってくれた。


 後方の亜人のほうにも飛んでいくが、ほとんど届かないか、すべてゴーレムや盾隊に防がれてしまう。


 もはや騎士団にまともな戦力は残ってなかった。


「アスハに頼るまでもないな……メッテ。セレスたちに突撃を命じてくれ」

「わかった!」


 メッテが後方に手を何回か振ると、亜人の軍勢から煙が上がった。


 しばらくすると、街道の南から土埃が巻き起こる。


 見えてきたのはモープたちの戦闘馬車だった。


「メッメー! 悪い子はいねえっすか!?」


 モープたちの叫びが響くと同時に、騎士団の兵は皆狼狽える。


 というのは戦闘馬車の中に、一つ巨大な塔のようなものが混じって向かってきたからだ。


 紫鉄でできた攻城櫓だ……四階建てで四十人の兵が乗れるようになっており、二十頭のモープが動かしている。速度はモープたちのおかげか、戦闘馬車より少し遅いぐらいだ。


 本来は城攻めに使うものだが、威圧目的で今回の戦いに用意した。


 効果があったのかは分からないが、騎士団の者たちは続々と北へと逃げ出す。


「待て! 誰が撤退を命じた! 戦え! それでも世に名高いシュバルツ騎士団の一員か!?」


 ロイグが叫ぶも、誰もその声に振り向く者はいなかった。

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