第30話 逆侵攻しました!
兵たちの一部が東部に逃げていくと、歓声が沸き起こる。
「やった! 人間たちを倒した!」
「こんな簡単に勝てるなんて、夢でも見てるみたいだ!」
わあわあと勝利を喜ぶ中、メッテと数名の鬼人は東へ走った。
「逃がすな、追うぞ!」
「待て、メッテ! 情報を集めたい。捕えてくるんだ」
「わ、分かった! 全員首を斬って……いや、捕まえてくればいいんだな!?」
メッテがそう訊き返す中、メルクと一部の人狼が東に走った。
「メッテは間違えて殺しそう。私たちに任せる」
「な、なんだと! わ、私が捕まえるぞ!」
メッテもその後を追うように走っていった。
走りもそこまで人狼に負けていないのが恐ろしい。
そんな中、エクレシアが俺に頭を下げにきた。
「ヨシュア、仇を取ってくれて感謝する。さっきバーニッシュと名乗った男が、わらわたちの森を焼き払ったのだ」
「そうだったか……ここで止められて本当に良かった」
とすると、バーニッシュはあまり休むこともなくこっちに来たのか。ご苦労な事だな。
後方からこんな声が聞こえた。
「このまま、敵の根城を攻めようぜ!」
「そうだ、仲間を解放するんだ!」
彼らの言葉は冷静さに欠いているようにも聞こえる。
だが敵の拠点に今、兵が少ないとしたら──絶好の機会なのは確かだ。
「ヨシュア様、いかがいたしましょう?」
「敵の数がどれぐらいかにもよるが……あまり無理はできない」
今まで、味方が死なないことを念頭に戦術を練ってきたんだ。
逆侵攻して誰かを失えば、全てが水の泡だ。
敵の数にもよるが、諦めることも重要だろう。
いや、別に拠点を落とす必要なんてどこにもない。亜人を解放させればいいんだ。だとすると……
俺は早速、メルクたちが咥えて連れてきた奴隷狩りの一人を問いただす。
「お前たちの根城には、今何人いる?」
拠点に関しては、先程遠吠えに向かったメルクが場所を知っているはずだ。
気になるのは、敵の数だけ。
だが、奴隷狩りは答えようとしない。
するとイリアが刀を抜き、奴隷狩りに言った。
「時間を掛けたくありません。十秒以内に答えなさい。他にまだ、あなたの代わりはいるのです!」
「こ、答える! だいたい三千人ぐらいだ!」
三千か……今襲来した兵が三百と思うと、無難な数字だな。
だが、彼らはあまり防衛に人員を割く必要はなかったはずだ。
また、一人の奴隷商人が、それだけ傭兵を集められるのかは疑問が残る。
一男爵だって、数百人を集めるのがやっとだ。
そもそも傭兵の聖地と言われる南の都市だって、一都市に三千人の傭兵がいるかどうかだ。
何より、ほぼ無抵抗の者を狩るのに三千人近くも守備に回すのは、金の無駄に等しい。
だが、ここはあえて乗ってやるとしよう。
俺は驚くような顔で声を張り上げた。
「なんだと!? たったの三千人だと! 皆、喜べ! 今が絶好の好機だ! このまま敵の城に攻め込む!」
俺の声が聞こえると、ただでさえ勢いづいていた亜人たちは、おおと声を上げた。
「よし、イリア。まずはこいつらの首を神々に捧げ、勝利を祈るとしよう。君の斬撃なら、彼らも苦しまずに死ねるはずだ」
奴隷狩りは俺の言葉に、がたがたと肩を震わせる。
「い、いや、三千は嘘だ! 仲間は一万いる! 俺たちは殺さないほうがいい、報復されるぞ!?」
一万はさすがにあり得ない。
どっかの公爵や王だって、それだけ雇うのは躊躇う。
もはや嘘が確定したわけだが、俺は更に畳み掛ける。
「なら、何故嘘を吐いた? 数を少なく偽り、誘い込むためか? そうして、一網打尽にしようとしたのか!? 後ろのお前たちもなぜ黙っていた!?」
俺は続々と後ろに集められていた捕虜たちに向かって、慣れないながらも怒声を上げてみた。
すると、後ろの捕虜の一人が叫ぶ。
「待て! そいつの言ってることは、全部嘘だ! 俺は真実を言うから許してくれ! 拠点の兵は、たった五十人しかいない!」
「それが本当だ! 俺も証言する! だから助けてくれ!」
「そうだ! 今なら簡単に城は落ちる!」
奴隷狩りたちは皆、我も我もと言い出した。
ついには最初三千人と言った男も、「五十人の間違いでした!」と地に額をつけた。
「どちらが嘘か本当か分からんな。まだ、嘘を吐いてるかもしれんから、お前たちには城攻めまで、真実を話す猶予をやろう。今言ったことが嘘であれば斬首、真実であれば命だけは助けてやる」
奴隷狩りたちの顔は、もう真っ青だった。
「人狼たちよ! まずはこいつらを先頭に、北の拠点に向かえ!」
メルクは頷くと、奴隷狩りたちを囲み、まるで羊のように森へ追い立てた。
人狼は五百名程いる。彼らは皆連れていくとしよう。
奴隷狩りがまだいる中で、次に俺はこう叫ぶ。
「エントも皆、北へ向かえ!」
エクレシアは無言で頷くと、エントたちに北へ向かうよう伝えた。
その後は、いもしない種族の名をいくつか上げ、北へ向かえと叫んだ。わざと奴隷狩りに聞こえるようにだ。
イリアが俺に訊ねる。
「何か、策がおありのようですね?」
「ああ、誰も死なせずに、皆の仲間を解放する。……メッテ! お前は半数の鬼人とここで残ってくれ!」
メッテは解放のための戦いに参加したかったのか、少し寂しそうな顔をした。
だがすぐにいつもの凛とした声で、「武運を祈る!」と手を振った。
「あとは北へ向かうぞ!」
俺はそう叫び、鬼人、ゴーレム、スライムと共に、北へ向かうのだった。
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