第51話 お帰りいただきました!
西の森から街道が見えてきた。そこには確かに人間の軍勢が見えた。
見慣れた旗……シュバルツ騎士団の紋章の旗を掲げた二千の軍勢が、翼の生えた者たちを捕えようとしている。
翼の生えた者たちは、五十名程の天狗たちだった。
彼らの翼はぼろぼろで、とても逃げられるような様子ではなかった。
アスハと名乗った天狗……あの者の仲間なのは間違いない。
魔王軍に襲われ逃げてきたのだろう。
騎士団はそんな亜人を捕まえて奴隷として売買しようとしているのだろう。
俺は一緒についてきたイリアたちに言う。
「天狗は一か所に集められている……救出自体は容易だろう。だが、それには敵を混乱させる必要があるな」
俺は道中考えた作戦を、皆に伝えることにした。
生産魔法で、ある物を作りながら。
ここには二千名程の味方がいるのだ。鬼人、人狼、エント。それに加え、スライムとモープもいる……採れる作戦の幅は広い。
村には千名程残してきた。
城門は閉じさせているし、問題はないだろう。
俺はさっそく、ある物……森の木よりも若干高い木の棒に、モープの毛でつくった長い布を括りつけたものを皆の前に出してみる。
イリアが不思議そうな顔で訊ねてきた。
「これは……?」
「旗、って言ってな。目の前の人間たちも、同じものを持っているだろう。これは国や部族……自分たちが何者かを示す道具だ」
俺が言うと、メッテが首を傾げる。
「私たちは、お前の命令があるまで身を潜めているんじゃなかったのか? そんなものを見せたら、私たちが森にいるのがばれてしまうじゃないか?」
「ああ。そう思わせるんだ。敵が大量にいると思わせるようにな」
メルクが答える。
「前と同じ。夜、皆で松明を持って囲んだ」
「そういうことだ。まあ、はったりだな。でも、俺が手を上げるまでは、皆これを上げないでくれ」
「わかった……それよりも相変わらずすごい速さ」
メルクは俺の手のほうから出てくる旗を見て、「おおー」と抑揚のない声で答えた。
付近の木を回収しながら作ったため、だいたい千本ほど作れただろうか。
「よし、前と同じだ。これを持って、皆南北に広がってくれ。それと、旗を揚げたら皆大声を出したり、森の木を揺らしたりしてくれ。なるべく、大軍がいるよう見せかけるんだ」
「木のことなら、我らに任せるがいい」
エクレシアが言うと、メルクも「人狼は叫ぶのが得意だから大丈夫」と言った。
「ああ、頼りにしてるよ。それと、メッテ、イリア、メルク。君たちはもしもに備え、強い奴らを百名程選りすぐっておいてくれ。天狗の周囲の人間を倒して、解放できるように」
皆頷き、作戦が始まるのだった。
そんな中、俺は一人で天狗を捕まえるのに必死な騎士団の元へと向かう。
突然馬に乗ってくる人間が来ることに、皆俺に目を向けた。
だが、誰もまだ俺がヨシュアであることに気が付いてないようだ。
だから、叫んだ。
「ヨシュアだ! 部隊の司令官はいるか!?」
すると、軍勢はにわかにざわつき始めた。
やがて、軍勢の中から数騎、こちらに向かってくる。
先頭は意外な男だった。
ロイグの一番のお気に入り、ヴィリアンだったのだ。
ヴィリアンは俺を怪しむように見ていたが、やがて本物と判断したのか、顔を真っ赤にしてやってくる。
「ヨシュア!! こんなところにいたか!?」
「それはこっちのセリフだ。騎士なのに奴隷狩りをしようとは、お前もつくづく救えないやつだな」
「黙れ! それよりも貴様、ガイアスを殺したというのは本当か!?」
「さあな、そんなことはどうでもいい。こんな行為は見逃せない。早く亜人を解放しろ」
ヴィリアンは舌打ちをすると、声を上げた。
「何故、この高貴な私が、貴様みたいな煤汚れた下級騎士の命令を聞かねばいかんのだ! そんなことより、ヨシュア! 団長がお前に、元に戻りたいのなら戻してやると言っているぞ!」
「ロイグが……? 信じられないな」
「いいから戻って来い! お前にはあそこしか居場所がないのだから! 金は前の十倍払う!」
「……彼らを解放するまでは、絶対にありえない。そしてもう二度と奴隷狩りをしないと誓え。そうすれば、戻るのを考えてもいい!」
もちろん戻りたくなどない。
それでも亜人を無傷で取り戻せるなら、嘘だって吐く。
「お前の要求など飲むか! たかが生産魔法師が、騎士団の方針に口出しするんじゃない! ええい……もう面倒だ!」
ヴィリアンは装飾の入った細身の剣を抜くと、声を荒げる。
「要は生産魔法さえ使えればいいのだ! お前の足を切り落とし、城の一室で一生働かせてやる!」
「つまりは、俺と勝負するってことか? いいだろう。お前みたいなやつには負けない」
