第49話 逃がしてあげました!

「撃て!」


 メッテの声が響くと、三十名程の鬼人たちは一斉に矢を放った。


 矢は見事、五十べートル先の的へと当たっていく。

 外した者はたった数名か。


「うむ。外した者は、もう少々訓練が必要だぞ!」


 メッテはそう鬼人たちに声を上げた。


 でも、外した者だって五発中四発は当てている。

 人間の軍隊なら、十分すぎるほどの精度だ。


 天狗が去った次の日からこの三日間、俺たちは軍備増強に勤しんでいた。


 城壁や塔の上には、大きな矢や石を撃てるバリスタなどを配置し、城壁の外側にはエントに外堀を掘ってもらったりした。

 城門には鉄の扉を用いた。攻城槌で叩かれてもびくともしないだろう。


 もちろん、川からの水路は必要なので、それの築造も並行している。

 籠城することも考え、水の確保は重要だからだ。


 俺はエントたちが掘った空の水路に石を敷き詰め、壁から天井はアーチを組んだ。


 でも、これだと石材が丸見えで、水路ということが城外の敵にもばれてしまう。


 だから、城壁外の水路の上にはエントが土を被せ、草を移動させた。

 これならただ、地面が広がっているようにしか見えない。


「うむ、これで水道とやらは完成したな!」


 エクレシアは、村の中を走る水路を見て、満足そうな顔をした。


「ああ。あとは外堀が完成したら、そこに水を流してもいいかもしれないな。敵が近づいてこれなくなる」


 俺が言うと、エクレシアはうんと頷く。


「わらわたちに任せておけ。そなたと鬼人、人狼たちには仲間を救ってもらった……それに共に住む場所まで……絶対、守ってみせる」

「ああ、エクレシア。俺も同じ気持ちだ」


 イリアたちには、この村に温かく迎えてもらった。


 盟主だからとかではなく、心から皆には幸せに暮らしてほしいと願っている。


 なんとか魔王軍を撃退し、誰にも襲われないぐらいの力を持ってもらわないとな……うん?


 俺は何やら南のほうが騒がしいことに気が付く。


 すると南の城門の向こうから、人狼に囲まれた者たちがやってきた。


「あれは……人間」


 人狼たちの中から、メルクが先にやってくる。


「南から逃げてきたみたい。いきなり剣を向けられたけど、ちょっと頭をぽんぽん叩いたら、涙を流しながら降伏した」


 まあいきなり人狼に囲まれたら、誰だって怖いだろうな……


「そうか。こっちと向こうに怪我をした奴や、死んだ奴は?」

「誰も殺してないし、怪我もしてない。奴隷狩りとは違う匂いがしたから」

「なるほど。奴隷狩りとは少し違うようだな」


 人間の数は多くない。

 だいたい、三十名程だろうか。

 鎧を身に着けた者もいれば、庶民のような服装の老若男女もいる。皆、疲れ切った様子だが。


「魔王軍から逃げてきて、ここに迷い込んだか……」


 俺は人間たちの元へ向かう。


 人間たちは誰もが青ざめた顔で、周囲を見ていた。


 亜人たちに殺されると考えたのだろう。

 中には何故亜人が建物や道具を作れたのかと、驚く者もいるようだ。


 俺が近づくと、一人の男が声を上げる。


「き、貴様は……人間か!? た、頼む、助けてくれるよう、彼らに頼んでくれ!」


 びくびくと震えながら言うのは、比較的身なりのいい若い男だった。

 

 金のボタンをつけたコートを着ている。

 恐らくは、どこかの貴族やら身分の高い者だろう。


「心配しなくてもいい。彼らは、あなたたちを殺しはしない。ところで、どこから逃げてきたんだ?」

「南の、サベルノからだ……我が父は魔王軍五万を前に徹底抗戦をしたが、ついに落ちてしまったのだ」


 サベルノか。

 南方における人間の都市でも、比較的北側にあった都市だ。


 落胆するような男に、俺は訊ねる。


「とすると、その南の都市も落とされたと?」

「ああ。ヴィース、ファレンタンも陥落した。どうも彼らは、東側を集中的に攻撃し、西の南方都市を裏から攻撃するつもりだったようだ」

「そうだったか。では、魔王軍はこの近くまでは?」

「数は多くないがこの付近まで来たようだ。我らも現に、ここから南に二時間ほどのところで襲われた」


 男の言葉が本当だとすると、この前やってきたオークの竜騎兵隊は斥候の可能性が高い。

 北からの人間の軍に備えているとしても、付近には一万もいないかもしれない。


「そうか、情報感謝する。ここより西にいけば街道に出るが……敵がいる可能性もあるだろう。川沿いを北に進んだほうが安全かもしれない。それと……」


 俺は、鬼人や人狼たちが魚や肉を焼き始めていることに気が付く。


 イリアが人間たちに食べさせようと指示したらしい。


「俺たちもあまり蓄えがなく多くは出せないが、ここで食事をしていくといい。水の補給もしていって問題ない」

「い、いいのか! あ、ありがたい! そういえば……」

「俺か? 俺はヨシュアだ。でも、礼なら肉や魚を焼いてくれたやつらに言ってくれ」

「分かった、感謝する! 俺はサベルノ伯の息子……いや、今はサベルノ伯にしてフォンリー伯のベリックだ」


 彼の父はフォンリー伯だったか。

 北部中央部に君臨するレムリス帝国の封臣だ。

 同時に、南方のサベルノを治める領主でもあった。


 南の都市を治めるのは、元々どこかしらの国の諸侯であることが多い。


 そもそも都市はそういった諸侯たちの資本によって建てられたり、運営されている。


 人間の王侯貴族たちは、南方で魔王軍と戦うことを最も名誉ある行いであると信じている。

 そのために金を費やすこともまた、賞賛されるべき行為だからだ


 ベリックは頭を下げ、続ける。


「この御恩は忘れない。何かあれば、力になろう」


 そう言ってベリックは、他の人間たちと食事を摂った。


 俺たちはそんな人間に水や焼き魚を渡すと、北へ逃がしてあげた。


 だがちょうどこの頃、西のほうではある軍勢が、這う這うの体の天狗を捕虜にしているのだった。

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