俺は生産魔法で鉄の剣を作ると、それを右手に持った。
それを見て、ヴィリアンは馬をこちらに走らせる。
「【剣豪】ヴィリアンの華麗なる剣、受けてみよ!」
ヴィリアンの紋章は【剣豪】。
剣技の上達具合なら、ロイグの【武神】と同格であった。
細剣も黒魔鉄を使っており、火を放てるようになっている。危険な相手に思える。
だから、普通なら岩を粉末や毒を霧のように放ったかもしれない。
でも、正直言ってヴィリアンはそんなことが必要な相手ではなかった。
見てわかる。
隙だらけだ。
紋章を誇るだけで、剣の修練などしてこなかったのだろう。
彼はたいした剣技は扱えなかったのである。
俺は一振りで、ヴィリアンの手から細剣を弾き飛ばした。
「ば、ばば、ばかな!? 何故、我が剣が!? ひぃっ!」
ヴィリアンは、喉元に向けられた俺の剣に顔を青ざめさせる。
「ヴィリアン……宝の持ち腐れだ。あの剣もその紋章も……どうしてお前は、この力を人々のために使おうと思わないんだ?」
騎士団の兵が動揺する中、ヴィリアンは余裕を見せるためか大声で笑ってみせた。
「……人々のため? ああ! あの魔王軍を打ち負かし、人々に平和をもたらすとかいう騎士団の標語か! あんなの、お前は本当に信じているのか、ヨシュア?」
「信じてきたさ。だからずっと戦い、作ってきたんだ」
「つくづく馬鹿なやつだ。魔王軍との戦など、終わるはずがない。お前だって、金と名誉が欲しくて騎士団なんて、子供のごっこをやってたんだろ!? ひぃっ!?」
俺は拳でヴィリアンを馬から落とすと、手を上げた。
正直に言えば、斬ってしまいたかった。
俺はそんなんで戦ってきたんじゃない。こんなやつに故郷を失った者の気持ちなど分からない。
でも、感情のままこいつを斬れば、天狗にも危害が及ぶかもしれない。
気持ちを堪え、俺は剣を上げたのだ。
すると、後方の森がにわかに騒がしくなった。
木は大きく揺れ、遠吠えが響き、一斉に千本の旗が現れる。
ヴィリアンはそれを見て狼狽えた。
「な、なんだ!? もしかして、これが亜人の……ヨシュア、貴様、まさか」
「ああ。俺は亜人と共に戦っている。ガイアスの首を落として、バーニッシュを火の海に沈めたのは……俺たちだ」
「う、嘘だろ……」
「どうする、ヴィリアン? 亜人を解放すれば、見逃してやろう」
「わ、私に命令をするな!」
「なら、その手首を切って、無理やり聞かせてやろうか?」
「ひ、ひぃっ……ま、待て……お、おい、誰か」
ヴィリアンは助けを求めるように、後方を見た。
しかし誰も、ヴィリアンを助けようとはしない。
なんというか、皆疲れ切ったような顔をしている。
中には、顔に生々しい傷や痣がある者もいた。
天狗をただ捕まえたにしては、士気が低すぎる。
それに加え、いきなり大軍勢が森に現れた。
しかもこのヴィリアンの情けない姿を目にした今、もはや兵たちは戦いどころではなかった。
「な、情けない! それでもお前たちは騎士なのか!?」
「ヴィリアン。こんなことは騎士の役目じゃない。早く亜人を解放しろ」
「調子に乗るなよ! ……うん!?」
西のほうから、蹄の音が響いてきた。
見ると砂埃が上がっているようだ。
「あ、あれは……グランク傭兵団!?」
ヴィリアンは顔を青ざめさせた。
ラクダに乗った虎人の傭兵団……
あいつら、まだこの周囲にいたのか……いや、この状況は使える。
「ヴィリアン! もう二度と言わないぞ! 早く亜人を解放しろ! でなければお前たちを挟撃し、一人残らず捕虜にする! 中でも、お前だけは一生俺たちの奴隷にする!」
「ま、待て!! 分かった、解放する!! おい、亜人をさっさと解放するのだ!」
ヴィリアンがそう言うと、騎士たちは天狗を解放した。
「こ、これでいいのだろう!? 早く彼らを止めてくれ!」
「いや、そうはいかない」
「な、何!? 私たちを騙したのか!?」
「奴隷狩りをするような連中と、公正な取引をするわけないだろ?」
「な、何をする!?」
俺はヴィリアンに近づくと、その鎧と服を回収し、裸にする。
「命が惜しいなら、さっさと逃げろ! そして二度と姿を現すな!」
俺は改めて手を上げた。
すると、森からも亜人が姿を現す。
「五分だ! 五分の内に、ここから去れ!」
「ひいぃいいいっ!!」
ヴィリアンは裸のまま、一目散に北へ走った。
部下に何も指示することなく。
部下たちはそんなヴィリアンを見て、武器を捨て北に逃げるのだった。
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